文學とは何か? RPG(ロールプレイングゲーム)は文学か?

文学会議+4+表紙006_convert_20130417214503

 さて、今回扱うテーマはRPGは文学か?という問いから発生して、文学はどこまでがその分野に入るのだろうかというジャンルの定義づけの問題です。私の薄弱なる知識、考えでは限界が生じましたので、このブログに訪問してくださった有識のある皆様に是非、コメントしていただき、考えを深めていきたいと思っています。皆様の考えをお書きください。

-初めに-
 以前から私はRPGは文学だと考えて来たのですが、大学でもいよいよ専門的な勉強になってきて、文学とは何かということをより深く考える必要が生じてきたために、一度整理、再考することになりました。
文學とは何かという問いを立てた際に、これは文学であるという作品を類型化して考えてみると、いくつかの文学の定義が見えてきます。

・言葉を使用した表現である
・物語(フィクション)である
・「本」というメディアである

 このように考えた際に、いくつかの反論が生じてきます。・言葉を使用した表現であるという定義を考えると、では言葉が使用されていない作品は文学ではないということになるのでしょうか。例えば絵画。言葉がありません。おそらく絵画は誰が考えても文学ということにはならないのでしょう。
次に・物語(フィクション)であるという点について。たとえ言葉によるものであったとしても、電子家電のマニュアルや法律、憲法と言ったものは文学とは呼べないと思われます。文學という定義の内には、その作品がなんらかの物語を有していて、フィクションだと受け手が考えられる必要があるようです。マニュアルに書いていることがフィクションで、こうした動作をしてもそこに書いてある通りにならなかったり、あるいは法律がフィクションで、人を殺しても別に刑罰には処せられないなどということがあってはなりません。マニュアルや法律というものは紛れもなく現実なのです。
 次の「本」というメディアであるという定義、これは多少問題があるようです。前提として文学史の教科書に掲載されている作品は文学と捉えてもいいだろうという地点から出発していますが、例えば『万葉集』や『古今和歌集』などを考えてみましょう。これらの作品は誰が考えても文学ということになるでしょう。言葉を使用していますし、フィクションですし、本の形態です。しかし、今現在は確かに「本」という形状をしてはいますが、今から約1000ほど前には本としては存在していなかったでしょう。長い年月を経る間に、それぞれの断片化された和歌が集められ、そうしてそれが本の形態になったに過ぎないのです。こうした和歌一首を取り上げた際に、それは本の形態ではないから文学ではないという事ができるでしょうか。おそらく和歌一首だけ取り上げたら文学ではないということにはならないでしょう。和歌はたとえ一首であっても文学と考えることはできると思います。
ここで少し難しい部分のお話をします。絵画は文学ではありません。しかし、漫画はどうでしょうか。絵にちかい状態から考えると、漫画も文学ではないと考えることが出来るかもしれません。しかし、反対に言葉の観点から考えて行くと別の見方ができます。例えば絵巻物を考えてみましょう。一口に絵巻物といっても多様な種類があるのですが、一般的には文章と絵が交互に描かれています。文章でストーリーが語られ、そこにどんな状態なのかという挿絵が入るという感覚です。絵と文章の割合は、文章が多い現代の挿絵の感覚のものもありますし、絵のほうが多く、それに文章が添えられているようなものもあります。しかし、おそらく多くの方が、絵巻物を出されてきたら文学だと考えるのではないでしょうか。私も文学だと思いますし、文学の研究者のなかには絵巻物語を研究している学者さんもいますから、文学と呼んでも差し支えないと思います。これを考えると、漫画という媒体は、絵がメーンではありますが、きちんと言葉も含まれているので、「文学」だという事ができるのではないでしょうか。小説に挿絵が入っているものも文学と呼べるのならば、絵が多くなったとしても言葉が漫画における一般的な量があれば文学と呼ぶことができると私は思います。

-ゲームのアンチ文学性-
 アニメは文学でしょうか?漫画が文学と言ってもいいだろうというところまで来ましたが、今度はアニメです。私の論では、漫画の絵を動かす、すなわちアニメーションにしただけであるので、これも列記とした文学であろうと考えています。
 なかでも文学部で最もよく研究されるアニメである『新世紀エヴァンゲリオン』は文学と考えても差し支えないだろうと思われます。
 この論を続けていくと、そのアニメーションの主人公を自分がコントロールすることが出来るようになったものがゲームですから、ゲームも文学という事ができるのではないかということになります。ゲームには、言葉が使用されています。どこそこの町に行って、住人たちの話を聞き、物語を進めていく。RPGは、当然フィクションですし、そこで行ったことが現実になるとは限りませんし、誰もがフィクションと考えてゲームをプレイしています。
 しかし、私が多くの学生と話していて感じたことですが、どうも一般的にはゲームは文学だとは考えづらいという傾向があるようです。その要因はなんでしょうか。例えば、分岐するという点。RPGでは、時に主人公の選択によって物語が分岐するという場面が登場します。ただ、ほとんどのゲームの場合は、ドラクエなどを考えると主人公の選択というものはほとんど物語には影響しません。中には、主人公の選択によって物語の最後が異なるという、よく作りこまれた作品もあります。どうやら、一般的にはこの主人公の選択によって物語が変質するという部分が文学ではないという感覚につながるようです。しかし、これに対する反論としては、少し専門的な話をしますが、1980年代ごろから主流となった文学研究の手法でテクスト論的、記号論的な考え方というものがあります。それは、テクスト(小説)をいったん作者から切り離して、作品そのもの自体を取り扱おうと言う考え方です。この考え方は、それまで作品が作者の所有物として考えられていたものを、読者の自由な解釈によって、読者が主体的に創造していく創作的な活動であるという新しい読み方を提示しました。ある作品Aがあったとしましょう、たとえ同じテクストであったとしてもこれを10人で読めば10人の読み方が生まれるということは当たり前なのですが、おわかりいただけるでしょうか。例えば主人公に感情移入して読む読み方もあれば、主人公の恋人に感情移入して読む読み方もあるでしょう。あるいは主人公は嫌な奴だと感じながら読む人もいますし、時には自分の過去の経験を思い出しながら読む人もいれば、今後の自分の行動を考えながら読む人もいます。実は、ひとつの作品を読んでいても、それぞれが主体的にその作品を自分の読み方で読んでいるのです。この点を考えると、主人公が選択して物語を進めると言う形式は、ゲームという媒体のなかでは明確に分岐として現れますが、実際は私たちも小説を読む際には自分の読み方を選択しているということになるのです。ですから、この分岐ということがそれだけでゲームは文学ではないという証明になるかというと、それだけではなりそうにありません。

 RPGは文学なのかという問題ですが、少し別の観点から見てみましょう。ではアクションゲームはどうでしょうか。これは、RPGは文学だと主張している私も流石に文学であるとは言えない気がします。シューティングゲームなどには、確かに作戦を立てたり、どのような状況かを説明したり、あるいはその戦闘がはじまるまえには各国の情勢など歴史的背景があったりします。単純なアクションゲームであれば、文学ではないだろうと考えることが用意ですが、これがメタルギアのような作品になってくると、ちょっと答えが出てきません。確かにアクションゲームでしょうが、RPG的な要素もある。しかも、映画的であります。
 映画は文学か?ということを考えてみると、おそらく広い意味の文学のなかには映画も含まれるだろうと考えられます。映画と文学は別物だとは断言しきれないのが現状ではないでしょうか。現代文学の作品は、多くが映画化されたり、アニメ化されたりしています。ですから、映画化された作品も、アニメ化された作品も純粋な文学とは言えないまでも文学となんらかのかかわりはあるであろうということが考えられます。時には、映画やアニメが先行し、それがノベライズ化されることもあります。そうした場合、その作品には文章化できる物語が内包されていたということになりますから、おそらく文学的な作品だということまではできるのではないでしょうか。
 音楽は音楽です。クラシック音楽は文学とは言えません。しかし、ポップミュージックなどはどうでしょうか。現代のアーティストたちが歌う歌は文学ではないと言えるでしょうか。あの歌詞をみるととても詩的で素晴らしい作品がたくさんあります。歌詞のみを取り上げた場合は当然文学ということになりますが、それに音楽が加わった場合、突然文学ではなくなるのでしょうか。先ほど取り上げた例で、『万葉集』を再びあげてみましょう。『万葉集』は和歌の集まりです。当時の和歌は当然なにかしらのメロディーに合わせて歌っていたと考えられます。それが文学ではないとは考えらえないことからも、どうやら歌は文学と言ってもよさそうだという考えになります。
 映像が付き、音楽が付いても、おそらく物語であり、言葉を使用しているという観点からも、映画は文学と呼ぶことができるのではないでしょうか。また、映像を動きと捉えてみると、動きと音楽という点では演劇も文学に入ってきます。また、文学史の教科書には演劇の作品も掲載されています。このことからも、演劇は文学と呼ぶことができるでしょう。その演劇を場所を変えて、カメラを使用して録画したものが映画ですから、やはり映画も文学のうちにはいるのではないでしょうか。
 話を戻しますと、映画は文学と呼ぶことができそうです。では映画的なRPGであり、アクションゲームであるメタルギアは文学なのでしょうか。私は一応文学だと言いたいのですが、これはどうも煮え切りません。みなさんの意見をお聞かせください。
 ではドラクエやファイナルファンタジーは文学なのでしょうか。私は以上のような理由から文学と呼ぶことができると考えています。

