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とある学校で話したキャリアデザインの原稿 「幸せとコトバを獲得してください」

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 具体的に役立つお話は他の実習生の先生方がしてくださるだろうと思ったので、私はちょっと抽象的な、心の持ちようのような部分の話をしていきたいと思います。
 今回キャリアガイダンスということで、先生方からお願いをされた時、何を話そうか悩みました。それは、中学時代、高校時代のことを話してくれと書いてあったからでもあります。
 私にとって、中学、高校というのは、あまりよいものではありませんでした。とても人には言えないほど。それはそれは辛い日々を送っていました。
 我慢しつづけた六年間でした。そのためか、大学に入って体調をくずし、精神的にも参っていました。

 その間ずっと私は「どうして自分はこんなに辛いのだろう?」という疑問から始まって、「どうして僕は生まれたんだろう」「何のために生きるのだろう」そういった難しい問題をずっと考えていました。
 今でいえば引きこもりのようなものです。大学には行っていましたが、できるだけ家に閉じこもって、ずっと本を読み漁っていました。小説から、新書から、哲学書まで、ありとあらゆるものです。そして、ある時、はっと気が付きました。
 それはまさしく「僕は僕だ」ということです。授業でやりましたね。
 私はあの詩を授業で取り扱ってくれと言われた時に、なんという偶然なんだろうと思いました。ちょっと前に自分が考えていたことを授業で取り扱ってくれなんて。
 そうして私は気が付いたのです。自分というのは、自分でしかない。他人ではないのだということに。頭ではもちろんそんなことはわかっていましたし、そんな話は大人から何度も聞いていた。けれども、はじめてその時に私はこころで、そのことがはっとわかりました。

 今日私がみなさんにお伝えしたいことは二つ。
 一つは幸せになってもいいんだということ。
 二つ目は自分のことばを獲得してほしいということです。

 自分の中学・高校時代を思い返すと、息苦しく、閉塞感につつまれていたように思います。あまりにもいろいろなものが多すぎて、忙しすぎて、本当に大切なことを見失っていた。今、振り返ってみるとそう思います。

 私の友人の話をしましょう。
 一人は付属校から進学した人です。この人は大学に進学したものの、自分のやりたいことがどうしようもなく自分の中で盛り上がってきてしまった人です。この人は自分でお店を開きたいのだといって、そのためには専門学校に行かなければならないと、その専門学校まで実際に足を運んでみたりしていたのです。ですが、親が反対していた。私はその友人には親がなんといおうとそれは君の人生だ。君が本当にやりたいなら、やればいいと応援しました。
 もう一人は高校卒業後、一端社会に出て、会社勤めをしていた人です。この人は、しかし、自分のやりたいことを見付け、そのために会社を辞めて、大学に来たのです。

 もし、今とても窮屈に感じ、これからの未来、自分の将来に夢が見いだせない人がいたら、言っておきます。沢山いろいろなことにぶつかってみて、自分が一体どういうことになら打ち込めるのか、どういうことになら情熱を持てるのかを、まずは探してみてはどうだろう、と。
 努力を強要するのは嫌なんです。僕はぜんぜん努力できない人間だし、何よりもそうやって周りの大人に言われてきたのがとても嫌だったから。それに自分に嫌な分野では努力などそんなにできない。だから、私は努力しろとはいいません。そのかわり、自分がこれならば、どんなに辛くても頑張れる、努力できる、そういうものを見付けようと。

 幸せな時というのは、ただぐうたらしている時ではないんです。辛くても、これならばがんばれる、そういう対象に向かっている時なのだと思います。

 私の父は国立の大学を出て、今ではずいぶん偉い地位を持っている人です。自慢をしたいわけではない。ただ、そういう人だとわかってほしいのです。つまり、エリート志向だということです。右肩上がりの時代を生きて来た人ですから、当然自分の息子にもそれを強要します。学生のころ、いつも勉強しろ、勉強しろ、もっといい成績を取れ、そう云われ続けました。私は頭が良いわけではないけど、悪いわけでもないので、何もしなければそのまま大学に行けました。ですが、受験させられました。
 当然嫌々やった受験ですから結果は目に見えています。父は失望しました。私もなんだかんだ言って、まだ父親に影響されていた子供でしたから、どうしたらいいのかわからなくなりました。そして体調を壊しました。


 しかし、それから一旦自分の殻に閉じこもることによって、私は自分の世界、自分の言葉を獲得しました。
 確かに父の時代は、右肩上がりで、いい学校に入って、いい大学に行って、いい会社に行って、いいお給料をもらうことが、いいことだったかもしれない。今でもそういう生き方をしたい人はすればいい。しかし、それを押し付けるのにはちょっと待てよ、ということです。

 私が今日、みなさんにお伝えしたいこと、君たちがこれから生きていくなかで一番大切なことは、貴方は貴方であって、親のものでもほかの人のものでもない、あたな自身なのだということです。あなたの倖せを決めるのは、親でも教師でも、私でもない、貴方自身なのです。
 貴方は幸せになる権利があります、義務があります。
 そしてあなたの倖せは他人から見たら、親から見たら、大学を辞めるように一見ショッキングなことのように見えるかもしれない。反対されるかもしれない。ただやめるということではなく、自分の意思を持って辞めるという場合、貴方は周囲の人の反対を押し切らなければならない。その時に、貴方は自分のことばで、自分の世界を他人に示さなくてはいけないのです。

 私は幸運にもことばを扱う術を自分で工夫しながら身に付けることができました。
 みなさんもこれだけは譲れない、そういう自分の世界を持ち、そしてそれを語るためのことばを身に付けてほしいと思います。文學に親しんできた私が言えること。それは多くの本と触れ合うこと。これが一番手っ取り早いのではないかと思います。ですが、ことばというのはなにも、我々が使用しているこの言語ということだけではない。スポーツも、美術も、音楽も、数学も、科学でも、なんでも自分の世界を語る言葉なのです。

 今日伝えたいことは二つ。
 一つは、自分の幸せを見付けること。これなら頑張れるというものを見付けることです。そして、二つ目は、それを語ることば、表現を身に付けていくこと。これを忘れずに、他人人生ではなくて、自分の人生を歩んでほしい、そう願っています。

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非公開コメント

thanks

 素晴らしい見解だなあ、と感じ入ってしまいました。

 私の方には特に建設的な意見があるわけではないのですが、この記事に元気をもらいましたので、思わずそのことをお伝えしたくなってしまいました。

 それだけですw

 意味の薄いコメントをして申し訳ありません。

Re: thanks

ササクレさん。意味の薄いなんてとんでもない。
あなたが私の言葉によって元気をもらったように、それをこのようにして言葉で伝えてくれたことが、私の勇気につながるのです。
こちらこそありがとうございます。
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Author:幽玄

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