〈樋口一葉『大つごもり』 〉 ―制度破壊者としての石之助―

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はじめに
 『大つごもり』は、樋口一葉(本名、樋口奈津)によって書かれた小説で、明治二十七年十二月三十日発行の『文学界』第二十四号に発表された。その後明治二十九年二月五日発行の『太陽』第二巻に再掲。『大つごもり』は一葉が下谷龍泉寺町から本郷区丸山福山町へ引っ越してきてから『暗夜』(明治二十七年七月「文学界」)に続く作品であり、俗に言われる「奇跡の十四か月」始まりの作品である。
 一葉の日本における評価は二〇〇四年から発行されている五千円紙幣E号券を見てもあきらかであるように、現代において非常に高い評価を得ている。約一世紀に渡る研究史も深く、もはや研究されつくされた感はあるが、今回は『大つごもり』の持つ意義を当時の制度から照射して考えてみたい。
 『大つごもり』は表題の通り大晦日の大勘定時に起こる金銭のやりとりから生まれたドラマを描き出したものである。その点西鶴 の『世間胸算用』と通ずるところもあり、一様の作風が源氏や伊勢風であると言われている中、一種異彩を放った作品となっている。
 今回は『大つごもり』のヒロインお峰ではなく、「下」から登場する山村家の放蕩息子である石之助に着眼して、この作品の意義について考察していきたい。

貧困という装置
 今回私が論じたいメーンテーマは石之助にあるが、その前に論証しておかなければならないことがある。すなわち筆者一葉が何を捉え、どのように社会を見ていたのか、一葉の視座を見据えることである。一葉は二五歳という若さで急逝しており、とてもではないが長い人生、作家生活であったとは言えない。人間が一般的に短期間のうちに思想や考え方が変わらないことを考えると、その短い期間のなかでの変化というものはそれほど大きなものではないと考える方が妥当ではあるが、研究者諸氏が指摘してきたように『大つごもり』は特に一葉作品においても異彩を放っている。多くの研究者が指摘していることであるが、『大つごもり』は一葉作品にしては珍しく色恋を描かない。ストーリーは専ら貧困のなかで苦しむお峰が奉公先である山村家の硯の引き出しから二円を盗んでしまうという行為にウエイトが置かれたものである。
一葉が最期まで金銭的に苦労したことはもはや周知のこととなっている。多くの研究者は一葉の実体験が生かされていると指摘している が、これはその通りであろうと私も考える。貧困のなかで一葉は何を見て、そして捉えようとしたのか、以後論証してみたい。
 浦川知子氏は 「一葉は貧困ゆえの社会悪そのものを見つめるようになり、吉原の存在そのものにも疑問を感じ始めていった」と『大つごもり』執筆時前後の一葉の心理変化について述べている。先にも述べたように、『大つごもり』は「奇跡の十四か月」幕開けの作品であり、時期を開けずに一葉の最も代表的な作品である『たけくらべ』を執筆している。問題は『大つごもり』から『たけくらべ』への執筆段階においてどのような心情の変化があったのかということである。
高田知波氏は氏の論文において、このテクストの結びが実は救いではなく、救いのない未来の暗示であると独自の見解を示したうえで、「金銭の問題で絶体絶命の窮地に追い込まれたお峰がなおかつ安兵衛に対する孝心を立証していくために残された方法は、みずからの肉体を商品化する〝苦界〟への道」であると論をすすめ、「一葉ははじめて娼婦の住む世界を作品化しなければならない必然性に到達したのではないか」 と推測している。
 このことを少し抽象化して述べれば、堅気の女と水商売の女との境界線が破壊ないし、あやふやであることに気が付いたということであろう。「正直」が説かれる『大つごもり』の物語であるが、お峰は最後の盗みの場面において、『大つごもり』を支配している「正直」の論理を踏み外してしまう。そのため、堅気であったお峰は「正直」者でなくなった、盗みを働いた瞬間から堅気の女ではなくなってしまうのである。高田氏はこのテクストは救いではなく、救われない未来を暗示したテクストであると主張しており、それはより具体的に述べればお峰はこれから娼婦などの商売に身をやつしていかなければならないことであるとしている。この視点は、『大つごもり』の次に発表された『たけくらべ』はいうまでもなく、『にごりえ』などにもうかがえることから、貧困の問題を突き詰めて行った一葉は、貧困は堅気と堅気でない女との境界線をあやふやにする装置であることに気が付いたに違いない。

