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村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』試論 ~2~ 感想とレビュー 作品を読み解く

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-つくるの人物造形-
 少し無理な読み方をしましたが、次に作品内に入っていきましょう。この小説は、三人称多崎視点で物語られる作品です。主人公は多崎つくるという男性。この作品で何度も登場するのが人物と色のモチーフです。多崎つくるは、中学高校時代に、一生に一度得られるか得られないかというくらい運命的な共同体を気づきあげます。そこのメンバーは赤松慶、青海悦夫、白根柚木、黒栞恵理と多崎つくるの五人です。今までガールフレンドと二人きりだとか、共同経営者だとかで春樹作品に登場する主要人物はそこまで多くありませんでした。多くて3人くらいでした。それが一度に56人の主要な人物が登場したということからも、春樹作品の例外的な作品であることがわかります。
 この作品で印象的なのは、そこに登場する人物がそれぞれの色(カラー)を持っていることです。ガールフレンドの木元沙羅だけは例外的に色を有していません。それ以外に登場する人物たち、五人のグループではつくるを除いて、アカ、アオ、シロ、クロとそれぞれの名前に色が含まれていて、学生だったころのつくるはそのことを羨み、みなそれぞれ特有の個性を持っていることがとても素敵で、そうして自分にはそうした色や、特徴がないことに引け目を感じていました。
 つくるが、五人のグループから突然切り捨てられてしまったことから、彼は生に対する興味関心を失います。死の深淵まで自然に向かっていったということが、この作品の冒頭で語られることですが、彼は一度死を間近に見たのです。
 この作品は体の一部のようにも思えた共同体から切り捨てられたショックをずっと隠し、忘れようとしてきたつくるが、16年という歳月を経て、どうして自分が切り捨てられなければならなかったのか、その理由を探す旅になります。それが象徴的にはリストの『巡礼の年』ということになります。この物語の形は、自分が触れられなかったものにもう一度挑戦し、人間として成長していくという教養小説(ビルドゥングスロマーン)としても読めますし、自分を切り捨てた理由を探し求めるというミステリー小説としての側面からも読むことができます。

 多崎つくるの性格付けはこの作品内記号を用いて説明するとすれば、駅になるでしょう。彼はエンジニアとして駅を名の通り「つくる」仕事をしていますが、その駅という性質が彼を苦しめたのです。つくるが駅だとすると、他の登場人物、特にメンバーたちは何にたとえられるでしょうか。一つには駅を利用する人々、もうひとは駅に到着する電車たち。このどちらの解釈でも通用するのですが、それぞれ人々は自分の目的地があり、そこに向かって常に動いています。しかし、つくるはそんな人々が利用する駅のような性質を持った人物だから、自分が動いていないのがひどく不安でならないのです。回りの人物たちがそれぞれに自分たちんの進みたい道、目的地を歩いているなかで、自分だけが停滞しているように見えたのです。
 全く理由を聞かされないまま切り捨てられたつくるは、自分には色がなく、特徴がないからだと彼は解釈します。そのために、常に自分は色彩がないので、価値がない人間だと思い、現在において沙羅という年上のガールフレンドを相手にしていても、どこかうつつを抜かした感じがしてしまうのです。そうしてそれを女の観で見抜いた沙羅は、過去の未解決の問題と向き合うように差し向けるのです。

