『ダイの大冒険』と『勇者アベルの伝説』 感想とレビュー

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 私は昨年末から今年の初めにかけて、南米を一月旅してきた。そこでは、永遠に広がる荒野があり、どこまでも果てしない砂漠があり、はるかかなたには、うっすらと浮かんでいる山々があった。私はこの時ほど、ドラクエの世界ってほんとにあるんだ!と思わないことはなかった。つい山々に恵まれ、海に囲まれた日本にいると、果てしない荒野のようなものとは無縁で、ドラクエなんて実際には存在しない世界だと思ってしまう。しかし、いざ南米の広大な大地をバスで移動してみると、ああ、ドラクエってこういうところの話だったのかと、妙に納得できてしまったのである。
 そんなこんなで、旅先でドラクエが恋しくなり、ゲームもないので観はじめたのが『ダイの大冒険』であった。
 違法なのかもしれないが、YouTubeにアップされていたものを楽しく鑑賞させていただいた。こういう無料で見られるということが、どれだけの文化の発展につながっているかを、きちんと認識しなければいけない。著作権だなんだと、勝手なものをつくりあげて、作者の利益を守るうんぬんはいいが、それが文化の発展に繋がらなければ何の意味もないということをはっきりとわからなければならないだろう。
 ダイの大冒険は、ほんとにわくわくする物語であった。制作されたのが1991年ということもあり、まだ日本が良くも悪くも平和な時代だったころの作品である。だから、作風もおっとりしているといえばしているだろう。シニカルなところもないし、何かひねくれたところもない。非常に威風堂々としていて、意気揚々としている。作品全体からダイの性格と同じような気風の感じられる作品であった。
 最近のアニメは、もっぱら1クール12話程度になってしまっていて、内容が凝縮されているのはいいのだけれども、そのかわりに、あまりその作品にのめりこめないという感覚がどうしてもしまう。やはり、同じものごとでも、1話でおさめてしまうのと、2,3話つかって描いたのでは、そこに入り込める、感情移入できる質量が違ってくるというものである。
 確かに3話めで突然マミさんが死んでしまうという衝撃的な場面をえがいた『まどか☆マギカ』は成功していたろう。しかし、同じ仲間が死ぬにしても、もうすこしきちんとした出会いがあり、一緒にすごした時間があった、ダイの大冒険のほうが、アバン先生の死の描写によりリアリティーがあったのは確かであると思う。アニメの死など、ほとんどは記号の死であり、悲しみを催させるほど人々に影響を与えないものである。しかし、冒頭数話目にしてアバン先生が本当に死んでしまった時には、私はほんとうにびっくりした。ドラクエであるし、どうせザオリクかなにかで生き返るだろうと思っていたら、本当に死んでしまった。その時の驚きと言ったらなかった。あそこには、単なる記号の死ではなく、本当にひとつの人格を持ったアバンという人が死んでしまったという感覚があり、こういう描写が出来たということは、やはり制作陣にそれだけの技量があったのだなと感じずにはいられなかった。
 ダイの大冒険はその後も王道の王道を行く。強い敵が出てきて戦い、仲間になり、さらに強い敵と戦う。パターンはわかっているけれども、どうしてもおもしろいと感じてしまう。結局はこうした王道が強いというのは残念ながら事実のようだ。クロコダインとヒュンケルが仲間になって、フレイザード並びに魔王司令官と戦うアニメ終盤は、手に汗握る戦いであった。
ダイの大冒険、唯一の弱点があるとすれば、このアニメが途中で打ち切りになってしまったことだろう。やっとダイの出生の秘密がわかる、という時になって、アニメが終わってしまったのには、アバン先生が本当に死んでしまった時と同じような衝撃があった。30話あたりから、アニメの進行がやけにゆっくりで、このままでは最後、魔王を倒すまで間に合わないのではないか、と心配しながら見ていたのであるが、やはり結果はその通りであった。魔王軍の軍団長を6人にしたのがいけなかったのではないかと当初は思ったものの、そんなことはなく、単にもっと長い企画であったのが、頓挫してしまったというのが原因だったらしい。今でもこのアニメの続編、後篇を作ってほしいと私は切に願うのであるが、CG化して、話しもかなり入り組んだものが流行る現在においては、それも難しい話かもしれない。

