スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『家庭教師ヒットマンリボーン』(203話、2006-2010) 感想とレビュー ゼロ年代を生き抜く3つの生き方


ひょんなことから『家庭教師ヒットマンリボーン』を全話鑑賞してみようという気になった。アニメにして総数203話である。これまでにないほどの長さだ。1クール12話の作品が短編小説、2クールが中編、4クールが長編小説と考えると、それ以上である100話をこえる作品は文学作品でいうところの大河小説といったところだろう。いままで『レ・ミゼラブル』や『百年の孤独』を読破した経験から、だいたいそれに対するときと同じような心持で向かった。
しかし、この作品は思っていたほど重い作品ではなかった。もちろんこれだけの量を一気に鑑賞するのは初めてのことであったから感慨は大きいが、しかし流れてしまえばそんなもの、という感じである。

さて、今回アニメ203話のリボーンという作品を鑑賞してみて、私はこれは批評に十分に足る作品だなと感じた。例えば同じくジャンプで連載されていたワンピースやナルトと比べると、その娯楽的な愉しみという点に限っては劣るかもしれない。しかし、この作品がゼロ年代をかけぬけたという背景を考えると、その批評性というのが浮き彫りになってくると思うのである。

この作品のすばらしいところは、まず日常系とバトルものという異なる別ジャンルの描き方を両方とったという点である。日常系は後半につれ、ほとんどなくなってしまうものの、前半ではそのバランス感覚は非常に優れており、これからの作品の目標となるべき視点を獲得したと思われる。ここ最近、藤島 康介原作による二大作品、『ああっ女神さまっ』と『逮捕しちゃうぞ』を鑑賞していて、その「日常」の描き方に、やや胃もたれしていたころ合いであった。もちろん80年後半から90年代における、変わらない日常のなかでどのようにして私たちは生きていくのかというのは、非常に重要な視点であるし、「変わらない日常」が失われてしまった現代においては、ゼロ年代、10年代のサブカル作品はこぞって、幻想的なエターナル的な学園生活を作り出し、そこに耽溺してしまっている。

日常系についてそのような文化的時代背景があるなかで、この作品は、ゼロ年代のただ耽溺するだけという日常に陥る寸前の日常を描いている。しかしそれだけで終わらないというのがこの作品の批評性であり、やはり主人公たるものは成長していかなければならないという点において、この作品は他の日常系の回帰的な時間軸の作品とは異なり、直線状の時間軸への移行がはかられているのである。だからこそ、『ああっ女神さまっ』や『逮捕しちゃうぞ』を観終わった時に、その日常への一種の酔いのようなものを感じながらも、同時にそこからの別れの悲しみも味わってしまうという複雑な、それでいてもうやめてほしい、というような感覚を覚えるのに反して、この作品には直線状の時間軸があるからこそ、風が吹き抜けていくような開放感があり、なによりも見ている者へのつらさ、というものがないのである。

この作品がするどい批評性を持っているのは、まず一点目に主人公である沢田綱吉の生き方のスタンスである。このツナの生き方こそが、宇野常寛のいうところの「ゼロ年代の想像力」のなかでどのようにして生きていくのかという実践的な知見になっていたわけである。詳しく論じていきたいと思うが、タイトルでも表記したように、ツナの生き方の他に参考になる生き方が他に二つあり、それは大空の炎の共にともすことになった、マーレリングの守護者、白蘭と、アルコバレーノの守護者であるユニである。他の登場人物が、例えば山本武、獄寺、お兄さんのように記号化された熱血キャラか、あるいはひばりや六道のように記号化されたクールキャラで、ほとんど現実とは乖離したキャラクター造形であったのに対して、この大空という作品内における重要なモチーフを背負った三名はそれぞれ独自の生き方を示したのである。

まずこの作品が連載されたのが2004年から2012年においてのことで(アニメは2006から2010)あり、この作品の想像力が宇野常寛のいうところの「ゼロ年代の想像力」の範囲内であることは疑う余地がないだろう。
事実この作品の主人公であるつなは、自らは望んでいないにもかかわらず、強制的にマフィアにされ、そこでの戦闘をしなければならない。そこからは、逃れることができないのである。つなには、およそ現代の若者と同じく、暴力を嫌い、なにもできず、なにもしない、という消極的な姿勢がある。これは、現代の若者にとっては感情移入しやすいキャラクター造形だったのではないだろうか。ほかのジャンプの作品が、現実とは乖離して、やる気に溢れたキャラクターであるのに対して、はにかんで自分からは特になんの行動も起こさないつなという人物は非常に現代的であったはずである。

