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憎愛 十六

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十六
夏休みの間、関には有給休暇が与えられていた。彼は自宅の書斎に籠り、かつて貴族が愛した様々な古典的なものに囲まれて過ごしていた。日が暮れてくれば電燈ではなく、燃料を使ったオイルランプで手元を照らした。彼は文化、文明というものに対してかなりシニカルな態度をとっていた。インターネットを使用して、実にちっぽけな満足感を得るために何時間もの人生を費やす。最近特に自分の担当するクラスで酷いのは、毎日深夜二時、三時はあたりまえ、中には新聞配達が来たらやっと寝るという子が居ることだ。いわゆるネット中毒というものであるが、これはもう教師一人の力ではどうしようもないことであった。教員として関が苦悩していたのは、こうした無為に人間から時間を奪ってしまうそれぞれの文明の利器と考えられている道具たちに対してであった。関は考えた。そのあまりにも長大な時間をどうしたら人生における有意義なことに変換させられるのか。関は生徒に対して厳しくも、優しい教師だった。そして自分がおかしいと思ったことは、たとえ他の教員が行っていることでも許せなかった。もちろん一言居士的な関は今までの人生において決して頭のいい生き方をしてきたとはいえない。それで、人生に疲れ、絶望した。それからというものは、自分が正しいと思えないことであっても、他人には注意しないようにしていた。それは自分の心のなかにとどめておけばよい。ある物事が間違っていると思ったなら、自分はそれをやらなければよいだけだと思っていた。
優也は彼が学生だったころ、朝礼中に読書していた本を教師に取られて、そして関が何も言わなかったことをいいことに、卒業してからも返さないという教師が居た。教師はまいにち行っていることだったのだろう。関が言えば返したであろう。だが、当時の関には小さなプライドあり、教師から返されない限り自分からは何も云わない、謝らないと決心していた。それで、教師にとっては数多くある、日常茶飯事のことだったので忘却され、関は一生怨み続けているという経験を持っていた。関は教師となった今もそのことを忘れていない。関は自分の中高に再び就職したので、その教員は自分の上司にあたる関係になった。関はけっして表面上は何の感情もないように装ってはいたが、内実相当憎んでいた。今でさえ、彼はその教員のことを窃盗だと思っていた。
そのようなことがあってから、関は決して生徒から軽い気持ちでものを、たとえそれが不要物であったとしても取り上げてはいけないと思っていた。よくある議論で、法律で禁止されていることや、認められていないことよりも、なぜ学校の校則が優先されるのかというものがある。体罰の問題もそうだ。体罰はやっと基本姿勢がまずそれはまちがったことだということに落ち着いた。だが、体罰以外にも教育現場というのは、教師が絶対的であり、生徒はかなり不当な要求をなされていることが多い。一体なぜ、そのようなことが起こるのだろうか。多くの教員は、中学、高校を卒業し、そこで教師になりたいと思い、大学で学ぶ人間が多い。そして、教員試験を受けて再び中学、高校の現場に戻ってくる。とすると、彼等は社会を見たことがないのだ。だから、今まで自分が受けて来た教育をそのまま適応すればよいと思う。そのような閉じられたサイクルのなかで何が社会的には認められていないことなのかということを完全に失念しているのだ。社会に出たことがなく、一般的な価値観を享受せずに育ってきた教師というのは、過去の自分の恩師に理想の姿を求め、そこへ近づくためにかなり強引なことをする。教師を止める人間というのは教育現場には居ない。教師と生徒という関係上、どうしたって教師が強くなる。おかしいことであっても、それがまかり通ってしまうのが教育現場なのだ。なかには、中学生、中には高校生でもいう事を聞かない人間がいる。そういう人間にはいくら言葉で説明しても聞かない。だから、体罰であったり、何か罰を加えることで諭させるのだという教員も居る。だが、言葉を愛し、それを芸術としてきた優也にとっては、言葉を放棄し暴力に訴えると言う行為は、人間から離れ単なる動物に回帰しているようにしか見えなかった。
関は常に慈愛と徳を以て、生徒に対した。たとえその時に生徒がわからなくても良い。徐々に感化されていってくれればいいと思っていた。芸術を愛する彼にとっては、何事もそんなに急いで変化することがないというのが持論だった。何事もそんな急変はありえない。心を入れ替えたというようなことは嘘だとさえ思った。人間は確かに変わることができる。だが、それはごくごく緩やかにだ。なので、今たとえやんちゃで、悪いことをしている生徒でも、徐々に人間の心というものを取り返すことが出来るのだ、しかしそれには時間がかかると感じていた。
