スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

サービス業界終了のお知らせ。うざい客死すべし、「もうムリだ」

https://pbs.twimg.com/media/C-PnWLJUAAAfRTM.jpg


はい、ということで絶望記事第二弾ということで、サービス業(特に飲食業)はもう限界にきている、ムリですよーというお話ですね。この駄文の記事をもし読んでくれる人がいたならば、へーそんなのかーとか、こころの片隅にでも止めておいてほしいのと、あとこれだけは絶対にお願いです、どこへいってもそうですが、店員はあなたと同じ一人の人間です、優しく気持ちよく接しましょう。それだけです。

さて、こんな記事がこのあいだ世間を騒がせました。
モスバーガーも人手不足、営業時間短縮 一部の店舗で加盟店オーナーの負担重く
http://www.huffingtonpost.jp/2017/04/26/mos_n_16277502.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

一応わたくしの職歴をおおざっぱにいっておきますとですね、教師を二年ほど、現在はとある某大手飲食チェーン店で時間代行をやっております。
まあ他人事ではないわけですね。どことはいえませんが(内部情報漏洩によりくびがとぶので)まあ人手不足は深刻ですわ。
大手のモスバーガー、あの料金をとっているモスでさえこのありさまです。そうすると、そのちょっと前に散々批判されて、僕もこんなのただのコンビニと同じじゃん、誰も買わないよ、と思ったこの記事もその裏が見えてきます。

ミスド「500店舗調理廃止」は外食産業シェア化の幕開け - 加谷珪一 経済ニュースの文脈を読む
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170404-00189787-newsweek-int

はい、これは、なぜこういうことになったのかというと、調理をできるまでの育てる時間、人材、資金がないからですね。だから高校生アルバイトでも入って一カ月でキッチンできるようにということで、調理を廃止ということにしたわけです。この記事にはそうかいてないけどそういうことでしょう。ようは人材不足なわけです。

人材不足は飲食に限らず、運輸業界(ヤマトなど)、サービス業、介護職、などで叫ばれています。

値上げだけでは解決しない! “高齢化するニッポン物流“の深刻度
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170426-00010002-newswitch-ind

大手のヤマト運輸がアマゾンとの取引をやめる、配送の料金を値上げする、配達時間を短縮する、など極めて抜本的な改革に乗り出したの、すばらしいと思います。がんばれ。日本全体がヤマトを見習いましょう。さすが日本の国の名前を冠しているだけのことはある、アッパレ大和。
はい、ということで、もう無理なんですよ。いままでのようにやろうというのは。低賃金でもバイトがたくさんやってくるから仕事回せた、というのはもう過ぎ去った過去。いまは人がいないのに、労働は過酷で、賃金も安い、そんなんじゃ仕事まわりませんよ。
料金あげて、労働時間短くして、賃金挙げて人増やさないと無理ですって。
アベノミクスの成功なのかはわかりませんが(そうだとしたらやや悔しいですが)、デフレーションの時代はもう終わりですね。サービスには高い料金が発生する。そのかわりに給料も高くなる、という時代になるのでしょう。
安かろう悪かろうでやった結果は目に見えています。

【無理でした】500円ピザなどで急発展した「ナポリ」の経営会社が破産 負債は約13億円・・・
http://jin115.com/archives/52175059.html

で、なぜこの記事を書こうかと思った理由ですが、まあこういういろいろな記事がでてきているところもありますが、やはり一年半某飲食チェーンで働いていて、あ、もうこれは限界だなというのが実感として湧いたからなのであります。
まあ簡単に説明しますと、私はもともと夜のバイトだったのですけれども、人がいないということで、最近はエリアの他の店舗の深夜応援。で、さんざんすき家で批判されたワンオペをずっとやっております。もうね、疲れたよ。俺を深夜応援して店回すくらいなら店閉めてくれよと。
それからあまり大きな声ではいえませんが、もうエリア内の総従業員の4分の1から3分の1は外国人、今はほとんどベトナム人です。
このあいだ深夜応援に店にいったらベトナム人二人で店を回していましたよ。いったいなにか発生した時には日本語も不自由ななかで、どうするというのでしょうか。
みなさんが、安く気軽に外食チェーンで飯を食えるのは、食わせてもらえるのは、ベトナム人留学生の労働力を安く買いたたいているからです。

日本の介護問題を解決する突破口、外国人介護者
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170426-00049823-jbpressz-life

経団連の会長かなにかが、労働力が足りないなら、日系の子孫を呼び戻したらいいじゃないか、みたいなことを発言したとかしないとか。あのさ、もうどこから突っ込めばいいのか。
まあ日本もそうやって積極的に移民を受け入れる、どんどんグローバル化していく、ということを覚悟できるならいいですよ。私はもう、現状を維持しようと思うのなら(後退しかないのが現実だけど)、どんどんベトナム人とか、日系ブラジル人にれたらいいんじゃないですか。
もう日本人の若者たちは前の記事にも書いたけれども、未来、希望のない社会で完全にやる気を失い、ほとんどは長時間労働で過酷に使われ、あるいはそれがいやでニート、働く気概もないということになっています。居酒屋も、飲食チェーン店も外国人、ベトナム、中国、インド人の方々に食べさせてもらって、介護もそれらの海外の人たちに糞尿の世話をしてもらいましょうね。