 ダイの大冒険が、タイトルの通り、どちらかというと成長物語であるのに対して、勇者アベルの伝説は、もう少し「旅」の部分に着目したものだったように感じる。
 毎回最後に次の目的地はといって、マップが表示されるあたりに、このアニメの親切さというか、リアリティーを感じずにはいられなかった。一応こちらのアニメのほうが先に放送されていたので、その部分はダイのほうでも踏襲すればよかったのに、と思わなくもないが、ダイはダイの魅力があるのでいいということにしておこう。
 実際に一か月間南米の旅をしてきた感覚からいうと、現実に近いのは勇者アベルのほうになる。やはりその土地土地をめぐっていくという感覚がリアリティーを獲得しているということができるだろう。
 ダイのほうは、一体何歳なのかわからないような、デフォルメされた人物たちが活躍していた。だからこそ、生身の身体を持ちそうにない、ドラえもんじみたキャラクターが活躍しているのに、いきなりアバン先生が死んだのでびっくりしたのである。それに対して、アベルのほうは、15歳の誕生日を迎えた、とは思えないほど強靭な肉体を持った青年たちの冒険である。去年中学三年生を教えて来た身としては、15であれはないだろーと思いつつも、確かに成長が速い子はあのくらいになる可能性もなくはない。野球部の連中などはアベルに近い感じもしないではなかった。

 しかし、どちらも言えることは、やはり魔王がいて、明確な敵が存在するということである。もちろん、敵がいなければ冒険も成り立たないので、これは悪と善の戦いというよりは、お互いに必要としている必要悪のような存在なのである。真に世界が平和であれば、冒険する必要もない。だからこそ想定される悪が必要になるわけで、その点はやはり90年代的だなと考えずにはいられない。現代では、単に悪という概念を持ち出してくると面倒なことになりかねない。総ツッコミ時代なので、なぜその悪は存在するのか、何を目的としているのか、なぜ悪がでてきたのか、などなど、かなりきめ細かいところまで考えなくてはならない。だからこそ、まどマギでは、魔女狩りをする少女自身が実は魔女になりえるのだという、救いのない悪を想定せざるをえなかったのである。90年代の平和なドラクえ時代には、なぜ悪が存在するのか、そいつはどういう存在なのかということは、考えなくても済んだのである。牧歌的であるといえばいえるのである。
 勇者アベルのほうでは、ヤナックという指導役がつくので物語の進展がしやすかったろう。その分、アニメーターたちはやや楽をしたのかもしれない。少年が成長する物語には、指導役となる人物が必要になる。ダイでいえば、それはアバン先生であり、魔導士のおじいちゃんであり、時として武人のクロコダインだったり、ヒュンケルだったりしたのである。ダイのほうでは師匠役であるアバンを先に殺さざるを得なかったので、ダイがピンチに陥った時は、アバンの記憶がよみがえるという形でダイに進む道を教えるという形をとった。しかし、やはり生きていないので、なかなか難しかった部分があったのではないかなと思う。ダイには、決定的な師匠役というものが存在しなかったので、ダイはその都度自分で考え、行動しなければならなかった。その葛藤が、あの作品の長さに相当するのである。自分で悩んだ分、物語が進むのが遅くなってしまったのだ。だから、42話で、作品の中盤までしかいかなかった。その反面、あまり内面で葛藤することがなく、ヤナックというすばらしい指導役がいたアベルは、42話でみごとに大魔王を倒すに至るのである。その葛藤というものが、やはりどれだけ時間がかかるものなのかということを証明しているように私には思われる。私個人の感覚では、葛藤するダイのほうがおもしろかったと言えば言えるだろう。

 何はともあれ、ゲームの世界をアニメーションに翻案するというのは、難しいところである。ゲームでは実際にモンスターを殺しているわけである。そこはゲームだから省略できるわけであるが、アニメや小説版ではそういうわけにはいかない。一度ドラクエ5の小説版を読んだことがあるが、あの作品では、殺したモンスターはきちんと火葬している描写が登場する。
 アニメ版、アベルではモンスターはバラモスによって生み出された宝石モンスターといって、死ぬと宝石に戻るという設定になっている。これならば、殺してももともと物質なんだからという理由がつけられそうで、特に罪悪感を覚えることもない。しかしこれはやはり記号の身体であり、ご都合主義にすぎるのではないか、という感じもないではない。おそらくそれを制作陣も感じていたのであろう。魔王がいなくてもモンスターは存在するならば、という発想のもとで生み出されたのが今度のダイである。ここでは、モンスターは命あるものとしてきちんといきている。
 だからダイはほとんどモンスターを倒していない。倒したとして、フレイザードくらいであろう。それ以外のモンスターはやはりいきとしいけるものなので、殺すことができなかったのである。そうすると、やはりドラクエのゲームとはずいぶんかけ離れたものになってしまう。これは仕方のないことである。
 そこにやはりゲームを翻案することの難しさがあると云えよう。
 しかし、どちらのアニメも、ドラクエ的な雰囲気、世界観がただよっており、非常にすぐれた作品であることに間違いはない。牧歌的だとしても、現代の緊張しなければみられないようなアニメと違って、リラックスしながら見ることができるという点では、いいのかもしれない。

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アバン先生…アニメだと死んだようにみえますね。この人、実は原作だと再登場するのですが、その辺りになると、実はもうダイが先生より遥かに強くなっているという衝撃の事実を叩きつけられます。
アニメがお気に召したのでしたら、ぜひ原作も読んでみてください。退屈しないと思います。
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