アニメーション映画『REDLINE』(レッドライン) 感想とレビュー 様々な作品へのオマージュとアニメ表現の可能性

redline.jpg


はじめに
 『REDLINE』(レッドライン)は、2010年公開の日本のアニメーション映画です。2007年にアメリカで公開された同じくカーレースを主題とした映画もありますが、こちらとは別の作品です。アメリカの映画を見ていないのでなんとも言えませんが、恐らく関係はないと思われます。
 「制作期間は7年を要し手書きアニメに拘り作画枚数は約10万枚にも及んだ」など、数々の伝説がある映画です。その表現手法やオマージュ、作品の内容について論じます。

 作品分析や評論をする際に基本となる二つの最も大きな視点は、何が描かれているのか、ということと、どのように描かれているのかということです。
 何が描かれているのかという点に関しては、今回の映画は比較的簡単。複雑な心理戦などがあるわけでもなく、今回はただレーサーがレースをするということだけです。しかし、内容が平易だからといって、それがすぐに作品の質が悪いということになるかというと、そうではありません。複雑すぎてよくわからない作品というのは往々にしてあるもので、今回の作品はわかりやすさが、作品を成功させている要因になっています。
 内容は至って簡単、「すごくやさしい男」という異名をもつJP(主人公)が、なんでもありのレース『REDLINE』と呼ばれる史上最悪のレースを走るというもの。手に汗握るようなレース。暴力あり、破壊ありの、まさしく男の世界といった内容です。そして、それにつきものなのは、やはり花。速さを競うレースという暴力的なものに加えて、恋愛のストーリイも加えられます。
 さらにこの作品が含んでいるのは、それまでの日本のアニメーションの歴史に対するオマージュ。これからそれを指摘していきます。

オマージュ
 まず本編のメインとなっているレースについて。これはあきらかに『スター・ウォーズ・エピソードⅠ・ファントムメナス』の影響が伺えます。影響というよりも、オマージュといったほうがいいかもしれません。もちろん、この『ファントムメナス』自体も、ルーカスは様々な映画に対するオマージュを盛り込んでいます。
 今回のレースに限って述べれば、『レッドライン』は『ファントムメナス』の砂漠の惑星タトゥウィーンで開催される「ポッドレース」をオマージュしているように思われます。しかし、その『ファントムメナス』の「ポッドレース」も古代イスラエルの話『ベン・ハー』のオマージュなのです。この『ベン・ハー』では、闘技場のなかで馬車を競わせるというレースが行われます。おそらくかなり勉強家の荒木飛呂彦氏もこれを見ていることでしょう。『ジョジョの奇妙な冒険・戦闘潮流』のなかでジョセフ・ジョースターとワムウが戦車戦をする際の描写はまさしくこの場面へのオマージュだったと思います。
 このように名画の名場面というのは、オマージュにオマージュを産み、やがて原作は忘れられるか無意識下に入り込み、製作者の血となり肉となるのだと思います。それだけ多くの人々が真似したい、こういう場面を描いてみたいとおもうのには、やはりどこか普遍的なものがあるからでしょう。レースというのは、いつでも血気高まるものなのです。
 冒頭の「イエローライン」これは「レッドライン」のひとつ前のレースということで、「レッドライン」出場をかけて争われるレースです。この作品はオリジナルアニメーション作品ですから、原作があるわけではない。だから、観客はまったくこの作品の情報を知ることなく、いきなりレースが始まるのです。何がなんだかわからないなか、観客は、まさしくスクリーンに映されているレースを見ている観客たちと一緒にレースをみることになります。『ファントムメナス』に似ているなと思ったのは、この観客を映した場面。様々な宇宙人がいます。レースと宇宙人といったら、もう「スター・ウォーズ」しかない。しかし、「スター・ウォーズ」の「ポッドレース」と異なるのは、これらのレースカーが車輪でもって地上を走っているということです。少なくとも描写だけでは宙に浮いているようにも見えるのですが(ホバーという設定の車もありますし)、一応設定としては、写真をもって走っているということです。
 他にも武器ありというのは斬新。ある意味原点回帰していますが、使用する武器がミサイルなどといったハイテクな武器。
 そして何よりも「スター・ウォーズ」へのオマージュと感じたのは、走っている場所です。荒野のようにも描かれていますが、その雰囲気は砂漠の星タトゥウィーンに酷似しています。『レッドライン』が公開されたのは、2010年で作画に7年経っていますから、2003年ごろから書き始めたということになる。そうすると、ちょうど1999年に公開された「ファントムメナス」を製作者たちは見ていた可能性が非常に高い。きっとこの映画を見て、それに興奮した製作者たちが是非これを日本のアニメーションでもやりたいと思ったのでしょう。

