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三島由紀夫『金閣寺』考察 感想とレビュー 語りの嘘にだまされて

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 先日、『金閣寺』はどのように読めるのか、教えてほしいという旨のメールをいただきまして、そこで返答させていただいたものが、割とよくできたと感じたのでここに掲載します。

-はじめに-
 さて、三島の文体というようなものを考えてみますと、彼は法学科の人間だったということもあり、その頭脳明晰さ、論理力の高さには驚愕します。論理力に限っては、戦後最高の作家なのではないでしょうか。このあまりの論理力の鋭さに、私たち読者は魅了されてしまうのです。ただ、多くの研究者が指摘しているのですが(今回は、合わせて三島由紀夫『金閣寺』作品論集というものも一応読んでおきました)、『仮面の告白』もまた、確かに論理的に描かれているのですが、そのなかでも相対化、~という考え方もできたかも知れないというような論の展開をしているのに対して、『金閣寺』はかなり激しく断定しています。
 なんでも歯切れが良い人物というのは、ある程度それが間違いだとしても魅力的に感じられてしまうのが事実です。ヒトラーにしても、橋本知事にしても、個人的に好きか嫌いかは別として、確かに魅力的に感じられることは理解できると思います。まさしく、この『金閣寺』の語り手はそうした、激しい断定的な言い方をしているのです。

-語りの構造-
 その前に、一つ前置きとして、この作品は、溝口という語り手の一人称小説です。作品の多くは、一人称か、三人称の小説になります。稀に「君よ、あなたよ」という語り掛ける手法を用いた二人称小説というものもありますが、これはごくごく少数派です。一人称というのは、「私は~僕は~」の作品で、作品内に登場する語り手が語っているという作品です。それに対して三人称小説というのは、例えば芥川の『蜘蛛の糸』を例に出してみますと、「ある日お釈迦様は~」という文章が続きますが、これは「語り手」が語っているという認識になります。芥川ではないのか?という指摘が起こりそうですが、テクスト的な考え方は、いったん作者とは切り離すので、芥川が語っているのではなくて、物語の中には登場しない「語り手」という正体不明の存在を想定しなければならないのです。
 この語り手の謎が、この作品の一つの見どころであります。この『金閣寺』が発表された当時から、同時代表を見てみますと、絶賛の声の反対に、かなり激しい批判の声もあったことが伺えます。一般的に良い商品というものは、極端に賛成と反対が二分化するようです。そうした商品のほうが売れるそうですよ。また、文学作品の価値判断をどこに求めるのかという問いにも、このことが一つの答えを示してくれています。より自由に解釈できるというものです。Aというようにも解釈できる。Bというようにも解釈できる。といったように、解釈に幅が生まれるのが文学においては、良い作品と言われます。ここでは、素晴らしいと言う感想が生まれる反面、良くない、悪いという感想が生まれるということが、ある意味では良い作品であるということが言えるのです。もちろんそれを悪い作品だと言っている人々にとっては、悪いのですが・・・。
 何が悪いのかという指摘のなかには、この論理的すぎる文章に対する批判もあります。何もかもをかなり断定的に決めつけて行く手記と思われるものを書いている溝口は、一見すると、論理明快で心地がいいようにも思われますが、一旦少し身を置いて眺めてみると、非常にエゴイスティックで独善的な人物のようにも見えます。また、このテクストは一貫して論理的に述べられているようにも見えますが、途中で論理的な飛躍が見られたり、また通常の論理では考えられないような展開があったりして、そうした部分にひっかかった研究者、読者がいたことは確かです。