そして、社員は店長のみ、あとは全員バイト。20年もバイトやっているというベテランの方たちもいますが、正社員ではありません。もうさ、こういうのやめようよ。20年もその店に貢献してくれた人に正社員の待遇、給料も支払わないでアルバイトとしてやとっているなんてあまりにも残酷すぎやしませんか?
といったことから、もう飲食業界、サービス業界は終わりだなと思いました。人材不足という点において。人があつまりません。みんなネットなどでブラックだというのがわかってしまったからこないのですね。賃上げと、職場改善によって、誰もが働けるクリーンな職場にしなくてはいけません。


で、つぎにですね、サービス業が終わっているなと思う点、二点目ですね。
客です。

消防士を悩ませる過度なクレーム スーパーへの駐車で苦情など
http://news.livedoor.com/article/detail/13004667/

これ最近話題になりましたね。もうなんていうんですかね、クレームって入れたもん勝ちみたいな世界になってきているじゃないですか、ほんとよくないですよそういうの。

【ツライ】 大型連休のない接客業が「休みがないより耐えられないのは○○」 に共感の嵐
http://jin115.com/archives/52175679.html

ひろばのさるの @hirobanosaruno
これは駅係員に限らずほぼ全ての接客業に言えるんだけど、大型連休のない僕らにとって、「夏休みが無いこと」や、「休日は混雑して忙しい」ことなんか別にどおってことない。

本当に耐えられないのは「意味不明な文句で仕事の士気を下げられること」です。連休中はこの遭遇率が極めて高い。

ひろばのさるの @hirobanosaruno
こっちが強気に出られない立場なのをいいことに自分の鬱憤を晴らす道具みたいにするのは本当にやめていただきたい。接客サービスはサンドバッグではありません。人間です。

どうかお願いします。

もうほんとにやめてほしいですね。
まあ大体安い飲食チェーンに来るのは、うちの場合ですけど、中高年の老人がほとんどですね。で、そいつらはよく言えば「江戸っ子」ということになるんでしょうけれども、なぜかいつも不機嫌、注文をするときも不機嫌、早口や小声などでいうものだから聞き返すと怒る、商品提供ミスろうものなら怒る、会計時にポイントカードなど持っているか聴くと「もっていたら出してるだろ」といったような理不尽な言葉を発するなど、どこをとっても万死に値します。
それがですね、連休中などになると普段それらを利用しない客がくるものですからもう大変。ただでさえ常連のおやじたちは最悪なやつらなのにもかかわらず、さらに、あまり利用したことがなく、日々の生活でうっぷんを募らせているのか、なにかささいなことで、こちらがミスをしてもいないのに、過剰な自分の理想の要求により、いいがかりをつけてくる客が、全年齢でいるということですね。もう万死に値します。

この記事から何かひとつ哲学的なことを導き出せるとしたら、冒頭にも書きましたが、
「店員はあなたと同じ人間です」
ということですね。
お金を払っているお客様だから立場が上ということはありません。悪いですが、こちらも慈善事業ではなく、利益を上げるための営業活動ですので、きめられたルールのなかでマナーをまもってサービスを受けられない方は、営業妨害でサービスをお断りすることができます。ふだんはあまりやりませんが、どんどんやっていったらいいと思いますね。
適正な価格で適正なサービスをこちらは提供しているのです。
適正なサービスを提供できないと判断した場合は断る権利がこちらにはあります。

それを勘違い、はき違えてはいませんか?お客様は、お金を払えばなんでもできるんですか?
店員にはきちんとした言葉遣いで、正しい態度で、○○をお願いします。食べ終わった後にはごちそうさまでした、なんて挨拶をするのは当たり前ではありませんか?家族や職場の人間に挨拶するでしょ?
自分で食べたものを食べ散らかして帰っていませんか?ドレッシングでもなんでも、つくえにおいてあったものは元の位置に置いていますか?食器などはトレーのなかにもどしていますか?ちり紙などもまとめていますか?
こういうのって、普通親から学ぶべきものだと思うし、残念なことに親から学べなかったとしても、成長していく過程において、他の人を見て学ぶとか、自分で考えるとか、そういうことじゃないんですか?

ましてや意味不明な理屈で店員に暴言を吐いたり、悪態をついたりというのはもってのほか。万死に値します。お客様は神様ですか~?

特に老人におおいですが、日本語が不自由な海外のアルバイトの人に対しての態度がほんとうにひどいですね。日本人相手でもまあひどいですけど、外人になるととたんにひどくなる人などたくさんいます。
はいもう一度いいますよ、みなさん(特に老人のみなさん)、あなたたちの残してくれたこの生きにくい社会のなかで、日本人の子供はもう生まれません。だから海外から人を雇います。あなたたちが食べ物を気軽に食べて、そして介護をしてくれるのは海外の若者たちです。
はい、いいですか、もしかしたらわかってないかもしれないのでいいますが、海外の方も、肌や言葉は違うかもしれませんが、まったくぼくらとおなじ人間です、あなたとおなじ人間です。自分がとられていやな態度や行為はとってはいけません。大事なことなので確認しました。

