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憎愛 八

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「それでは授業を始めます・・・」その日も、息も絶え絶えという雰囲気は隠せないまま、授業を行っていた。ここ数日の関は、興味関心というものがなかった。精神的な活動をしなければならない人間にとって、心が石のように固まってしまったという状態は、死んでいるのとかわりなかった。授業をしていても、あまり身が入らず、数年やってきたために身に沁みついていた内容と、語りでただ脳内にある講義を再生しているだけだった。
 昼休みに、関は教室に帰ったが、ここ一か月ほどは、やはり食欲などでるはずがなく、もともと食は細いほうであったが、どこかで昼食を買ってくるということもなく、職員室の書類やらでざったななか、ブラインドから差し込んでいる外の光に眼を細めていた。外では、学生たちが元気よく職員室前の広場を走り回っていた。関はそれを見ながら、ふと若さというものを考え、そこから生きているということを連想し、そうして自分を省みて、自分は生きていながらまた、死に近づいて行っているのだなと考えたところで、声がかかった。
「関先生。あのちょっとお話が、今日の放課後に私とあと学年主任からお話がありますので、よろしくお願いします。」声を掛けて来たのは、副校長の浅井であった。人柄としては柔和であるが、少々頭の固い部分がある人間で、もとより芸術家としての名声のあった関のことを表面には出していなかったが、疎んじている部分があった。浅井は、普段から柔和な顔を張り付けているだけあって、関に対するときの少しこわばった心持とその顔つきが相まって実に不気味な顔になっていた。普段であれば、その鋭い洞察力から浅井の考えていそうなことなどいくらでも先んじて想像のついた関であるが、そのような精神的な余裕がなかったため、そうですかと、一言返すのが精いっぱいであった。
 特に昼食はとらずに、五時間目、六時間目と担当のクラスで国語を教えて、ホームルームをした後、やっと一日も終わって早く帰れるかなと思いながらも、話があることを思い出してうんざりしていた。どうせ自分の状態のよろしくないのをとがめられるのだろうということは予測していた。職員室に戻ってから、関は浅井が向こうから話しかけてくるのが嫌だったので、こちらから赴いてやろうと副校長のデスクへ向かった。
「浅井先生、お話とは何でしょうか。」
「ああ、関先生、今学年主任を呼んできますから、えっと、じゃあ応接室2で待っていてください。」デスクで事務関係の仕事をしていた浅井は、関が担当している高校三年生の学年主任の教諭を呼びにいった。
 応接室で待っていると、しばらくして浅井副校長と、学年主任の大滝という数学の教師が入ってきた。それぞれ何か書類を手にしていた。
「えっと、今日関先生にお話ししたいことはですね、単刀直入に言うと、生徒の保護者からですね、関先生の心身の状態があまりよろしくないのではないかという指摘があったということです。」
「はあ、そうですか」
「ええ、恐らく生徒が先生の状態を見ていてあまりよろしくないと思ったのでしょう。それを保護者に言ったのがまわりまわって、こちらに連絡が来たという事です」
「申し訳ありません」
「いやいや、別に先生が謝る必要はありません。先日のご不幸があり、精神的にかなり困窮していることは私たちも重々承知しております。ただですね、やはり保護者からこうした指摘があるほど、先生の状態がよろしくないとなると、教育現場でそれをほうっておいては私たちも責任を取らされますので、・・・」
「つまり、やめろということでしょうか?」煮えを切らした関は、声色を張らないまま、ごくごく単調にそう述べた。
「いえ、そんなことは申しません。ただ、先生には少し休養していただきたいなと思っているんですけれども。」
「そうですか。」
そこでバトンタッチしたように、ころころと回りくどく話していた浅井から、大滝が話始めた。「勿論先生にその意思があればということです。今年の担当はちょうど高校三年生ですから、受験勉強も本格的にやりはじめなければなりません。その中で先生では重荷であると我々は感じているわけなのですが、どうでしょうか」
しばらく黙っていた関は、他の連中の意見も通してあげなければならないだろうなと漠然(ぼんやり)と想いながら、また一方で確かにしばらく休みたいという気持ちから、「ええ、承知しました。しばらく休養させていただきます。それでその間は、生徒たちは誰が面倒を見ますか」
「その点は、他の国語の先生に授業を担当していただこうと思っています。今の段階では誰とは言えませんが、その期間だけ非常勤の先生たちで都合がつくように取り計らってみます。あと勿論ですが、この休養は先生の療養ということになりますから、その点ではご安心ください」
「そうですか、いえ、別にその点は私の場合はそちらの都合のいいようにしていただいて結構なのですが、そう対応してくださるのならありがとうございます。生徒たちについては、私が復帰出来次第また自分が面倒を見たいと思っているのですが、よろしいでしょうか」
