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アニメーション映画 『宇宙ショーへようこそ』 感想とレビュー  現代アニメーション映画の構図と物語に隠された過去

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はじめに
 『宇宙ショーへようこそ』は2010年に公開された日本のアニメーション映画。上映時間は136分とアニメーション映画にしては長編。配給はアニプレックスからです。
 個人的には楽しんで見ることができた作品ですが、しかしそのままにしておいてはいけない問題がかなりあったので、その問題の指摘と作品の分析をしたいとおもいます。また、現在のアニメーション映画をめぐる状況も踏まえて、さらに日本のアニメーション映画が発展していくことを願って、この記事を書きます。

アニメーション映画のシビアな現状
 さて、この映画、おそらくご存知の方はかなり少ないでしょう。知っていた方は相当のアニメーション情報通です。私も文学と同時にアニメーション映画にまとを絞って研究をすすめていますが、この映画はつい先日まで知りませんでした。2010年公開ということで、知っていなければいけないくらいの年月が経過していますが、知りませんでした。アニメの世界にはアンテナをはっているつもりでしたが、盲点だったようです。
 私を基準にして考えてはいけませんが(しかし、自分の主観以外に人間は本質的には外の世界を認知できませんがね)、一応まったくの素人よりはアニメーションに詳しいと自負のある私でも知らなかったということは、アニメーションを普段から見ない人にとっては知りようもなかったのではないかと推測します。
 というのも、この映画、作品の質など云々よりも前に、興行収入が大変な赤字だったのです。
至好回路雑記帳http://sikoukairo2011.blogspot.jp/2012/06/blog-post.html
 二年前の記事ですが、このサイトにとても素晴らしい考察が掲載されています。
 私もつねづね思っていたことですが、日本はサブカルだなんだと言って、世界に誇ると主張しています。その主張はいいのですが、しかし現実はどうかというと、アニメーション映画の業界に至ってはかなりシビアな状況になっているということを皆さんに認識していただきたいと思います。日本のアニメーション映画業界はきっとすごいのだろうとみなさんお思いになるかもしれませんが、そんなことはない。日本のアニメーション映画がすごいと思わせているのは、ほぼ宮崎率いるジブリだけのおかげです。しばしばこうした(アニメ界において)財閥的な大きさを持つビッグネームがあるというのは、大きな功罪を産みます。功の部分はもちろん、アニメーション映画というものが単なる幼少期に見るだけのものではなくて、芸術としてまで認められるようになったということ。アニメの地位向上に貢献しました。しかし、その反面、あまりにもジブリが大きくなりすぎたので、他のアニメーションが陰に隠れてしまったのです。
そしてさらに悪いのは、日本人が傾向として知名度のあるものしか享受しない、自ら進んで知名度の低いものを積極的に 取り入れて行かないという点です。これがジブリのような大きな存在にどんどん財や権力が集中し、他の陰になっているものには見向きもしないという格差を作っています。
 その結果、日本では今、「ジブリ」「京アニ」などといったブランドが付かない作品は、ことごとく闇に葬り去られている状況にあるのです。たとえ、その作品が質的に高くてもということです。いくらクオリティが高くて優秀な作品でも、まず観客が足を運ばない。これではどうしようもないわけです。この作品も、興行的に大失敗をしました。しかし、だからといってこの作品が悪いのかというとそうではありません。この現状をよく踏まえた上で、これからのアニメ業界を考えて行かなければなりません。アニメ製作者側はもっと多くのCMをうったり、どんどん作品を告示していくことに尽力すること。それから、観客側は自分が知らない作品でも、知名度に左右されず、自分で観に行ってみて、自分で評価するということが必要になります。

作品分析
作品の内容にはいっていきましょう。

構図
 この映画はありきたりと言えばあまりにありきたりなストーリーです。大きな枠組みだけを考えてみれば、小学生数人組が、夏休みに自分達の知らない異世界に行って、そこで成長をして帰って来るという、ドイツの小説理論でいうところのビルドゥングスロマーン、教養小説とまったく同じパターンです。
 「不思議の国のアリス」などの少年少女作品の格子と大枠は変わりません。それが、アニメーションの技術を活かして、舞台が宇宙になったということです。

