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5・3 「特定秘密保護法に反対する学生デモ」に参加して

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写真は毎日新聞社のウェブ記事より。私が左下に映っています。ちょうど水を飲んでいるところですね(笑)

はじめに
 去る5月3日、憲法の日に私は東京・新宿で催された「特定秘密保護法に反対する学生デモ」に参加しました。
 Facebookには、デモ参加からそれほど時間の経たない、まだ感情的にもデモの中にいる時に書いた一文があります。
 「法律のことも政治のこともよくわからないこのちっぽけな僕には何ができるだろうか。僕には何ができるのか、何を していいのかさえもわからない。わからないから、僕はこのデモに参加してみた。何をしたらいいのかわからないからという消極的な理由でしか参加できなかったことを残念に思うが、しかしこれしか僕には僕の考えを主張する方法がない。」
 これが、正直な私の声です。
 冷静にならぬうちに出た言葉ですが、一日時間を置いた今でもこの気持ちになんら変わりはありません。


 今回の記事は、別に難しい法律や憲法のお話をしようというわけではありません。そうした法律や憲法の難しいお話は、専門家が沢山していますし、研究者たちがいろいろ書いてありますからそちらを読んだら良いでしょう。もちろん、そうした勉強をすることも重要なのですが、私はそれとは別の次元で、私が主張できることをしていかなければならないと思います。

 このデモの内容については、毎日新聞社がウェブ上に記事として掲載していますから、そちらを参照してください。
憲法12条は警告する 「権利守るため努力必要」学生ら400人デモ
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014050402000112.html


まずは感想から
 Facebookに投稿した文章の通り、私は法律についても憲法についても、政治などまったく知らない平凡な一市民です。ですから、これまで国が政府がどんどん、私の、私たちのやってほしくないことをやっていくのをただ指をくわえてみていることしかできませんでした。
 せいぜいTwitterで自分の考えをちょっとつぶやいてみたり、そうした内容のツイートをリツイートしてみたりするのが関の山です。やはりTwitterには友人もいますから、そうした人に政治的意見を見られるのが、なんとはなしに歯がゆいというか、にが苦しい思いがどこかにある。日本人は政治の話を日常でできないとは、よく言われることですが、これだけ政治的な局面にきているときに、やはりそれは文化だからとか言っている場合ではなくて、何度も議論していかなければならないのだということにようやく気が付きました。
 私も未だに友人に向かってそういう議論をふきかけようなどとは思いませんし、そうした発言をするために、すこしくうるさがられてはいます。ですが、それでもいい。仕方ないと、踏み切れるようになりました。
 こんな臆病な私ですから、これまでにこうした実行を伴う行為は何も行ってきませんでした。ですから、今回のデモは私にとって人生初のデモでもあったわけです。

 一番最初に感じたことは、何よりもまず「デモって楽しい!」ということでした。
 近現代の文学が専門なので、村上春樹の本などを読んでいると、60年代70年代の学生運動の描写などがあり、一通りそうした知識は得ています。ですから、デモなんていうと、催涙ガスとか、警官隊とのぶつかりあいとか、そういう大変な、とても「楽しい」とはかけ離れた場所でおこなわれている、非日常だと思っていたのです。
 ところが、今回参加してみて、そのような勝手な思い込みから解放されました。そこには、時代的な違いというものがあると思います。ただ、それを論じる前に、ただ単に今どきのデモというのはとても楽しいものなんだ、この感覚を少しでも多くの人に知ってもらい、そして一度デモに参加してもらいたいと、心から思います。

時代的差異
 今回のデモは、60年代70年代の学生運動を間接的に知る私にとっては、かなり異色でした。反原発のデモが行われた時、ひたすらそのデモの仕方が報道されていたのを思い出しました。いまどきのデモは、正当なことを正当な手段で主張するだけ、極めて穏当で、実に正統的、まったく何一つも悪いことをしないというつつましやかさ。私はここに共感を得ます。かつての学生運動には、敵がフェアでないことをしているのだから、こちらもフェアでなくてもいいじゃないかという論理があったと思います。しかし、いまどきのデモはそうではない。相手がフェアでないことをしているのにもかかわらず、こちらはせめてフェアでやりましょうという、こういう実に大人なデモなのですね。そうして考えると、フェアでないかなり暴力的な法律を通すまでのやり方や、既成事実をつくっていこうとする政府のやり方は、実に幼稚で、子供子供しい行為のように思われてきます。
 今回のデモは、学生デモということで、一応若者が中心となるデモでした。しかし、きちんと説明もされましたが、大人も参加可能。けっして学生デモだからといって学生だけと排他的になるのではない。ただ、今回は学生が主役なので、大人の方も参加していただいてよろしいのですが、大人の方は後ろの方でお願いしますというやり方なのです。
 そしてデモ行進のやりかたも実にユニーク。まあ、今から約130年前に幕府ができるとかなんとか騒いでいた時には、自由民権運動だとかなんだとかで、お囃子や演劇を使ってデモのようなことをしていたわけですから、回帰しているといえばそうなのです。今回のデモはいまどきらしい、なんとラップに乗りながら「特定、秘密、保護法、反対」「民主主義ってなんだ、なんだ」とこういうノリだったわけですね。
 ですから、憎しみ敵意むき出しで大声でどなり散らすというようなやり方ではない。実に「ゆとり」的ですね。主催者の1人も皮肉ですが言っていました。「僕たちはゆとりと馬鹿にされているけれども、ゆとりがあるおかげでデモができました」って。おもしろいことを言うものです。私達には精神的にも「ゆとり」があります。大人たちは馬鹿にしますけれどもね。それに対してなにくそと目には目をせず、受け流しているこの「ゆとり」さ、「よゆう」さ。誇らしく思います。
 私たちのデモは怒りに任せたものではなく、音楽にあわせながら、ノリながらのデモ。主催者の人は、これはデモではなくて、イベントだと言っていたのは、言い当て妙だと思いました。

今後の課題
 私たちが何をしなければならないかということについて、私はこう思います。つまり雰囲気づくりなんだということです。
 これは敵、すなわち政府や政府の息のかかったメディアが用いた手法ですが、今度は逆にそれを利用してやりましょう。私たちはなんだか、憲法を改憲するのが当たり前、そうしなければ中国が今にも攻めてきそうだ、そのためには特定秘密保護法を通さなくてはいけない。それから経済発展のためには、原発も再稼働しなければならない、そうでなければとんでもないことが起こる。このように少しずつ少しずつ洗脳されてきています。そうしなければならないと思わせるような雰囲気をつくっているのですね。
 ですから、これからは反対に、実はそれは作り出された幻想で、そうした雰囲気を打破すると同時に、国民が主権であるということや、一政党が勝手に憲法を変えたり、多くの国民がやめてほしいと思っていることをやる権利なんてものはないんだという雰囲気をつくっていかなければならないと思います。
 そうした雰囲気づくりが成功すれば、かならず今の政府は方向をかえざるをえませんし、次の選挙のときに彼らを当選させないようにさせればいいのです。まずは、多くの、選挙に行っていない人達の興味関心を惹き、私たちからしあわせを奪う政権を取らせないという雰囲気を広めることが重要です。

 そして、私から多くのブログの仲間たちに伝えたいことは、そうした雰囲気を広めるのを手伝ってくださいということです。私はできるだけブログの仲間たちのもとを訪問するようにしています。私が訪問するのは、偉そうでなんなんですが、とてもすばらしいと思っているブログばかりです。数行の日記とか、そういうくだらないところには訪問していません。
 私が訪問するブログの皆さんは、実に聡明な方が多く私も毎日勉強の連続です。そして、そのようなよい記事をかける、そもそもものを書ける人というのは、それなりに中身があり、頭も良い人達です。ブロガーの人というのは、基本的に他の人と比べれば頭が良くて、意見も持った人が多いように感じられます。ですから、そうしたブロガーの方には、この問題を実に詳しく考えたり、論じたりしている人もいます。そうした仲間たちとともに、どんどんこうした知識の共有や、危機感だったり、感覚の共有をしていかなければならないと思います。
 私たちがそうした記事を書き続け、ひろめていくことによって、普段ブログをかかないような人達にすこしでも興味、関心を持ってもらうように、危機感を強めていってもらえるようにしていかなければならないと思います。
 私が今回デモに行って感じ、考えたことはこのようなことです。

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雰囲気づくり

今日は
 4月28日には国旗を掲揚しました。日本の独立記念日だという思いもあるからです。殆んどの方は意識の外にあるようで、祝日を一日間違えているな位に思ったことでしょう。

> 特定秘密保護法に反対する学生デモ
> 憲法12条は警告する「権利守るため努力必要」
> これは敵、すなわち政府や政府の息のかかったメディアが用いた手法ですが、
> 憲法を改憲するのが当たり前、そうしなければ中国が今にも攻めてきそうだ、
> 経済発展のためには、原発も再稼働しなければならない、

 これらの全てに違和感を感じます。多分に判断基準(メートル原器)の違いがあるためだと思われますが。
 例えば国民主権、これも迷信に近いもので、主権はどこにも存しないのだそうです。主権者である国民によって選ばれた政府が、国民の敵であったり、国民の権利を奪うのは大いなる矛盾です。
 目下のところ核問題に集中をしています。危険だという認識が180度覆っているのです。安全で有益なものを毛嫌いする理由は見当たりません。
 雰囲気づくりの重要性は大いに勉強になりました、有難うございます。

秘密保護法反対デモ

 いつも正面から小説その他に向き合っておられる石野幽玄さん、このたびは秘密保護法反対デモに参加された由、感激をもって読ませていただきました。
 疑問を持っている人が何か自分のできることで意思表示をしていかねばなりませんよね。そうは思っても、なかなかできないことです。石野さんの行為と記事に賛辞を送ります。

No title

考えることも大事ですが、行動することも同じように大事ですよね。
すばらしいとおもいます。
行動することで、それまで考えてきたことが、さらに豊かになると
いいですね。
その豊かになったところを、またブログで読ませていただけると
ありがたいと思います。
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幽玄

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