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岩崎夏海「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」試論 感想とレビュー 文学と経済を見据えた見事な戦術、なぜもしドラが売れたのか

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-初めに-
 ここ数年世間を賑わし、一大ブームを呼び起こした岩崎夏海著の、略称『もしドラ』を今さら読みました。先日たまたま私の大学に岩崎さんがくるという機会があったのですが、残念なことに用事と重なってしまい、出席できませんでした。代わりに出席していた友人からはとても面白い話が聞けたと聞きました。本書の内容が経営の分野にかかわることから、経営の学生が主催していたようですが、この本を読んでその事情を知ると、それは完全にドラッカーのマネジメントの顧客を想定するということを怠っていると考えられました。私が聞いたところでは、むしろ文学部の人間、国文やメディア系の人間のほうがためになる話になっていたからです。

-作品を構成する三つの要素-
 この作品は、三つの要素から成り立っていると私は思います。一つ目は、ドラッカーの『マネジメント』、もう一つは、作者自身がオタクであると自認する野球の実況、そうして最後は、泣き落としという要素です。これらは非常に明確に表れています。それは、マネジメントにある、顧客を想定するということをしているからです。
 この作品の顧客は、中高大学生です。そのため、今この世代に受け入れられやすい工夫がたくさんなされています。ドラッカーのマネジメントを私は読んだことがありませんが、この作品の内容を伝えるということが主眼であれば、もっと難しく書くことも、内容を深めることもできたわけです。しかし、文学を専門とする私からは多少深みがないとも思えるほど、明快で、わかりやすく描かれていました。
 この作品のタイトルが長いというのが、まずライトノベル的要素です。現在ライトノベルだけに限らず、出版業界では、長い名前が売れる傾向が続いています。「『桐嶋』部活やめるってよ」や『ふがいないぼくは空を見た』などがいい例です。それがいいか悪いかは別として、そうした現状と、流行をよく理解しているからこそ、この本はヒットしたのです。
 そうしてまた、さんざん話題になってきたことですが、装丁の問題があります。わざとライトノベルのような、イラストを使用することによって、この本の対象が誰で、どこなのかということがはっきりと明示されたのです。
 そうして、作品内でも指摘がありますが、野球というスポーツを選んだのは、それが日本で最もメジャーがスポーツだったからです。作家レベルで話をすると、岩崎夏海自身は、先日のテレビで知ったのですが、スポーツ実況のオタクだそうです。ですから、どのスポーツにもある程度の知識があり、なおかつそれを実況、解説するのが得意だということです。作者にとっては、もちろん野球以外のスポーツを選んでもよかったはずです。しかし、あえて野球をモチーフにするというのは、マネジメントに裏付けされていることでしょう。
 そうして、最後の成分としての「泣き落とし」。これはずるいなと個人的に思いましたが、この作品では最も学生の情に訴えかけるヒロインの死が描かれます。冒頭から、身体が弱くて病院に入りっぱなしであった主人公の友人である夕紀。この作品の根底にあるのは、人の生きがいという、最も根源的で重要なことでありながあら、しばしば忘れられていることです。

-何をマネジメントするのか-
 夕紀は、作品の最後で明かされますが、実は作品が始まった当時ですでに余命三か月よ予告されていたのです。それが、主人公みなみの活躍によって、励まされ一年という時間をともに生きることになる。この9か月間も長生きさせたということはどういうことか、これが実はこの作品の隠された大事なテーマだと私は思います。
 主人公みなみは、運動万能で小さいころから野球をやってきたのですが、彼女自身はプロの野球選手になれると思って頑張っていたのに、それが実は現実では不可能だったということが発覚し、みんなにだまされていたと感じています。みんなにだまされていた、実は自分ひとりの思い違いだったというのが、この主人公の重要なテーマになるわけです。
 しかし、昔から病弱だったものの、入院が必要になって野球部のマネージャーを続けられなくなった親友の夕紀のために、みなみは再び嫌いだった野球とかかわります。そうして、夕紀のために、自分が代わりに野球部のマネージャーになるのです。ただ、マネージャーが何をしていいのかわからなかったみなみは、とりあえず本屋さんで、マネージャー、マネジメントに関する本を求めたところ、それがドラッカーの『マネジメント』になるという構図です。
 野球部のためにマネジメントを続けるみなみ、ここはお決まりの成功と失敗を繰り返す話型です。ドラッカーの『マネジメント』をもとに、野球部の顧客とは誰なのか、野球部とは何をする組織なのか、こうした一見当たり前と思われていたことが、実は大変難しい問いであったことに気が付かされます。
 しかし、作品の最後で、一緒に野球部を立て直して、甲子園が目前となった矢先に、親友であり、一緒にマネジメントをかんばってきた夕紀が死にます。ここでも、誰もが余命3か月ということを知っていながら、親友であったみなみにだけは隠されていたということにショックを受け、こころを閉ざしてしまいます。みなみは、実は野球のためにマネージャーをやっていたわけではなく、親友夕紀のために、マネージャーをやっていたということに気が付くわけです。そうして、野球のすべてを否定するみなみ、しかし、そこにはみなみの頑張りと、それを見越して夕紀がみんなに真実を伝えていたということから、みなみはみんなに受け入れられて、立ち直ることができます。ですから、みなみは夕紀をマネジメントしつつ、実は夕紀もみなみをマネジメントしていたのです。それに気が付いたときに、みなみは人の生きがい、真摯な態度を本当に実感することができたのでしょう。

-終わりに-
 ドラッカーの『マネジメント』、原作は大変な大著であるようです。それをわかりやすくしたものが、エッセンス版として出版されているようで、それをみなみは入手したということになります。組織とは何か、どのように組織を経営していくのか、これは私も考えるところであります。特に、岩崎氏も言っているように、日本の中高のマネージャーという存在の認識を、今考えないといけないと私は思います。中学や高校のマネージャーって一体なんなのだろうかと、私は常々思ってきました。特に女子、どうして、自分たちは部活の主役にならないのに、男子の雑用ばかりしているのだろうか。何を好き好んでやっているのだろうか、私は文科系の部活をしていた人間なので、そうした部分がまったくわかりませんでした。そうして、現在のマネージャーの状態というのも、また大きく間違った認識がなされているのが現状です。
 マネージャーは監督であり、組織をマネジメントする人間なのです。リーダーとは異なります。中高の部活という、組織で言ったら一番小さなものであっても、きちんとマネージすることによって、何が目的なのか、何をしたいのか、誰が顧客なのかを想定することによって、人々は生きがいを考える必要があると私は思います。

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