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『オーディーン 光子帆船スターライト』(1985) 感想とレビュー

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 私にとって80年代のOVAやアニメ映画作品は、大切なものである。もちろんそのなかには玉石混交、いいものも悪いものもある。
 この作品は残念ながら石のほうに属する作品かもしれない。もちろん、作者たちの熱意というものは伝わってくるし、それなりにお金と労力をかけた大作だったということはわかる。しかし、主に脚本の面においてこの作品は消化不良を起こしているといわなければならない。
 そもそもこの作品はテーマが不明確なのである。
 一応は冒頭で客船がなにものかに襲われ、その謎を解き明かすという形で物語は進展していく。徐々に解き明かされる謎。地球人以外の知的生命体が存在するかもしれない、というSF展開に当時の観客たちは手に汗握ったことであろう。
よくわからないままに、本船スターライトは襲われる。何度かの交戦や、難破船のデータ情報から、かつてオーディンという星があったことが判明。その星になんとかたどり着いて、そこに住んでいる人々のことを知りたいという話になる。
しかし、いずれもなんだか稚拙な感じが否めないのである。
 若い人々が奮闘するというのはいいかもしれない。しかし、それも今現在の冷めた若者である私が見ると、やや「イタイ」と表現せざるをえない状況だ。普通こうした青年の熱気というようなものは、なんらかの挫折を見るものである。しかし、この作品では、製作者たちも当時若かったのかもしれないが、それが全面的に肯定されていってしまう。船に乗り込んでいる老人たちが本来は彼等を統括、統一していくべき存在であるが、ここでは逆に、よき理解者として振る舞ってしまうのである。そこにややご都合主義的な感じを覚えてしまうのである。
 それに、スターライトが単独で地球からの帰還命令を無視できるわけも、本来ならばないのだ。航海当初からあまりにも命令無視を繰り返しているスターライト。その責任は、艦長の首がふっとぶどころでは終わらないとシリアスな私は感じてしまう。
 この作品は、シリアスなように描いていて、かなりのコメディなのかもしれない。そうと捉えなければとうてい理解不能な作品である。例えば「ナデシコ」のような、ふざけた作品である、と解釈しない限り、この作品を正統に評価することはできないのかもしれない。
 そこには、当時の製作者たちの若気の至りのようなものも含まれる。80年代を実際に生きたことがない私であるが、数々のアニメや映画、文芸作品を見てきて、80年代には、妙な熱気のようなものを感じる。それはいまだに経済的にも右肩登りの上昇をしていたころであるし、社会全体に力がみなぎっていたからなのかもしれない。
 この作品は良くも悪くも、その社会の妙な力を受けてしまった作品だということもできるだろう。全体的にテンションが高く、ヤマトやガンダムのようなシリアスな作風を受けて育った私には許容できないものがそこにはあるのである。もちろん、それは70年代後半の世代に対する、80年代当時の若い人達の反抗だったのかもしれない。

 この作品では、あまりにも無茶な戦闘を繰り返した後、結局、オーディンにたどり着くことなく映画は終わってしまう。この映画自体、この年代のOVA,アニメ映画と比べるとかなり長い方に属する。二時間を余裕で越えている作品である。そのような作品が珍しいなか、大作なのである。だが、それだけ時間を割いているにもかかわらず、結論まで到達しない、というのは、あきらかに要領をオーバーしているのだ。どこかをけずらなければならなかったのかもしれない。
 これだけ無茶な戦闘を繰返して、挙句の果てにその結論は先にある、という終わり方では読者も納得ができないだろう。この作品の評価が低いところは、そうした読者の要望にこたえられなかった点にあると私は思う。

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