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「講談・赤穂義士物語」 平成25年第57回、国文学大会 の感想



はじめに
 昨年12月7日(土)に、我が大学の毎年の行事である国文学大会が開催されました。国文学大会とは、我が大学の歴史ある国文学科が毎年開催している発表大会で、毎年様々な研究発表が行われています。一年生は一応参加の義務がありますが、二年生からは任意参加です。
 毎年どのようなことをやるかというと、一昨年の発表内容は「日本語における具格標示形式の形成に関する一問題」「戦争にあらがう女性表現 ―宮本百合子の場合―」といった具合で、少しお堅い感じ。ところが、昨年は打って変わって、上方講談協会会員、旭堂南海師をお招きして、「講談・赤穂義士物語」のお話を伺いました。

 上方講談がタダで聞ける、しかも初心者向けである、こんなに素晴らしいことがありましょうか。私はものすごい興奮してこの日を愉しみにしていました。できるだけ友人も誘ったのですが、本当に残念なことに多くの三年生は就職活動が解禁になっためか忙しさにかまけてきませんでした。本当に残念。四年生は卒業論文の提出が迫っていて一人くらいしか来ていませんでした。これも残念。
 私、つねづね思う事なのですが、こうした行事には本当に参加したほうがいい。何事も他人に強制させるのは私もいけないとは思いますが、少なくともこういう机上の勉強だけではない、生きた勉強というのは積極的にする方が人生が豊かになると思います。友人たちに対する警鐘も込めて、今回は講談師の魅力について語りたいと思います。

講談の知識
 同学年の人間がほとんどいないということもあり、目立ってしまったようで、私はすぐに自分の担当教授につかまりました。やはり会場を占めているには一年、二年が圧倒的でしたから、まだどこか覚束ないところがあり、大きな講堂の後ろの方に座っています。で、教授がやはりこういうライブというのは前が空くと寂しいからというので、私は最前列に連れていかれました。
 ほとんどの生徒は講談が初めてだったそうです。私は以前、高校生向けの寄席へ行った際に講談師の方が出てきて少しやってくださったので、ほんの入門だけは知っていました。今回の講演も入門のような形でしたが、時間に余裕もありましたので、かなり本番に近い入門だったと思います。
 私は愉しみにしていたということもあり、事前に少しは下調べをしたのですが、大学という極めて資源的に融通が利かない機械的な教場でどのように講談をやるのだろうということがまず念頭にありました。講談は高座におかれた釈台と呼ばれる小さな机の前に座り、それを張り扇でぱんぱんと叩きながら話すのが基本的な形式です。講堂で行うことになっていましたから、畳でもどこからか借りてきて敷くのかなと思っていたのですが、教場に入ってみて、いつも通りなのに驚きました。私は先生に、どうやってお話されるのでしょうと心配になって尋ねてみたのですが、あまりそういうことについては教授陣は気にしていなかったようです。
 ちなみに私の先生曰く、落語というのは日常のささいなことを面白おかしく話すことで、講談は非日常の出来事を大袈裟に話すことだそう。
 で、いざ講談師の旭堂南海先生がやって参ります。司会の先生も講談師の方を連れてきて、椅子はどうしますとか、机はどうしますとか聞いているので、事前の確認はほとんどなかったようで、こんなんでいいのかしらと思ったほどでした。旭堂先生は、小さな声で「立ったままお話させていただきます」と関西方言で仰られました。これは後ろにいたら絶対に聞けないことだったので、前に座っていてよかったと感じました。
 ほとんど初めてだという生徒の反応に合わせて、入門の知識から丁寧に教えてくださいました。それで、本来なら釈台と呼ばれる机を張り扇で叩きながらしゃべるのだがと説明したうえで、先生方が使用される机をたたいていいものだろうかと疑問しながらも、普通の机をたたきながら話を始められました。