舞台
 他にも設定もありきたりと言えばありきたりな設定ばかり。特にめずらしいものはありません。
舞台は、どこかの田舎。今回は「わさび」がキーアイテムになることから、わさびの産地で有名な静岡県や長野県あたりが舞台となっていると考えられるでしょう。
 また、舞台となっているのがそうした自然に囲まれた田舎で、しかも夏休みであるということ。これは、丁度この作品の公開される直前の2009年に公開された、細田守監督の『サマー・ウォーズ』の影響が感じられます。もちろん、制作期間のことを考えれば、このアニメを見たからそうしてやろうと思ったわけではないことは明らかですが、ほぼ同時期に同じような舞台設定となるアニメーション映画が公開されたというのはちょっと出来すぎた偶然です。
 ですが、しかし、2007年の『河童のクゥと夏休み』から、『サマー・ウォーズ』とこの作品をはさみ、2012年の『虹色ほたる 〜永遠の夏休み〜』『ももへの手紙』というオリジナルアニメーション映画の系譜をたどっていくと、ここ数年間のアニメーション映画の設定舞台がいかに、夏休み・田舎という構図が多いのかということに気が付かされます。やはりここには、製作者たちの一つのクセのようなものがあるように感じられます。すなわち、アニメーションは子供のものだ、という意識がどこかにある。そうすると、制作時に子供の頃の記憶を思い出すとどうしても夏休みが強く思い起こされるのでしょう。あるいは、子供を主人公にしようとする(本来アニメーションは大人が主人公でも老人でもいいわけですが)。すると、子供たちが冒険、活躍できるのはいつだろうということになると、出来るだけ「親」という邪魔なファクターの影響が少ない長期休み。夏休みということになるのではないでしょうか。

冒頭
 冒頭いきなり宇宙人らしい人物たちの戦闘から始まるという始め方は、観客の心を掴むための上手い戦術です。あまりにも突拍子すぎてまったく意味がわからないと、逆効果になってしまいますが、アニメーション好きは、その多くが戦闘シーンを好みますから、なんだかよくわからないけど、恰好いい戦闘シーンをいきなり提示されるというのは、観客側の心を掴むのに適した戦術です。ここでは、どちらが悪いのか、善いのかということはまだわかりません。後になって、赤いエネルギーを纏った側が主人公側だということがわかりますが、この場面だけだとどちらが悪役かということはわかりません。これも私は効果的だと思いました。どちらが良いのか悪いのかわからないとなると、観客は注意深く見るようになるからです。


メンバー構成から見る、「セカイ系」とジェンダー規範
メンバー構成を見て見ましょう。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%81%B8%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%9D
引用はWikipediaから
小山夏紀
町から最近から引っ越してきた小学五年の女の子。元気いっぱいで、ヒーローに憧れる。8月21日生まれ、獅子座、O型。
鈴木周
5人の中では最年少の女の子。夏紀の従妹。小学二年ながらしっかり者で世話好き。まっすぐで心優しい性格。11月2日生まれ、蠍座、O型。
佐藤清
5人の中では最年長の小六で、年下を見守る優しいお兄ちゃん的な立場。責任感が強く真面目で信頼も厚い。5月26日生まれ、双子座、A型。
西村倫子
小四。実は小心者だが、普段はすました態度を取るアイドル志望の女の子。4月2日生まれ、牡羊座、AB型。
原田康二
小三。メガネをかけており、好奇心旺盛な読書家。宇宙人やUFOなどのオカルト的なものが好き。5月2日生まれ、牡牛座、B型。

 この映画を見ていて感じたことは二つあります。それは、一つはいわゆる「セカイ系」の作品であるということと、もう一つはジェンダーの逆転が起きているなということです。
 それぞれ説明していきましょう。まずは「セカイ系」から。
「セカイ系」の定義については、東浩紀氏の定義から引用します。

「世界の危機」とは全世界あるいは宇宙規模の最終戦争や、異星人による地球侵攻などを指し、「具体的な中間項を挟むことなく」とは国家や国際機関、社会やそれに関わる人々がほとんど描写されることなく、主人公たちの行為や危機感がそのまま「世界の危機」にシンクロして描かれることを指す。