―テクストの構造―
 また、手記として存在しているこのテクストですが、一人称の語り手が登場する作品というのは、どうしても過去的にならざるをえなくなります。オンタイムで放送するとなると、どうしても手記という構図は成り立ちません。なぜならその場で書いているというおかしなことになるからです。一人称の語り手の作品であっても、「私~」となっていても、それを全く別の存在が書いているということはあり得ます。例えば漱石の『吾輩は猫である』は、猫が実際に文章を書けるはずがありませんから、「吾輩は~」と述べていても、実際にそのテクストを書いているのは、さらに「吾輩」よりも1段階上の、正体不明の語り手の存在がいるはずなのです。これは誰なのかということは決してわからない謎なのですが。
 さて、しかし、この作品は明らかに語り手である溝口が書いているという証拠がいくらでも挙げられます。この手記の語り手である溝口はことあるごとに、「右のような記述から~」というような自分が今手記を書いているということを作品内で述べています(本当はほかにもいくつか箇所を見つけたのですが、場所を探すのにてこずっているので割愛させていただきます)。語り手である溝口は確かに、自分は今この手記を書いているということを認識しているのです。さて、そうすると、この手記というのは、すべてが終わったあとでないと書けないということになります。
 例えば漱石の『こころ』は、作家レベルで考えれば、夏目漱石が上・中・下の順番に書いたことは当然のことですが、テクストレベルで考えれば、下の「先生の遺書」があったあとで、「私」が上と中を「先生」の死後書いているということになります。
この作品でも、手記という形式をとる時点で、すでに最初の1ページ目では、溝口は金閣寺を焼き払った後ということになるのです。
 一つ目のこのテクストの構造の問題は、1章から9章までは、一貫して手記の形式で保たれているのにもかかわらず、突然、金閣寺放火の直前から、手記であることを放棄して、モノローグ化してしまっています。これは、紛れもなく作品の欠陥です。この突然最後になって調子が狂うのは、読んでいて、意識をしていなかったとしても違和感として残るはずです。手記という形式は、その形式上過去のことしか語れません。しかし、金閣寺放火直前から、突然今起きていることを語り始めるのです。これは『吾輩は猫である』と同じで、一応「私は~」という一人称にはなっていますが、それを書いているのが、溝口ではない誰かになってしまっているということです。「ここからは金閣の形は見えない」「生きようと私は思った」などは、まさしくその場においての感想であり、手記を書いている現在ではないだろうというのが、私も同意している研究者の意見です。
 この突然のモノローグ化をどう考えるかということについて、韓国の研究者である許昊氏は、三島と小林秀夫との対談を引用し、考えています。小林は三島に対して、溝口を作品の最後で殺しちゃってもよかったんじゃないのという意見を言っていますが、もし仮に、溝口を作中で殺すとなると、手記の形式をとっている以上最後の部分が書けなくなります。だから、この作品を手記という形で書き始めた時点で、作中では溝口は死ねないという構図になっているのです。しかし、それでも三島は、最後の部分を一貫した手記で終わらせるのではなくて、何故か今という時間を組み込み、モノローグとしてしまっています。
 これを三島の単なるミスと考えるのか、あるいはそうしてまででも表現したいものがあったのかということを考えるのは、読者の自由です。後者の方が面白いので、さらに考えますと、作品を破たんさせてでも、過去を語るという構図から、同時中継をしなければならなかったということの意味が現れてくると私は思います。
 この手記は、常識的に考えれば溝口が金閣放火の後、逮捕されるまでの時間に書いたものか、逮捕された後獄中で書いたものか、事件の何年も後に書いたものかの3つにわけられると思います。作家論的になりますが、この作品は当然作品が発表される以前にあった、金閣寺放火の事件がモデルになっていることは言うまでもありません。そうしてまた、三島自身も、この作品は実際の事件の事実をかなり作品に取り込んでいると明言しています。それを考えると、放火した後の溝口はすぐさま逮捕されていますから、1というよりは、2というほうが考えやすいでしょう。また、最後のモノローグの部分の迫真性、今起こっているという感じから、3というよりも、放火から近い期間に書かれたと考えるほうが自然なので、やはり獄中で書いているのかなということになります。
 しかし、だとすると、今度はまた不思議なことが浮かび上がってきます。全てを終えた後に書いているとすると、この作中で最大の問題となっていた美の問題をはじめ、すべての問題に対して溝口は何かしらの答えを知り、もっていたはずです。にも拘わらず、今、知っていることは何も語らずに、かなり抑制した筆でもってすべてを順番通りに書き進めるのです。また、多くの研究者が指摘しているように、この作品では、手記というかたちをとっているのにもかかわらず、今の状況が何一つ書かれないのです。通常手記では、今の状況を書くのがふつうです。森鴎外の『舞姫』でも、帰国の舟のなかにいることが語られています。『金閣寺』の謎は、書いている今についての情報が一つも公開されないという、語り手の明確な意志にあります。「今から思えば」というような、過去を回想している箇所はあるのにもかかわらず、では今はどう思っているのかという点、今がどのような状況であるのか、こうした部分がきれいに描かれていないのです。その空白が、違和感として残るのかもしれません。