まあもうムリなんですよ。
サービス業はこういうクソみたいな客ばっかりがきて、ただでさえ人手不足でひとりにのしかかる仕事が多くなっているなかで、こういう嫌な想いばかりをするということになれば、みんなやりたくなくなります。
無人レジなども、人件費削減というのもあるでしょうけれども、嫌な思いを店員がしないようにするためということも3割くらいその意味合いに含まれるのではないでしょうかね。

とりあえず僕がいいたいのはこれだけです、うざい客死ね。終わり


今後の日本について、若者には希望を、老人には死を

この記事は極めて主観的だし、客観性をよそおっているにせよ、あつめられた情報はネットの悪弊で、似た島のデータでしかない。だから、これをもってすべてを推し量るというのはよくないけれども。大学をある程度の成績で卒業したエリートオタクを自称する僕がここのところ得た偏った情報をもとに思うにいたった2017年5月現在の、とりあえずの分析結果を、ここに記しておこうと思う。何かの役に立てばいいが、役に立つこともなかろう。
ただ現状に対して悲観し、愚痴をはいているだけで、最終的になんの建設的な結論もないので、読む方は期待せずに流し読みしてください。

・「哲学ニュースnwk : 地方の惨状が酷すぎる。バイトは時給800円、正社員でも月給22万円。どうやって生活するんだよこれ」
https://twitter.com/nwknews/status/860509467636490240

・少子化がマジで深刻「子どもの数」は36年連続減少!15歳未満の子供の数は1年で17万人も減る
https://twitter.com/Jin115/status/860524517109579777

・「現代科学の敗北リスト」が笑えるようで笑えないレベル みなさんも気をつけて - Togette... (58 users)
https://twitter.com/hatebu/status/860188808066646016

・200RT : 某コンビニ社員になった新卒が心を壊されたお話
https://twitter.com/Jin115/status/860001366936174592

・200RT : 【ツライ】 大型連休のない接客業が「休みがないより耐えられないのは○○」 に共感の嵐
https://twitter.com/Jin115/status/860001372548218880

まあ基本的に情報や思想に偏りのあるまとめサイトでしか情報集めてませんので、そのレベルの知見なんだなと思ってください。
こんなにも事前に予防線をひくのは、もう人から期待されたりした結果、いろいろな苦情とか意見をもらうのがとても面倒になったからです。コメントはいりません。

なにはともあれ、まあいろいろと日本はやばいですね。世界全体でやばいんだけど、まあ特に日本は終わってますね、という話です。
世界からお話を始めますか。
まあ世界のトップリーダーであるはずの世界の警察アメリカが、オバマのような理性の人間の統治が8年続いたあと、まさかの感情的情緒的人間であるトランプをリーダーとして選んだところから、その世相は見て取れます。オバマも理性的人間だったとはいえ、平和賞をもらったような表の顔とはうらはらに、諜報活動などには力を入れていたようですし、やはり清廉潔白というわけにはいかないでしょう。結局いい意味でも悪い意味でも最先端の資本主義の国において、オバマケアのような社会主義的な思想はまったく受け入れられることなく、すべては自己責任の大義名分のもとによって、理性でおさえつけられたぶん、余計に反発の力が強くなり、トランプのような感情型の人間がリーダーになる結果を迎えたのでした。僕はこれを「幼稚化する現代」と呼びたい。
理性的に熟考を重ねるのではなく、「わかりやすい」自分が一番だという、非常に幼稚園児的な発想、骨髄反射的な発想に現代はなってきている、理性の力の減退ともいえるし、耐える力、堪える力が衰えてきているともいえるでしょう。その理由はいくつもあるにせよね。
本来世界をとりしまり、世界全体をより正しい方向へ向かわせなければいけない世界の警察であるアメリかが、もうその役目は疲れたと、こんどは自分中心主義でいきます、と急に子供になった。
日本も安倍首相のわかりやすい「美しい国」思想によって、憲法改憲、ついには9条に自衛隊を明記するということを明言しましたし、特定秘密保護法、共謀罪など、どんどん右翼化、警察や政府に権限を与える方針でやっていきます。僕もさいしょは奥田君みたいにそんなのは嫌だとデモにいったりしてみたりしたのですが、あ、これはもうとめようがないなということであきらめてしましました。生活面において精神的につかれていたということもありますけれども。まあそれはすべて安倍さんの思惑通りでしょうね。現代の若い人達の気力がない中でこういうふうに推し進めてしまう、それをみていてデモはやってみたけれどもまったくだめだったというところで意志をくじき押し通してしまう。すべて思惑通りでした。
理性の国であるEUを見れば、ギリシア経済の崩壊から、イギリスはEUを脱退。フランスでは現在大統領選挙中。国民戦線という極右政党のルペンという鉄の女が首相になるのか、あるいはルペンがならなかったとしても、自国のために経済に力をいれるというマクロン、どちらをとっても自国保守の思想からは逃れられない状態であります。
みんながみんな、自分の少々の犠牲はやむなし、みんなのためならば、という時代は終わり、もうこんなのやってられるか、俺さえよければそれでいいんだ、の時代の幕開けになりました。

