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敗者の歌手泉谷しげる レコード大賞と紅白のステージを観て想うこと~2~

 記事が長くなりましたので、二つに分けておおくりします。



 私は先のような視点から、30日の泉谷氏のパフォーマンスを観て、彼が誤解されてしまっていることをひどく残念に思ったほか、その次の日、大晦日の紅白歌合戦でのパフォーマンスが心配になりました。NHKというとてもお堅い番組において彼のようないわばはみ出し者が出演してどのような結果を招くのか、どこまで彼が自分らしさをそのまま出せるのかが心配になったのです。

 紅白歌番組そのものに対しても私はいろいろ想うところがあります。綾瀬はるかの司会や、あまちゃん、アイドルグループが演歌歌手のバックダンサーをも兼任している点など、良い点、悪い点沢山あります。ですが、そのようなことは置いておいて、泉谷氏のパフォーマンスに視点を戻したいと思います。
 個人的に春夏秋冬が好きで、どのように歌うのか期待していたのですが、いざ演奏がはじまるとかなり早いテンポで唄うので驚きました。前日に続き、こんなところには長くいたくない、早く帰りたいという理由からそうしているのかと思いました。ですが、中盤になって突然彼は叫びます。

「おい、手拍子してんじゃねえよ。誰が頼んだよこの野郎」
 この後立て続けに三度手拍子をやめるように注意します。私は肝がひやりとしましたが、NHKホールにいる観客は彼の言葉を完全に無視。無視どころか、彼の発言のすぐあとににこやかな笑顔を浮かべながら手拍子をしている審査員たち約四名の姿が映し出されました。この彼の手拍子を止めるようにという注意と、その後の彼の言葉に無頓着というか、彼の言葉を笑顔を以て黙殺しようとしている観客の映像には多くの人間が衝撃を受けたようです。私も冷静になって何度も映像を見返してみますと、余計に観客の恐ろしさというものが目立ってきます。
 泉谷氏が手拍子を止めるように言ったのには理由があります。彼は曲の終盤で次のようなメッセージを述べます。

 「テレビの向こう側によ、一人でこの番組みているお前ら。ラジオを聞いているお前ら。いいか。今年はいろいろあっ たろう。いろいろ辛いこともあったろう。だからよ。忘れられないことも、忘れたいことも、今日は自分の今日にしろ 。自分だけの今日にむかってそっと唄え」

 泉谷氏のメッセージは曲のごくごく短い間に述べられたもので、彼のいわんとするところを必ずしもすべて述べられたわけではありませんでした。後日、泉谷氏のオフィシャルブログにおいて次のようにコメントしています。

泉谷しげる氏のオフィシャルブログ。春夏秋冬
http://ameblo.jp/shigeru-izumiya/
  NHKホールに集まった数千の人らはいわば選ばれた恵まれた人たち?だろうよ。
  しかし、テレビの向こう~あるいはラジオ聞いてる人々には故郷に帰れない人、病気になり一人で放送を見聞きして る人、被災地で寒さに耐えてる人らが居るのだ!

  オイラはNHKホールに集う人よりテレビ・ラジオの向こうの人らに歌ってやるンだと最初からキメててNHK側も賛成し 、完全ライブをさせてくれたのだよ!

 このブログの文章を読んで、やっと彼の主張したかったことの全貌が見えてきます。泉谷氏はNHKホールに集まった選ばれた人間に対して芸術としての歌を唄うのが目的ではなかったのです。ちなみに紅白歌合戦をNHKホールで鑑賞しようとする際には、厳正な手続きが必要だそうで、そう簡単に座席が確保できるものではありません。泉谷氏が歌を届けたかったのは、そのような場所に入ることができる一部の特権的な人間に対してではなくて、このような場所にはこられない、社会的に弱い立場にいる人々に対してだったのです。「春夏秋冬」自体が決して勝利者を褒め称える歌ではなく、ぼろぼろになってでもどこかに希望を求める若者の歌という雰囲気がします。泉谷氏の一貫した姿勢というものは、彼が若い時代に「春夏秋冬」を書いた時からまったくかわっていないということなのです。
 私が今回の記事にタイトルを「敗者の歌手」としたのは、このような理由からです。確かにNHKにまで出るような人間に敗者はいないかもしれません。本当に敗者であるならば、テレビ番組にはでてこないでしょう。テレビはそのような敗者を映しません。ですが、泉谷氏は常に敗者の側に立ち続けていたい、敗者のために歌いたいということなのだろうと思います。