-さらに考えるための指標-
 さらに、この問題にやっかいで、重要な観点を持ち入れたいと思います。それは娯楽と芸術という観点です。なんでもいいですが、例えば漱石の作品は、娯楽というよりは芸術という側面の方が強いように思われます。森鴎外だったり、谷崎であったり、太宰であったり、どれも娯楽作品だというよりは芸術だと考えられるようです。これらの作品はだれが考えても文学でしょう。では、最近のミステリ小説、東野圭吾などは文学なのでしょうか。娯楽小説として書かれたこうした作品は、読んでいた楽しいですし、言葉による作品ですし、フィクションです。しかし、どうも文学作品だと言うのにはどこか抵抗があるような気もします。娯楽のために作られた作品というのはどこか文学的でない感じがするのです。
 そうするとゲームはやはり娯楽ですから、文学的でないと感じる人もいるでしょう。おそらく多くのゲームは文学ではないと思っている人はこうした考えがあるからではないでしょうか。
 これ以上の考察を現在の私の力ではできないため、考えを深めるため、また新たな視点や考えを確保するために、どうか皆様の意見をお書きください。RPGは文学なのか、または文学とは何か、どこまでが文学なのか、それぞれ自由に意見してください。私の論に対する反論なら、なおさら待ち受けています。

コメントの投稿

非公開コメント

No title

久しぶりです。
面白い話題なのでコメント残して置きます。

「文学」と呼ばれる言葉の意味するところ、
1)言語表現による芸術作品
2)純文学
3)すぐれた文学作品
といったことを思い浮かべます。

RPGはあくまでゲームですから文学とはよべないのではないかと思います。しかしながら、作品によっては文学的と評すことのできるものもあるでしょう。映画もアニメも、場合によっては文学的な側面を指摘できますが、それを以て文学と定義することは出来ないと考えます。

芸術と娯楽についてですが、この二つはよく対置されますがわたしは対照的な言葉だとは思いません。芸術というのは技巧がすぐれているものを指し、娯楽というのはひとが楽しむものを指す。つまり、芸術はなにものかの本質について、娯楽はなにものかの効能についてそれぞれ言い表す言葉なので本来AorBの俎上には乗せるべきではないと思っています。

歌舞伎は今も昔も芸術でしょうが、江戸のひとの多くはそれを娯楽として捉えていたことでしょう。しかしながら、現代に於いて歌舞伎を娯楽と呼べば怪訝な顔をされるのが普通の反応ではないでしょうか。芸術か否かは或る程度合理的に判断できますが、娯楽は否かは感覚的な領域に属しているのかも知れません。

こうしてみると、芸術にも二つの定義があると思われます。
1)技巧の優れた作品
2)高尚な作品(しばしば娯楽に対して)

わたしはこの二つめの定義についてあまり本質的ではないので普段使っていません。

おはようございます

先日は”レ・ミゼラブルが”詩的散文という
深いメッセージを戴き
とても共感致しましたので
次回はこの辺りをテーマにしてupしようと思っている処です。
”文学とは?”
こういう議論良いですね☆
コメント欄に入力したいのですが
ちょっと長文になってしまいそうで申し訳ないので
sakiの本日のblogにupします。
お時間あるとき遊びにいらして下さいね・・。

音楽

こんばんは。

>音楽は音楽です。クラシック音楽は文学とは言えません。しかし、ポップミュージックなどはどうでしょうか。現代のアーティストたちが歌う歌は文学ではないと言えるでしょうか。

ポップミュージックの詩を文学とするならば、クラシック音楽はより文学に近いです。マーラー、シューベルト、ダウランドなどはいうまでもなく、ほぼ全ての作曲家がどんな詩に音楽をつけたのかを是非調べてみてくだされ。ゲーテをはじめ、沢山の「文学」を発見することでしょう。

個人的には「類似の他ジャンルを文学か?」と問うこと自体について少々疑問を感じます。それらが文学「的」要素を内包しているかどうかを考えるほうがアカデミックなプロトコルとして、よりふさわしいかと思います。「ジャンルの定義づけ」は後産的、派生的な課題です。逆のベクトルでアクセスするのは面白いと思います。

文学と呼ばれているものは芸術との密接な関係があることは明らかです。芸術とは何か?という課題は大昔より多くの人々によって語られてきました。それを全て網羅すると大体一生が終わります(笑)。それでは。
プロフィール

幽玄

Author:幽玄

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

アクセスランキング
[ジャンルランキング]
小説・文学
233位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
16位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア