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憎愛 十五

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十五
関の京都での養生は続いた。その後一週間はさらに遠くへ足を運ぶことができるようになった。自転車を借りて、金閣寺や龍安寺など観光へも行けた。折角なので、何知らぬ顔をして、立命館に侵入した。あの名高き時計塔を見てみた。
更に一週間ほど、電車にも乗れるようになり、通常の京都観光ができるようになった。相変わらず観光する場所はどこか救いを求めていたためかお寺などが多かった。関が好きなのは随求堂である。胎内回帰をしたような心持がして、大層安心した。人が最も安心できる理想の場所とは、時と場所の軸を超えて母親の胎内、子宮に戻ることだとされている。人が生まれておぎゃあと泣くのは、この世の楽園であった母親の胎内から出されて、恐怖しているのだという説がある。関のような、神経過敏の人間にはこの世で生きて行くことは辛すぎる。関という人間は徐々に徐々におよそ社会と呼ばれるようなものによって、皮を剥がされていったようなものである。皮を剥がされた状態で生きている。だから何につけても痛々しく感じられる。我慢がならない。いっそ楽になりたいと思う。関にとって、今回の京都への逃避は、随求堂に象徴されるように胎内回帰だったのかも知れない。新しい殻、新しく自分の身を守るべき膜、精神の防壁を築くための養生だったのかも知れない。
結局一か月弱ほどの長い長い養生をただの壱文も払わずして養ってくれた導久たちは、関にとってはまさしく現世における仏であった。関も逃れてきたはいいものの、実際導久や住職に対してどんなお礼の仕方をするべきか困った。お金というのも実に気が引けることであった。もちろん払うのが惜しいのではない。一般的な宿泊宿の料金と照らし合わせて日数分換算すれば良いだけのことである。しかし、宿泊宿に泊まったところで救われるのかと言われれば勿論違う。それにお金で決着をつけるというのは、関の受けた救いはお金で買えるものということになってしまう。なので、心苦しくはあったが、関は敢えて物質的なものはお礼として払わなかった。唯一手紙を書いた。懇切丁寧にあいさつをした後、手紙も渡した。とりあえずはそれで良いと関はおもった。また何か感謝を表せる機会が見つかるまでのことだ。
夏は真っ盛りであった。最も夏の激しい時期、関は東京の家へと帰った。自分の家の扉を開いてあまりにも熱気が立ち込めていたので驚いた。防犯のため窓、扉すべてを閉じて出たのだった。あのような状況でもそれだけはできているのだから人間とは不思議なものである。ところが、こんなに長いこと京都に居るとは思っていなかったので、夏の暑さを全く逃すことができずに、部屋は大変なことになっていた。だが、まだ冷たいよりかは良い。暑いほうが何かが存在しているような気がしてまだ良い。部屋はむっとして、暗く、気味が悪かった。帰宅早々すべての窓と扉を開いた。すると次第に熱気はどこかへ逃げて行った。蛇口をひねると、最初の水が出てくるまで間があった。汚い水が流れる。しばらく水を流したままにする。
寝室に戻った。関が住んでいるマンションはまだ彼が若いということもあり2LDKだった。部屋にはベッドが二つある。部屋の一面には大きな本棚があり、そこには関が読んできた様々な本が並んでいた。しかし、本を読む量につけてはものすごい関は、書斎のほうに壁三面を本棚で囲まれた状況を創り出している。しかしそちらに籠っていてはあまりにも寂しいからというので、こちらにも一つ持ってきていたのだ。寝室には机と鏡がある。化粧品が並んでいる。関はそれらの扱いについて困っていた。
自分のベッドによこになり、しばらく天井を眺めた。懐かしい天井だ。しばらく離れていた間に何もかもが変わってしまったみたいだ。何が変わったのだろうか。それとも何も変わっていないのだろうか・・・。
ふっとため息が漏れた。帰ってきた。家に帰ってきた。誰も私の帰宅を待っていてくれる人はいない。いや、生徒たちが二学期になれば私を待っていてくれるだろうか。自分が生徒だったとき、病気をしたからといってしばらく出てこなかった教師が居た場合、その教師の帰還など喜ぶであろうか、待っているであろうか。難しいものがあるか。何はともあれ、私は生きている。関はそう思った。生きている。死なずにすんだ。死なずにすんだ。自殺しないですんだ。もう一度私は戦えるかもしれない。学校へ戻り、生徒たちとともに生きる。生徒を教える。こんなに楽しいことはない。辛くても、生きがいのある仕事はない。
それからの日々、関は書斎のほうに籠った。どうにも寝室では空いたベッドの存在が日増しに大きくなってくるように感じられたのだ。空白というものは気にしまい気にしまいと思えば思うほど大きくなる。その点、ぐるりを本に囲まれた狭い部屋は関の心を落ち着かせた。関の本に対する愛情はなお一層強まった。愛情の分布をそれ一つに絞らざるを得なくなったからである。関は京都で住職や導久への手紙を書いていたころから、再び何か書けるのではないかという期待がふつふつと心の奥底で湧き上がってきているのを感じていた。何か言葉にしなければならないことがあるように思われれる。だが何かがわからない。関は焦燥した。わからにので、書斎に籠っていた。書斎には、三辺の壁をすべてマホガニー調の厚い本棚に囲まれている。唯一開けておいた壁には窓がある。光量はそこから取り入れた。窓に向かって座るとまぶしいので、窓とは横になるように机を置いた。その上には、関が今までの人生で集めて来た不思議なものがいっぱい置いてある。関は大学生の頃から変な小物を集めるのが好きだった。雑貨趣味と言っても良い。フランスのおしゃれな生活をしてみたいという思いがあった。これは関のなかではいまだ決着のついていないことではあるが、関は当時未来はどのような部屋にしようとか、どのような生活をしようかと想像したところで、二つの方向性が生まれた。一つには、和を基調としたもの。関は教員になったら和服で登校してやろうかと思っていたのである。だが、現実的に厳しい。白い眼で見られる。和服を着る機会はそのために、本関連で公の場に出る際に限られた。また、もう一方の方向としては、西洋の貴族のような生活である。スチームパンクや驚異の部屋と訳されるヴンダーカンマーの世界である。兎に角男というものは大概蒐集精神があるものだ。関もその例外には洩れない。関はアンティーク調のもの、古き良きものを長い間使うということが好きであった。ちょうど関の学生時は、中国の安い労働力によって物々に溢れかえっていた時期である。関はそのような物事への反抗ということもあって、このような方向へ向かっていった。大量生産されたものは、代替可能であるし、そのものひとつひとつに制作者の心がこもっていなければ、またそれを使う者にも心を求めない。だからある意味では気軽に使い捨てできる、乱暴に扱うことができるものである。
だが関はそのようなものは好まない。多少手間がかかったとしても心あるものの方を好む。関はこの時代の作家にしては珍しい、ペン書きの人間であった。ワープロも勿論机の上には乗っている。だが、それで書くのはあまり気が進まない。ものを書く時には、ゆっくりゆっくりと醸し出していく、そうしたプロセスが重要だと彼は考えていた。ワープロは確かに早く打てる。しかし、その速さによって失われたものが当然あるはずである。関はそれを書く間の時間に生まれる醸成される文章だと考えた。最近の書物がすらすらと、わりと早い速度で読めるのは、それだけ早く書いているからである。昔の文章はじっくりと読まないと意味を落としてしまうのは、じっくりと書いたからである。やはり人間が書いたものなのだから、書いた速度も読む速度に影響しうると考えた方が合点がいくだろうと関は考えていた。
関の机の上には、例えば羽ペンなどが置いてある。飾りかと思うかも知れないが、実際に関はペン先をインキ壺に浸して書く。孔雀の美しい羽が付いたものや、蒼く染められた鳥の羽ペンなどがある。万年室もある。ウォーターマンの良いペンだ。以前文学賞を戴いた際に副賞としてもらったものである。変な標本もある。ベネチアグラスのペーパーウェイトがある。何が入っているかわからないビンがある。関はこれを偶に飲んでいる。薬が入った小瓶がある。関はこれで命を伸ばしている。特に意味もない貝殻や外貨が、高そうな陶器の置物のなかに置いてある。
仏教系の大学を出たものとしては、これは本来いけないことであるとは知っていた。ものに執着しているからである。執着からは、嫉妬や所有欲が生まれる。それに支配されてはいけないのだ。だが、関はそこまでの境地にはたどり着けないので、ものを大事にせず、大量消費をするよりかはものにこだわり、ものを愛することをよしとしたのである。
関は何かが体内の奥底から湧き出ずるのを感じた。言葉が生まれようとしている。だが頭の方へ上がってこない。指へ伝わらない。口から発せられない。関はもどかしさにもんどりを打った。
ペンをくるくる回してみた。原稿用紙とにらめ合った。紙を変えてみた。羊皮紙を前にしてみた。紙になにか浮かび上がってくるのではないかと思い、陽の光に照らして透かして見た。羽ペンで自分の鼻を擽ってみた。そのうち鼻から神経が伝わったのか耳がもどかしくなってきたので、耳かきをした。耳かきにも美しい宝石のような輝きのするエメラルド色のガラスの球が付いている。何か自分の探している言葉が見つかるかも知れないとおもって、本棚らからだしぬけに本を選び、ぱっと開いてみた。その頁を目で捉える。読むのではなく、ひとつの作品として目で捉える。飛び込んできた文字を探してみる。心に聞いてみる。わからない。皮張りのチェアーに戻ってくるくる回転してみる。そのうち目が回ってきたから、腕を組んでみる。顎を載せる。顎が痛くなってきたから肘をついて蟀(こめ)谷(かみ)の当たりで支えてみる。肘が痛くなってくる。ハニーボーンに差しさわりがあろうと思い体制を変える。そういえばハニーボーンというのは誤用でファニーボーンが正しかったのだと思いだす。
ぱっと飛び出してくる言葉はあった。以前のようにすらすらと書けないのは関にとっては珍しいことであったが、何か格言めいたものが飛び出すことがあった。関はもったいないので取りこぼしてはいけないと思い、それらを自分のノートに書き込んだ。
しばらくの間はそのような状況が続いた。時に何か全く別のものが思い上がってきて筆の先から迸ることがあった。また、思索に疲れた時には、本を読んで気を紛らわせた。


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