 泉谷氏の叫びはNHKホールにいた選ばれた人々には聞き入れられませんでした。それどころか彼の言葉は黙殺されたのです。「やめろ」という再三の注意にもかかわらず、手拍子は全く静まりません。直後に映された観客の映像は、まるで張り付けたような笑顔を顔に浮かべた人々が機械のように手拍子を続けています。彼等の頭の中には、このような国民的な番組において決して泉谷氏のアブノーマルな行動を許さない、カメラに映させないということがあったのでしょう。泉谷氏の叫びに従って、手拍子をやめるということは、彼の言動を認めたことになります。すると彼が何をするかわからないので、必死な笑顔をはりつけたまま、彼の発言を無視。そのまま手拍子を続けたのです。審査員には、私たちが良く知っている芸能人もいます。少なくとも私は応援とまではいかなくとも、素敵な人だと思っていた人もいました。そうした人までが、泉谷氏の発言を黙殺し、それを決して認めないかのように笑顔で手拍子を続けているのにはかなり衝撃を受けました。
 
 私はここから、NHKという番組の本質と、今の我々が住んでいる現代の病理のようなものを垣間見たように感じます。表面的に見れば、NHKは泉谷氏のようないわばあぶれた人間のあぶれた行動には対応しない、あるいはできないということです。今回はふなっしーなどの常識からかなり逸脱したキャラクターなども登場してきましたが、彼等の存在はどこまでいっても浮いていました。泉谷をはじめとして、ふなっしーや大久保佳代子は、台本通りにしか動かないNHKの放送のスタイルに対して一種の反抗であるアドリブでもって抵抗を示したのです。アドリブと台本通りという二項対立をしてみせましたが、このふたつはそれぞれに長所と短所があり、どちらがよいと決められるものではありません。しかし、やはり偏り過ぎはよくない。台本通りに偏り過ぎて、ひとつのアドリブさえ許さないというまでに固まってしまうと、そこにはそこからあふれてしまうものに対する暴力が生まれてしまいます。人間は生き物であって機械ではありません。どんなに脚本を書いてその通りに動こう、動かそうとしても、生きている限り予想不可能な部分がでてきてしまいます。それを認めないとなると、本来芸術家という生きた存在をわざわざ大晦日にNHKという国民的な番組で放送する意義はあるのかという根本的な問題が生じることになるでしょう。

 NHKの番組の体質という表面的な部分を今見ました。次はあの場面が象徴する現代の病理です。あの一例をとって敷衍するのは間違った結果を導き出すかもしれませんが、しかし私にはあの場面は現代の人間をよく表していると思えてならないのです。泉谷氏は三度もやめろといいました。しかし、手拍子はやむどころか、少しも弱まりもしません。あれだけはっきりと「やめろ」と言っているので、聞こえなかったということはないでしょう。それどころか、私には若干ですが、笑い声のようなものがあの映像からは聞こえるのです。泉谷氏の「やめろ」という発言を冗談か何かのように受け取っているのではないでしょうか。
 ここに現れている構図は、いじめの構図と同じだと私は思います。一部の集団や常識というものからあぶれた人間の声を封じる、無視するのです。彼の表現者としてのこころからの声は、決して大衆には聞き入れられず、むしろそれを無視、封じ込めようとしているのです。少なくとも彼のパフォーマンスの時間だけは、彼の意見を尊重すべきだったのではないでしょうか。ですから、彼は芸術としての音楽をしているのではない。手拍子をやめてくれという主張に対して、観客はきちんと彼の発言に対して手拍子をやめるという行動をとるべきだったと私は思います。やめないということは、彼の発言を無視するということです。
 Twitter上でもこの場面に対して多くのコメントが寄せられていましたが、本を執筆している言論人なども、彼のしたことは時代錯誤だとか、何を言っているのかわからないといった否定的なコメントを多くしています。やはりそこには、泉谷氏のようなあぶれた人間、柄の悪い人間、偏屈そうな人間に対する排除しようとする力が見て取れると思います。結局会場全体から無視された泉谷氏は、彼のメッセージも虚しく響き、やるせなくなったのか、最後の反抗として演奏後ギターを放り投げます。私は音楽ができませんので、音楽をやる人間にとっての楽器がどのようなものなのかというのは本質的にはわかりませんが、泉谷氏にとってのギターというのはそう軽い存在ではないはずです。唄うための唯一の武器ですから、それを最後に捨て去るということは、自分の言論がまったく聞き入れられなかったことへの怒りと、失望とがその行為には含まれていたのではないでしょうか。
 どこまでも彼の本心からのことばを冗談としか取り扱わなかったNHKホールに居た人間と、それを見ていて彼に否定的なコメントをした多くの人間は、いじめを見ている傍観者と同じだと私は考えます。いじめはいけないと思っていてもそれを止めることをしない、第三者というのは、直接攻撃している人間よりも、時と場合により悪い人間になることがあるのです。ナチスドイツが行ったホロコーストから逃れたユダヤ人ハンナ・アーレントは、どうしてナチスがそのようなことを行ったのかという研究のなかで、「悪の凡庸さ」という表現をしています。実は悪というのは本当の悪人がするのではなく、ごくありふれた、ごくふつうの、一般的な人間が、何も考えなくなった時に悪が起こるのだというのです。ホロコーストを実行した最前線にいた人々たちは、上からの命令に従うのみで、自分達が行っていることの意味を考えませんでした。
 泉谷氏の発言を無視し、封じ込めようとする態度を、彼等はそれが何を意味しているのかわかっているのでしょうか。小さな意見、通常とは異なった意見を握りつぶそうとすることは、巡り巡って、自分が何かを発言しなければならなくなった際に、無視され握りつぶされても仕方がないということに繋がるのです。他人の意見を無視すると言う行為は、翻って自分の発言をも無にする行為なのです。今一度、自分達が何をしているのか立ち止まってよく考え、これからの態度を決めていくことが必要なのではないかと、私はとてもこの先の未来を暗く思いながら皆様に警鐘していきたいと思います。