そのような中、日本も自国さえよければの時代になってきているわけですが、まあみなさん余裕がないのでしょうね。でも日本は本当に余裕がない。心理的に余裕がないだけでなくて、ほんとにいろいろな局面において余裕がありません。
まとめサイトでいくつか記事をひっぱってきたけれども、とにかく何をおいても少子化があまりにもひどい。
少子高齢化はもはや歯止めなく、きわめて深刻な問題になっているといわざるをえません。4人に一人が老人のなかで、ゆくゆくは三人に一人が老人みたいな世界になるわけですね。
まあ何が一番悪いって、こういう日本を作り出した今の老人たちが一番悪いので、彼らには早く死んでもらいたいというのが、若者である私の率直な意見ですけれども。
とにかく金をもっているのは老人たちだけ。新入社員の記事がたくさん出てきた4月でしたけれども、まあ新入社員のみなさんは、ほんとうにこの理不尽な日本の社会において、きわめて理不尽な立場に立たされている。昨年の電通の女性新入社員が自殺した問題は大きく取り上げられましたが、あれは東大出の美人だったからという理由でメディアがこぞって取り上げたまでのこと。氷山の一角でしかありません。そこそこの大学を出ている、あるいは大学すらもでていない、顔もよくない男性、女性の多くの人がおそらく自殺していることでしょうし、自殺とまではいなかなくても、精神崩壊状態、うつ病、休職、あるいは仕事を辞めないまでも、自分の生活をまったく生きることができないまま、会社で社畜のように働く、家に帰って寝るだけ、の日々を繰り返していることでしょう。

もう本当にこういう文化は根絶しなければいけない。

だけれども、今60前後の会社役員たち、日本の経済界をひきいる中年たちは、そんなことは意にも介さず、責任を負う(実際は負わない)のだからという理由づけで高価な役員報酬をもらい安寧と暮らし、若者には、その報酬の100分の1である20万で生活しろと。
きわめて進んだ社会主義国である日本といえども、やはり役員たちは2000万をもらい、新卒、あるいはアルバイト、フリーターはそのほとんどの時間と労力をついやしているというのに月収20万、年収200万代というのは、やはりあまりにもおかしな資本主義というしかありません。

非正規も賃金ではひどいけれども、では正社員になったらどうなるかというと、まとめ記事でも引用したように、自分の生活をすべて犠牲にする、自分の時間はまったくとれないという状態になる。
若者に残された選択は、1、フリーターアルバイターで月収20万程度で働く。2、自分の時間、生活をすべて犠牲にして正社員になる。3、ニートになる。のいずれかで、お金と時間と体力に余裕のある生活はどれもできません。

本当にフルタイムで働くと自分の時間をまったくもてません。
となれば、職場での出会いくらいしか出会いはありません。
そもそもいろいろな記事でも話題になっているように、生涯で性交を持った年齢時代も高齢化し、ほとんどが童貞処女。いきすぎた資本主義、恋愛至上主義によるメディア戦略によって、われわれは脳の隅まで、美男美女だけのイメージを刷り込まれていますから、現実の、目の前にあるブスである男女が恋愛対象として目に入らなくなってきているのです。
男性たちはただでさえ経済的にも自信がもてないなかで、自信を喪失し、なにかあればすぐセクハラ、パワハラといわれる間違ったフェミニズムの台頭によって完全に委縮。男性から誘うことはもはやありません。男性はアイドルや二次元、アニメに逃避。
女性もこの後におよんで年収は400万以上とか、イケメンであるとか高身長であるとか、あるいはまだ専業主婦になるということを夢見ているドリーマーばかり。現実を見ていません。反対にふれれば、なに松推しだのと彼女たちも現実逃避。
しかし、現実を逃避したくなるような、現実と向き合ったら精神崩壊してしまう、すくなくともうつに近い状態になってしまうような(少なくとも現実を正しく認識しようとしたら僕はうつになった)現実であることは確かなのですから、まあ仕方ないと言えば仕方ない。
で、時間も金も体力もない。おまけに恋愛のハードルは極めてあがっており、どうせならひとりでいいやという時代。恋愛が成功しているカースト上位の人間でさえ、時間におわれ、体力は尽き果て、金銭的にもきわめて低賃金でこき使われている。
そのようななかで、だれがどうして子供を産もうというのでしょうか。

昔は結婚するのは当たり前で、マイカー、マイホームを持つのが当たり前の時代でした。ところが今では恋愛すら難しい。
これからの日本は、働ける人間の生産はすべて、莫大にふくれあがった老人たちを食べさせていくだけの年金に消えます。そして多くの労働力は、その老人たちを介護するのに当てられます。
老人に投資してもいいことはなにもありません。彼らはもはや何も生産できないわけですから。
こんな美談があります。もうこの世には未練が亡くなったという老人が、自ら食べることをやめ、眠るように息をひきとっていったという話が。私は過酷ではありますが、これ以上自分達の子孫を苦しめるくらいなら、という覚悟で老人のみなさんには老人介護施設でぼけーっとただ消費しかしないのならば、いさぎよく自ら食事を断る、介護を断る、等してみずからでけじめをつけてもらいたい。

この国は俺たちがつくったんだぞと言われるかもしれませんが、それにはこうお答えいたしましょう。あなたたちが作ったこのどうしょうもない世界のせいで、私たちは極めて困窮していると。こんな社会はこちらからお断りだ。こんな社会を作った人間には、その責任をとってもらいたいと。