関はある時、放課後に教室へ入ったら男子生徒たちがゲームをやっている場に遭遇したことがあった。生徒は関に気が付き、咄嗟に隠したがすでにそれは遅かった。生徒たちは自分のゲームが没収されると恐れたのだろう。だが、安心するがいい。君たちのわずかなお小遣いをためて買ったゲームをどうして教員が奪うことが出来ようか。他の教員にはそういうことを平気でやる人間もいるだろう。しかし、そのような暴挙を赦していてはいずれ、そのようなことをされた人間も、他人に対して不当なことをするに決まっている。優也は別に君たちのゲームを奪う気はないと最初に言った。生徒たちの関心は、ただ自分のゲーム機が奪われるかどうかにあった。そのようなことで、ゲーム機を奪ったとしても、何ら根本的な解決にはならない。どうして持ってきたのか、なぜ学校でやるのか、そういうことに対してどのような気持ちを持っているのか、先ずはそれを知ることが教員の役目ではないだろうか、と関は考えていた。ゲーム機を奪われないということで三、四名の学生はすぐに関に打ち解けた。どんなゲームをやっているんだとか、悪いとは思っているが、これが楽しくて学校に来ているのだとか、協力プレイができて新たな友情が生まれるのだとかそういうことを随分楽しそうに生徒は語った。だが、その中で、唯一看過できないのが、プレイ時間というものだった。関は学生たちが熱心に語るのを聞いていて、このゲームのやり込み具合ということに話題が落ちた時に、ゲームのプレイ時間が何百時間、中には千時間んを越えているという学生が居て驚いた。
「千時間もあったら、小説一本や二本は書けるぞ」
あまりにも驚いたので、普段教育現場ではあまり話をしない作家としての一面がこぼれてしまった。ちなみに学生というものはそこらへんよく情報を共有しているもので、関自身は自分の口から何も云わないが、大抵の生徒は関が作家の関清雅であるということを知っていた。
「千時間って・・・千時間もし勉強に費やせば、早慶上智くらいは狙えるくらいになるじゃないか」
「え、そんなもんなんですか」
「その集中力と、熱中力で勉強に向かえばの話だけどね」
「ああ、それじゃ無理だ」
「なんで、それだけのエネルギーがあるならば、別に勉強じゃなくていい。例えば絵を描くとか、本を読むとか、何かもっと心が豊かになるものに使えばいいのに」
こういうことを言ってしまうので、生徒は苦虫を潰したような顔になる。だが、そのような生徒の心を考えずにぽろっと言葉が出てしまうくらいには、優也も衝撃だったのである。今の学生たちの多くが、ゲームという他人の作り出したプログラムによって無為の時間を費やしているとしたら・・・。考えただけでも恐ろしかった。それほどまでに人を熱中させるゲームを創った人間はたしかにすごい。それはクリエイターでもある関にとっては、尊敬すべきに値した。しかし、それを以て多くの人間、特に人生において重要な時期である青春をすべて捧げさせてしまうようなものは、だめだと思った。今の若者が何もできないということの裏にはこのような原因があったのだ。部活動に打ち込むでもなく、かつての優也のように読書に耽るわけでもない。勉強する時間、寝る時間をけずって、それらはゲームという何も生み出さないものに費やされてしまう。部活動にかけた時間、それはある程度の健康や、時と場合によっては大会へ出場できるなどの名誉、思い出などが残る。本を読み漁ることは、もちろん知識としても経験としても蓄積されることが多い。だが、ゲームとなると、それは違う。ゲームというのは一つの作品だと考えればよいのかと関は思った。一つの作品に固執している。確かに関にも同じ本を何度も読み返すということはあった。しかし、それは読み手の成長段階や、時期、年齢や経験に合わせて何度でも表情を変えてくれるといったものである。彼らはそこまで深いものを持っていない作品をずっと何時間も読み続けているという感じなのだろうか。関には少し想像がつかなかった。
関は専らファミコンしかやったことがなかった。関の学生時代にゲームボーイというものが登場し始めたが、それらを買うには遅すぎたし、しかも厳格な両親は子供にゲーム機を買い与えなかった。かくして、優也はゲームというものをあまりやらずに成長してきてしまったのである。当時は、それでも周りの人間がゲームをしているのを羨ましく思ったものだった。だが、今となってはその空いた時間を思索や、読書に当たられたことは人生における素晴らしいことだったと感じるようになり、両親にも感謝するようになった。
