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読書雑記 柳田邦夫『読むことは生きること』を読むことで生きたい

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 僕がこのブログをはじめてから四年の月日が経とうとしている。正確には三年と少しなのだが、大学一年生の夏に書き始めて、もう四年生だということだから、四年間と自分では思い込んで居たい。
 この四年間実にいろいろなことがあった。ただ僕はいわゆる縦軸の直線的な記憶のつくりかたが下手なようで、円環する記憶、毎年毎年繰り返されるものがいくえにも積み重なっていくような、春にはあんなことがあった、だがそれは実は一年のときと二年の時が一緒になっている、といった記憶のしかたをしてしまうようなので、なかなか物語ることがむずかしい。

 そんなことはどうでもいいのだが、最近、ブログの更新が少なくなってきている。これにはいくつか理由がある。まず一つ目の理由。それは大学低学年のころ、何もわからずにただ自分の思ったことを好きなようにがむしゃらに書いていた。そういう時は怖いものなしでなんでも自由に発言できるものだ。
 そのころはまだ何もよくわかっていなかったから、なんでもが新しい発見のような気がして気楽に書けたのである。
ただ、それが書き続けることによって文章力もあがってくれば、読書経験や作品経験が積み重なってきて、なかなかそう簡単にこれはこうだ!と断言できなくなってきた。それに、ひとつのことを丁寧に説明しようとする癖があり、それをしていると、一つの記事を書くのに約4000字程度の分量になってしまい、それがどうしても自分にとって負担になってきてしまったのだ。
 一本の映画をみる。二時間かかる。その記事を書くのに二時間かかる。これではなかなかよし書こうという気にならない。
 またもう一つの理由はブログが大きくなってきたことによって、より多くの、不特定多数の人たちが見る様になったからだ。そうなっては適当なことは書けない。けっこう激しいクレームをつけてくる人もたまにはいるのだ。そういうのは常に無視しているが、それでも私の心に残るものはある。そういうのに疲れてしまったということもある。
 三つめの理由は僕個人の問題だ。僕は中高と人間関係に恵まれなかったと自分で思っている。その蓄積されたストレスのために大学に入ってから体調を崩した。途中よくなるときもあったが、最近ではまた体調を崩し、精神的にもかなり辛い日々を送っている。
 明らかに軽度のうつなのだが、まだ医者には行っていない。心療内科に行こうという気はあるのだが、そこへ行くだけの元気がなかなか出ないのである。
 いままでの傷がまだ完全に癒えきっていないことに付随して、僕の哲学的な思考形態があきらかに今の社会、世界とかみ合わずに思想的に苦しいこと、それから周囲から無言と有言の「働け」というプレッシャーに耐えかねてのことだ。僕はこのままでは壊れてしまう。と自分で思ったので、もうこの2年間はなにもしない、と実は決めてしまった。これはもう誰にも覆すことはできないだろう。
 僕は疲れた。ので、2年はなにもせずに、ニートをすることにする。
 なにもしない、ということができない社会というのはおかしい、と僕は思う。


 ひとつの作品に対してあまりにもいろいろなことを書きすぎる。そのことが負担に感じられてブログから遠ざかってしまっていた。だからこれからは、できるだけ簡単なものでいいから、ちょっと読書メモのようなものを残したらいいのじゃないか、と思った。
 だから今回から「読書雑記」なる題名をつけて、雑文メモを書いておこうと思うのである。もし僕のブログを愉しみにしてくれている人がいるならば、そういう人たちに何の更新もないのは申し訳ない。こんな忙しい「何かをしなければいけない」社会において、僕のブログを開けて、何を書いているのかな、くらいでもっ見てくれる人がいるなんてことは、とても嬉しいしありがたいことだ。
 だから、僕は今こんな作品を読んで、こんな風に思っているよ、ということをもうすこしこまめに書いておきたい。それは僕自身のためにもなると思う。

 さて、今回は手始めに柳田邦夫の『読むことは生きること』から。
 この本は柳田氏が1980年代90年代に雑誌や新聞やらに掲載したエッセイをまとめたエッセイ集だ。
 本当は卒業論文があってこんなことをしている場合ではないのだが、どうしても今読みたい、という気持ちが抑えられずに読んでしまった。テスト前に掃除をしたくなるのと一緒である。
 この本との出会いから書こう。僕は本を読むのが好きだし、集めるのが好きだ。とりあえずため込んでおいてあとから読もうというスタイルなのだが、そういう関係で、BOOKOFFで安い本があれば、どこかで安いほんがあれば、とりあえずもってかえる、なんていう意地の汚いことをしている。この本は、ある図書館で廃棄されることになっていた本だ。もう誰も読まないし、古くなったから捨てようということで、欲しい人がいればどうぞということだった。だからこれはありがたい、柳田邦夫、確かに名前は良く知っているし、いくつか彼の本を読んでみたいと集めている最中である(まだ一冊も読んでいない)、よし持って帰ろうということになった。

