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月別読書録、鑑賞録 2014年5月


本当はひとつひとつていねいに論じたり、紹介したりしたいのだけど、そんなことをしていると時間が足りないので、一言メモ程度で紹介。詳しく論じたいものは別個に取り扱うことにしようと趣を変えてみます。

書籍

・『黒い雨』 井伏鱒二 著 新潮社 2003 (新潮文庫)
メモ これについては詳しく一つの記事を割いて論じたい

・『脳のなかの幽霊』 V.S.ラマチャンドラン, サンドラ・ブレイクスリー 著,山下篤子 訳 角川書店 1999
メモ とても面白い本だった。外国の本で、しかも脳科学系の本となると、これはもうどんな難解な文章にあたるかと恐ろしくてたまらないが、著者がすばらしいのか、訳者がすばらしいのか、日本語としてきちんと読むことができた。しかも内容もおもしろい。ラマチャンドラン博士は幻肢で有名な人だ。手を失ってしまった人が、脳のなかで作り上げた手に困らされている例など、脳って不思議な機能をするものなんだなあと改めて思わされた。特に理系の本をちっとも読まない僕としては、この本を紹介してくれたブログ仲間にも感謝したい。

・『スモール・イズ・ビューティフル再論』 E.F.シューマッハー 著,酒井懋 訳 講談社 2000 (講談社学術文庫)
メモ 60年代70年代に僕の大好きなサティシュ先生が創刊した「リサージェンス誌」に掲載された論文を集めたもの。『スモールイズビューティフル』よりも読みやすい。訳者がいいということもあるだろう。こういうものを読んでいて思うことは、人間を人間として見られない者が経済を語るなということ。
人間をただの労力と考えるだけや、できるだけ回転するようにとかそういうことが先に来てしまうような人間がいるから人類は幸せになれない。

・『テクストはまちがわない : 小説と読者の仕事』 石原千秋 著 筑摩書房 2004
メモ これは非常におもしろい本だったのではないかな。石原千秋が1990年代あたりに書いた論文、三十本ほどを集めた評論集だ。一応似た内容で章別にはされていて、全体としての流れみたいなものもできてはいる。どこで手に入れた知識だったか忘れたが、同じころ加藤典洋氏の『テクストから遠く離れて』という『テクストはまちがわない』とは対となる作品が出版されていて、それを読み比べるといいという批評があったような気がする。この二冊を読み終えた身として、僕はこれからどう小説と向き合おうか。

・『幸せになる力』 清水義範 著 筑摩書房 2008 (ちくまプリマー新書 ; 78)
メモ 途中までいいかなと思っていたが徐々に違うだろという感じが強まってきた。勉強だけがすべてではないという意見まではよかったが、働かなければならないみたいな方向に結局は持ってっていて、世代による思考の枠から抜け出せなかった感

・『プレッシャーに強くなる方法 : あなたはなぜ、ここ一番でアガってしまうのか』 岡本正善 著 河出書房新社 1997 (Kawade夢新書)
メモ ここに書かれてある方法、実践できるかどうかけっこうハードルが高い。が、何がプレッシャーなのかといった理論面の説明は納得できることも多く、比較的満足できる内容ではあった。

・『だいたいで、いいじゃない。』 吉本隆明, 大塚英志 著 文藝春秋 2003 (文春文庫)
メモ 今から十数年前のものだから、僕が今読む理由、すこし時期を逸している感はある。ただ、吉本隆明が一体どんなことを言っていた人なのか、その入門、導入にはなった

・『こころ』大人になれなかった先生 石原千秋 著 みすず書房 2005 (理想の教室)
メモ なかなか面白い読みを展開している。

・『文学がこんなにわかっていいかしら』 高橋源一郎 著 福武書店 1989
メモ 1988、1989年に「海燕」等に掲載された時評集。時評だから、評論よりもかなり早い時期にかかれるもの。そのため特に身につくようなすばらしい知識見識があるわけではないが、その時の時代の感じ、雰囲気が伝わってきた。時評なんてあまり意味がないと一概に馬鹿にできない。僕が産まれる前の世界がどのような雰囲気だったのかを知るに有効な手段だ。

・『悪について』 エーリッヒ・フロム 著,鈴木重吉 訳 紀伊国屋書店 1965
メモ フロムの著作のなかでは比較的後期のもの。訳も昭和40年で他の著作に比べれば読みやすい。内容は悪というよりは、人間の退行について書かれたもの。

・『スモール・イズ・ビューティフル : 人間中心の経済学』 E.F.シューマッハー 著,小島慶三, 酒井懋 訳 講談社 1986 (講談社学術文庫)
メモ エコロジーの世界では有名な本、初めて読んだ。彼はただ小さいもの賛美をしているのではなく、仏教の中道のように、中間技術を模索していた。しかし、現代のあまりにも大きすぎる経済、科学技術に対して強調するためにスモールと言った。

・『EQ~こころの知能指数』 ダニエル・ゴールマン 著,土屋京子 訳 講談社 1996
メモ こんなにすばらしい本は久しぶりだ。心の知能指数は、それまでIQ一辺倒だった学力至上主義に対して別の視点から物申したものだ。これは僕が考えていた心本主義の考えと非常に似通っている。僕は全然見ていないけれども、最近サイコパス系の登場人物が主人公になる作品が増えているのはなんとなく納得できる。というのは、圧倒的に人間自体に共感能力が衰えてきているように感じられるから。作品を作る、もっともセンサーの敏感な人たちがそれを受け取ったのだろう。観客もしかり。共感能力、ラポール、想像力いずれも似通ったもので、重なり合うところが多いと僕は勝手に思っている。これらの欠如が最近特に酷いわけね。これらは一重に感情を大事にしてこなかった結果だろうと思う。唯物的というのかな、人間は歯車なんだからといった感覚がこうしたと思う。どうにも精神面や感情といった目に見えないものに対して僕たちは間違った認識を抱きがちだけれども、これらも筋肉とおんなじで鍛えなければ向上しないよ。鍛えるとどうなるかというと、感情が豊かになったり、共感能力が高まったりする。鍛え方は、フェイストゥフェイスで対話するとか、本を読むとか。

・『就活のバカヤロー : 企業・大学・学生が演じる茶番劇』 石渡嶺司, 大沢仁 著 光文社 2008 (光文社新書)
メモ 評価2.一部なるほどと思う部分もあったが、全体としてはいまひとつ。「就活」に関わるすべての人が気持ち悪いと断罪するのには爽快だ。だが、私はさらにこれを気持ち悪いという作者二人もなかなか気持ちが悪く感じられる。

・『生きることと愛すること』 ウィリアム・エヴァレット/著,菅沼 りよ/訳 講談社 1980 (講談社現代新書 ; 503)
メモ 最高にすばらしい。そこにも愛されることについて書かれた部分で子猫の話がすこし書いてある。この本に従えば、我が庭にきている猫は、人を信頼し、愛され方を心得ているということ。エヴァレットはまず最初に大別して、愛する能力(これはフロムの考えにも似ている)と、愛される能力があると述べている。
私たちは愛されるために、まずこころを開かなければね。

短編
・『太陽の季節』 石原慎太郎
・『人間の羊』 大江健三郎
・『カンガルー日和』 村上春樹


映画
・『最強の二人』 2011年、フランス映画


展覧会
・ミラノ、ポルディ・ペッツォーリ美術館、華麗なる貴族コレクション」
・国宝《燕子花図屏風》尾形光琳筆 根津美術館 特別展

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