ゲームだけではない。携帯が普及し始めてから、それは特に若い世代に不可欠なものとなってきた。関はちょうど中間にあたるが、関より上の世代、すなわち大人になってから携帯を持った人々のことをある研究者は携帯イミグラートと呼んだ。これは第二カ国語として携帯を学んだといった考えに近い。それに対して関より下の世代は、携帯とともに育ってきた。それを携帯ネイティブと呼ぶらしい。関たちが携帯を第二カ国語を使用するように操作するのに対して、彼等は携帯を母語として有しているのだ。携帯ともに生きて来た彼等にとって、それを奪うという事は母語を奪うに等しい暴力になる。関はその点まだよかったのかも知れない。文明を批判し、その一部を否定した彼にとっては携帯を持たないという選択肢を選ぶことができた。しかし、現代の学生たちは、携帯とともに育ってきた。さらには、携帯がスマートフォンに変容し、よりパソコンの機能を内包した総合的な電子端末になってきている。韓国では教育現場にタブレット端末が生徒一人に対して一代が配備されていると言う。そのようななか、もはやこれからの生活は電子端末と一緒に生活しなければならない時代だ。果たしてそれがいいことなのだろうか。常に彼らは二重の生活を送らなければならない。一つは彼等の使ういわゆる「リアル」な世界。現実の世界のことである。そして、そのリアルに属しつつも、一日の大半をネット上でも過ごすことになる。そのような二重の生活に疲れないのか。むろん疲れている。全体的におかしなことになっている。それが今、いたるところで歪みや軋みとなって表れている。関は、つとめてインターネットが普及してきた時代にそこへ乗り込んでいった人間であった。彼はウェブ上でも、作家としての地位、発言力を持って、現代の問題などに意見してきた人だ。だが、それももはや何のためにやるのか、その目的をうしなってしまっていた。彼はしばらくパソコンを開いていない。関のような人間にとっては、ますますこれから住みづらい、生きづらい世の中になるだろう。教育現場では必ずタブレット端末が使用されることになる。一体国語の教員がどのように端末をつかったら良いというのか。言葉を書くことにこそ意味、意義があるというのに。そして、タブレット端末はますます生活を侵略していくことだろう。きっとどこでもタブレット端末を提示してくださいといった世界がもうすぐくるのではないか、関はそのように予想していた。改札を楽に出はいりできるICカード乗車券が発明されたのには感銘した。だが、次第に切符を排除していこうとする強烈な勢いを見て、関は疑問を感じざるを得なかった。関の父親は海外に行くのが好きな人間であった。家族ではよく、ヨーロッパに行ったものだ。そして今でもその時の思い出として、ヨーロッパで乗った際の切符が関の家の奥底にしまわれている。そういうものはこれからは「ムダ」として排除されていく世の中なのだ。今のところ、時計や地図、電話帳や辞書、計算機、電話、ゲームなどがすべて一つの端末に収まるようになった。これからはきっと、財布、身分証明書、ありとあらゆる人間が持っていたものはそこへ内包されることになるだろう。小説までそこに入ってしまったのだから。人間は果たして自由になったのだろうか。ちょっと出かけてくるのに、小銭入れだとか、財布だとか、免許証や時計などを持って出ていた時代、それは確かに荷物が多かったかもしれない。時計を忘れて家に帰るなんてことはよくあった。今は、たったの一つあればそれで事足りる。一見するとその名の通り、スマートになったようである。だが、しかし、常にそれを持ち続けなくてはならないということは、何時でも誰かからの連絡が来たら否応なしに返答せざるをえなくなる。人は自由を失ったように、関には思えてしかたがなかった。
震災があり、教員にも学校側からスマートフォンが支給された。そしてそれを常に持っていろと命令された。もし、何か緊急事態があったらそれに連絡がかかる。優也は配給されてから一日とて、一日とてそのスマートフォンをいじらなかった。そしてそのことで怒られた。関先生には連絡が届かない。そのようなことでは困る。関も困った。いつまでも学校に縛られて居たくはない。もし、自分の身体が家にいるのであれば、その時はただ一人の人間としての関でしかない。もしその身体が学校にあるのならば、その時は教員の関でしかない。そのようなことは現代においては通用しない。管理国家、管理社会となった現代では、教員に個や私というものはなく、単なる機関に帰属する存在でしかなくなったのだ。それは教員だけに限ったことではない。多くの会社員、その他もろもろの職業の人間がそうなったであろう。現代は、みんながみんなで足をひっぱりあう、監視し合う、そういう時代なのだ。そこからの逸脱は社会というものが赦さなかった。


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