一葉が見た貧困
 では一葉は貧困が堅気か堅気でないかの境界線を越えさせてしまう装置だと気が付く段階において、貧困する側と富める側との人間像をどのように捉えていたのであろうか。一見するとこのテクストに登場する貧困層、お峰や安兵衛と富裕層、山村家の旦那、御新造のキャラクターは対照的であるように読める。すなわち貧困層の人間は物質的には豊かではないが、心は清らかで、「正直」の論理に生きているというものである。それに対して富裕層の人間は御新造が代表的であるが、桶を壊してしまったお峰に対して「身代これが為につぶれるかの様に」叱責したり、気分屋で女中を人としてあつかっていなかったりという描写がなされている。だが果たして本当にそのようなわかりやすい構図なのであろうか。
 浦上氏は「一葉がこの小説の中でテーマとしたことは、金持ちでありながら他人に対しては冷ややかな目を持った山村家と、貧しいながらも人情があふれんばかりの人間たちの集まった安兵衛一家の比較でもなければ、各々の登場人物すべてが持ち合わせた性格の披露でもない。与えられた運命によって身動きできない、自らの人生を変えることのできない人間たちの悲劇なのである」 と述べている。
 御新造の気分の起伏が激しいのは、頼りにならない当主や義理の放蕩息子をなだめつつ、「家」を存続するための実務に携わっている緊張からであるという指摘をしつつ、浦上氏は論証を進めている。
 果たしてこのテクストに登場する貧困層、富裕層のキャラクターは固定化されているのであろうか、それともされていないありのままの多様性を持つ人間として描かれているのであろうか。身もふたもないことを言ってしまえば私はこの中間に位置していると考えている。キャラクターを固定化しつつ、多少イレギュラーな言動を含ませている、あるいはできるだけキャラクターを固定化させないようにしつつも固定化してしまっている状態なのではないだろうか。このあいまいであやふやな状態がこのテクストに一貫して流れている芯にあたるのではないかと私は考える。そのなかで、最もイレギュラーな存在として異彩を放っている石之助に注目し、石之助に与えられた役割や、石之助というキャラクターの意義について考えて行きたい。

石之助キャラクター
 高田氏の論文からの孫引きであるが、石之助は今までの研究史において、「山村家―富める世界への反逆者」 とか「山村家の贖罪」の「代行」 者といった形で位置づけられている。
 高田氏は石之助の行為によってお峰が救済されたかどうかという問題に対して、先行研究の二つの解釈ルートを紹介している。孫引きになるが引用させていただくと、〈「すぐれた社会小説になるべき筈の素材が、人情小説に終った」 とする和田芳恵氏らの系譜と、石之助にあえてお峰を救済さえずにはいられなかったところにこの作品のモチーフを認め、「『大つごもり』執筆中の一葉の胸中に、お峰を救わせる結末に運ばせているのではないか」とする松坂氏の流れ〉 があるという。高田氏は、しかしこれらの研究は全て石之助の行動がお峰を救済したという前提に立っているとして、実は救済にはなっていないのではないかという独自の解釈を展開しているが、今回は石之助のキャラクターに焦点を当てて考察するため、ひとまずその考察については置いておく。
 『大つごもり』が人情や任侠的であると言われる理由は、ひとえに石之助の存在が大きいだろう。石之助は「男振にがみありて利発らしき眼ざし、色は黒けれど好き様子」といった外見で、「貧乏人を喜ば」すのが道楽な男である。私は石之助がお峰の盗みを何らかの方法で知っており、彼女を救済するために「引出しの分も拝借致し候」という「受取」を入れたのだとする松坂氏 の説を踏まえたうえで、石之助のキャラクターを考えたい。
 富裕層(特に悪い金持ち)の財を(盗み)貧困層に分配するというのは、江戸時代に実在したとされる鼠小僧をもとにした歌舞伎の演目『鼠小紋東君新形』などでも庶民に親しまれ、全世界的に見ても義賊を物語の主としたものはよく見受けられる。それだけ、金持ちから貧困者へ財を分配することは一種の痛快さを生み出す典型的な物語なのだと考えられる。
 この『大つごもり』も義賊系譜の物語として解釈されてきた節があると私は感じる。特に先に引用した和田和恵氏の論では「人情小説」であるとして批判しているのであるが、それはこの物語を和田氏が人情物語として読み取ったという解釈にすぎない。果たしてこの物語は本当に人情物語というくくりのなかに収めてしまってよいものなのだろうか。
 ここで考えたいのは、石之助は一見すると確かに任侠的な存在であり、悪そうな金持ちである山村家から金を奪うようにして、貧しいものに施すのを道楽としている人間であり、その点では義賊的であると言える。だが、義賊と異なるのは、石之助が何ら犯罪を犯していないという点である。義賊になる条件というものがあるとすれば、それは金持ちから金品を盗むということであろう。古来より悪い金持ちというのは金にものをいわせて自分に都合のよいルールを作り弱者からしぼりとろうとする典型的なイメージがあるが、その不条理を破壊するために盗みという犯罪が行われなければならなかったはずである。合法的に金持ちから金を奪い、それを貧しいものに分配できるのであれば、それは物語にはならず、単に社会の制度を利用している常人ということになってしまう。
 では石之助はどうか。石之助は義賊ではない。石之助が分配する金は、彼が不当に手に入れたものではないからである。義賊は飽くまで貧困層の側に立つ、あるいは所属する者でなければならない。この点、石之助は富裕層に所属する人間であり、彼は義賊とは言えないのである。義賊と言えないどころか、その行為は義賊的に見えるかもしれないが、ただ親から金をもらって他人より少し目立つように浪費しているというだけに過ぎない。さて、では義賊と言えない石之助の行ったお峰救済の行動は、単なる義賊としての救済という意味ではなく、どのように考えられるべきなのであろうか。