「ええ、それはもちろん。こちらとしても関先生にはできるだけはやく戻ってきていただきたいとも思っていますし、・・・」
そこで浅井が話に付け足しをしてきた。「そうした精神的な休養というのは、とかく現代社会では問題になっていますし、経営者として、そうした講習は何度か受けて来たのですが、何か月もかかるようですね。関先生の状態次第ということはもちろんですが、どうでしょう、先ず夏休み明けをめどに復帰するという方向で考えてもよろしいでしょうか」
「はい、そうですね、では、いつ休みに入らせていただくかということですが、今、ちょうど体育祭が目前に迫っています。これだけは私が担当させていただいても問題ないでしょうか。あまりにも突然担当が変わると生徒たちも動転します。それに区切り的には、体育祭が終わってから本格的に受験勉強に入る子がおおいですから、それまでは何とか私に面倒を見させていただきたいのですが、その方が私としても一区切りついたと安心して休養に入れますし」
「関先生がそうおっしゃるなら、そういたしましょう。」
「本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
「いえ、ですから謝らないでください。何も関先生は悪くないのですから」
「では」と立ち上がりながら浅井が話をまとめる。「体育祭までは関先生が担当し、それから夏休み明けまでは他の先生方が面倒をみるということで、関先生、早く養生して復帰してください。あなたがいないと国語科がなりたちませんからな」そういって、一人の教師が学期中に突然休養を申付けられるという異例なことが手早くまとまった。
「ということで、みんなには大変申し訳ないのだけれど、先生は、休養のため、体育祭が終わってからしばらく休みに入らせてもらいます」休みが決まってからか、関は心持軽くなったのかしばらく見せていなくなった元気を出し始めた。彼が、自分が休むということを説明すると、生徒たちはえ~と口々に言った。先生大丈夫ですかと冗談半分で言う生徒も中にはいた。「みんなのことはきちんと責任をもってみるからその点は心配しないでください。君たちに決して不利益が生じないように、私が休みのあいだは他の先生が国語とクラスの面倒は見てくれます。あと、先生の連絡先をこれから黒板に書くので、一応書き取っておいてください。何かあればそこに連絡してくれれば、いつでもどんな質問でも先生は相談にのりますから、安心してください。受験勉強のこと、国語のこと、人生相談、なんでもOKです。ただ、英語とか数学とかは、まあ文系のクラスだから数学はいないか、やめてくださいね。私数学できませんから」冗談を言えるようになると、生徒たちも先生がそれほど大変な状態ではないと思えたのか、どっと笑いだした。
 それまでは羹に触れるような態度だったのが、こちらから事情を話し、自己開示すると、生徒たちは先生大丈夫ですかと親身になって話しかけてくれるようになった。中でも、女子生徒の方が関を心配してくれた。男子生徒はこのような時、関と仲の良い学生は別として、大体野暮ったいものである。心配していても、それを先生大丈夫ですかという安易な言葉として話しかけることが恥ずかしいのだ。だが、自分たちが心配していることを別の言葉や表現に置き換えるだけの頭が働かないから、むすっとして女子が心配して話しかけているのをみて、なんだいあんな簡単に話しかけやがって、大丈夫じゃないから休むんだろうがと嘯いるのである。上目づかいで心配してくる女子高生と、そんな可愛いところのある男子学生とどちらがかわいいのか。
 体育祭が差し迫っていた。
 関が働いている学校は私立の共学高校であったため、公立の学校とは多少行事関係が異なっていた。学校によってもそれぞれだが、文化祭と体育祭を一緒に秋口にやってしまうような豪胆なものもあれば、二つをばらしながらも、両方二学期、三学期にやってしまうというところもあるようである。関の学校は、先ず新しいクラスメンバーとの親睦を深めるという意味もあって、体育祭は五月中にやるという、極めて早い時期に行われる。まだクラスのメンバーを全員覚えていないという状態で準備がはじまるから、生徒たちにとっては早く名前を覚えなければと焦ったり、あまり相手のことをよく知らないからそれぞれ上手く距離が測れずにぶつかったり、ひっついたりするのに忙しいが、教師としてそれを眺めているのは結構面白いものがある。関は、高校三年という、もうすぐ大学に入り、そしたらすぐに社会人になってしまう若い子供たちをみて、自分の経験を振り返りつつ、担当しているクラスの学生たちを微笑ましげに眺めていた。
 学年行事に力を入れている学校ということもあり、体育祭が近づくと、部活動はほとんど停止状態となり、教員も学生たちの練習に付き合ってクラスの団結力を高めて行った。関も、この体育祭でクラスが一つにまとまるまでは何とか自分が面倒を見ようと思ったのはこのためでもあった。ここでグループが固定化されてしまうのが、教育者としての関にとっては悩みであった。彼自身の学生時代は、例のごとく交友関係に恵まれなかったために、高校三年の時点ではほぼ一匹狼に近い状態だった。一匹狼がほめ言葉なのかけなす言葉なのかは文脈によって判断がわかれるが、狷介固陋と言ってもよかった。そのなかで、彼は自分の回りをずっと監視していた。彼は常に見ることをしていた人物であり、見られることを極端に恐れた人物であった。関は、学生時代クラスの状態を常に見ることによって、そこに人間関係の糸や、グループの色、グループ同士のつながりの線などを見ていた。偶にそこから離れていつもいる場所とは違った場所に行ったりしている人がいるのをみると、さては何かあったのだなと一瞬で判断がついた。その点では、クラスに必ずいる友人関係や誰が誰を好きといった秘密の情報を何故かたくさん持っている情報通の人間と同じくらいの情報は持っていた。関が学生時代の時分にはすでに携帯電話はかなり普及していた時期であったから、そうした携帯電話の弊害やネットのいじめの陰湿化などが騒がれた最初の時期にあたる。そうした電子機器の発展、普及のために、それまでなんとなく不明瞭だったクラス内の人間関係がより差別化されるようになったのだと関は考えていた。
 どうしたって、人間関係の間に電子機器が侵入してくるのだから、人間関係が見える化してしまう。ある意味では人間関係の格差がより開いたと言ってもよかった。仲の良い友達との間柄はより親密に、それ以外のクラスでちょっと話す程度の子との関係はより稀薄になった。関の時代でも、携帯を買ってもらえない子というのは実にかわいそうだった。彼は自ら最後は自分の携帯に触れないような性格に変容したが、それでも見ていて携帯を持っていない子は、それだけで周りからは何の声もかからなかった。仮にその子が携帯を持っていた場合は良い友情が芽生えたとしても。だが、それでも関の時代はまだメールが主流であったので、それほどグループという意識は表面化してこなかった。常にメールは一対一が主流であったからだ。現在は、ネットを使用して、ツイッターやFacebook、LINEなどの台頭により、より明確にグループが見える化してきてしまった。関は仕事柄、自分のウェブサイトを持っており、芸術家、作家、評論家としてのアーティクルをそこで広告活動していたが、そうした背景もあり、現代の学生が電子機器によって受ける精神的な苦痛もよく把握していた。
 LINEにはグループがある。そこに加入していると、ネット上でオンタイムで話しているような空間がつくられるのであるが、そこに加入していないということがすでに、現実のグループでも差異化される原因となった。今までの交流は、学校で顔を合わせて話し合うことがコミュニケーションと捉えられていたが、どうにも現代の学生たちは、学校での限られた時間よりは、家に帰ってから翌朝までの間の電子情報のやりとりのほうが重要視されるコミュニケーションとしてとらえられているらしい。それを仲の良い生徒たちとの話から聞いていて、だいぶ人間というものがねじれて来たと関は感じていた。個人の日記帳的な存在であるブログや、ミクシーなどのちょっとしたウェブ上のメモ帳のようなものに、日々の事柄が記されており、そこでの延長で話をしたりするので、他の生徒全員に近いメンバーのブログやらミクシーやらを確認していないと、学校では話さえもできないというような状態もあるらしかった。関のクラス、学校ではそこまで酷い状態ではなかったが、それでもすでに固定化しているグループではそうしたことが行われていることは容易に想像された。
 関がまだ、若いとは言ってもその人生すべてをかけて、また愛してきたものは、本である。本というよりは、文章である、文章ということは言葉である。関は言葉を次のように認識していた。哲学的な思考もした彼は、人間という種族そのものが、他の動物たちとことなる点において言葉を有しているという認識に基づいていた。人類は言葉を用いてその高度な精神を共有することができる。人間は言葉によって、人間を理解することができるし、また人間を言葉によって生かすことも、殺すこともできると信じていた。コミュニケーションツールの最も原初的なものであり、また現在においても最強のツールである言葉というものを芸術的にまで高めて操るということは、関にとって言葉とは彼そのものであると言ってもよかった。
 関にとっての言葉とは、表記された文字ということだけではなかった。彼は彼自身が作家であり、小説を何冊が出版しているということもあったのだが、小説家であるからこそ、小説の限界、ひいては表記文字の限界を感じていた。彼にとっての言葉が、表記することによってすべてを表現できていたならば、教師という職業をわざわざやりはしなかっただろう。彼は自分が小説を書いていても、本当に伝えたい人間の心情の機微や、豊かな感情の深みが伝わらないからこそ、敢えて教壇に立つようになったのである。言葉には、音が含まれている。声色、それから、リズム、高低、あるいは人それぞれの個性である声の音、表情、そこには口の動かし方だったり、どんな目をしているかとか、仕草だったりとかが含まれ、身体全体をすべて含んだものだと彼は思っていた。関は小説を書きながら、自分が伝えたいことのほんの何分の一も伝えられないことに、失望していた。そうして、彼が考える言葉という概念から、ほとんどすべてを取り去ったなかで、ネット上でやりとりされる何の色彩も持たない無機物な言葉のやりとりをみて、ほとんど失意に暮れた。


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