―南泉斬猫―
 この作品の特徴は、論理展開を目まぐるしいほどにしていくという中で、一つの真理のようなものを巡って考えを展開しているというように感じられます。そこには、例えば、行為なのか、認識なのか、美とは何か、金閣寺の象徴は、溝口にとっての人生は、表と裏の関係は、などなどです。これらを巡って、溝口が非常に論理的に、しかも断定的に論理を展開していくわけです。そのなかで、論理をころころと転がしていく過程で、かつて生み出した論理を超えて行ったり、また矛盾していた部分をクリアしていったりしています。
 通常すべてが終わった後に書いている手記であるならば、ここまで最初からすべての思考をたどらなくても良いはずなのです。最後の結論が見えているのですから。しかし、敢えて溝口は最初から、省くということをほとんどしないで、自分の論理を展開していきます。
 美と金閣についてをまず考えましょう。この作品における美とはなんなのかが、いまだ私も良くわかりません。美については作中でも何度も何度も論じられているのですが、そのなかで少しずつその論が変化しており、一体どれが美についての最終的なものなのかがわからなくなっているのです。作中で何度も登場する「南泉斬猫」。これを象徴的に考えてみたいと思います。柏木によれば、ここに登場する猫というのは、美として捉えても良いでしょう。すなわち美は、金閣寺です。
認識と行為という二項対立のなかで、この作品は進んでいくように思われます。私もそう思いましたが、研究者のなかには、二項対立だけでは済まない、もっと複雑になっているとの指摘もあります。一応二項対立という前提で話を進めますと、「南泉斬猫」に登場する南泉が行為者、趙州が認識者として象徴づけられていると思います。「南泉斬猫」の話は、大きく二度登場しますが、前半で柏木がこの話をした際には、溝口の「人生」についての問題としてこの話が登場しています。溝口にとっての「人生」とは、これもまた複雑ですが、大まかには、女性との性的関係を持って、裏である影の世界から、表である社会へと進出するということになるだろうと私は思いました。この「人生」においては、すでに女性との関係を持っている柏木は、行動者としての南泉和尚の役割を担い、認識で世界を変えようとしている溝口は趙州という役割配置になるのだと思います。P184の部分では、確かに美について話してはいますが、ここまでの柏木と溝口の対比は、柏木が「人生」を為すための行為者であり、溝口が認識者であるという構図がそのまま美にも反映されているという意味において、上のような対比になるのだと思います。
 しかし、後半でもう一度この話が登場した際に、溝口は南泉、柏木は趙州と、役割配置が反転しています。これは、美について考えたなのです。美については、柏木は認識でしか世界は変わらないという思いを抱いています。そうして、金閣という最大の美を破壊する、猫を切るという行為をもってして美に立ち向かおうという溝口は南泉になるのです。さて、最初に登場したこの考案の話で、柏木は「さてそれが最後の解決であったかどうかわからない。美の根は絶たれず、たとい猫は死んでも、猫の美しさは死んでいないかもしれないからだ」と述べています。このことが、最後の金閣寺放火の後のことにかかってくるのです。
 すなわち、溝口は金閣という最大の美を南泉として、行為者として破壊してしまったあとに、この手記を書いているのですから、そのあとに、金閣が消えたとしても、美が残ったのかどうかということを知っているはずなのです。なのにもかかわらず、それを全く教えてくれないのです。美について、何度も論理を展開した挙句、最後の最後になって、結局どうなったのか教えない。この謎とも奇怪とも思われる、作品の構成上の空白が、読者を路頭に迷わせ、最後まで読み進めた読者は、あれ、おかしいということになるのでうす。しかし、最初から溝口の手記であるということを刷り込まれている読者たちにとっては、何がおかしかったのかわかりません。よしんば気が付いたとしても、その空白が何故つくられているのか、謎が深まるだけなのです。

