最期に残るもの  「いま」のみを生きるひとたち

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 私はとあるデイホームサービスに一週間実習をさせていただいていた。

 私はまだ大学生で、若い。おじいちゃんっ子なので、おじいちゃんと話をする機会はたくさんあったが、関係のない高齢者の方々とお話をしたり、かかわったりする機会というのは生まれてこのかたほとんどなかった。
 私は普段から人と話すのが好きで、いろいろな人と話をするのが好きだ。そのため、他の学生よりかは、比較的普遍的な話題の引き出しを持っているつもりではいた。なかなか誰でもが会話に参加できる話題というのは、日常生活のなかでは発見できないものだ。どうしても似通った趣味趣向、あるいは年代の人達でしか集まらないと、その年代では常識となっていることでも、他の世代の人達とは話せないということも多々ある。
 ただ、まったく見ず知らずの高齢な方たちと接するのは初めてで、私も緊張しながら関係を築いていこうとした。

 高齢な方々(80代ぐらいとイメージしてもらいたい)と接しているなかで、どうしても私のなかに生まれて、誰かと共有したいと思うある感想が湧いた。
 それが「最期に残るもの」だ。
 私もまだこの「最期に残るもの」が何なのかは上手く説明ができない。言葉をあまり知らないし、持っている言葉も上手く使えない私にとっては、こういうなんとなく心のなかにあるんだけど、知っている言葉と合致しないものというのはひどく説明にてこずる。
 「最期に残るもの」とは何かとお思いの方もいるだろうから先に話をすすめる。私が接した高齢者の方々は、一見すると受け答えもきちんとしているし、会話もできるので全く一般のひとのように思われるが、よく話してみると、つい先ほどの出来事を忘れていてしまったりしている、認知症の初期症状にある人達が多かった。
 「さっきのご飯おいしかったですね」と聞いても、何を食べたのかが思い出せない。もちろん昨日のこともわからないし、明日のこともわからない。
 副題として〈「今」のみを生きる人々〉と書いたのはそのためである。
 認知症。
 私の祖父も認知症で、最期はなんどもなんども同じことを繰り返し聞いていたのを思い出す。しかし、その時分はまだ認知症のことについてもよくわからなかったし、何よりも子供だった。
 今、少しは考えることができる状況で認知症の人々のことを見ていると様々なことを思い、感じる。
認知症は我々が普段持っている「時間」の概念をうばってしまう。
 よく自分とは何か、ということを考えるとき、時間が重要になってくることがある。私にはこんな過去があって、あんなことをして、あの時こういうことを決めて、そうして生きている。明日にはあれをしようと思っていて、いずれはあれに向かって活動する。そう、実は私達の生活や生は、すべて時間軸の概念の上になりたっているのだ。
 今までの自分がいて、これからの自分がいる。過去の自分、未来の自分がいて、初めて「今」の自分ができてくる。例えば未来の自分のことをあまり考えない人は、享楽的な生に走ったりする。過去のことばかりに囚われている人もまた、「今」を謳歌しきれない。

 さて、そこで認知症はどうかというと、この過去と未来を奪ってしまう。昨日は何をして、さっきは何をして、ということが覚えられない、あるいは忘れてしまっている。これからあれをしよう、明日はあれをしようと、その時思っても、それを覚えていることができない、あるいは忘れてしまっている。
 そうすると、我々時間軸のうえに生きている人間には考えられないことではあるが、時間軸の無い「今」のみの生を送ることになる。
 我々は、今たとえ辛い状態にあったとしても、それは例えば自分の夢をかなえるために必要な過程だからという過去、現在、未来の時間軸の概念があるから、それを成し遂げることができる。しかし、その未来も過去もなければ、今つらい状況にあるというのは、単純に今つらい状況にいる、ということだけを意味するようになる。一体これがどういうことなのか、私もまだわからないが、しかしそれがわかるようになるころには、わかった内容も忘れてしまうし、覚えられないのである・・・。