にもかかわらず、そのような非暴力主義の人間をも、戦闘に巻き込むというのが、ゼロ年代の想像力である。この厳しい生存競争の時代において、なにもしないでは生きていけないという厳然たる事実がおおくの若者を襲ってきているのである。そのような事象を作品内において比ゆ的に示しているのが、突然マフィアにされ、戦闘に強制されるところのつななのである。痛みのない優しさでつつまれた日常にひたっていたと思ったら、突然暴力を振るわなければ暴力をふるわれる、というバトルロアイヤル的な世界にひきずりこまれることになる。

そのようななかで、つなは、当初仕方なしに戦っていくが、それでは仲間が傷ついていくということで、より暴力を少なくするためならば、立ち向かって戦わなければならないということに気づき、戦いに赴くのである。
ところが、現代において実際につなのように戦っていける人間というのは少ない。いや、ある意味では普通に社会生活を送ることができているのは、つなのような生き方を選択した人間なのかもしれない。この暴力的な世界のなかで何もしなければ殺されてしまう、では仕方なしにより少ない暴力のために戦おう、ということで、就活をし、社会にでていっている社会人はみなつなの仲間ということができるだろう。

しかし、現代社会においては、少数派であるが、この暴力的な世界を目の前にして、完全に着れてしまった決断主義に陥ってしまうか、あるいは自分の非力さに絶望し、なにもしないままに死んで知ってしまう、ひきこもりになってしまう人たちもまたいるわけである。この作品の優れたところは、それらの少数ではあるが、このゼロ年代において見逃しきれない両極の人物をきちんと描いたということにその批評性があったのである。

言うまでもなくそれらの代表となって物語のなかで比ゆ的に登場するのが、白蘭とユニである。白蘭は、死ぬ間際に、確かになにかに対して熱くなることもできなくはなかった、しかし、冷めてしまうのだ。この気持ち悪い世界のなかにおいては、という世界とのつながりを決定的にもつことができなかった、メタ的な視点をもってしまった人物として描かれている。圧倒的につまらないこの現前する世界をなんとかしなければならないという一種のヒロイズムであり理想主義は、人を容易に決断主義へとおしすすめる。すなわち絶望し、いそぎすぎたがためにそれらの人物はこの世の中をかなり強引な仕方をもって変革をしようとするのである。だからこそ白蘭は選ばれたということを担保に、この世界を支配するという力を得、駆使していくのである。

これらの人物というのは、例えばガンダムにおけるシャアの立ち位置にあった。もともとは全共闘を戦った理想主義の学生たちの成れの果てである。現代においてはそのような、危険ではあるが、しかし確かに元気があった人物というのはもはや少ない。それだけ社会が硬直し、もはや少数の力では変革をすることができない、という前提が徹底的に叩き込まれてしまっているからである。
確かに少数、このような人物が現代にもいるかもしれない。しかし、そのほとんどは、無難なつなの生き方に徹してしまうのである。そして、少数ではあるが、この世界に絶望し、自分の力では何もすることができない、したくない、というひきこもり主義の人間は、このあまりにも暴力的な世界によって殺されていくのである。それがユニの存在なのだ。

ユニの存在は、現代のひきこもりやニートたちのことを象徴的に表している。彼女はつなと同様、非暴力主義の人間である。そしてつなと決定的に違うのは、つながそれでも戦う意思があったのとは違って、こちらには完全に戦意がないということである。戦う術もない。ただ生まれた時から世界(アルコバレーノ)によって呪われているのである。だとすると、このようなどうしても暴力的な世界に組み込まれていく世界のなかで、暴力を振るいたくないし、振るわれたくない人間というのは、死を意味するしかない。それは社会という世界にはコミットできないという意味でも、社会的な死である。だからこそユニは最後に希望を他者に仮託することによってみずからは死を選んだのである。現代のおたくやひきこもりの人間が、私を含め、この暴力的な社会に対応できずに、社会との接点を絶ち、ひきこもってしまう、というのはこの社会においては大きな問題となってきているのだ。

このようにして、もちろん物語の構造上、つなという主人公が全面的に出てはきているが、白蘭、ユニという大空の炎を持った主人公と同レベルで重要な人物の生き方を描写することによって、この作品は、単なる日常バトルもの、といったジャンルわけを越えて、ゼロ年代における生き方を三通り示すことに成功しているのである。それは、ワンピースやナルトといった作品が為し得なかった重層的な構造を生み出しているのである。


コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

幽玄

Author:幽玄

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

アクセスランキング
[ジャンルランキング]
小説・文学
247位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
17位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。