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憎愛 二十四

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優也は文藝批評家として、文藝を批評する様々な技を伝授していた。そのなかにはこのようなものも含まれた。ルネ・ジラールが明確にした「欲望の三角形」というものだ。フランス出身で、アメリカで活躍したジラールは、『欲望の現象学』という著作のなかで「ドン・キ・ホーテ」を題材にして「欲望の三角形」という考えを明示した。それは、通常恋愛というものは、主体と客体の二者の間で行われるものと考えられていたが実は異なり、「一見、直線的に見える欲望の上には、主体と対象に同時に光を放射している媒体が存在するのである。こうした三重の関係を表現するにふさわしい立体的な譬喩といえば、あきらかに三角形である」とした。つまり、恋人同士の間には、必ずその二つをつなげるためのもう一つの点、三人目の存在があるということだ。
漱石研究でよく言われるのは、『こころ』における三角関係だ。実はあの小説には不思議な部分がある。それは、Kがお嬢さんのいる下宿にやってくるまでの期間が、一年以上あるということだ。もし、本当に先生がお嬢さんを好きだったのならば、その一年間、同じ屋根の下に住んでいながら何もしなかったことになる。実は先生はお嬢さんを最初、好きではなかったのだ。しかし、Kを同じ下宿に誘ってからというもの、Kがお嬢さんに恋をしているのを見て、自分もお嬢さんが好きなのだという錯覚を抱いたのである。それは、遺書を認めている現在において、先生はきちんと理解してこのように記している。「その男が私の生活の行路を横切らなかったならば、恐らくこういう長いものを貴方に書き残す必要も起こらなかったでしょう」。これは一見すると、Kという友人を失わずに、お嬢さんと幸せに結婚できたとも取れるが、実はそうではないのではないかと考えられている。すなわち、Kが来なかったならばお嬢さんとは結婚しなかったろうということである。一年間、若い男女が一つ同じ屋根の下で一年以上も過ごしているというのはやはり機会としては絶好である。その期間に全く関係が発展しないということは、最初から先生はお嬢さんを好きではなかったのだ。しかし、Kが来たことによって、自分もお嬢さんが好きだと思い込み、結果としてKを失い、お嬢さんを得た。『こころ』とはそういう物語でもあるのだ。
三角関係の構図を使用すると、このように名作も面白く、また深く分析、解釈できる。優也はこれを大学で学んだ時に驚嘆した。そしてそれ以降、この分析方法は優也のお気に入りの一つである。評論家とはこのような文藝を読み解く技をいくつも持っているものだ。そのなかから自分のお得意なものを選び、作品を分析、評価する。優也はこの三角形の構図を千里に教えていた。千里は図らずも、これを実践したということになった。優也も千里も、これを学問として扱っている際は、まったくこれが現実になろうとは露ほどにも思わなかったことだろう。
だが、『こころ』にはさらに裏の読み方がある。それはお嬢さんが、いつまで経っても自分に言いよってきてくれない先生を、Kという第三者を利用することによって得たというお嬢さん悪人説である。だが、本当に悪人なのかというと、そうでもない。実際このような恋の駆け引きというものは日常では普通に行われていることなのだ。千里が、何時までも煮え切らない優也を振り向かせるために、ある男子生徒を媒介としたというように。人間は誰しも、喪失というものが耐えられないようにできているらしい。特に優也にはその傾向が強かった。それは彼があまりにも短い人生のなかで、多くのものを失ってきたからだろう。ここまで運命というものに大切なものを奪われ続けると、人間は非常に憶病になるものだ。優也にとっては、これ以上何か大切なものが自分のもとから失われてしまうということが一番の恐怖であった。喪失を失う人間は、何かを得るということすらも恐怖になってしまう。何かを得れば、必ずそれとの別れというものが来てしまうということに眼が行ってしまうのである。それとともに生み出すことができることには目を向けずに。
