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2015年の総括 今年は正直キツかった


いろいろとあった2015年。今回は31日、2015年最後の日ということもあり、今年一年を振り返り、総括をしてみたいと思う。
今年一年は、私にとっては自分を見直す一年だった。
まずはまだ大学生だった4月まで。
去年の12月から、今年の1月半ばまで、私ははじめてバックパックを背負い、旅をした。それまで観光を目的として旅行は旅行好きな父にだいぶつれられて、子供のころからヨーロッパなどをほとんど制覇していたが、私自身が友人と二人だったとはいえ、一人で自主的に旅をしたのははじめてといっていい。まあ、正確なところをいえば、その友人についてまわっていただけであったのだが。
南米という、ほんとにドラゴンクエストの世界のようなどこまでも延々と続く荒野を旅したなかで、一月間、私は自分と向き合うことになった。
私が好調だったのは、大学を卒業するまでだった。

先日アブダビ日本人学校の同窓会があって、その保護者や教員たちが一同に会した。その場で、私は小学一年生のころの恩師が、手相をみることができるというのをはじめてしった。
非科学的なことに疑いの眼差しを持っているひねくれた私とはいえ、まあそういう非科学的なこともあり得るだろうと、どこかでスピリチュアルな、ロマン主義的な傾向もある私は、案外容易くそういうのを信じてしまう。いくら小学一年生のころ、6人ほどしかいないクラスで一年間みっちりと付き添い勉強したからといって、10何年もほとんど会わなかった私のことをそう理解することができるはずもない。
しかし、先生は私の手相をみるや、私が自分で感じていることを、ずばっと明文化してくれたのである。

まず手相をみて一言目が、「感情のコントロールが難しいんだろうなあ」というつぶやきにも似た発言であった。まったくその通りだ。私は大学にはいってしばらくしたあたりから、精神を壊し、徐々に怒りっぽくなっていった。嫌、もうすでに中高、恋愛や友人関係で悩み、人をずっと恨み続けた学生時代だったということを思い出す。うらみやつらみというものにしばられつづけることはやめたい、そう思い、自分の感情をコントロールというか、できるだけ抑え込むようにした大学時代だったが、それも上手くいかず、特に怒りをコントロールすることができずに、カーッとなってしまうことがしばしばあった。それを通い付けの心療内科に相談したところ、漢方で、抑肝散、肝臓の動きを抑える薬をもらい、あまりイライラしないようにしているのが現状である。

そうしてこれが僕の生きづらさの原因でもあるんだけど、僕は本質的に矛盾しているのだ。それを明確に先生は指摘してくれた。とても内向的で、個性的で独創的である。他人よりもすぐれた感性を持ち、感情、感覚の人間である。その反面、こうしなければならない、という規範意識も強い人間で、他者のまなざしも必要以上に気にしてしまう、他者を思い遣り過ぎる人間である、と。
まさしくそうだ、僕は自分のやりたいようにやりたいし、ルールなんて他者が勝手に決めたものは、従う必要などないと思っている。しかしその反面、では自由奔放にやればいいのかというとそうではなく、他者が勝手に決めたルールに従う必要はないけれども、自分のルールには従う必要があると思い込む人間なのだ。だから、自分の思い通りにならないと、感情がうまくコントロールできずに、カーッとなってしまう。そしてその時の感情のまま、たとえばTwitterなどで暴言をはくから、人々がだんだん私からはなれていってしまう。

4月から始めた非常勤講師は、それ自体はとてもホワイトな環境でほんとうは続けたかったんだけれども、学校があまりにも遠く、朝5時おきというのがあまりにもつらく、そして職場の人間、つまり他の先生たちがあまりにも体育会系的で暴力的、私にもいちいちうるさいのがどうしても我慢できなくて、たった二ヶ月でやめてしまった。
それからがつらかった。もちろんそれまでの学校もつらかったが、いよいよいかなくなり、やめてしまったあと、6月、7月というのは一番つらかった。
完全にうつになってしまい、抗うつ剤を呑んでもあんまり効き目のないような、ほんとに何もできない期間が長いことつづいた。一番ひどいときで、なにもできず、一日一食、お風呂も一週間はいらなかった時もある。今となっては毎日お風呂にはいることくらいなんともないが、その時はお風呂にはいりにいくというのが、どうしようもなく大変なことだったのだ。そんな時期を乗り越えた。

半年間にも及ぶ長い引きこもりの時期は、あることがきっかけで終止符がうたれる。(ちなみにだが、斉藤環先生の本などを読むと、引きこもりとうつの定義とは、6カ月以上継続していることをいうらしいので、たしかだが、だから私は正確にはひきこもりでも、うつでもない。あきらかに症状のそれはひきこもりうつだったが)。
私はつねづね作品は人に強い影響を与えると主張している。それは、人間が人間に与える影響と同じである。人というのはどうしたって模倣しかできない。大人になって、たとえばふとしたときにとった行動というのは、子供の時から、まわりの大人がしていることを見て、覚えていて、それがもう意識のうえにのぼってくるものではなく、意識化、潜在意識のなかに組み込まれてしまっているのだ。私自身も、ふとしたときに、あ、この行動やあの時のあの先生のやり方だなとか、前に動画でみただれそれのマネがはいっているなと気づくものである。だから、よくあるアニメやゲームの愛好者が殺人をおかしてしまった、というようなことは、本当はその通りだと私は思っている。
しかし、だからといって規制すべきだとは私は思わない。ここが私が多くの意見とは異なる部分である。作品は確かに他人の行動を規制するくらい強い潜在能力を秘めたものである。だが、だからといってそれを規制するべきではない。私は逆説的ではあるけれども、犯罪や人殺しさえすら、する自由はあるべきだと思うからである。
さて前置きが長くなったが、私は10月の最後くらいに、陰陽大戦記というおそらく子どもを視聴者に考えられたアニメをみていた。2004から5年の作品である。この作品、実はなかなか裏設定が複雑重厚で、もはや大人となってしまった私がみていても鑑賞にたる作品だったのだが、それはおいておいて、作中に、主人公のお兄さん的存在が牛丼の弁当をよく食べている場面がある。これをみて、私は牛丼が食べたいなと思い、牛丼を駅前まで買いにいったのである。で、そこでバイトの募集の看板を見て、時給がとてもいいので、そこでバイトをしてみようと思い、応募してみたのである。一度そのことを知人に話したら、牛丼屋なんて大変だからやめなよと言われたけれども、実際にいってやってみると、とても楽しく、そのおかげでひきこもりうつから抜け出すことができたのである。

だから私は陰陽大戦記に救われたことになるのだ。もう少し話を大きくすれば、わたしのひきこもりとうつは、アニメを見たい、アニメが好きだという、私自身の欲望によってすくわれたのかもしれない。
最近うつ病患者にお金を毎月やったらうつが改善したという記事があったけれども、やはりうつとは社会的な病気で、たとえ消費をするという活動でも社会との接点を持つことがその改善につながるのだなというのは、あらためてであるが、納得できる内容であった。

ひきこもりも徐々に回復に向かいつつあった9月に、私は大学時代の部活の合宿に顔を出したのだが、最後にその合宿で事件がおこった。というのも、例の手相の先生が、「いいときはいいけれども、だめなときは箸にも棒にもひっかからないくらいわるい」と表現してくださったごとく、だめなときはほんとにだめで、私自身は回復のためと思って合宿に参加、転地療養をしようと思ったのだが、Twitterで根暗なことばかりをつぶやいていたのが原因で、後輩達からものすごく嫌な人間として思われていたからである。
特に政治的な見解の違いから私を嫌いになった後輩の女性がいて、その人はそういう政治的な見解の相違から、私自身、人間自信を嫌いになったのである。そういう違いをきっちりとわけることができない点で、非論理的だし、子どもだなと私は思ったが、世の中いったもの勝ちだし、わがままや感情的であるほうが、一時的には有利なのだ。
彼女は私がパワハラ、セクハラがひどいというのである。私はもちろんそんなことをしているつもりはない。しかし、こればかりは、そう思ったほうに利があるのだから、彼女がそういうのならそうなのだろうと納得するいがいにほかはない。まったく理不尽だと私は思うがね。彼女は私のことが嫌いなのである。なによりにもましてそれが先行する。だから、彼女にとっては私の言動のひとつひとつは、全て嫌いな先輩から発せられたものであるから、すべてがパワハラ、セクハラに見えるのである。

他の後輩にも、もっと前向きにいきるべきだと言われた。まだ二十歳にもならない若造にである。その人は綽名が委員長といわれていることもあり、ほんとに典型的な委員長タイプのおろかな人間である。そもそも規範がなぜ規範になったのかを考えたことのないタイプの人間だ。規範に従うことがいいことだと思っている。その規範すら作り出されたものであるということも知らずに。そういう生き方ができれば楽だろうと思う。しかし私はそうした規範を盲目的に信じて生きられるほど楽観的でも、非知性的でもなかったのである。
他者はどこまでいっても他者であり、絶対的にわかりあうことはできない。どんなにうれしい感情も、どんなに辛い感情も他者のものは絶対的に、特権的に他者のものであり、それを他人がどうこうしようなどというのは、ブラックジャックではないけれども、おこがましいことなのである。
それをその人は、まだ子どもで相対化できていないということもあり、また性質的に頭が固いということもあり、わからないのだ。だから、前向きに生きることがいいことで、後ろ向きは悪いことだという規範が彼女のなかにはあり、それが絶対的に正しく、他人もそうでなければならないと思っているタイプなのである。こういうのが周りにいると本当に迷惑だし、上にたたれた場合、とてもやりづらいと思う。そういうことを私は教えるべきだったのかもしれないが、やはりそれもまた他者は他者、他人をどうこうしようというのはおこがましいことなのかもしれない。
だからその時は、人生というのはね、その人の特別なものなのだよ、だから他人がああだこうだということができないのだ、後ろ向きであることさえそれはその人だけのものであり、その人の個性なのだよ、ということをいったのだが、おそらく彼女は理解できないだろう。まったく論理の構造が違うのであるからね。