とりあえずの解決策としては、最低賃金1500円はもちろんのこと、正規、非正規の枠をとりはずしていく。非正規でも福利厚生は正規と同じ、まあ実質正規非正規の枠はなくす。
そのうえで、老人にはどんどんけじめをつけてもらい、役員報酬はなくし、わかものたちにそのぶんの金をまわす。
年功序列ではなく、もっと平等な賃金に。年収2000万と20万が同立なのはあきらかにおかしい。それならみんな30万くらいで平均になればいいでしょう。
そして、長時間労働をやめる。
経済大国を維持するのをやめる。貧しくなるということを受け入れる。世界のなかでの列強をめざす、維持するのをやめる。みんなで貧しくなる覚悟をする。
労働を分配して労働の偏りをなくす。

このくらいです、解決策は。もうほんとうにこのくらいのことしかない。

僕はもう生きていくのがほんとうに嫌です、つかれました。だれか助けてください。終わり



4月鑑賞目録

アルボムッレ・スマナサーラ『心を整える8つの脳開発プログラム』(2015、サンガ)
田中 圭一『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち 』(KADOKAWA 、2017)

『TRICKSTER 江戸川乱歩「少年探偵団』(24話、2016-17)
『この素晴らしい世界に祝福を!2』(10話、2017)
『セイレン』(12話、2017)
『テイルズオブゼスティリア』(25話、2017)
『ハンドシェイカー』(12話、2017)
『クズの本懐』(12話、2017)
『AKIBA'S TRIP』(13話、2017)
『風夏』(12話、2017)
『カオスチャイルド』(12話、2017)
『聖闘士星矢』(114話、1986-89)
『ACCA13区監察課』(12話、2017)
『ローリング☆ガールズ』(12話、2015)
『聖闘士星矢 冥王ハーデス十二宮編』
『聖闘士星矢 冥王ハーデス冥界編 前章』
『聖闘士星矢 冥王ハーデス冥界編 後章』
『聖闘士星矢 冥王ハーデスエリシオン編』


『ルパン三世 princess of the breeze 〜隠された空中都市〜』(2013)
『怪盗グルーの月泥棒』(2010)
『さらばあぶない刑事』(2016)
『聖闘士星矢 天界編 序奏〜overture〜』(2004年)
『名探偵コナン から紅の恋歌(ラブレター)』(2017)

欅坂46の文学性

欅坂46は2015年8月21日に誕生した、アイドルユニットである。2016年4月6日サイレントマジョリティーを筆頭に、いままでに4作アルバムを発表。先日、2017年4月5日には第四作目となる新作、不協和音を発表し、NHKの歌番組SONGSでも特集がくまれたり、今話題沸騰のグループである。
最近めっきり記事をかかなくなった僕だけれども、このグループについては、なんか感想めいたものを少し書いておきたいなと、ひさしぶりに思わせるものだった。それはなぜかというと、そこになにかしらの「何か」を感じたからである、それをタイトルでは文学性と表現したけれども、そんなものは音楽性でもなんでもいい。

自分の言葉で表現してもよかったけれど、Wikipediaに端的にのっているのでそれを引用しよう。
「アイドルソングとしては珍しい低音寄りの構成で[41]、軍隊のような衣装と[注 1]、統率されたダンス[37]、メッセージ性の強い歌詞を[44]、女性アイドルグループらしからぬ出立ちでクールに表現し[45]、「システマティックに作られた社会を象徴するシーン」と「若者の力強さと勢いを表したシーン」の2つの情景が取り入れられている」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC
サイレントマジョリティーとはどんな作品かと聞かれたら、このような要素を取り上げることができるだろう。
それまで、古くまでさかのぼれば、アイドル全盛期時代から、アイドルユニット、おニャン子、モーニング娘。それから00年代にはいってからの圧倒的だったAKB。乃木坂などの流れがある中で、このユニットはあきらかにそれらの系譜からは逸脱していく流れである。
それまでのを踏襲して、それを補完しているといってもいいかもしれない。
とにかく、センター平手友梨奈15歳を筆頭にしたこの数あるグループのなかでも特に平均年齢の低いグループは、通常の流れであれば、「かわいさ」を一番に押し出してくるようなところを、あえて直球ではなく変化球で投げたというのがおもしろかった。それさえも、秋元康の思惑にからめとられているところを思うと、なんともいえないところがあるが。