喪失を恐れた優也は、千里がいよいよ自分のもとにやってくる、得られるという段になって異常に恐怖を感じたのはこのためでもあった。いずれ失う日がくるに違いない。とすると、これ以上千里の存在が大きくなってから失われるのは、すなわち死を意味する。どうせ失われてしまうのであるならば、傷が小さくて済む今の内がいい。こういう思考であった。しかし、いざ実際に、今失われてしまうとなると、それにも耐えられなかったのである。時に人は、好きでない人であっても、誰かがその人を好きだということを聞くと、突然自分も好きになったり、その気持ちを明かしてくれた人間に奪われるのが嫌だと思うようになる。特になにも思っていないような女性が居たとして、ある友人が、「俺、あいつのこと好きなんだよね」と云うのを聞いたりすると、とたんにその女性が価値あるものに見えてきてしまい、自分も彼女を奪ってみたくなるものなのだ。何もない状態でさえ、人間は奪われたり、失われたりすることをひどく悲しむ。自分と全く関係のない女性でさえ、なんだか自分にとって大変価値のある存在のように思えてきてしまう。人間は最初からリスク主義者なのだ。何かが失われてしまうのではないかという恐怖が常に先行し、それと戦って生きているのである。優也のような不幸な人間は、こちらの面ばかりが強くなって、最終的には生きていけなくなってしまう。
女性というものは、このことを良く知っている。もしくは本能が知っているのかもしれない。千里は男子生徒を引き出すことによって優也を嗾(けしか)けようとした。しかし、ここで大きな誤算が生じたのである。それは彼女にとって恋は初めての経験であったということだ。間違って千里はその男子生徒を好きなのではないかと思ってしまったのである。そして千里は尚悪いことに二人の男性に引き裂かれる自分というものに酔ってしまった。師が師なら、弟子も弟子だ。悪い部分まで優也にそっくりだった。しばらくの間、千里はその悲運な自分に酔いしれていたのである。そして、そのような状況から、千里と男子生徒は接近していった。男子生徒にとってみれば、彼女は自分に好意を寄せているのだという表面上のことしかわからない。それしかわからないから、どんどん邁進できる。よって千里とその生徒の仲はいつの間にか並々ならぬものになっていた。
そうして、千里の小さな行動から始まった大きな因果はまわりまわって大変な結果を生んだ。日も暮れて、肌寒くなる一方の夜。文化祭前は教師たちも、最終下校時刻には少し緩やかになる。カーディガンをだらしなく着る学生たち。蛍光灯が煌々と光る職員室からは正門に向かう学生たちがだらだらと歩いているのが見えた。職員室の端のほうにある優也の机。優也はそこから最終下校時刻を過ぎたので、生徒を早めに帰すために教室の見回りを始めようとしていた。職員室が一階にある関係上、生徒たちの下駄箱は二階にある。生徒たちにとっては二階が正面玄関になる。優也は職員室から、各階の教室をみて、そして最後に下駄箱のところへ来て、生徒の帰宅を促そうとした。節電のため、以前よりも絞られた照明。不気味に照らされている木の下駄箱。もう殆どの生徒が帰ったとあって、学校は閑散とていた。廊下を歩く他の教員のスリッパの音が時に響いてくる。下駄箱を見回って職員室に帰ろうとしていた優也は、下駄箱に差し掛かった廊下で、ある聞きなれた声を聴いた。声は下駄箱からだ。どうやら帰るらしい。そして、その声に反応して笑った男のくぐもった声。その瞬間、想像力にかけてはかなり秀でている優也の頭を最悪の想像がよぎった。優也は足音を立てまいと、じりじりと声のするほうに近づいていく。下駄箱はいくつも並立しているから、影をひそめやすい。下駄箱の閉じられる音。靴がアスファルトの部分に落とされる音。履く音、つま先を地面にたたき、履きつぶれた靴に足を入れる音。楽しそうに話していく二人の男女。二人が玄関口から出て行くくらいの頃合いになって、優也は気が付かれないようにして、下駄箱の陰から後ろ姿を見た。暗闇に紛れてあまりよくわからないが、それを優也の記憶が補正する。あのシルエット、髪型は千里に違いないように思われる・・・。そして、さらに良すぎる眼を持った優也は目を細めて凝視した。天井から降り注ぐ光線。正面玄関を照らす照明の一つの光が、二人の上に降り注いだ。はっとした。やはりそこには、黄色い光線を浴びながらも、そのなかで白い肌の透き通るような美しさが際立つ千里が居たのだ。もう一人はあの男子学生に違いなかった。二人は仲良く話し合いながら帰っていく。正面玄関からの大きな階段を降りていく二人。優也は追いかけた。正面玄関にある柱の陰にそっと忍び寄って、そこから階段を降りて行く二人を見た。何を話しているのかまでは判別できなかったが、声に張りがあって楽しそうなのには変わりはない。しばらく聞いていなかった千里の軽やかな声だ。