 今回の作品では、まだしも宇宙の世界を案内するポチ・リックマンという保護者のような存在がいるため、完全な「セカイ系」作品とは言えません。しかし、傾向としてはかなり「セカイ系」作品にちかいものを感じます。
 宇宙の世界を案内する役割として、ポチは活躍します。このポチという犬の宇宙人は、実は大学教授という設定ですが、そのような設定こそあるものの、映画においてはそこまで保護者のようには振舞いません。彼は、過去に囚われており、いつまでも過去と向き合うことから逃げているのです。ですから、一応保護者の役割は果たしてはいますが、本質的には保護者ではないということです。
 この映画は、子供たちの戦いと、ポチの戦いとが重なり合いながら展開していきますが、ポチはライバルでもあり友でもあったネッポとの戦いに終始しており、やはり子供たちは子供たちの世界で完結しているということがわかります。
さらに言えば、この世界での中景に値するポチやネッポですが、その容姿はどことなくマスコットキャラクターのような可愛さから抜け出せておらず、やはり大人というよりは子供に見える。この二人でさえも、子供のように見えるとなると、第一線で戦っている人物のなかに大人はいません。やはり、この作品は大人という存在が欠如した、子供たちだけの世界で構成されているのです。大人として役割を与えられている人物たちは、子供たちのサポートをする程度。大人は戦場にはいません。
 子どもたちの世界の危機がすなわち、全世界の危機に結びついているのです。本来であれば、このような大規模な戦いがあれば、すぐに大人たちが駆けつけるでしょう。中景の世界が入って来るはずなのですが、やはりそれが描かれないというのは、これも物語世界のここ数十年のクセなのかもしれません。

 それからジェンダー規範。この自分たちの世界、即全世界という結びつきは、94年から95年に放送された『新世紀エヴァンゲリオン』から指摘されるようになりました。しかし、エヴァンゲリオンではまだ、いやいやながらもシンジ君は戦っていたのです。もちろん庇護の対象となるはずの綾波を戦場に出しつつも(今までのアニメ、あるいは物語では銃後に下がらせるのがヒーローに求められてきました)、男性であるシンジは戦っています。ところが、こうした「セカイ系」の作品は、その後男性が戦わなくなるという方向にどんどん展開していきます。2003年からライトノベルで発表された『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズは、主人公キョンという男性は涼宮ハルヒという少女のどたばたを見ているに過ぎないのです。この時点ですでに男性は戦うことを放棄して、女性を戦わせ、自分達はそれを見ている、あるいはそれをサポートする側に徹しています。もちろん、男性が戦うという方がいまだスタンダードな部分はありますから、こうした作品のほうが例外ということになるかもしれません。『まどか☆マギカ』では、登場する男性は二人。バイオリニストとまどかの父親ですが、この二人も女性に戦わせ、自分達は銃後に下がっているという構図にマッチします。
 今回の作品もこの構図が適応されています。専ら肉弾戦をするのは、小山夏紀というこの作品のヒロイン。鈴木周がネッポに誘拐され、それを救済する一連のシーンでは、最終的に小山夏紀が救済することになります。作中で言及されるのは、鈴木周は「弱きもの」であり、それではいけないからということで、強い生命体にしてあげようということです。「弱きもの」についての説明は下に詳しく書きます。
 本来庇護の対象となるか弱いヒロイン。この役割を与えられたのが鈴木周です。本来であれば、このヒロインを救済するのは男性のヒーロー。この作品で言えば、最年長者の佐藤清か、恋心ににたものを抱いているであろうポチが適任です。しかし、そうではない。ポチは自分の過去と向き合うため、宿敵ネッポと二人の対決に入ります。佐藤清はといえば、メガネの原田康二とともに宇宙船の上で水鉄砲を打っているだけ。戦っていることに違いはありませんが、肉体をはって、戦っている小山夏紀、西村倫子との差はかなり大きいと感じます。
この作品では、もはや少女がかつて憧れていたような白馬の王子様といった存在はなく、血気盛んな小山夏紀がヒーローになるのです。この二人の関係が今回の作品のメインとなります。うさぎを逃がしてしまったことによって不仲となってしまった二人。そのほかにも、頼られたい、頼りたい、といった疑似的な姉、妹という関係も描かれます。しかし、最終的には救われるヒロイン、救うヒーローという疑似的なヒーロー、ヒロイン関係が構築され、その点でレズビアン的な関係に発展する可能性もこのからは取れると私は思います。