 話しを進めよう。過去も未来もない「今」しかない時間。これはひどくおそろしいことではないだろうか。
 よく映画にはこんなオープニングや展開がある。突然自分の知らない場所や施設にいる。こんなのは映画の手法としてはもはやチープなものかもしれない。だが、もし、彼等がこういう感覚であったとしたら・・・。
 認知症の人は突然怒ったり、突然いなくなったり、突然何か不思議なことをする、とよく言われる。私もそう考えて来た。だが実際に会って、話して、彼等が「いま」のみを生きているのだということに気が付くと、確かに私達には一見すると「突然」なのかもしれないが、彼等にとっては理由があって行っていることなのだということがわかる。
 前後のことがよくわからないので、一体どうして今自分がここにいるのかわからない。よくわからないけれども、いまここにこうして、介護施設で他の老人たちと一緒にいる。なぜ自分がここにいるのかはわからない。周りには知ったような知らないような顔があるし、今やっていることも、いままでやってきたことのようなやってこなかったような気のすることだ。そんななか、職員の人たちが他の人たちと何かをしている。周りで何かをしているのだけれども、自分は何をしたらいいのかよくわからない。
 そういう状況の中で不安にならない方が不思議だ。彼等はおそらく不安なのではないかと私は感じた。よくわからない。不安である。自分がひどく小さな存在に感じられる。何をしたらいいかわからない。怒る、あるいはどこだかわからないが自分の家に帰ろうとするのは当たり前のことなのではないか。

 過去も未来もない「いま」のみの時間
 その時に現れるのは「最後に残ったもの」なのだ。
 前後の出来事がわからないと、そこで出てくるのは素の自分、その人の本性のようなものではないか。私はそういうふうに感じる。
 例えばある人はいつも不機嫌で、文句ばかりを言っている。前後の記憶がないのだから、この人は職員の人で、この人の前ではこんな態度を取ってはいけない、こういう態度を取るべきだという「理性」とでも言われるようなものが働かない。過去にこういうやりとりをしてきて、この人とはこういう関係だから、こういう態度を取ろうということができない。昔ケンカして以来ずっと仲が悪い、そんなことが起こり得ない。ケンカをしてもそのしたことを忘れてしまうし、どんなになにかで意気投合したとしても、それをしたことも忘れてしまう。
 人との関係を数値に置き換えられるとしたら、私たちはあの時に3の出来事があった、毎日1のできごとがある、あの時には-2のことがあった、といったようにして人間関係が出来ていくのに対して、彼等は毎日0からスタートなのである。

 今目の前にいるこの人が自分とどういう関係の人かわからない。ここ数週間お世話になっている人であれば、自然と今日もお願いね、ということはない。どんなに前日その人に悪いことをしてしまっていたとしても、今日は初めて会う人だ。
そういう常に「いま」が更新し続けられる世界において、その人の本性のようなものが表れてくる。
 そんななかで、よくわかっていないなりにも、いつもニコニコしている人もいる。何をするにつけても、ありがとうありがとうと感謝ばかりしている人もいるし、すいませんねすいませんねと過ち続けている人もいる。いやだいやだと言い続けている人もいる。そういう言動を繰り返さなくても、基本的な姿勢はかわらない。いつも腰が低くて、丁寧な人もいる。誰に対しても、ああそうですか、いやあすごいですね、といった調子の人もいる。いつもいばりちらしていて、自分の気に入らないことがあると怒る人もいる。
 最期に残るもの
 それは今までその人がどのように生きて、どのように自分自身を創り上げていったのか。それがおそろしく表に出てしまう世界である。
 いつもいばりちらしている人がいれば、ああこの人はそういう生き方をして、最期にそうした本性のようなものが残ってしまったのだなと思う。本人はそういう態度をしつづけていることによって、周りから煙たがられるということもわからないし、覚えていられない。余計に周囲の態度は冷たくなり、一層機嫌は悪くなる。
 いつもニコニコしている人がいれば、ああこの人はそういう生き方をして、最期にそうした本性のようなものが残ったのだなと思う。本人はよくわからないなりにもニコニコしていて、そのためにそういう人にいろんな人が優しく接する。


 この「最期に残るもの」を目の当たりにして、私は考えさせられた。私のことを知っている人はよくわかるだろうと思うが、理屈っぽくていつも批判をしているような人間であるところの私は、きっと認知症になり、前後不覚に陥った時に、いつも仏頂面をしてイライラしている老人になっていることだろう。
 そんなのは嫌だと思った。そんなのは嫌だと思ったら、それまでになんとかこのなかなか変えづらいところの自分の本性、性格のようなものを変えていかなければならない。前後の記憶を覚えられずに、忘れてしまう状況になった時には、そうした意思さえも働かないのだから。

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