あんなに楽しそうに話す千里の声を、しばらく聴いていなかったのだなと優也は思った。そして、思った瞬間に様々な感情が押し寄せてきて、涙が止まらなくなった。階段を降りて、すでに玄関に歩いて行っている二人。時に二人は近寄って、何かちょっかいを出したりしている。優也はその二人の後姿を見て泣いた。もはや生きる気力を失った人間には、歩いていく二人の若者は二度と手の届かないところへ行ってしまうように見えた。暗闇に紛れてシルエットがどんどんとぼやけて行く。声も聞こえなくなってくる。時に笑い声がまだ飛んできたが、やがてそれも聞こえなくなる。玄関を越えて見えなくなる姿。優也はしばらくそこに立ちつくしさめざめと泣いた。優也はすでに二人は恋人なのだと即断した。そして、絶望に打ちひしがれて、呟いた「若者には未来を・・・老人には過去を・・・・・・」
しばらく優也はまたノイローゼのような状況で過ごした。だが、文化祭が終われば、すぐに試験。そして二学期が終わる。そうすれば、三年を受け持ちである優也には次年度まで休むことができる。他の教員もそれを思って、優也がまたノイローゼになっているのを知りながらそのまま放っておいた。
自分から未来ある彼女を自分のもとにとどめておくのはいけないことだと決めておきながら、いざ自分よりも若く、未来ある少年によって彼女が奪われるともはや理屈も論理も、知性もなにもあったものではなかった。感情が全てのかと思わざるを得ないほどであった。今まで如何に手放すかと思考してきた優也だが、この時にはどうしても取り戻したいという気持ちに支配された。
千里・・・、私の可愛い千里。私が愛情を込めて育てた千里・・・、美しい千里・・・。私は君のことを手放してやりたいと思っていた。美しい鳥、これからいくらでも自由の空を飛ぶことができる鳥。しかし、いざその鳥が、他の若く美しい鳥とともに飛び立とうとしているのを見て、私にはどうしてもそれが赦せないことに思えてしまった。飛び立たせてあげたいと思っていたが、それができなかった。こういう人間がいるから、若く有能な人間がつぶれて行くのだ。私のような人間はいなかったほうがどれだけよかったか知れない。短い人生だが、苦悩の連続だった。生きていくのはつらい。そのなかで、唯一君だけが生きる希望となった。その希望は私のもとを離れて、これから多くの人間の希望になる。いくらその光を磨いたからといって、それを固有するのはいけないことだ。光は平等に降り注がれるべきだ。さようならを言おうとしていた。しかし、だめだった。千里・・・私はお前に触れたい。もう一度その笑顔を振り向けてほしい。その軽やかで春風のように香る美しい声で、もう一度私の名を読んでほしい。その神秘的な瞳で私を見透かしてほしい。手放さなければならない。手放さなければならない。しかし、手放したくない。いっそのこと、この苦しさから解放されたい。そうすれば苦しむことなく、君を解放することができる。だが、何も今、飛び立たなくてもいいのだ。君はきっとどこまでも、いつまでも飛んでいくだろう。だから、もう少し私のもとに居てもいいのだ。それは許されることだろうか。これだけ誰にも認められず、辛い中を歩いてきた。失うものは多すぎた。長く生きれば恥多しだ。自分の人生の主人公には結局なれなかった。これからもなれそうにない。私が最後に残した希望。その希望ともう少し、もう少しだけ時をともにすることは許されるだろうか。許されなくてもいい。神は死に、作者は死んだのだ。そのようなアナーキーの世界では、どれだけ自分を制御して、理性的に生きられるかが人間の尊厳だと思ってきたが、それはもうやめだ。やりたいことをして、それで満足できればいいじゃないか。いや、それではいけない。自分のエゴを千里に押し付けてはいけない・・・。だが、お互いに了解のあることならばいいだろう。私はもう少し千里を手元に置いておこう。そうだ、それがいい。そして満足したら、その時は彼女をとびたたすのだ。だが、その時は覚悟を決めなければならない。どうせ手放すことなど生きているうちにはできない。手放すためには、最後の手段を講じるほかないだろう。だが、それでいいのだ。それが私の望みだ。この世には私は長居しすぎたようだ。生まれた時からずっといつ、この世と御暇(おいとま)しようかとずっと考えてきた人生だった。今最後に残った希望がある。それと最後の時をしばし共有し、そして私は去るとしよう。ずっと探していたものがやっとみつかった。ここにあったのだ・・・。

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