 僕はつい最近まで「やなぎだくにお」という名前の人が二人もいるとは知らなかった。自分のなかでごっちゃになっていた。柳田國男、は有名な民俗学の創始者。昔の人である。それに対し、柳田国男は評論家、ノンフィクション作家である。
どちらの柳田も2年の休養の間に読んでおきたいと思っているが、特に今「生きる」ことについて考えをふかめていて、生きることがつらい僕にとっては、「死」や「生」という言葉がタイトルにある本を読んで、なんとか自分の気持ちを癒したいという思いがある。そんな中めぐりあった本で、ずっといつ読むことになるだろうなと思いながら部屋にあるこの本を眺めていたのであるが、今日突然どうしても今読みたくなって、一気に一日で読んでしまった。
 読むことと生きることがどう繋がるのか、気になったのかもしれない。が、それは本書では特に断言的には書かれていない。そもそも本書がどんな内容の本なのかもわからないまま読み始めた。本書はたまたまエッセイ集だったが、柳田邦夫入門をしてはとてもよい入り方をしたのではないかと思う。
このエッセイ集のなかには自分の作品への言及もあり、どの作品から読もうかわからなかったのだが、ある程度の順番や筋道がついた。

 僕の部屋は今二千冊ほどの本に囲まれている(まだ数えられる程度だからかわいい)。そんな本たちと一緒に生活をしていると、たまに僕を読んでと強烈に主張してくるやつがいる。それがこいつだったのだ。よい出会いかたをしたと思う。
本書にはノンフィクション賞の選評が後半に掲載されている。これはノンフィクションを読みたいと思いながらもまったく読んでいなかった僕にとってとても役に立つものだった。それまでのノンフィクションの賞、大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞、新潮学芸賞、などなどノンフィクションの賞でどんな作品が選ばれてきたのか、ノンフィクション文学の歴史がぱっとわかったからだ。僕はいろんなものをいつも何もわけのわからないジャングルに例えて考えているのだけれど、ノンフィクションのジャングルのなかにいくつかの道筋ができたようでうれしかった。
 僕はよくわからないながらも、作家の名前は聞いたことがある、このタイトルよく見かけるな、という本をとりあえず買ってきては部屋においているのだが、この本のなかで紹介された本のいくつかは、僕が買ってきたもののなかに含まれていた。もちろんそれはまだ読んでいないのだが、ああ、そういう内容のこういう本だったのか、ということが知れたので、これからゆっくりと時間をかけて読んでいこうと思う。

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Re: No title

きみやす様 
コメントありがとうございます。
そういう一言がとても嬉しく感じられます。私の駄文を読んでくださりありがとうございます。

こんばんは

たまに、うちのようなふざけたブログを、覗いてくたさってるようで、以前から不思議だったんですけど。
まぁ、世の中、こんなアホもおる、と安堵する材料くらいにはなってるってことでしょうか。
読書がお好きなようなので、お薦めを二冊ほど。

「知」の欺瞞 アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン
↑もう、読んでるかもですね。
カオスノート 吾妻ひでお
↑最新刊です。

No title

私はもう、人生の折り返しの年齢です。今までの生き方に結構な後悔をしており、朝が来るたび憂鬱になります。好き放題生きてきたつもりですが、まだまだのようです。

Re: こんばんは

RAY様
コメントありがとうございます。はい、前々からちょくちょくのぞかせて頂いていました(笑)
「アホ」だなんて、そんな。とてもおもしろい感想や見解だと思って見させていただいています。なかなかさっと目を通す程度でしかできていないのですが。

本の紹介をありがとうございます。以前他の人から紹介していただいた本を読んだら、すごくおもしろくて、それ以来人から紹介される本はとても楽しみですね。なかなか忙しくて困っているんですが、今年中には読みたいと思います。

Re: No title

米蔵様。コメントありがとうございます。こういうコメントがほんとにこころに響いてきます。
米蔵様からしたら、私なんてとんだ若輩者ですが、どこかでやはり共通するものをもっているような気がいたします。私も日々生きるのが辛くて。ただその辛さというのは、ほんの少しではありますが、他の人より共感できると思うわけです。
この本にも「共苦」という概念が書いてありました。大勢の特に何も悩むことなく生きている人たちには私達のこのような悩みや辛さというのはわかりません。そのなかでわずかでも他の人よりその辛さがわかる、そんな先人に言葉をかけてもらえることがありがたいことです。

No title

こんにちは。はじめまして
時折読ませていただきました
もう四回生。ですか。はやいものです。なにもしないというのは勇気ある決断ですね,
なかなか正面きっていえることばではありませんもの。
若い人材のつぶしが利かない,というような今の世の中,まちがっています
がんばってください!!矛盾するようですが(笑)
周りに流されず
世塵にも目配りしつつ,かつ今後のご活躍を祈ります!!

Re: No title

玄少子様、コメントありがとうございます。ブログを拝見させていただいております。
四回生という言葉を使うということは関西方面の方ですね。良い言葉です。東京育ちの私にはそういう言葉を使ってみたいという気持ちがあります。
勇気がある、のでしょうかね。不安のなかで戦っております。周りに否定しかしない大人しかいないと、なかなか息が詰まってきます。そんななかで人生の先輩にはげましのことばをいただけるのは本当にありがたいことです。
こんな若輩者ですが、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
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