制度に集約される石之助
 浦上氏は石之助の行動のことを「自分は総領息子でありながら家の人は自分をはじき者にするのがどうにも我慢がならず、山村家の人々に対して反抗し続けたのである」 と動機づけている。そしてお峰救済の行動については、「石之助はお峰が御新造に断られているのを居間で聞いていたのだろう。そして、お峰の行動の一部始終を見てしまった彼は、彼女を哀れに思」ったのだろうと考察したうえで、「石之助の行為は、お峰への同情というよりもむしろ御新造への反抗であったのかもしれない」と独自の見解を示している。義賊として、任侠的な行動であるという短絡的な解釈から抜け出し、お峰救済の行動はお峰への救済が目的というよりも、御新造への反抗の方がウエイトが重いという考えである。
 高田氏は石之助の行為が救済であるという前提に疑問符をつけたうで、石之助の行為が功の部分で捉えられてきた解釈ルートに対して、「功罪を論じるならむしろ〝罪〟の要素の方が多かったとさえ言える」 と主張している点で鮮やかな見解を示している。そのうえで、石之助とお峰のその後の関係を想像し、論を進めていくが、石之助とお峰との「シンデレラ型のハッピーエンドを想定することは困難」であると述べている。これには、①石之助が「総領」という特権的地位の上にある山本家に所属しているからできる浪費であること、②石之助が「お帰りでは無いお出かけだぞ」という言葉を使用している点から石之助は「いったんこの地位を離れてしまえば自分がまったくの無為無能の男に堕してしまわざるを得ない」ことを理解していること、③「富の入力回路」は親からのみであり、石之助の行為は専ら出力の方に限定されており、「畢竟彼が富者の世界の住人でしかないことを示して」いるという点から考えられると言う。石之助の行動は「お峰に対する気まぐれな「贈与」はあり得ても、お峰の世界への移住を彼が覚悟する可能性は無に近いと考え」られるとしている。
 さてこのように考察をすると、石之助の行動は単なる義賊的な行動ではなくて、別の意味を示唆してくるのではないだろうか。
 一見すると、悪い富裕層と正しき貧困層という制度の破壊者であり、お峰の視点(読者の視点に近い)から見て義賊的、任侠的救済者であるかのように見えた石之助もまた、実は制度のなかに集約されていく運命を背負った人物なのである。彼が行っていた行動は、富裕層の立場からは逃れられないという運命のなかの小さな反抗であり、それは彼にとっての最大の反抗だったのである。その点で、この作品はお峰がメーンとなって進んでいく物語ではあるが、本来お峰に割り当てられたであろう任侠的なキャラクターや筆者の制度への対抗心は石之助に仮託されていると言うことができるだろう。

まとめ
 一葉は、彼女の短い期間ではあるが初期の作品ということもあり、ヒロインであるお峰には制度を打ち壊して行こうとする力を付与することを躊躇したのかもしれない。制度を破壊あるいは、逸脱するには相当の労力が必要だからである。そのようなお峰や作者一葉の心持が石之助というキャラクターに仮託されたのではないかというのが私の読みである。そのため、石之助は任侠的な義賊的なヒーローとしての像を付与されることになったわけであるが、しかし、その石之助も本当の制度破壊者、逸脱者たることはできなかったのである。石之助をして人情小説であると論じた和田氏の論はいささか速決すぎたのではないだろうか。石之助もまたお峰、並びに筆者の願望によって現れたヒーローであったが、そのヒーローでさえ富裕層という制度から逃れることのできない運命を根本的には変えることのできない人間として描かれている。運命に勝つことができれば、それは完全な勝者であろう。運命に負ければ完全な敗者であろう。一葉はそのどちらも書くことはしなかった。運命という荒波に飲み込まれつつ、最後の最後で必死の抵抗をし続けるというキャラクターを描写したのである。それが定まったキャラクターでもなく、完全な個性を得た存在でもない中途半端な存在として描かれた理由であると考えられる。