―何故語るのか―
 この謎の空白は、このテクストの存在意義にも関わってくると思われます。つまり、何故溝口がこの手記を書くに至ったのかということです。この手記は、溝口が書いているというのが、一応の全体の認識としては主流ですが、ここで、柴田勝二という研究者が、柏木が溝口のふりをして書いているのではないかという指摘をしているということも書いておきましょう。この論文あとで紹介しますが、なかなか一理あり、面白いものです。
 手記は一応溝口が書いているものだとして考えますが、すると、この手記は何故書かれ始めたのかということが問題になります。現実に起こった金閣寺放火というのは、当時の人びとにとっては、ものすごい事件だったということは予想が付きます。今でも、例えば大阪城が燃えたなどということになれば、それたとてつもない損出ですし、大変な事件です。いまだ金閣寺の放火は、三島の作品を抜きにしても衝撃が残っているのではないでしょうか。その事件を題材にしたということくらいは、事前知識として了解している読者は、たとえそれが金閣寺放火という実際に起こった事件をもとにしたフィクションだったと知っていても、この作品を手にする際には、何故犯人が金閣寺に火をつけたのかという理由を求めて読もうすることは、簡単に予想が付きます。金閣寺を読もうとする際に、全くなんの事前知識が無ければ別ですが、当時そんな人はいなかったわけで、何かファニー的な面白さを求めて読もうという人はいないと思われます。ですから、まず読者は読む前の段階から、犯人が何故犯行に至ったのかという動機を求めて本を読むという態度が最初からできあがっているのです。ところが、溝口という語り手がずっと、金閣寺についての美を詭弁とも言えるようなめまぐるしい論理を展開するだけで、一向に動機らしい動機が見えてこない。最後には、彼にとっての美の本質が何であったのか、金閣寺の究竟頂に入ろうとして、拒まれたという一言ですべてが片づけられてしまいます。この小説において、読者が最初から求めていた動機は、溝口の目まぐるしい論理展開により、彼にとっての美の本質は何かという疑問にすり替えられ、あまつさえ最後はその本質にたどり着こうとして拒まれたの一言で終わるのですから、読者は肩透かしを食らったという感想が残るように、構図として成り立っているのではないでしょうか。
 では、溝口が美の本質にたどり着けなかったのを書くために、これを書いたのかというと、どうもそうではないような気がします。これは、語り手が何故このテクストを語るのかという原初的な問題なのですが、有元伸子氏の論文を参考にして、これを考えてみたいと思います。
 そもそも、吃りである溝口がこんなに論理的に、しかも雄弁で多弁的な文章を書けるのかという問題があります。近年の研究者は、この問題に対して懐疑的です。
 「こういう少年は、たやすく想像されるように、二種類の相反した権力意志を抱くようになる。私は歴史における暴君の記述が好きであった。吃りで、無口な暴君で私があれば、家来どもは私の顔色をうかがって、ひねもすおびえて暮らすことになるであろう。私は明確な、辷りのよい言葉で、私の残虐を正当化する必要なんかないのだ。私の無言だけが、あらゆる残虐を正当化するのだ。こうして日頃私をさげすむ教師や学友を、片っぱしから処刑する空想をたのしむ一方、私はまた内面世界の王者、静かな諦観にみちた大芸術家になる空想をもたのしんだ。外見こそ貧しかったが、私の内界は誰よりも、こうして富んだ。何か拭いがたい負け目を持った少年が自分はひそかに選ばれたものだ、と考えるのは、当然ではあるまいか、この世のどこかに、まだ私自身の知らない使命が私をまっているような気がしていた。」
 ここまでが作品からの引用。次に論文の引用をします。
〈この「暴君/大芸術家」という二つの願望を、〈行為者〉〈表現者〉に置き換えてみれば、「私自身の知らない使命」に導かれるようにして金閣を焼き(行為し)、そしてその自らの行為を手記に綴った(表現した)、〈私〉のまさに将来のゆくえを暗示していると言えよう。『金閣寺』は、このように、〈私〉が、この少年期の二極分解した欲望を、いかに自己実現していくのかを提示した作品でもあるのだ。〉
