スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雑記 ここ一カ月の出来事、日記的散文

IMG_1345.jpg

↑先日行ってきた新宿御苑の紅葉。もうかなり落ち始めていましたから、行くならお早目に!

 かなり長いこと更新をしなくて申し訳ありません。一カ月近く何もかかなかったのは、このブログをはじめてから二年間になりましたが、初めてのことです。どうして、ここ3、4か月筆が重かったのか(実際にはタイピングですが)、原因は何かなと考えていますが、特にこれといったものはありません。いくつか考えられるのは、夏に頑張りすぎてしまったということ。夏には四作品小説を書くんだと意気込んで、二作までは執筆したのですが、それで言葉を吐きつくしてしまって、それ以降全然ものがかけなくなっていたということはあります。それでも、ちょっと頑張れば書けることには書けました。二年間ずっと、ほぼ毎日に近いくらい文章を書いてきたのですから、のり気でなくとも、ワードを開けば自然と指が動きます。そのくらいには文章力は鍛えられているつもりでした。ただ、この数か月はその気もなければ、全然書こうという気になれなかった。少し休む時期が必要だったのかもしれません。
 今年の夏はいろいろなことがありました。ええ、失恋なんてものもしましたかね。こんなことをこのブログに書くのは初めてなので、これを読まれるみなさんがどのような顔をするのか、全く想像がつきませんが。

 それに、11月前後はとても忙しかったのです。第一にゼミでの発表がありました。私は今回、村上春樹の『風の歌を聴け』を論じました。それを論じるにあたって、『ダンス・ダンス・ダンス』までの四部作を読んだり、様々な参考文献を調べたりして忙しかったというのがあります。二つ目に、模擬授業があった。私は現在教職を目指している学生ですが、模擬授業がありました。そのことについてお話してもいいのですが、それはまた今度、気が向いたらしましょう。土佐日記を扱ったのですが、それも自分なりにいろいろと調べて、なかなか面白い研究ができましたから、それは今度書きましょう。それから最後に美術部の引き継ぎ式がありました。私は大学三年生になったわけですが、この時期は就職活動なるものが始まる時期なので、三年生は事実上の引退をするのです。それを引き継ぎ式と称して、今迄お世話になった三年生が、後輩や先輩を招いて催しをするという会です。今年のテーマは何故か黒ミサということになり、私はオペラ座の怪人の恰好をして式を盛り上げました。私の専門は小説ですが、アニメーションなどのポップカルチャーにも興味があり、前々から、コスプレというものをしてみたいなと思っていたところだったので、今回かなり気合を入れてしまいました。
 タキシードを祖父から借りました。仮装をするので貸してくれといったら快く貸してくれました。古いタキシードです。祖父曰く、このタキシードを以前着たのは私の父の結婚式、すなわち私が生まれる前年になるということだそう。すごい、20年物のタキシードです。それに、ハンズで買ったマントに、マスクをつけます。新宿、渋谷のハンズでは、現在マスカレードの仮面が売っています。3000円くらい(良いものは4000円くらい)で、本場ベネチアから輸入した商品だということ。かなり本格的というか、本物なので、仮装などしなくても前から欲しいなと思っていた商品です。で、今回が良い機会だったから買ってしまいました。現在は部屋においていますが、なかなかいいインテリア。今放送されているガスのCMのようであります。
 付け髭も買ってしまった。これも結構した。つげ髭なんと1000円ですよ。驚いた。で、なぜかわからないけれど、付け髭からは言い知れぬ良い香りがするのです。何かの薬品の匂いでしょうか。付け髭をつけるための専門の接着剤も買おうか迷ったのですが、着けるのに1300円、剥がすのに1300円別の薬品が必要だったので、馬鹿らしいのでやめました。本番は両面テープで代用です。そんなことをして、愉しく引退したわけです。これで、美術部に毎回出席しなくてもよくなり、少しは時間が取れるようになりましたから、いよいよ自分の今やりたいことに力を注いでいこうと思います。
 
 思ったのですが、創造的な活動をするにはそれぞれ時期があります。私は書道の免許も取ろうと思って、授業を受けているのですが、書の世界では大御所である人が教授として教えてくださっています。その先生が授業中おっしゃっていたなかでなるほどなと思ったのは、「(大意)やる気がない時にいくら書いたってだめなんだよね。練習にはなっても、作品としては心に迫って来るものはない。やはり、込み上げてくるものがないとだめ。そのためには、何日も英気を養うんです。墨をすったり、いろいろな用意をして、じっそその時を待つ。そして、頂点に達したところで作品にぶちまける。するとまた空っぽになるから、また英気を養う」。その道の大家です。かなり高齢な方ですので言葉の重みが違います。
 私も大学に入ってから最初の二年間は、絵を描いたり、立体作品を作ったりするのが楽しくて、またやる気もありました。ですが、今年は全然そうした気が起きない。むしろ、作りたい、やりたいと思うのは小説でした。だけれども、役職上部活動に参加しなければならない。今年はそうした意味で私にとってはすこし辛い年でした。自分がやりたいことができないというのが辛いですね。今年は写真もやる気があったので、そちらの方を結局展示会では出したのですが、美術部なのに写真なのかと上の方に思われていたようで、少しやりづらかったです。ですが、お客様のアンケートに写真もあってよかったというようなコメントもあり、これからは、美術部の作品媒体として、写真も可となったのは、一つ後輩に残してあげられたいいことなのかなと思います。

 何事も強制されないで自由に、自分のやりたいことをやれる。創造できる、そんな日がくるといいなと思います。壁紙などで植物を幾何学的な模様にした作家、ウィリアム・モリスを御存じでしょうか。この名前を検索すればすぐにいろんな画像が出てくると思いますから、調べて見てください。ウィリアム・モリスは、現在では美しい文様の壁紙を考案した人間として理解されていますが、かなり多彩な人間だったようで、存命の時には詩人としての評判が高かったようです。他にも建築をやったり、工芸をやったり、美術評論家であり、そして小説家としても名高かったのです。
 彼の作品のなかに『ユートピアだより』というものがあります。これについてもひとつ記事を作ってもいいのですが、それだけの活力が現在私にはないのでここに簡単に記すだけにしておきます。ゲストと呼ばれる主人公が、夢なのかはわかりませんが、未来に行って帰って来るという話です。作品内の時間はそれが書かれた時代とほぼ同じ、1880年代から始まります。作中矛盾が生じていて、一体ゲストがどのくらい先の未来にいったのか不明なのですが、ある部分には2003年と書かれており、ある箇所には22世紀と書かれています。とにかく、そこは百年以上も未来の話なのです。そこでは、もはやお金という概念はなく、みな自分の好きな仕事を好きな時にしています。それで、事足りるのです。はて、そんなことが本当に起こり得るだろうかと思うかもしれません。私もそう疑いました。これはモリスの単なる理想主義じゃないかと。しかし、大量生産、大量消費を本当にやめて、自分に必要な分だけのものをつくって、自分に必要な分だけのものを使う生活を全世界の人がすれば、果たしてそれは限りなく現実に起こり得ることなのではないかと私は思いました。人が何事も他人に強制されることなく、自由に暮らし、そして好きな仕事をして生きられる日がくるのを願って、それに少しでも近づけるように様々なことを頑張っていきたいと思いました。
 ここ一二ヶ月の主な出来事はこんなところでしょうか。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

幽玄

Author:幽玄

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

アクセスランキング
[ジャンルランキング]
小説・文学
215位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
17位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。