『大つごもり』と西鶴の類似性については<論文>樋口一葉「経つくへ」・「大つごもり」典拠考、中込 重明、日本文學誌要 65, 49-59, 2002-03-24を参照。
『大つごもり』について、浦川 知子、駒沢短大国文 13, 89-100, 1983-03
注弐ⅱに同じ。
『大つごもり』への一視点 : 樋口一葉ノート(一)(人文・社会科学篇)、高田 知波、白梅学園短期大学紀要 20, A1-A14, 1984
注ⅱに同じ。
「『大つごもり』論」―『樋口一葉研究』(教育出版センター・昭和四十五年刊)
『文学』昭和四十九年五月号、『樋口一葉の世界』(平凡社・昭和五十三年刊)
『近代文学館小講座3 樋口一葉』(角川書店・昭和三十三年刊)
注ⅵに同じ。
『樋口一葉研究』松坂俊夫著 教育出版センター
注ⅳに同じ。
注ⅳに同じ。

〈付記〉『大つごもり』の引用テキストは、新潮文庫『にごりえ・たけくらべ』によった。

テーマ : 書評
ジャンル : 小説・文学

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一葉の実態を漱石、鷗外との繋がりから読み解くと、深く突き刺さるメッセージでは

漱石が生前、寺田寅彦とともに命を狙われる身を共に分かち合った経緯から読み解くと、、、
かつ、漱石自身、自分の死後はとんでもない伝記をもっともらしく書かれるんだろう、その一つにすでに九大?五高に行った時に同じく漱石と自称する売れっ子の歌詠みだったかがいて、その時も誰かに同じことを書いてる。。
どうも、、ユダヤ人と言われる有能である信念を持った人で世に出た人は殆ど命を狙われるだけでなく、伝記の資料を集め整理する人物がその目的で生前から近づき、子供と略奪婚、取引婚をし、ターゲットが死後、その伝記の集大成をし、処分し、海外へ飛び立つ。。
寅彦と漱石の伝記は、漱石の娘婿になった松岡譲たちの人海戦術に阿部能成らの出世と皇室の学習院への執着があり、
それは個人の思いというよりは、おそらくは、、民族的な国を持たずに代々異邦人として、それも不穏な社会を代々行き続けてきた人たちの民族としての熱望があるのではないか?
同じく、さまよえる?ユダヤ人であっても、各王国で重く迎えられるさまよい人とは違う。。
王室や皇室がある国では、この侵略者として、テロリズムをまるで自殺に見せかけ、しょうらいを期待されてる幕府直参の藩士の子弟や世界大戦では日本人青年を抹殺してしまう勢いで無線を上手く利用して、
海軍で船舶で中継をしてる成りすまし日本人が本国の指令とは違う指示を出し、結果、日本人の多くが酷い死に方をさせられてる。。
部隊の上官にいわば、渡来系ヤクザが上等兵として、大学在学途中の日本人青年をイジメ抜いた様は、民族的な特徴とも言えるイジメ方である。。
阪神大震災前十年ほどに話題になり始めた学園内の暴動、イジメにもえげつなさにおいて共通性がある。。
なお、日本の前に、仏革命時に、まず、フランスで藤村操に始まる200人連続自殺に見せかけた人海戦術での連続殺人事件同様があり、
つまり、仏革命が民主主義の初めだとされてるが、
昭和期戦争を知ってる人たちが大勢だった時期には、民主主義政治、議会政治の始まりは英国議会であったはず。。
仏革命はジプシー昔は東洋人と混血したスペイン系の美女が多く、
その起源は、英国アーサー王の時代にすでに戦争前夜、恐ろしさと戦うためにも、酒宴で士気を高め、そこに訪れるダンサー集団に起因する?
まず、ジプシーは色香で兵隊に酒を飲ませ、そのあと、男性が剣の舞を踊り、隙を見て惨殺。。のちの闘牛のマタドール。。
Bullって、ローマ法王の陰称のようだ。。
仏革命後、金髪青い目の仏人が、黒髪黒目、小柄になってる。。
王国を次々侵略し続ける民が居て、すでに秀吉の時点で、滝川一益や津田宗達、娘婿の宗及が自決したッ時点で書き送った手紙が、
秀吉にすり替えられてしまったっことを伝えてる。
よって、朝鮮遠征というが、実際には秀吉は関白にされ、豊臣姓を名のらされてからは、宗及が人事した利休ではなく、
偽物の成りすましの利休、つまり、宗久、今井宗久なる成りすましが、