ペットスターのなぞ
 今回の作品の面白いところは、ペットスターという星が「弱きもの」を強化する星であるということです。この部分の説明があまりなされなかったため、映画や小説などの物語にあまり慣れていない人にとってはわかりにくいように映ったようです。ネット上のレビューを見てみると、そのあたりが不明だという感想が多く見られます。この「弱きもの」を強化するというのは、この宇宙では禁止されたことで、過去の過ちだったということが共通の認識になっているようです。というのは、冒頭、地球から来た5人を宇宙管理局が審査しますが、その際の質問に、頭を良くして戦争を無くしてくれると持ちかける宇宙人が来たらどうするかという質問があります。その質問に対する正解は、それを拒むこと。自分達のことは自分達でなんとかしなければならない、他人から与えられた成長は結局自分のものではないということが伝えたいメッセージのようです。とすると、50億年前に宇宙の狭間に落ち込んでいたペットスターは、それ以前の、弱いものを強いものへと進化させる強制的な装置だったことがわかります。ネッポが口にする「完全生命」というのは、この強化にそして、その人工的な強い命を作り出すためには、地球の「ワサビ」に酷似した、「ズガーン」が必要になるのです。
 この「ズガーン」も設定では50億年前に絶滅したとされている部分が、ポイント。かつてはこの「ズガーン」をもとに、救済船であったペットスターは、おそらく完全生命を量産していたのでしょう。作品からは直接言及はありませんが、おそらくそのためにペットスターはかなり強力な帝国のようなものを築き、宇宙を支配しようとしていたのではないでしょうか。だから、ペットスターは宇宙を変えるだけの力があるという伝説が残っていたのでしょう。ちなみにこのペットスターという一つの星とその発見の場面は、『天空の城ラピュタ』とかなり似通っており、オマージュとは言いづらいものを感じました。

終わりに 一番問題なのは、佐藤清
 この映画は、こうした主要な人物たちの人物造形が今までのメジャーなアニメーションとは大きく異なり、カウンターカルチャー的な人物たちとして造形されているため、多くの観客が違和感を覚えたようです。かなりむちゃくちゃな5人組であり、これからこの5人がそのままの関係で居続けられるのかというと、疑問符が付きます。
 この作品で一番問題だと感じたのは、佐藤清。彼は年長者として、大人たちからみたらしっかりした、頼れるお兄さんというように見られていることが、冒頭、ラストで大人たちの口を通して語られます。しかし、よくよく見てみると、彼が最も問題があるように私には思えました。
 西村倫子も同じく問題がありますが、しかしバイトを探す下りなどで、自己を見つめる機会を持っていますし、最後も小山夏紀とともに戦場に乗り込んでいることから、これからの彼女は成長するだろうということが伺えます。しかし、佐藤清はどうでしょう。年長者として意識しすぎるあまり、自己というものがありません。願い事をかなえてあげようと、ポチに序盤で言われた際も、みんなの意見を聞くばかりで自分の意見がない。年下の子供たちに清兄ちゃんはと聞かれても、漠然とした答えしか出せない。
 月についてから夢について語る場面でも、人助けをできたらいいといったとても漠然としたものしか言えません。様々な問題に巻き込まれるなかで、僕が年長者として皆をこんなところまで連れてきてはいけなかったんだ、自分が悪いと自分のことを責めます。全責任を自分の責任だと思い込んでしまうタイプの人間なのです。
 最後のネッポ一味との戦闘においても、彼は船の上で水鉄砲を撃つだけ。周救出には向かいません。そもそも周が誘拐されたあと、彼はあろうことか地球に帰ろう、周は諦めようということを口にするのです。信じられない。
 結局物語最後では、清に恋心を抱いていた西村倫子も呆れてしまったのか、清に近づこうという努力をしないようになっています。清は結果良ければすべてよしといった感じで、母親に向かって僕は医者になりたいということを言いますが、果たしてどうでしょう。周を簡単に見捨ててしまうような人間で、何かおこるとすべて自分の責任だと感じてしまうような人物に医者になって人を救うことができるのでしょうか。
 一見すると、少年時代の夏休みの郷愁を感じさせるような冒険の物語。子供たちは冒険を通じて大きく成長しましたといった、予定調和な物語のようにも見えますが、私にはどうしても、その調和に隠れた陰の部分が見え隠れするように思われます。
 ただ、誤解してほしくないのは、だからつまらないと言っているのではないのです。むしろその反対で、この作品はこれだけ議論すべき余地があるということですから、面白い、奥が深い作品であるということです。オリジナルアニメーション映画の業界がより安定し、これからますます良い作品が生まれてくるようにするためには、劇場に足を運んで、きちんとお金を払うということが一番です。

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Re: No title

コメントありがとうございます。励みになります。
ご紹介いただいた作品、できるだけ近いうちに鑑賞、分析したいと思います。私が知らない作品でしたので、耳寄りな情報を頂きましてありがとうございます。
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