教員志望にこそ見てもらいたい講談
 旭堂さんのお話によれば、現在講談師として活躍しているのは約80人。そのうち、上方、すなわち大阪、京都、奈良あたりで活躍している上方講談師と呼ばれるのが20名ほど。あとの60名は江戸、東京の講談師です。そして、関東の講談師のうち、40名ほどが女性講談師で、講談の世界では女性が半数以上を占めるという女性が現在優勢になっているようです。
 講談師というのは何か特別な資格があるわけではないそうです。御師匠さんのところに二三年修行して、それから舞台に出られるようになるというくらいで、本当に自分の口だけで生きている人間です。ですから話術に相当優れている。その分、学ぶべきところがかなりあると私は思いました。
 丁度折しもその日は、教職の模擬試験がありました。私も教職を目指して勉強しているのですが、私の友人が全員模擬試験を優先させたのに対して、私はこちらを優先させたのです。そしてそれは正しかったと自分では思っています。というのは、話術について生きた勉強ができたからです。
 確かに模擬試験は大切です。それは私もよくわかっていますし、そちらを優先した友人たちを非難することなんてできません。が、こちらも学ぶべきことが多かったのだということを示したいと思います。
 旭堂先生がおっしゃっていましたが、講談師というのはもともと何もない、普通の道で話をすることから始まったのだそうです。別に売り物があるわけでもない。ただいきなり話を始める。それで大勢の人間が歩いていれば、一人くらいはひっかかるものです。そうすると、その引っ掛かった人間を絶対に離すまいとする。そうしているうちに芋づる式に人が増えていくということだそうです。なので、江戸時代から脈々と受け継がれている人を魅了し、決して離さない技術の結晶がそこにはあるわけです。
 よく教職関係の勉強をしていますと、いかに生徒との距離を近づけるかということが問題になります。もちろん、物理的に距離を近づけることが先ず念頭に浮かぶでしょう。それは机間巡視と我々の間では呼ばれますが、先生が教室を歩き回ることですね。これも確かに効果があります。後ろで内職なんかをしている学生は気が引き締まりますからね。ただ、講談師が動き回るわけにはいかない。ではどうするかというと、「にらむんです」と不敵に笑っておっしゃいました。教職でも言われます。教室を八の字に見渡して、生徒の眼を見る。するとその生徒との心理的な距離がぐっと近まる。教室の隅にいてもきちんと授業に参加してくれるというわけです。
 講談師もお客を逃がしてはいけないから、ぐっとにらむ。まんべんなく会場全体をにらみわたす。いくら教職の勉強でそういったことを聞いていたって、実際どのようにやったらよいのかということはわからない。だけれども、こうした生きた授業を受けることによって、教職の理論は実際にはどのようにやったらいいのかということが、ずばっと、明確に示される。私は会場をにらみつけている旭堂先生の姿を見て、ああ、これだと思いました。教員を目指される方は、本当に落語や講談といった話芸には精通してほしいものです。

講談における赤穂浪士
 今回の演目は時期も時期ということで、赤穂浪士からです。私はまだ国文科にいるということもあり赤穂浪士のお話は一応は知っていますが、どうやら世間ではそうでもないようです。私と同じ世代の友人たちと話をしておりますと、まず父親とほとんど会話しないというのが圧倒的に多い。これは鶏と卵の論と同じだと私は思っているのですが、共通の話題がないからなのだと思います。共通の話題がないから、ただでさえあまりしゃべることをしたがらない父と子というのは喋らない。喋らないと余計に共通の話題がみつからなくなる。お互い不干渉になるということです。
 昔は娯楽が少ないですから、一家でテレビを見るということがよく行われた。すると、両親と同じテレビ番組をみているわけですから、この時期には赤穂浪士の物語だということが自然と身に付く。ところが、最近の若い世代の人々は親と一緒にテレビをみるということもありませんから、赤穂浪士なんてつまらなそうなものは見ない。赤穂浪士という言葉もよくわかっていない人が沢山いるのです。もう、どうしたらいいのかと、本当に私はいつも勝手に悩んでおります。共通の意識、考え、知識というのは完全に破壊されてしまったのだと私は感じていて、憂国の念が尽きません。あゝ。
 そんな愚痴はいいとして、赤穂浪士の物語は、この長い歴史のなかで様々な尾ひれがついてきました。大体の大筋は一緒でも、47人いた浪士のうち、どこに着目するかということで話がかなり変わる。まったく別のお話が展開されるわけです。テレビドラマでも討ち入りの場面はほぼ同じだとしても、それまでの過程が全然違う。そのように沢山のお話があるなかで、講談が取り扱うのはどの部分かと申しますと、吉良の浅野いじめ、刃傷松の廊下(脇坂淡路守の怒り)の有名な話をしたあと、片岡高房とその忠臣もとすけとのお話であります。
 討ち入り前の、片岡が借りた長屋での、忠臣もとすけとのお話です。もとすけは片岡に付いてきた下僕です。最後の最後まで口が堅かった片岡は自分の下僕であるもとすけに討ち入りをすることを話せません。もしもここから計画がばれてしまったらという思いからなかなかもとすけに本当のところを話せない片岡。もとすけも愚直な人間ですから、どうして自分が暇を出されるのかわからずに、根掘り葉掘り聞く。そのやりとりと面白おかしくお話にしたものです。

 ただし、旭堂先生も仰っておりましたが、講談のお話は半分が嘘。残りの半分はこうだったらいいなという気持ちで喋っておりますといっており、本当にあったとは言えないようです。
上方講談と江戸の講談とでは何が違うのかという教授の質問に対しては、上方講談は兎に角隙があったら笑わそうとすることかなと答えておられました。そのため、本当に包括絶唱。もう笑いに笑いました。もっと軍記物語的な、歴史物語的な荘厳なものをイメージしていたものですから、とても面白かったです。

終わりに
 学ぶというのは何も机の上だけのことではないのです。私は日常のありとあらゆるものが勉強だと感じています。そんなに難しく感じなくとも、あ、これいいな、すてきだなと思ったことは真似をしてみたらいい。講談や落語にただ愉しみで行くのもいいでしょう。ですが、せっかく話の技術だけを高めて生きて来た人たちの「芸」を見るのですから、隙あらば盗んでしまえばいいのです。
 特に私の友人、教員を目指している人や、あるいは人の上にたって何か話をしなければらならない人などは、講談から学ぶことは沢山あるのではないでしょうか。
 そんなに難しく考えなくとも、まずは動画を見て楽しむこともできます。講談の魅力というのは尽きないものです。

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