 「イエローライン」を終え、「レッドライン」へと物語は進みます。この映画は102分という比較的短い時間のなかで、けっして観客を飽きさせることなく、無駄がなく描かれています。レースは二回。そのあいだに少しのロマンスがありますが、脇道にそれることはありません。
 オマージュとして指摘したいのは、日本のアニメーションに対するオマージュがあるだろうということです。私は恐らく「マクロス」へのオマージュがあるのではないかと思います。「レッドライン」が開催される場所は、軍事機密満載のアンタッチャブルな「ロボワールド」と呼ばれる星です。ここの星系の大統領は決して「レッドライン」のメンバーをいれるものかと宣戦布告しているのですが、なぜか「レッドライン」開催側はその脅しにはのらずに黙々とレースを勝手にすすめます。怒り狂うロボワールド大統領、よくよく冷静に考えてみれば、かわいそうなのはロボワールド大統領のほうです。なぜ、そこまでして「レッドライン」はここで行わなければならなかったのでしょうか、少し謎ですが・・・。武力をもってやめさせるという、軍事国家のロボワールド。結局「レッドライン」のレースは、ただのレーサーどうしての戦いだけでなく、第三勢力のロボワールドの軍人もが入り混じって戦うと言う混戦状態になります。
 私が指摘したいのは、ロボワールドの人々がマクロスのなかでも、特に初代の『超時空要塞マクロス』に登場したゼントラーディ軍を彷彿とさせることです。ロボワールドの暗い部屋のなかで軍のトップたちが集まっている場面はゼントラーディ軍を思い起こさせます。また、彼等の戦い方も、なにかをプラグインして、かなり強制的に戦わせている。これは「マクロスⅡ」などに見られたものですし、ロボワールド軍の使用する兵器もどことなく、似ている。このメカに関しては、マクロスということに限らずに、広く80年代の宇宙戦闘ものへの敬意があったようにも思われます。

表現
 それから、私が感動したのは、このアニメがアニメでなければならなかったという点です。アニメのなかには、なぜアニメでなければならなかったのかという作品がたまにあります。そうした作品は、せっかくのアニメーションという強みが活かせていないので、残念です。この作品の最も評価できると私が思っている点は、アニメーションでしか表現できないことを見事にやってのけたということ。アニメーション好きの人、あるいはアニメーションを見ない人でも、この映画は見るに値します。
 アニメ、あるいは漫画というのは「動き」を要求する媒体だと、四方田犬彦先生も漫画論で述べていたと思います。絵をメインに物語を動かすためには、常に動きが必要になるわけです。縦の動き、横の動き、様々あります。ジブリ映画がすごかったのは、アニメのなかに初めて本格的に縦軸の動きを持ち込んだことと言われています。
 さて、この映画はスピードが命。そのスピードをどのように表現するのかということが問題となります。アニメーションでスピードを表現した作品となると、いくつか思い当たるものがありますが、きっとこの映画を制作した人たちが見て、学んだだろうと思われるのは、1987年の『迷宮物語』です。三作品によるオミニバス形式の作品でしたが、当時若手だった三人の監督がそれぞれの世界を見事に表現しています。そのなかで、川尻善昭監督が制作した「走る男」という作品があります。ただ単純に走るだけ。それだけの作品ですが、きっとこの映画の製作者たちもこの映画から学んだことがあると思います。あまりにも早すぎるとどうなるかというと、一瞬時がとまったように見える。こうした表現の方法は以前からありましたが、それを効果的に表現できるのがアニメーションの強みです。この映画でも、あまりの速さに時がとまったような表現がいくつかある。
 他には、あまりの速さに人間が耐えられなくなるという描写。これも長いアニメーションの歴史のなかでいくらか描かれてきましたが、95年に公開した「マクロスプラス」のガルドが速度に耐え切れずに押しつぶされていってしまうシーンがあります。これはアニメ史に残る名場面だと私は思っているのですが、これもおそらく参考にしたのではないかと思われるシーンがありました。
 この映画で特徴的なのは、なんどかマシンに爆発的なエネルギーを与えて一時的にブースト状態になれるという設定です。一時的に速度がものすごく速くなる。そうすると、その際に世界ががらっとかわるわけです。それをアニメでどう表現するかというと、「歪み」です。実写ではこうはいきません。速くなったのだろうと思ってもそれほど臨場感がない。アニメーションというのは絵ですから、誇張表現ができるわけです。本来はあり得ないことでも、アニメならばあり得る。スピードが変わった瞬間に、ぐにゃっと絵柄が伸びるというのは、それだけ速さが変わったのだなということがわかるのです。こうした「歪み」表現は、このアニメが制作されている途中、2008年に宮崎駿が『崖の上のポニョ』で導入しました。この時の「歪み」はアニメならでは動きや、やわらかさを押し出すものだったでしょうが、きっと制作陣はこの映画をみて焦ったことでしょう。先にやられたと。

 表現でもう一つ言えることは、今迄の日本のアニメーションとは異なり、アメコミ風なタッチで描いているということ。色についてもかなり原色が多めの強い色です。何よりも異なるのは、輪郭線がかなりはっきりと描かれているところ。これは、2011年から公開された「タイガー&バニー」でも使用された技法です。この場合は「タイ&バニ」がこの映画から影響を受けたと言えるでしょう。

終わりに
 数々の作品、アニメーションへのオマージュをしながらも、独自の表現を確立したこのアニメーションは、とても評価できる作品です。2010年の公開から4年経った現在でも、この作品はアニメ界の最先端を入り続けていると言っていいでしょう。
 このアニメにどれだけ力を入れていたのかということが、俳優の割り当てからもうかがえます。主人公に木村拓哉を起用するというのは、ジブリアニメへの宣戦布告でもありますし、かなりの賭け。大技です。かっこうよさと優しさ、そして見え隠れする弱さ、こうしたものを木村拓哉の声は表現しています。他にも、ヒロインに蒼井優や、木村演じたJPの相棒に浅野忠信を起用するなど、力の入れ方がすさまじい。
 しかし、どうも私の記憶ではあまり告知をしていなかったように思われます。アニメーションへのアンテナはここ数年常にはっているように努めているのですが、この映画だけはまったく知らなかった。たまたま知ったからよかったものの、なかなか知る機会がなかったので、是非皆さんにもこういう作品と出会う機会になればと思い、ここに記します。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

幽玄

Author:幽玄

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

アクセスランキング
[ジャンルランキング]
小説・文学
247位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
17位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア