スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ピエル・ロチ『お菊さん』試論 感想とレビュー 海外から見る日本

51Cc2TmV.jpg

-はじめに-
 ピエル・ロチ(ピエール・ロティ)作、野上豊一郎訳『お菊さん』は、1887年にフランス語で発表されました。現在、文学の中で比較文学という分野の勉強をしているのですが、そのなかでも影響研究という分野で今回のテクストが扱われました。大まかなあらすじとしては、海軍士官としておよそ120年前の長崎に寄港した、一人称の語り手である「私」が、3か月あまりの時を過ごすにあたり、日本の女性と同棲している間の出来事を日記的に描いた作品です。ですから、特にこれと言ったストーリーはありません。
 また、これは語り手の「私」とほぼ同じ経験をした作者ロチ自身がモデルとなっていることは明白です。今でいう私小説的な作品と考えていいでしょう。しかし、実際にロチが同棲した相手は「お金さん」という方だったらしく、この作品ではわざわざ名前を「お菊さん(マダム・クリザンテーム)」とし、語り手もロチであるということは本文に明記されていないので、いったん作者と切り離して、小説だけで考えます。

-比較文学の定義-
 比較文学という言葉から、例えば夏目漱石と村上春樹の小説の比較などが思い浮かびますが、実はこれは比較文学ではなくて、ただの国文学ということになります。比較文学という言葉の定義として、「二つ以上の国の間における文学の影響関係を研究するもの」であります。今回のテクストの場合は、フランス人であり、フランス語で書かれたロチの『お菊さん』から見た、日本像というものが研究の対象となるのです。さらにここで使用した「影響」ということばは「創造的な刺激を受けて、受容者が独自の内部世界をつくりあげる」こととあります。
 この小説は日本ではあまりなじみがなく、しかもお菊さんという名前だけに、あの会談のお菊さんの印象が強すぎるので、なかなか浸透していない部分はありますが、当時のフランスならびにヨーロッパ周辺では大ヒットしたようです。というのは、1880、90年代には、極東の日本という国をしる情報源はほとんどありません。そこでの生活の様子が事細かに書かれたこの作品は、異国情緒を愉しめるものとして広く普及したようです。また、話のパターン、話型もまた彼らにとって魅力的なものだったようです。何故かわかりませんが、ヨーロッパの人々は、このように最初から別れることがわかっているけれども、一時的な夫婦関係の末情がうつり、去って行ってしまう男性を悲しみに打ちひしがれながら送る悲劇の女性という話の展開が魅力的だったようです。
 寄港した先での一時的な恋愛とその悲劇という話型は、日本でも有名でふと思いつくのは、「蝶々夫人」です。ですが、この作品は「お菊さん」のヒットの後に登場した作品で、この作品から大きく影響をうけているということがわかっていますので、「蝶々夫人」のほうはモデルは居たとされていますが、どうやらそこまで史実的ではないようです。こうした類似的な話型を、「長崎物語(造語)」として文学畑の人間は呼ぶことがあります。この寄港した先での外国人との一時的な恋愛というものはしかし、ピエル・ロチのこの小説でも日本以外の国でもそのようなことがあったということが示されていますから、多くの国の港町で在った悲劇なのです。

 日本のことが書かれてある小説を私たちが読んで研究しなければならないのには次のような理由があります。それは、意外と自分のことは自分ではよく見えていないということです。また、単純に100年以上前の当時の日本を知る重要な資料にもなります。ただ、外国人の目に映った日本人、外国という鏡を通してみた日本の姿というものは、意外と私たちは気が付くことができないのです。
 歴史的な話をもう少しすれば、この作品がヨーロッパでヒットしたことによって、極東への関心がたかまり、その後開催されたパリの万博では、その興味と相まって日本の工芸品の素晴らしさに多くの文化人が感動し、ゴッホやモネなどは、彼らの作品のなかにジャポニスムとして日本的な情緒を取り込むことになりました。

-語り手の視点-
 この小説は、今私たちが読むと癪に障るような部分や、完全に現在の法に照らし合わせてもおかしい部分が描かれています。この小説では一人称の語り手「私」が物語を綴っているのですが、白人である「私」は異国である日本で、そこで目にするものすべてに驚き、それを事細かに描写してますが、どこかにバイアス(偏見)が見られます。彼らは、日本人のことを対等な存在とは思ってはいないのです。あくまでも一つ上の段階から見下ろしているという構図がここに生まれています。それを、この作品の研究者は、「見る私」と「見られる」日本人として見事に分析しています。
 「お菊さん」という名前はこの小説で作られた架空の名称で、実際のモデルとなった女性はお金さんといったようですが、この「お菊さん」という名前一つをとっても、当時の外国人が日本のことをどう思っていたのかを知ることができます。「菊=クリザンテーム」はその名前が現すように、花を連想、イメージさせます。いわゆる「長崎物語」の類似物語である「蝶々夫人」もまた、「マダムバタフライ」というように、昆虫がイメージされています。どうやら、当時の外国人、特にヨーロッパの白人たちにとって、日本の女性というのは、花や昆虫のように、小さくて可憐で、そうして守るべき対象となり、また昆虫標本のように思いのままに自分のコレクションの一つになるというような存在として認識されていたようです。この小説では、「人形(ブウペ)」という言葉が繰り返し使われます。そうして人形が並んでいるように感じている語り手は、日本人の女性たちのことを、自分とおなじ一人の人間としてではなく、その言葉通りに自分のままごとの相手である人形のような存在として認識しているのです。
 また、語り手の私は、西洋的なものの見方、つまり西洋の幾何学遠近法(透視図法)によって、日本のことを見ます。彼にとっては、お菊さんとの夫婦生活のすべてが発見の連続です。食事をするにしても、御膳から、漆を塗ったお椀やら、すべてが事細かに描写されます。しかし、それは図体の大きい彼にとっては小さくて、こまごまとしており、「ままごと」のようであったのです。扉ひとつにしても、取っ手の部分に細工が施してあったりして、日本人は特に普段気にもしないような細部にやたらと贅を凝らすと不思議がります。こうした部分がやたらと目につくのは、西洋の遠近法をもって日本を見たからなのでしょう。彼らにはそのような取るに足らない部分、遠近法でいえば近すぎて見えない部分に驚くほどの技術が使われていることが不思議だったのです。

-お菊さんとの関係は-
 そもそもこの物語は、語り手の私がいつ終わるともわからない数か月間の長崎での停泊の間、その間の寂しさを紛らわせるためにカンゴロウという仲介者によって、女性を買うということから始まります。しかし、この買う、あるいは借りるという行為は、売春とは少し様相が異なるようです。語り手の私自身がそう思っていないということも色濃く作品にベールをかけて日本の読者を現在になって迷わせていますが、それを鑑みても、「私」がその娘の両親に日給いくらとして預かった女性は処女ですし、単なる売春とは異なります。それに、「私」自身は「夫婦の関係はなかった」と言っています。このことばを本当だと鵜呑みにするのは危険ですが、少なくともそうであったと思いたいという語り手の願望が現れているとは考えていいでしょう。
 この物語が単なる恋愛ものとして考えてはいけないのはこの点にあるとおもいます。そもそも私とお菊さんの関係性が謎なのです。性的関係があるのかないのかもベールに隠されていますし、私の視点からみると、どこか子供らしさを残している、あるいは時には演じている可能性のあるお菊さん。そうして最大の謎は、語り手の私がお菊さんの心を見ることが全くできていないということなのです。

 これまで、様々なことをずっと見続けてきた「私」ですが、なぜかお菊さんの内面だけは全くわからないと明言しています。今まで自分のものの見方、価値観で納得、理解してきた彼にとっては、お菊さんという存在はイレギュラーでした。そのことが最初カンゴロウの連れて来た娘を前にして、後ろにいたお菊さんに眼を惹かせた原因とも言えますし、またこの作品全体においてもお菊さんが際立って異種的な存在であるということを浮き彫りにさせています。
 時には子供らしく、時には大人らしく振る舞う彼女の言動を目の当たりにして、「ままごと」のような夫婦生活をしている私は、彼女の内面が見通せないことへのいらだちか、彼女に対して冷たくします。そのことが夜の生活はないというようなことを言わしめた原因でもあるでしょう。この小説は小説として成り立っているのか危ういほど、これといったストーリーもなければ、読者をひきつける構成もありません。極めて私小説的であり、また各章の最後に日付のあることから、語り手の私の手記であることが判明します。
 「人形」のようで、自分の支配下におけると思っていたお菊さんの心情がわからない「私」は、その裏返しか、自分の友人で同じ船乗りであったイヴとお菊さんをくっつけてみようとします。お菊さんが本当に自分のことが好きなのか、あるいは嫌いなのかがわからない「私」は、大親友であり、またお菊さんとも時を追って親しくなっていくイヴの心もまた試すのです。「私」がお菊さんとともに高い丘の上で夫婦生活をしている近所には、似たような外人の水夫と日本人の女性の一時的な夫婦の家が密集しています。長崎の奉行所も、このような外国人と日本人女性の一時の夫婦生活を認めることはしても、同じ場所に住まわせることによって管理していたものと思われます。
 作品の前半では、この周辺のおなじような家族と共に長崎を歩き回ることが何度かあるのですが、後半になると、そうした周辺の家族は次第に影をひそめ、私とイヴとお菊さんの三人が一緒にいるという描写が多くなります。イヴは友人ですが、私はもしかしたらお菊さんは私よりもイヴのほうが好きなのではないか、またイヴもお菊さんのことを恋しているのではないかと考え始めるようになります。私の家でイヴと三人で寝ることになった時には、わざとイヴ、お菊さん、私の順番で寝床をひいて試してみますが、お菊さんはその誤りをきちんと正します。小説らしい構図としては、「私」が無理やりお菊さんとの間にイヴを組み込むことによって、擬似的な三角関係を作り出して二人の仲を怪しむという構図ですが、もちろんこれは「私」の勝手な妄想にすぎず、結局イヴとお菊さんの関係には何の発展も訪れません。
 むしろ文学的な意味をここから見出すとしては、「私」自身のお菊さんへの愛情が自分でわからなくなったために、親友のイヴにお菊さんを取られると構図を疑似的に作り出すことによって、お菊さんを無理にでも好きだと自分を騙そうとしていたのかもしれません。

-終わりに-
 最後にいよいよ別れとなる場面で、「私」は「これまで世界のいろんな場所で、別れ際に其処此処で拾い集めた、凋んで落ちた滅茶滅茶になった花をたくさん保存している。私はその蒐集がおかしなでたらめなものではあるが、殆ど植物標本になっているくらいにたくさん保存してある。-私はどうかして此の蓮の花に対しても心を動かしてみようと努めたが、それは駄目である。而かもこれはナガサキに於ける私の夏の最後の生きた記念物であるにも拘らず」と述べています。これはもちろん象徴的に日本という異国の地でであった女性、お菊さんのことを指しています。「私」は他の国でも、港に停泊している数か月の間に、その国の女性と同じような生活をしていたということを回想で述べていますから、そうしたそれぞれの国での女性との生活もまた、「植物標本」の一部なのでしょう。しかし、ここに来て、お菊さんの異種性、自分がどうしても情を移せないという状況に陥ります。
 そうして最後は「おお、アマ・テラス・オオミ・カミ、私をこの小さい結婚からきれいに洗い清めて下さい、カモの川水で。・・・・・・」とつぶやいています。これは作中何度か登場した、自宅の下に住む女性の祈りの言葉を借りて述べたものですが、すべてを洗い流したいというこのつぶやきは、お菊さんとの生活を後悔しているようでもあります。自分の欲求のために買ったものの、その欲求が十分に満たされなかった数か月間を終えて、「私」が後悔しているものは一体何なのでしょうか。他の女性だったら、もっと肉体的にも精神的にも満たされたということでしょうか。あるいはお菊さんという女性に対して悪いことをしたとい思いでしょうか。「私」はほとんどの章の最後を「・・・・・・」三点リーダーで省略し、自分のこころも全てを書かないという謎を持たせています。「私」のあまりにもエゴイスム的な小説に日本人の読者が読むとカチンとくるものがありますが、このテクストには謎が多く、当時の日本人、あるいは外国人の様子を見ることができる素晴らしい作品となっています。
 ただ、この小説はしばらく絶版になっており、入手が困難でした。現在では岩波文庫から出ていますが、最新の版でも、旧かな旧漢字になっており、一般読者にはかなり読むのは困難かと思われます。ピエル・ロチの謎を読み解きたい方は是非挑戦してみてください。

コメントの投稿

非公開コメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
プロフィール

幽玄

Author:幽玄

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

アクセスランキング
[ジャンルランキング]
小説・文学
215位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
17位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。