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ゲーム『俺の屍を越えてゆけ』考察 ~4~ ストーリーを追う、黄川人を中心として

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-黄川人の視点-
 この作品は、今までの西洋的なRPGから一変、日本的なRPGを一から作ったために、HPやMPとというものにもすべて日本語の名称をつけなければならなくなりました。HP,MPだったらば、体力と技術といった感じ。アイテムにもすべて日本的な名前が付けられています。このゲームの一つの側面としては、西洋的なRPGに対応するシステム、アイテムの日本名を比較対象して楽しむことができるというものです。
 このゲームはこうした面でも、名称や名前にこだわっている作品と言えるでしょう。また、ゲームのなかにリアリティを持ち込むために、神の名前や物語に、実際に伝わっている伝承や事実を織り交ぜています。
 この物語の重要な朱点童子、イツ川と黄川人は、二人合わせて「いつかきっと」というメッセージになるように作られています。いつかきっと、そのあとに何がくるのでしょうか。戦いがなくなる日に、憎しみがなくなる日に、あるいは救いが訪れるように、そうした未来性が込められた作品ということができるでしょう。
 黄川人が大江山を襲われた際にどうなったのかは謎です。お輪が子供を救うために身を挺しているあいだに、信者がどこかへ隠したのでしょう。捨丸が情けをかけて殺さなかったとは思えません。そうしてどこかへ捨てられた黄川人はまず、九尾吊りお紺に拾われます。黄川人を拾った九尾吊りお紺は、宝くじがあたったりと当初は幸福に恵まれますが、次第に不幸が重なり始め、しまいには夫に持ち逃げされた挙句、稲荷で自殺を図ります。何故幸運が舞い降りたのか、また不幸が重なったのかは黄川人の力によるものなのでしょうが、具体的になにによるものかはわかりません。
 子供にも手をかけたと黄川人は述べていますから、彼は一度殺されそうになったということです。しかし、結局赤子と無理心中できなかったお紺は、一人自殺し、地縛霊として稲荷に残りました。残された赤子は、どういう経緯かは不明ですが、天界から降りて人間に慈悲をかけていた氷ノ皇子に拾われます。
氷ノ皇子は天界屈指の実力者であり、美男子であったとの評判です。人間に対して慈悲をかけて自らの血を与えたいたようです。そうして、どんないきさつかは不明ですが、黄川人を拾いまだ赤ん坊だった彼に自分の残っていた血を吸わせます。ただでさえ朱点として生まれ、人間と神の力を持つ黄川人が、天界最強レベルの存在の血、すなわち力を吸い尽くしたらどうなるのか。黄川人は氷の皇子が自分の力の半分ほどであるということを述べています。力の根源たる血をすべて失ってその状態ですから、完全であればかなり強い力の持ち主でしょう。天界の神を馬鹿にしている黄川人も、彼だけは一目置いているようです。
 しゅてんどうじという言葉は、私もうわべの知識しかないのですが、平安時代に実在したとされる酒呑童子(これでしゅてんどうじと読む)からインスパイアを受けています。酒呑童子の伝説は、地方によっていくつも説があり、細部がことなっていたりして、収拾がついていないという状態もありますし、民俗学を専門にしている人に研究していただかないと何とも言えないのですが、古事記や日本書紀に登場する「八岐大蛇が、スサノオとの戦いに敗れ、出雲国から近江へと逃げ、そこで富豪の娘との間で子を作ったといわれ、その子供が酒呑童子という説もある」(カッコ内Wikipediaより)らしいです。諸説ありますが、俺屍に限りはここからインスパイアを受けていると思われます。
 朱点童子として赤い鬼に閉じ込められたの黄川人の封印を解放してしまってから、新しいダンジョンが登場しますが、その最後で待ち受けているボス(黄川人はそれを髪と表現している)は、それぞれ蛇をモチーフにした存在として登場します。また、黄川人が身に着けている服にも、蛇のがらが現れており、この神話をイメージしてキャラクターデザインをしたことがうかがえます。

-ちりばめられたストーリー2-
 赤子として拾われた黄川人は氷の皇子の血をすべて吸い尽くすと、まだ子供にも関わらず忘我流水道を飛び出し京の町へと繰り出します。一度出て行こうとする黄川人と氷の皇子は対峙しているようにも解釈できる言葉がちらと出てきたような気がします。(多少あやふやなので鵜呑みにしないでください)。ちなみに、朱点童子という言葉は、氷に囲まれた忘我流水道の奥底にあって、一点の朱い髪をした童子(こどもの意)から来ていると考えられます。氷の皇子は自分がかくまい、自分の血を飲ませて育てたと認識がありますから、黄川人のことを自分の息子だと考えています。もちろん直接の血は繋がっていませんが、血を飲ませたということもあり、より濃密な関係性が構築されていると考えられます。しかし、黄川人にとっては、氷の皇子もまた、憎むべき天界の神であるため、利用したにすぎないと思っているようです。
 赤子であった黄川人がどうして自分たち一族が滅亡させられた出来事を覚えていたのかはわかりませんが、彼は自分たちの家族を殺し、自分の命を奪おうとした京の人間と、天界の神々たちに対して復讐をしようと試みます。この時点ではまだ黄川人は中性的な人間の恰好をしていたことになります。また、部下である鬼や怪物をどのように生成したのかわかりませんが、人間に対する怨霊や、人間でありながら悪の道にそれていった者たちとうまくやりあって、再び大江山で鬼のコミュニティを構築。京に対して悪さを働いていたのだろうと推測されます。あるいはすでにこの時から、人間の娘をさらっては、その娘たちに怪物たちを産ませていた可能性すらあります。実際の伝説にある酒呑童子は、娘をさらっては食べていたそうです。
 どちらが先だったのかは不明ですが、この大江山であばれはじめた黄川人こと朱点童子を倒そうとした組織が二つありました。一つは、ちょうど天界にのぼって夕子の後ろ盾のもと天界の新たなリーダーとなりはじめた黄川人の実の姉である昼子です。そうしてもう一つは、時の帝です。この帝がお業一族を殺した時の帝と同一人物なのかはわかりませんが、その討伐対として討伐にむかったのは、どちらも大江ノ捨丸であったことがわかります。昼子たちが先か、大江ノ捨丸たちが先だったのかは不明です。ただ、大江ノ捨丸は、朱点童子を倒すことなく殺され、そうして朱点の呪いにより骸骨の姿となり人間に綽名す鬼の類になりました。実の弟をとめるために昼子率いる20の柱神が黄川人を止めに向かいます。ただ、すでに最強の力を手に入れていた黄川人相手に、神20柱でもかなり苦戦したようです。昼子はなんとか黄川人を赤い鬼の姿をした入れ物に封じ込めることに成功しました。しかし、黄川人は封印される前に、ほかの神たちをも道連れにします。昼子は黄川人の力があまりに強く、自分たちに何の損害もなく封印することは不可能だったため、他の神ごと黄川人を封印したと解釈することもできます。
 赤い姿をした、冒頭でお輪と源太と対峙した角の三つ生えた朱点童子は、封印された状態でした。しかし、あの赤い姿をした馬鹿で力だけが強い鬼のような姿でも、かなりの力を有していたことは確かです。瞬時に赤ん坊を町から移動させる術や、神でも解けない二つの強力な呪いなどを扱えていますから、封印といっても、力は半減できたところが良いところだったのではないでしょうか。
 ここは解釈がわかれるのですが、あの赤い鬼の朱点は、黄川人の自我なのか、それとも別の自我なのかという問題です。封印されている人物が黄川人であることにはかわりませんが、昼子の封印により新たな自我を上からかぶせた可能性、あるいは黄川人の自我の一部のみを残す方法などを行った可能性があります。どう考えても赤の朱点と黄川人の自我が同一だとは解釈しづらい部分があります。あるいは道化を演じるのが得意だった黄川人の身に合った演技だったという可能性も考えられますが。私は、封印された黄川人が霊体として物語の前半主人公の前に現れていたことを考えると、別の人格が上からかぶせられていたのではないかと考えています。霊体がこちらにでてきているときに、肉体はどうなっていたのかという謎がありますが、人格が別のものだったとすると、肉体のみ封印されていたということになり、つじつまがあいます。

 人格がどうなのかは永遠の謎ですが、多くの神も同時に封印するという昼子の行為により黄川人の力は弱まりました。しかし、完全に封印できなかったうえに、結構つよい。ちっとも懲りた様子もなく、京の町を再び荒らし始めます。あんまり封印した意味がないことになってしまったので、完全に黄川人の息の根を止めるために、策士昼子は第三の朱点童子育成計画を立案します。
 第三の朱点童子は、紛れもなくプレイヤーがプレイすることになる主人公たちです。お業の双子の姉であった、お輪に昼子は計画を持ち掛けます。下界におりて人間の男性との間に子供をもうけよということです。お輪の気持ちを察すると、双子の妹は天界の掟を破り、愛する男のため下界まで下りて行ったのに、夫や子供を殺され、お業もさんざん人間にいたぶられたあと(一応不死身の身体を持っていても、限界はあるようです)、殺されてしまいました。そんなあまりにもかわいそうな妹や、不運から道をはずれてしまった自分の甥にあたる黄川人をせめて少しでもはやく楽にしてあげるために地上に降りたことでしょう。
 この作品の最大の謎は、お輪は昼子に作戦をきかされてすべてを知っていた存在なのにもかかわらず、なぜ自ら朱点童子討伐に向かったのかという問題です。昼子の計画では、黄川人はすでに神々の力を終結しても勝てないほどに強力なものになりました。弱めるための封印でさえかなりの神々を道連れにしなければならなかっため、天界の勢力はガタ落ち。これ以上の損害がでないためにも、お輪に第三の朱点童子を産ませ、それを持って第二の朱点を打つはずでした。それをわかっていたはずのお輪は、何故第三の朱点たる息子を生んだのにも拘わらず、その教育をほったらかして自ら黄川人討伐に向かったのかということです。本来であれば、当然息子が黄川人を倒すはずでした。ですから、その教育を第一に優先して行わなければならないはずです。
 考えられる可能性としては、親と子という理屈ではない愛情の問題です。いくら朱点討伐のためだと割り切っても、初めからあまりにも重い運命を背負わされた自分の息子を見て、母親たるお輪が指をくわえて自分の息子が成長するまでの20年近い年月を待っているかということです。わかっていても、自分の息子を死地においやることが出来る親なんていないのでしょう。私はまだ自分の子供をみたことがありませんからわかりませんが、きっとそういうものでしょう。1999年版のCMと2011年版のCMの両方に出演した岸部一徳は、「そのうちお前にもわかるさ」という言葉を残しています。子を持つとわかるものがあるのでしょう。
 それに、お輪は男のために天界の掟までやぶって地上へと降りて行ってしまったお業の双子の姉です。そうした思い立ったら何をしでかすかわからないという攻撃性、血は争えないということでしょう。また、お輪が結婚した相手は、人間では最強のレベルの人物。剣士として奥義を創作するほどの力量のあった源太は、紛れもなくかなり腕の立つ人間でした。そうして、お輪自信も天界の神であり、その身は不老不死です。それなりに武術にも自信があったのでしょう。そんな状態で、自分の息子には危険を冒させたくない、自分たちでももしかしたら倒せるかもしれないと錯覚してしまった二人は、黄川人の討伐へと向かってしまったのではないでしょうか。よかれと思って行ったことではありますが、結果としては自分の息子一族に二つの呪いをかけられてしまうという、より悪い方へと展開してしまいました。
 黄川人が主人公たち第三の朱点童子をその場で殺さなかったのは何故でしょうか。おそらく、本来の自分を取り戻すために、赤い鬼の形相を一度倒して貰いたかったからだと思います。封印をといてもらおうとしたのです。昼子たちの思惑は、封印を解いた後、さらに封印を解かれた黄川人まで討伐してもらうことで、黄川人の思惑は、封印のみ解いてもらう事です。ですので、短命の呪いによって、自分の封印を解いてもらう程度で強くなってほしかったということになるでしょう。そうして、物語はここから始まるのです。
 

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