いまのところ、けやき坂の4つの表題作は、二つに分類することができる。
すなわち、システム化された社会に対する若者の抵抗という社会的メッセージのある『サイレントマジョリティー』『不協和音』と、もうひとつは、季節を描写したような『世界には愛しかない』『二人セゾン』である。
サイレントマジョリティーのほうが、世間ではどうも人気があるようなので、あのセンセーショナルな、尾崎豊のようなアンチ現代社会の批評が、意外と現代のわかものにはいいらしい。
大卒で批評を専門として勉強してきてしまった、20代半ばくらいの人間になると、あの若者の痛切な叫び、みたいなのは純粋にそのままではなくて、秋元康が言わせているものだしなあ、といううがったみかたをしてしまうので、私にとってはこちらのふたつの作品はなかなかつらいものがある。
特に最新作の不協和音は、途中で二度さけばれる「僕は嫌だ!」という叫びが挟まれるが、うーん、いきすぎじゃないかなあと思わなくもない。また個人的に好きでない、ロボットのような不自然なダンスがこの二曲にはあるので、この二つの曲は、その政治性(批判している大人、社会の代表格ともいえる秋元がいわせている、「マッチポンプ」)と、そのダンスにおいて私はあまり好きになることができない。
それを現代の高校生くらいは、わあすごいなあ、僕もこのうっくつして、出口のない日本社会においてそう思っていたんだ!と素直に思えるのだとしたら、それはとても純粋だが、私からしてみたら、ちゃんと大学にいってそういうものに対する批評性をみにつけないと、あなたこそ「サイレントマジョリティー」に結局なっちゃうのよ、なるのならせめて「サイレントマイノリティー」か「ノイジーマイノリティー」になろうね、といいたい。

だが、秋元康のそうしたマッチポンプ的、あまりにもうますぎる商業的精神がかいまみられるこれらの作品はおいておいて、彼の季節や自然を切り取る文学性においては、やはり一目を置かねばならない。私はいままでずっと文学に政治を持ち込むなと思ってきているが、やはりそれをやられるとだめだ。
その点、それがない季節を描写した二つの作品『世界には愛しかない』『二人セゾン』は、とても美しい作品だと思う。
『世界には愛しかない』が、春から夏にかけて、『二人セゾン』が秋から冬にかけてを表現している。
『世界には愛しかない』は、学園生活の風物詩でもありそうな、もはやそんなものはもうあまり行われていないのかもしれないけれども、学園祭なんかでだされそうな、朗読劇調で、朗読がはいる。やや過剰な演出だなと私は思うけれども。
私が最も好きで、もっとも自然だと感じるのは、『二人セゾン』
二人セゾンは本当にすばらしいと私は感じた。なんといってもメッセージ性があるにしても、政治的ではないし、あるとしたら、それは今という一瞬を大事に生きろ、といったような毒のないメッセージだからだ。そしてダンスも作品のなかで、もっとも「キレイ」である。『サイレントマジョリティー』にしても『不協和音』にしても、まさに不協和音など、タイトルがしめすように、もとから調和を目指していない。調和をたっとぶ、どちらかというとキレイ目好きな私からは、違和感を覚えざるを得ない。それに対して『二人セゾン』のあのうつくしい、整ったダンスはなんとも形容しがたい。
途中間奏中に平手がうでをふりまわしながら踊る場面があるが、若者の熱い生命力を表現するとしたら、ああいうほうが私はとても自然だと感じる。

しかし、この4作で出し尽くしてしまった感はある。
これから秋元先生が、けやき坂のためにどんなテーマの楽曲を書き下ろしてくれるのか、今後が気になる。

一点私が気になるのは、あまりにすごいとはいえ、この四作すべてセンターを平手が勤めさせられていることだ。そもそも15歳の段階で、まだ人間としてはあまりに未熟すぎる、彼女には極めて大役であるといえよう。それにSONGSでも見られたように、彼女はもともとあまりアイドルが向いているような子ではない。どちらかというと奥手で、マイナス思考なくらい女の子だ。その点は、秋元プロデュースのAKBの前田敦子とも共通するものを感じないではないが。まあああいうくらい感じの子が日の目を見れるというのを体現してくれている秋元は、私はなんだかんだいって彼のことが嫌いだけれども、そういうことを体現してくれているのは、若者にとって希望となり得ていることは確かだと思う。
AKBは、いまのところ、卒業した彼女たちは、それぞれ自分の仕事を、AKBに所属していた時よりかは減っているとはいえ、それぞれが独立した、少女から大人の女性になっていっているのを見て、私は安心をしている。
だが、これまで日本の芸能界が、かずかずの子役をすりつぶしてきたのと同じように、他のメンバーが17,18,19くらいであるなかで、1人だけ15歳である平手が、根を挙げはしないかと私は思う。
根を挙げなかったにしても、彼女の一回性の大事な人生を、極めて困難な青春時代にしないかと心配になる。彼女がこれから秋元の加護があるとはいえ、大人のダークな芸能界の世界のなかで、その純粋性を保って無事に大人になれるのか、擦り減らないか、息詰まらないか、大人が少女の純粋性を利用してお金にしていることがどんなことか、考えなければならないと思う。
そこは見守っていきたい。それが大人の責任だと思う。

2017年3月の映画鑑賞 『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』『ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』『モアナと伝説の海』

一応エリートオタクを自称する私としては、大学を卒業してもなお、文学士としてのほこりを持ち、映画鑑賞、文芸をチェックしていくことを怠ることはない。
といってもすべてを完璧にこなすことは、『アバウト・タイム』に登場する父さんのように、なんども時間を往復して作品を味わい尽くすことができるわけでもないので、仕事も忙しく自分の時間のもてないなか、限られてはしまう。

ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険
ネットでも話題となっているようである。私はそれらにまで時間を割いている余裕がないので、ネットでどのような批評が繰り広げられているのかしらないが。
モアナを見に行ったところで、時間に都合があったので、その時間にやっていたドラえもんをみることになった。ドラえもんの映画を劇場でみるのは、ほんとうに久しぶりだ。小学生の時にかなり話題になった「ワンニャン時空伝」を見て以来だから、ほんとに13、4年ぶりくらいではないだろうか。
ワンニャン時空伝は、大山のぶ代がドラえもんの声を担当した最後の映画ということもあり、今思えば一つの時代の節目だったような気がする。
一応ドラえもんとクレヨンしんちゃんの劇場版は、旧作はすべて一度は目を通している。
ワンニャン時空伝以降、声優が交代して以降の作品は次の通りだ。
のび太の恐竜2006
のび太の新魔界大冒険 〜7人の魔法使い〜
のび太と緑の巨人伝
新・のび太の宇宙開拓史
のび太の人魚大海戦
新・のび太と鉄人兵団 〜はばたけ 天使たち〜
のび太と奇跡の島 〜アニマル アドベンチャー〜
のび太のひみつ道具博物館(ミュージアム)
新・のび太の大魔境 〜ペコと5人の探検隊〜
のび太の宇宙英雄記(スペースヒーローズ)
新・のび太の日本誕生
旧作時代だからのドラえもんファンとしては、あたらしい声優は、というややアンチめいた感情をもたないでもないが、それでもすでに彼女たちも10年もやっているのだから、そういうことをバカにはできないし、そういうのをいつまでもバカにする態度は老害的態度といわざるをえない。
だが、地上波アニメも声優が交代してからしばらくはみていたが、原作者の不二子・F・富士夫がなくなったということもあり、ストーリーは以前のものの作り直し。私のなかでは記憶があるから、なんだ焼き増しじゃないかと思わざるをえなかった。劇場版についても、きちんと見ていないが、「新」がつくように、それらは過去の名作たちの作り直しでしかない。
新劇場版のほうで見ているのはのび太と緑の巨人伝と新・のび太と鉄人兵団 〜はばたけ 天使たち〜か。鉄人兵団は、加藤浩次が声優を担当したということで話題になっていたのを記憶している。鉄人兵団は、コンスタントに旧作とみたため、その差異があきらかとなり、20年の年月が経つと、どのように表現が変わるのかということを感じた作品でもあった。
新~がついている作品と旧作との比較、というのは、この二三十年での子供向けアニメにおける表現の変容としては、非常に参考になる資料だ。私はいまのところそれらの研究をする精神的な体力も時間もないが、よい視点だとは思う。大学生レベルでもできる比較研究だろう。

今回のカチコチは、完全オリジナル作品というわけであるが、ドラえもんはしばしば自然や科学(科学技術や科学倫理)についての視点を子供たちに提供してきたように思う。
たとえば、私が生まれた年である92年の名作 のび太と雲の王国では、行き過ぎた環境保護(きわめて過激的)は、結局人類をリセットするというノアの箱舟的なところまでいってしまい、一見いいとされるはずの環境保護でさえも行き過ぎはよくないというきわめて啓蒙的な、批評的な作品であった。
今回のカチコチは、とある星での科学技術がきわめて発達したために、その科学の暴走をおさえられなかった人達の悲劇が描かれた。それは日本のアニメが70年代くらいからずっと追い続けて来たテーマであり、そういう意味でこの作品はテーマとしてはとても古いものを取り扱っているということができる。たとえば行き過ぎた科学などで自分の星をほろぼしてしまった、というようなのは、銀河鉄道999や、宇宙戦艦ヤマト、マクロスなどに何度も登場するテーマである。
また自分たちの作り出してしまった兵器がコントロール不能に落ちるという点で、ナウシカの巨神兵を思い起こさせられた。こうした過去の日本のアニメ史へのオマージュが今作は非常にあったと思う。

さすがに2017年という時代だけあって、ドラえもんの映像はきわめてうつくしかった。
セル画的な雰囲気を残しつつ、おそらくデジタルで描いているのだろうけれども、昨今の不自然さがぬぐえないようなCG作品とはことなり、手が書いたような線描がとても温かみを帯びた絵であった。
ドラえもんといえば子供向けであるはずであるが、大人の私がみてもそん色ない作品であったことは確かだ。満足はした。

モアナ
モアナはさすがディズニーという感じであった。これは私のなかで、五段階評価で5の満点を獲得する作品である。
去年一月仕事を休んでハワイでバカンスをしていたということもあり、ポリネシア、太平洋文化といったものを下敷きにしたこの作品に思いを寄せることはいくつかあった。
たしかに今と違ってどこにどんな島があるともわからないなかで、立派な船をつくれるわけでもないなかで、あの広大な大海原へとでていく人間たちの心理はやはりすごいものである。

これまでディズニーはプリンセスが主人公で、そのプリンセスがいかにイケメンの王子様のハートをしとめて「幸せ」になるか?ということを描いてきた。シンデレラ、白雪姫、アリエル、美女と野獣(はややテーマ性がことなるけれども)すべてにおいてそうだった。
それが、70年代ころからはじまる女性解放運動、フェミニズムの台頭によって、痛烈に批判され、それがようやく作品をつくる人間にまで無意識のところまで落とし込んできたのがようやく2010年代ということで、『アナと雪の女王』では、恋愛関係ではなく、人間と人間としての姉妹愛があればそれでいいじゃないか、というフェミニズムにのっとった作品になっていた。これまでの自分の歴史を反省するということをディズニーという巨大な組織ができるようになったのが、やはり時代として意味があるのではないか。
ディズニーに買収されたルーカスフィルムの『エピソード7』もまた女性が主人公であるという点で、フェミニズム的な視点に基づいた作品だったと思う。

今回のモアナもまたそうである。女性が主人公であり、主に登場するのはモアナという少女と、半神半人のマウイという男性のみ。ふつう男女が二人いたらそこには恋愛が自動的に発生しそうなものであるが、そうではないと、たとえ男女二人組であったとしても、性的な関係以外の関係も構築できるだろう、恋愛がすべてではないでしょう、という文化的多様性を見せたのが今回の作品である。

話しはいたって簡単であった。かつてあった調和がとれた世界。そこからマウイというトリックスターが大事な宝を持ち去ってしまう。それが世界の混沌のはじまりで、世界に新しい秩序をとりもどすために、それを元に戻すというそれだけの話だ。話としては非常にふるめかしく、なにか新しいことがあるというわけではない。
話しもきわめて簡単で、モアナという少女がその宝を返しに行くという一点のみ。
日本のアニメのなかで動線がもっともシンプルでわかりやすいのは、ジブリのラピュタのような作品であるが、それ以上にシンプルであるという点で、さすがにディズニーだなと思わずにはいられない。動線がシンプルということは裏返せばストーリー性はないので、へたをするとつまらない、軽薄な内容、となり得ないことはないのだが、それにもかかわらず非常におもしろさを感じるのは、やはり往年のディズニーといったところであろうか。
それと引き換え、日本のアニメーションはというと、2016年に大ヒットした『君の名は』からつづき『声の形』『この世界の片隅に』そして今回の『ひるね姫』、あるいは3・24に金曜ロードショーにで再び再放送された『おおかみこどもの雨と雪』など、もう動線がぐちゃんぐちゃんで、なんなのかよくわからない。そういう技巧をこらさなければならなくなってしまっている、というのは日本のアニメ映画界での衰退ではないかと私は危惧する。『君の名は』はたまたまマーケティングがうまくいっていたので大ヒットしたものの、はっきりいって難しいだろう。よくわけがわからないまま、なんとなく感動したということになっているのではないだろうか。

ひるね姫
ひるね姫には期待していたものの、うーん、日本アニメ映画界のわるいところをそのままトレースしてきてしまったかという感じがして、3点台後半というところだろうか。
やはり動線がごちゃごちゃしているのがいけないと思う。
というか、二つの世界が徐々に近づいてきて交差するというのは、どう考えても村上春樹的(世界の終わりとハードボイルドワンダーランドや、1Q84など)すぎて、日本の文芸は、そういう物語が好きなんですか?といわざるをえない。『君の名は』にしても、二つの世界が徐々に近づいてきて交錯するという点で、この傾向を逃れられない。
瀬戸内海を舞台としているという点で、どうしても私としては『ももへの手紙』や『崖の上のポニョ』と絵のイメージが重なってしまった。

そして語られる夢の物語の主人公が実は自分ではなくその母であった、ということなど、謎解きとしてはとてもおもしろかったものの、結局その二つの交錯する世界の関係を最後まで説明できなかったのは非常に残念である。それを読者にまかせるというのはひとつの手ではあるけれども(村上春樹も謎を回収しないままなんとなく終わってしまうということで、それは読者へ対して失礼ではないか、と散々批判された)、あまり気持ちのいいものではない。シンゴジラのように、解釈合戦をひきおこさせたい、そうした謎にみちた、本編で解決しないというのは、いかにも春樹の『風の歌を聴け』庵野の『エヴァンゲリオン』的であるといえなくもないが。

結局あの魔法が使える国のおはなしは、なんだったのかということがよくわからない。
世界が同時並行的に存在していて、その二つが密接につながっており、まったく違う論理、ひとつは我々が住んでいる現実、物理法則にのっとった世界と、もうひとつは非科学的な法則、魔法の法則が通用する世界がある、という解釈もできる。
あるいは、魔法の国の物語は、いわば「象徴」なのだ、現実をそういうふうにたとえて、比喩をしているのだ、ということもできる。
まあその二つの世界が密接にむすびついているとして、いったいあの「鬼」という存在はなんだったのか、というのは最後まで謎が尽きない。渡辺という人物があやつることができたようであるが、それは魔法の国の話であって、あの鬼が現実世界のなにに相当するものなのか。
おそらくそれは、現実における、あの会社が負うであろう、社会的な負の力というようなものだったのだろう。オリンピックの開会式で車が制御できずに、世界中からバッシングを受け、ひとつの会社がつぶれてしまう。ひとつの会社が国と置き換えられる象徴世界においては、その国をつぶすだけの、ひとびとの想いは鬼ということになるのであろう。それを言葉巧みにあやつって、会社をつぶす、ダメージを負わせるというのはたしかにできたのかもしれない。



プロフィール

幽玄

Author:幽玄

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

アクセスランキング
[ジャンルランキング]
小説・文学
156位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
13位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。