 何故、この手記は存在するのか、溝口によって書かれるのかという理由の一つとして、この二つの初期の願望のうち、破壊者となった後に残った大芸術家として、表現するという方向性を持ったということが考えられるのでしょう。ただ、その表現をする際に、いくつか溝口なりのルールがあります。「人に理解されないということが唯一の誇りになっていたから、ものごとを理解させようとする、表現の衝動には見舞われなかった。人の目に見えるようなものは、自分には宿命的に与えられていないのだと思った。孤独はどんどん肥った。まるで豚のように」とあり、溝口にとってのアイデンティティーの一つが、他人に理解されないことにあるということがわかります。他人に理解されないことが、自己のアイデンティティーになるというのは、現実的に考えても極めて異常ですし、また悲劇的なことです。しかし、この作品が存在するということは、少なくとも何かしらの理解されることを求めて、文章化したということですから、自ら自分のアイデンティティーを破壊しているのではないかということになります。どうやら、この理解されないことが存在理由という定義が、徐々に終盤にかけて変容するようです。この物語の本筋は、むしろここにあるのではないかと私は考えています。この溝口という人物のアイデンティティーがどのようにして変容したのか、しかもその変容は、理解されないことが存在理由だった人間が、はじめて他人と交わり、他人に理解されるようになろうという劇的な変化なのです。多くの研究者も指摘する、二つの箇所から引用をします。
 「学校の図書館が私の唯一の享楽の場所になり、そこでは禅籍は読まず、手あたり次第に翻訳の小説やら哲学やらを読んだ。その作家の名や哲学者の名をここに挙げることを私は憚る。それらは多少とも影響を及ぼし、のちに私のした行為の素因となったことは認めるが、行為そのものは私の独創であると信じたいし、何よりも私はその行為が、或る既成の哲学の影響として片づけられることを好まぬからである」
 「奇妙なことであるが、これは私の耳に入った世間の批評のはじめてのものであった。(略)しかし老いた役員たちのこんな会話は、少しも私をおどろかさなかった。それらはみんな自明の事柄だった!私たちは冷飯を食べていた。和尚は祇園へ通っていた。・・・・・・が、私には、老役員たちのこうした理解の仕方で、私が理解されることに対する、言わん方ない嫌悪があった。「かれらの言葉」で私が理解されるのは耐えがたい。「私の言葉」はそれとは別なのである。老師が祇園の芸妓と歩いているのを見ても、私が何ら道徳的な嫌悪にとらわれなかったことを思い出してもらいたい。老役員たちの会話は、こうしたわけで、私の心に、凡庸さの移り香のようなもの、かすかな嫌悪だけを残して飛び去った。私は自分の思想に、社会の支援を仰ぐ気持ちはなかった。世間でわかりやすく理解されるための枠を、その思想に与える気持ちもなかった。何度も言うように、理解されないということが、私の存在理由だったのである。」
 一貫して、「彼らの言葉」で理解されることを嫌っている溝口。先の引用では、自分が為した行為を、他人の勝手な言葉、考えで簡単に解釈されてもらっては困るということなのです。しかし、ここでの引用文からもわかるように、溝口は明らかに読者を想定してこの文章を書いています。溝口は理解されるのがいやだったのではありません。確かに理解されないことは、彼にとっての一つのステイタスではありましたが、そのステイタスを捨ててでも、得るべきものが、金閣寺を焼いた後に浮き上がってきたのです。溝口は「彼らの言葉」で理解されるのが嫌なのであって、「私の言葉」で理解させることに関しては、徐々に寛容になっていきます。このテクストでは、様々な箇所で、「見る」「私」が浮かび上がってきます。溝口は常に「社会」「人生」を見る側であって、そこへ参与することはできなかったのです。有為子がこのテクストのなかで、特権的な地位を得ているのは、常に「見る」側にあり、「見られる」ことのなかった溝口のたった一つの例外だったからです。有為子は彼が望まないままに溝口のことを「見た」唯一の人物です。だから、常に有為子の特別性、特権性というものが付加されているのだと思います。そうして、もう一人の例外は、金閣を焼く直前の、禅海和尚。物語の最後、すなわちこの手記を書いている時間に近い頃に、溝口は自分が行った、世間では通常理解されないような行為を、それでも自分の言葉で理解させるために、見られることを自ら望んだのです。「私を見抜いてください」という言葉からは、これからの自分が行う行為の証人であれということになります。

-終わりに-
 つまり、この小説のメインとなるものは、主人公の動機ではなくて、溝口がいかにして語り始めたのか、そこまでの変容、変質を追う物語なのではないでしょうか。だから、溝口は必ず、自分の理解でしか相手を理解させたくないわけです。そうすると、何で金閣寺を焼いたのだろうと言う動機を知りたいとおもって火に寄ってくる虫を追い払いたいわけです。動機を知りたいと思って読みにきた人間は、溝口にとっては、個人個人の理解で自分のことを無理やり解釈しようとする凶暴な外敵でしかないからです。なので、そうした動機を求めてやってきた人間に対しては、論理の魔術のなかに落とし込めて、最後は全く何もないというからっぽを提示するという罠をはったのではないでしょうか。実際は、何故このテクストが語られるのか、その語りまでの変質、変容こそがこのテクストの存在意義であるということが隠されていたのではないでしょうか。

参考文献
有元伸子 『金閣寺』の一人称告白体
杉本和弘 〈私〉の手記という方法―『金閣寺』の場合―
中野裕子 『金閣寺』試論―疎外の鏡―
佐藤秀明 『金閣寺』観念構造の崩壊
柴田勝二 反転する話者―『金閣寺』の憑依
井上隆史 想像力と生―『金閣寺』論―
許昊 『金閣寺』論―手記とモノローグの間―

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こんばんは。
前回では親身に回答していただきありがとうございました。
ぼくも素晴らしき読書体験ができるように日々頑張りたいと思います。

そして今回も大変勉強になる記事に感嘆いたしました。
この記事は個人的な趣味で書かれているのですか?

更新楽しみにしております。

Re: タイトルなし

本しか読まない学科に入ったので、それぞれの方が良い本と出合えるお手伝いをするのも自分の使命の一つだと思っております。名もなき駒大生様が素晴らしい読書経験ができることを祈っています。
このブログは、もともと自分の読書した本や、美術館、演劇、映画、コンサートなど、芸術系のものとの経験や体験を残しておきたいと思い始めたものです。最近では本の記事が多くなっていますが。また、文章力を鍛えるためという目的で自主的に書いているものでもあります。すごいですよ。私自身が書いていてびっくりしましたが、もうすぐ二年ちかくになりますが、ほぼ毎日何かしら書いている生活をしていると、以前と比べて格段に質も、量も、速さも向上しました。
最初はこうした備忘録、文章力向上のために書いていたのですが、次第に文章を書くこと自体が楽しくなってきましたし、また時にコメントしてくださる方との交流が楽しいので、最近はもっぱら愉しみのために書いてもいます。
趣味と考えてもいいと思います。ただ、学科の性質上趣味と勉強が多分に重なっているので、趣味と勉強の中間のようなものでもあります。
今後ともよろしくお願いします。
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