そんなことがあって、私は完全に大学の部活との縁は切れてしまった。最近になって、LINEのグループを手塩にかけて愛情をそそいだと自分では思っていた後輩によって退会させられていたのである。それもまた笑ってしまうほど腹立たしいことではある。私は後輩思いで、できるだけ後輩たちの面倒をみようと思ってやってきたことが、彼等、彼女等にとってはめざわりで、嫌な存在にしか映らなかったのである。

大学の時は友達も多く、みんなから人気があると思っていた。実際、「いいときはいい」という先生の言葉のとおり、よかったのだろう。しかし落ち目の時はどんどん落ちていく。いままで私の周りにいた人々は、落ち目にはまっていく私をみて、そっぽを向いて去っていったのだ。
今年一年はそうした意味で私はどんどん孤立、孤独になっていった歳であった。
でも、うつになりひきこもり、人間として一度完全に否定されたこともあって、もちろんそれに対して怒るということもあるけれども、ケセラセラ、なるようにしかならないのかもしれない、という一種の諦観を手に入れることもできた。
僕が好きな高田明典という先生がいるけれどもその人の書いた『「私」のための現代思想』では、魂を小さくして生きるという表現があった。大学時代は文学を専攻に、「私」がどうかんじるか「私」はどう考えるか「私」はどうするかと、「私」ばかりを大きくし、頭でっかちになっていたところがあった。
だが、完全なる挫折をすることによって、魂を小さくするのと同じように、私も「私」がすこし小さくなったように感じられる。だから今となっては、昔は考えられなかったような、客商売をバイトでやれているのだ。他人に頭をさげ、ありがとうございました、すみません、なんていえなかった私がそれをできるようになったのである。
アラブ時代の友人に、お前は凡庸になったと、半分好意を込めていわれたが、私も小さくなり、凡庸になり、社会にわずかではあるが適応できるようになったのである。それを青春の青臭さからいえば、そんなふうになりたくない大人になった、ということなのかもしれないが、私も生きていかなければならない、生きやすくなるためには仕方のないことなのかもしれない。

孤立し、孤独になった自己というものを認めることもまあできるようになった。それと同時に、バイト先の若い人達と仲良くなったので、別の所属できるコミュニティができたということもあり、確実に私は小さくなりながらも、大人になり、回復に向かっているということができよう、

生きるのはつらいです。正直つらい。
けれども、手相の先生が「あとは本人がどうしたいかだよね、自分が楽しいと思うことを求めていったらいい」というように、素の自分、我慢をしないでいい自然体な自分を探して楽に、生きやすく生きていきたいと思うのである。
来年一年は、本厄になり、ますます厄災がふりかかってきそうな気もするが、いい歳になるように願いたいものだ。

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最近、文体が安定し、他者を想定したものになってきていると思います。零度、とまではいかないとは思いますがかなり「自我がうるさくない」エクリチュールで書かれた文章になっているようにおもいます。今の石野君の文章を読んで、少し伝えたいことが浮かんだので失礼ながら率直に、書かせて頂きました。文章を書くことにおいて、「魂が小さく」なったことは、決してマイナスではないように思うのです。『いきの構造』において、九鬼周造は、いきとは、仏教的な諦めを経てなお貫こうとする武士道的なさっぱりとした媚態、つまり現実の困難を引き受けてなお主体的に生きる姿勢であるように述べています。石野君の個人的な体験を九鬼周造の言うような理論にそのまま当てはめてしまうのは憚られる部分もありますが、少なくとも石野君の状況は、九鬼のいういきという2段階目に到達しうるものだと思うのです。少なくとも、容易に自分自身を曲げて生きている者には獲得されない強度の諦め体験を得た。この段階でまずは人に伝わる言葉を手に入れていると思います。鷲田清一も時に述べている「弱さの力」というようなものです。そこからいかに主体性を取り戻すのか。このつぎの段階は如何様にして訪れるのか。少なくとも言えることは、石野君の経験はいずれ生きてくる種類のものであるように思えます。
石野君の文章、これからどのように移り変わっていくのか。
厄年とのことですが、あまり無理をなさらないよう、私はこの先の石野君の文章を楽しみにしております。
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