指示をすり替え、味方を九州で打ってしまった。。その後に朝鮮遠征が二度あるが、実際には当時、テロ集団が朝鮮半島に拠点を持っていて、つまり、乗っ取られていた状態だったのを、
呼び込む指示を出さされてる。。
ところが、加藤清正扮する武田信玄?息子?が日本で死んだことにして、
女真を集め、占領されてる朝鮮人の武官や技術者を日本へ移住させてる。。
だから、、二回目はテロ集団が乗り込んでしまい、
関ヶ原となり、家康といえども、思うがままにならないで、
階層関係や大奥制度など日本の神道系武官たちの特徴の質実剛健、実直さとは程遠いこととなってる。。。
江戸期の階級制士農工商も彼らが作ったもので、
家康は彼らの拘束から抜け出るために、
駿府へ隠居地を設け、
そこに道頓堀を作った道頓さんが囲碁の先生として出向いてる。。
という風に、どうも、、一葉の両親の姿を考えても、
代々、テロリストらに命を狙われる身の上であったろうからこその、
駆け落ち、臨月というのに開国を迫り来るペリーやハリスらの渦中に出て行き、
また、待ってました!というようにトントン拍子にキーマンに近づく、サポート側につく。。。
こうした人を私は一人知ってる。
開戦直前に、本来、渡米するようにローマ法王が段取りされてらしたのに、
日本に居たチマッティ神父が法王に何度も直談判の末、日本へ変えられた、それも開戦一週間前に来日された北伊のステファノ・デランジェラ神父。。
お姉さんはアメリカに亡命されてる。
今、ネットで見受ける写真は別人のものか、ひどいテロ薬で人格を破壊されたのか?面影がない写真であること。。
もっと、面長で、慎ましい眼差しでいらしたし、ユーモアがおありで、
それも無言でというより、言葉でなく共感できる禅問答的な共感。。
ステファノという名は最初から犠牲にされることを暗示したような命名であること。。
世界大戦前にその予兆として、イタリアでレジスタンスと名乗るクーデターがあり、彼らは必ず北伊デラ神父の村に逃げ、森へ去って行く。それを追った軍隊、警察隊が村にやって来る。。
ただ、村人はそのレジスタントとは全く面識がない。。
どうして?北伊?たぶん、十字軍の末裔らがいて、
教会にイエスの遺体に掛けて居たと言われる聖覆布が保管され、
実は?新約聖書の記述が作り話が入ってるということを裏付ける一つになってるから?
イエスはユダヤ教徒で新興カルト組織が民をアメムチ、天国地獄式脅迫で民を路頭に迷わせ、半セン氏病やペストだかで社会を破壊されるので、
妥協策として、ユダヤ教での名家のイエスを生贄に捧げよという。。
イエスには双子か兄弟がいて、
もし、イエス死後、その兄弟が初代になるはずだったのに、
岩というペテロなるカルト指導者、元、シモン司門(裁判官?)という漁師がなってる。。復活というのは、生贄文化を持つ彼らにやめさせる為に、仕組んだ芝居だったのではないか?
イエスは生贄として十字架にかけられ惨殺され(多分、テロリズム、サディズムに歓喜し生命の実感を味わう民がいる?代々)、その後、復活したとしてソックリの兄弟が現れる。。
それで、生贄で命を完全に葬ったという歓喜にふるえるペテロらに
実は復活したというので、生贄することに恐れを抱かせる目的で仕組んだものが、ミサという劇として、ずっと守り続けられ2000年経ってる。。
多分ね!修道院など昔からの真相を伝えるカトリック教会では、その後も公会議などで侵略勢力に屡々、マニュアル化させられ、本来の教義と要旨が離れつつある経過がエキュメニズムの変遷で見あることを思うと、、
その日本での一エポックとして、一葉の祖父母の活躍があり、
一葉をささえた漱石や鴎外、寅彦ら多くの尽力の結晶として作品を読み解いていくと、生き様が、真剣で真摯な生き方が見えてくるのでは。。

一葉の真髄は生命への讃歌では

今、読み返すと乱文で読みづらくごめんなさい。
ただ、一葉の祖父母がペリーやハリスが来日した時に事務方、裏方として受け入れられ活躍しえるところから読み解かないと、
その思いが必死さが伝わらないように思ったので。。
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