-余計なもの、欠いたもの-
 村上春樹文学に登場し重要な役割を果たすのは、どこかしら余計なものを持った人物か、ある欠損を抱えた人物です。過去の作品では、片腕がない人物が登場したり、片手、片指、片足がなかったり欠損がある人物が印象的でした。また、どこか「夢(春樹作品においての夢は重要なモチーフ)」を現実レベルまで引き下げてそのなかで影響を与えることができるような超能力ににた力を持った人物も多く登場しています。
 そうした登場人物の特徴はこの作品でも現れます。この物語のなかで最も印象に残るのは、6本指の話でしょう。作品内の情報によれば、P212から数ページにわたり、6本指自体はそれほど珍しいものではないらしいということが述べられています。その人よりも多いもの、余計なものを持ってしまった人物がこの作品では超能力的な何かを持っている可能性があります。過去②において、大学三年生であった多崎つくるは、一人の友人を持ちます。P55「灰田文紹(ふみあき)」という二歳下の友達です。この人物は345章と、灰田の父の語りを含めて78章と合計で5章分しか登場しませんが、この謎の人物が私には象徴的な意味があると感じています。
 灰田の父親は、灰田の語りによれば60年代の後半にP112「九州の山中の温泉でであった、緑川というジャズ・ピアニスト」という人物と交友を持っています。この緑川という色を持ったピアニストは、灰田の父に対してある不思議な話をします。「悪魔」という言葉が登場するのもこの話のくだりです。緑川自身は悪魔のようなものと解釈し、「トークン」だと言います。そのトークンとはP89「死を引き受けることに同意した時点で、~普通ではない資質を手に入れる」ことができる「特別な能力」です。「人々の発するそれぞれの色を読み取れるのは、そんな能力のひとつの機能に過ぎない。その大本にあるのは、~知覚そのものを拡大できるということだ」そうで、「知覚は混じり気のない純粋なものになる。霧が晴れたみたく、すべてがクリアになる。そして~普通では見られ逢い情景を俯瞰すること」ができる能力です。そのトークンが一体どんなシステムなのか、もし人に譲らないで死んだ場合はその死んだ者と同時に消えてなくなるのか、あるいは他の誰かに引き継がれるのか、全く謎ですが、この命を代償に短期間するどい知覚の能力を手に入れることができるものが存在するのだというはなしが登場します。この話は、過去②の灰田が、さらに自分の父親が若いころの過去の物語を語っているという構図になりますが、語り手である灰田が、その人物造形のなかから信頼にたる人物かどうかが判断の難しいところです。
 少なくとも、感のようなものには優れていないと自覚している多崎でさえも、P113「ミスター・グレイ・灰色は白と黒を混ぜて作り出される。そして濃さを変え、様々な段階の闇の中に容易に溶け込むことができる」人物だと感じています。

 灰田の父がであった緑川というジャズ・ピアニストはトークンを有しており、そうして灰田父の前で演奏した際に、P77「緑川はショルダーバックから小さな布の袋を取り出し、それを注意深くピアノの上に置いた。上等な布地でできた袋で、口のところを紐で縛るようになっていた。誰かの遺骨なのかもしれないと灰田青年は思った。」とあり、この緑川が置いた袋には、もしかしたら六本目の指が入っていたのではないかと、話を聞いてから15年ほど経った現在において多崎は解釈しています。この緑川というピアニストが実際に六本指だったのか、それを切ってその袋に入れていたのかは全くの謎ですし、テクストからはわかりませんが、特別な能力を手に入れるにあたって、そうした人とは異なった部分があったと象徴的に考えられうると私は思います。そうして、この話は灰田によって、60年代が舞台となっていますが、灰田はその行動の謎の多さからいっても信頼にたる人物ではありません。そうしてそれを多崎もまた感じており、もしかしたら灰田は自分のことを父に仮託して話しているのではないかと疑っている部分もあります。多崎の疑いが正しいとするならば、灰田はおそらくここで自分の経験を語っていたのかもしれません。そうして、灰田の話では緑川とうピアニストはそのままトークンを渡さずに消え去りましたが、灰田は実はこのトークンを引き継いでいたのかも知れないと解釈できると思います。

-何故シロは死んだ-
 この小説が最もミステリ要素を帯びてくるのは、友人たちを巡っていくなかで、かつてグループ内で最も美人だったシロことユジが殺されていたという事実です。その答えを求めて多崎はシロの女友達であったクロのもとへはるばるフィンランドまで行きます。結論から言えば、このテクストのなかからは、だれにシロがレイプされたのか、なぜシロが殺されたのか、誰に殺されたのかはわかりません。
 ただし、そこを埋めていくような解釈をすると、恐ろしい解釈ができるのではないかと私は考えています。友人たちから切り捨てられたから、つくるは夢のなかで、シロとクロが二人出てくる性夢を見ます。その中ではつくるは二人を平等に扱っていたはずなのにも拘わらず、彼の意志とは反対に必ず射精はシロの中でします。この性夢を見ていたことが、シロがつくるにレイプされたと言う嘘を流していたことを知った際に、多少心にひっかかるものを感じさせます。
 春樹作品の特徴は、夢が現実にも少なからず影響を持つ可能性があるという点です。この作品でも、つくるが夢のなかでみたことは、現実と区別がつきにくいことがあったりと、ある程度夢と現実がどこかしらの領域でつながっている可能性が示唆されています。自分がシロをレイプした記憶や事実などは全くないとおもっていながらも、どこか自分の夢と彼女の夢がつながっていて、夢のなかでレイプしたということが彼女に伝わってしまったのかもしれないと悩みます。
 また、灰田という謎の人物の夢か現実かわからないことが起こったこともつくるにすくなからぬ影響を与えています。灰田は男性ですが、夢か現実か区別がつかないなかで、シロとクロを相手にしている最中に、射精したら、じつはそれは灰田の口のなかであったということがP118で描かれています。灰田という存在を象徴的に考えるとしたら、シロとクロを混ぜたものということから、灰田はシロとクロ両方が作り出した幻覚(それはつくるが作り出したとも考えらえますし、シロとクロの二人が作り出したとも考えらえます)だと解釈することもできます。あるいは灰田という人物は実際にいたのかもしれません。

シロが突然自分がつくるにレイプされたと言い始めた原因をクロとつくるは考えますが、明確なこたえはでてきません。つくるはこれに対して、完全調和が保たれていた関係性にひびが入っていくのをあまりにも繊細な感覚を持っていたシロが見るに堪えなかったのではないかと解釈しています。
P304ではエリがユズ(シロ)のことを「あの子には悪霊がとりついていた」と言っています。この悪霊は、どこか悪魔と似たイメージがあります。そうすると、もしかしたらユズ(シロ)もまた、緑川と同じように、「トークン」を持っていたのかもしれません。彼女は自分の欲しい能力をいくら頑張っても手に入れられない状況のなかで、悪魔的な契約をかわし、だれよりもするどい感性をトークンとして所有していた可能性があると私は思います。ですから、そのするどすぎる感性によって、調和が保たれていた友人たちのグループが壊れていくのを見ていることができなくなり、先にシロの方が耐えられなくなって壊れてしまったのです。緑川の場合は2か月でしたが、シロに残された時間は3年ほどだったのでしょう。シロが殺されたのは、そのトークンを誰にも渡せずに、最後の期限まできてしまったからです。そうして誰が殺したのかという問題は、ト-クンという言葉とともに登場した最も謎な人物灰田ではないでしょうか。
トークンは死と引き換えに能力を得られるものだと解釈すると、トークンの売買をしている悪魔的な存在が、死の深淵までやってきたつくるに対して交渉するのはなんの不思議もありません。もし、灰田が悪魔的なトークンセールスマンだったとすると、つくるにトークンを売りに来たものの売れなかったので帰って行った、その前にはシロにトークンを売っていたというようにも解釈できます。ですから、そのトークンの有効期限が切れ、回収しにきた灰田的な存在にシロは殺されたのだと私は考えています。
 
-終わりに-
 つくるが作っていた駅は、象徴的にはつくる自身だったのです。つくる以外の色彩を持った人物たちは、駅を利用する人々や列車にたとえられます。つくるは、人々が駅で重大な事故が起きて危険にまきこまれないように常にチェックし、問題があれば修正している存在です。つくるは、こんどは沙羅という人を向かい入れるために、沙羅に対して問題のある部分をつくりなおしていたというのがこの物語のストーリーではないでしょうか。
 震災やサリンという事件を絡め、またつくる自身が感じているように人生の警句や省察に対してはあまり良い意味を見出していないのにも拘わらず、最後の章でずいぶんメッセージ性の強い部分が現れているのには、少し違和感がありますが、それだけ作家レベルで話をすれば村上春樹は過去と向き合えと言っているのかもしれません。

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全然ちがーう
さーんねーん賞

Re: タイトルなし

左様でございますか。分析、考察が足りず、申し訳ありませんでした。
ただ、何かを批判、非難あるいは意見を言うとき、ご自身がどのようなものであるのかを先ず示して頂かないとこちらとしても、返答の仕様がありません。私は自分の名前を公表して、自分の言葉には責任を持っていますが、あなた様は、そのような責任を持たずにいます。意見を言う際にはフェアな立場でなければなりません。
それから第二に、一体私の文章のどこかあなた様のおっしゃる「違う」のか、その点をはっきりさせなければ批判にもなりません。具体的にどこが違うと思われたのかを指摘して、さらに何故違うのか、あなた様はどのように分析、解釈されたのか、それを論理的に説明なさる必要があります。
第三に、「さーんねーん賞」ですが、おそらく「残念賞」のタイプミスかと思われますが、その賞は一体何をもってして与えられるものなのでしょうか。私には一寸わかりかねましたので、あなた様がどのような立場から、その「さーんねーん賞」なるものを授与してくださるのか、教えてください。
まとめますと、①何者であるのかを明記し、②どの点が具体的に「違う」のかを指摘したうえで、あなた様の意見・見解を論理的に述べ、③に一体どの立場からものを申しているのか、お示しください。
村上春樹様自身であれば甘んじてこの言葉を受け入れますが、それ以外の研究者、あるいは一介の読者なのであれば、それをきちんとお示しくださらないと、意見として受け入れられませんし、反省しようにもできません。

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とても良いと思います。
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Author:幽玄

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