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劇場版『文学少女』 感想とレビュー

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 以前から耳にしていた「文学少女」の劇場版を鑑賞した。
 私は文学部に所属しているので、周りの友人たちがたまにこの作品に言及することがあるのである。「文学少女」の原作はライトノベルらしいが、そこでは太宰治の『人間失格』についての解釈が描かれて居たりと、なかなか本格的な、さすがにタイトルに「文学」と名を冠するだけの研究はしているらしい、というのである。私も近現代文学が専門なので、これは捨て置けないと思っていたのだが、とっかかりがなかった。今回たまたま劇場版を見ることになった。
 劇場版を見て、おそらくこれはアニメ版の総集編だろうと感じた。やや話が飛び飛びになっているところがあり、わかりづらい部分もあった。えてしてアニメの総集編はこのような形になりやすいものである。
 だが、総集編というのは、全てがわかるわけではないが、エッセンスが分かるという点においては、作品の入門として優れた形態である。
 どのような作品なのか全く知らなかった私にとってはいい入門になった。

 この物語をどのように分析するか。
 私はあまりラノベに詳しくないので、そういうのに詳しい人間からすると、なってないと怒られそうであるが・・・。例えば私の狭い知識の中で言えば、『涼宮ハルヒ』に似ているなと感じる部分がいくつかあった。
 もちろん厳密には違うのだが、例えば、主人公は男性なのだけれど、キャラクターとして立っているのは、ヒロインの側なのである。『涼宮ハルヒ』は、男性主人公はもはや語り手と同じレベルに存在していて、実質の主人公は女性ヒロイン、涼宮ハルヒなのである。もちろんこの作品では、中盤から男性主人公、井上心葉がキャラクターとして重要性を帯びてくるが、それまではどちらかといえば引っ込み思案で、主人公の地位は、専ら天野遠子という「文学少女」に任されることとなる。
この遠子先輩というのはすごい。涼宮ハルヒの登場も、ラノベ界やサブカル界を震撼させたことだろうが、この遠子先輩というのは、これまで誰も考えもしなかった、文学を食べるという特殊なモチーフを持ったキャラクターなのである。もはやそれだけで中盤までは、押し切っているといった感じがしなくもない。小説をちぎって食べる。現実的に考えたら絶対にあり得ない話である。
 私も小さいころ紙を食べてみたことがあるが、とても呑み込めるものではない。
 この物語のヒロインはそのような特殊なキャラクターなのである。中盤まではその圧倒的なまでの個性で、なんとか押し切ってしまえるだけの力がある。

 この作品が素晴らしいのは、そのような個性的なキャラクターに振り回されずに、最終的にはきちんとした落としどころに持っていくというところである。
 この作品は井上心葉のトラウマが物語りの最深部にある。すべてはそれの上で回転しているのである。そのトラウマは最初語られない。徐々に謎が出て、それを解き明かしているうちに、また謎が出てきて、そうしてどんどん中心に迫っていくような物語の展開の仕方になっている。

 ややヒーローとしては情けない主人公である。これも私がよく考えているところの、ヒーロー像の変容というところで、実に21世紀的といえるだろう。
 私がよく言っているのは、例えば70,80年代のロボットアニメでは男性主人公はオラオラ系で正義に燃えていた。それが、ガンダムによって悩む主人公になり、涼宮ハルヒによって、戦わない男性主人公になったのである。自分から積極的行動を起こさなくなったここ00年代、10年代の流れのなかに、この作品も入るといえば入るのである。
 それでも、この心葉が涼宮ハルヒや、氷菓の男性主人公と異なる点は、いわゆるヤンデレの朝倉美羽を懸命に介護するところである。他の作品の男性主人公であれば、病院にいくので煩悶するところである。もちろんこの主人公も病院にいくのかいかないのかというところで大分悩んでいるようではあるが、それを忘れさせるくらい、献身的な介護をするのだ。これはかなり特殊な例かもしれない。あるいはこれからのヒーローは女性に戦いを委ね、自分達は戦わなくなったかわりに、このように献身的な者が出てくるのかもしれない。これは一種のヒーロー像の変容として十分注目に値する。

 何よりもすごいなと思ったのが、朝倉美羽である。なかなかアニメやラノベでここまで精神的に病んでいる人物を描写しきれた作品はないのではないだろうか。もちろん、エヴァンゲリオンのアスカに始まって、精神的にもろい少女というのは、系譜として存在している。
 アスカの描き方もかなりのものだった。あれは天才庵野がやったことだからである。
 が、この朝倉美羽もアスカに優るとも劣らない素晴らしい描写がなされている。

 ただ、このような精神的に病んでいる少女が回復するのはそう簡単なことではない。
 この作品では2時間という時間的に制約された作品でもあるので、天野遠子の「ことば」の力によって、美羽は簡単に回復してしまう。時間にしたら30分くらいの間で回復しなければならないことになる。これはやはりやや難があった。こういうものは、二年や三年ではなおりようのないものなのである。それは難しい問題ではある。二時間で納めることができない問題を扱ってしまったのが悪いといえばそうだが、それではなんの批評にもならない。では回復させなければよかったのかというと、そうするとあまりにも作品が重くなってしまう。この作品が、これだけ精神的に病んだ少女を描いていながら視聴者の鑑賞に堪えるのは、最後に救いがあるからである。美羽が回復していく、そのことによって、心葉が解放されていく。この救いがなければこの作品はとても重くて見られたものではないであろう。
 何にせよ、ここはやや難しいところではあったと言っておこう。

 作品全体としては非常に高く評価できる作品ではないかと思う。
 話しの展開もなるほどと思わせるようなものであったし、最初楽観的な作品なのかと思ったら、近年にはないくらいの本格的にシリアスな作品であり、内容がしっかりとつまっていたという感じがした。
 男性主人公もただ何もしない無気力な近年のヒーロー像からの展望も見え、魅力ある作品であった。
 だが、やはり文学をやるものとして、文学の本領は文字の世界である。きっとライトノベルの原作ではさらに味わい深い、映像では表現できないような表現がなされているのではないかと期待し、そちらも読んでみたいと思う。

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