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No title

こんばんは。
旧年中は大変お世話になりました。
今年も、どうぞよろしくお願いいたします。

私は紅白を毎年みません。
観ても、チャンネルを変える時に十数秒かける程度です。
石野さんに記事を読んで、どうして自分が見る気がわかないのか、なんとなくわかった気がしました。

泉谷さん、私は嫌いではありません。
歯に衣着せぬ物言いも、半分は照れ隠しもあるように思います。
そう思って見ると、不器用な生き方してるなあと思います。

終盤のメッセージ、読んでてホロッと泣きました。
昨年は、ほんとに精神的にまいってる年だったので、この事もこれからも自分に活かしていこうと改めて思いました。

集団心理は怖いです。
黒いものも白にも出来て、大勢の中の一人だからその罪悪感もない。
そして、まわりがそうだから流されるカメレオンな人たちも。。。
私の周りの大人の世界の方がそういったことが多いように思います。

画面の向こう側の多くの人にだけでも、彼のエールが届けばいいなぁ。。。

No title

私は当日の紅白歌合戦を見ていません。ですから泉谷氏の行為もそれに対する会場や審査員諸子の反応も事実としては知りません。ですが、恐らくあなたの考察は的外れではないと想像します。
自分と異なる階層や、生活実態を持つ人々に対する想像力、異なった考えを持つ人に対する寛容の力が多くの人々の間で衰弱している現状を反映しているのでしょう。
排外主義、国粋主義と言えば政治的ですが、いじめの実態や過労死の状況、ブラック企業のはびこりなどは、単に行政の怠慢や資本優先の姿勢にあるというようなことだけではなくて、そこに広く浸透している国民的思考の傾向、主体的に考え行動する力の弱さがあるのだと思います。根底は自己保身でしょう。
 こうした事象を見過ごすことなく考察し発言していくことが貴重だと思います。

No title

おめでとうございます
いつも深い考察 感服します

長渕剛は 紅白で 初の?海外中継で
『スタッフがタコばっかりや!!』
酷い言葉を吐いていました

それに比べれば 今回の 泉谷しげる
彼の生き方 彼のスタイル なかなか 好感触です
生き生き生きていくこと
頑張って!!
彼スタイルのエール だと受け止めました
私は違和感なく聴けました

拍手のことは
彼を無視したと言うより
歌がリズミカルで拍手とよく合うということ
それと 彼の悪態?がパフォーマンスに受け取られたのではと思います
つまり本当に拍手をやめて欲しい
とは 感じられなかったのでは と 全体の流れを 観て感じました

ライブは その時のムードで 流れていくので
後で ちゃんと言ってるではないかとビデオでチェックしながら観るのとは違ってくるでしょう

生放送で あれだけの出演者とスタッフ
それを 時間内に収める苦労
いつも感服と ご苦労様
有り難く観賞しています

石野さんの意見
考え方含め 考えさせられました


Re: No title

コメントありがとうございます。【クメゼミ】塾長様の指摘には気が付きませんでした。確かにライブは一回かぎり、その場の空気はそこにいなければわかりません。悪態を含めパフォーマンスと認識されてしまったのかもしれないという指摘のほうが確かに妥当です。ありがとうございます。
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