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『ドラゴンクエストⅦ エデンの戦士たち』を文学理論を駆使して考察する 3

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-キーファ=オルゴデミーラ説を考える-
 キーファの存在は、ドラクエ史上最大の問題です。パッケージにも描かれる人間がまさか途中で離脱するとはだれも考えないからです。プレステの時代は種泥棒と呼ばれていたそうな。命の木の実などの、限界値の上限を上げる使うとなくなる道具を多くのプレーヤーがキーファに使用したのでしょう。幸い私の場合は、種は記念として全部とっておく人間なので使わなかったので、離脱には驚きましたが、種に関しては大丈夫です。
 キーファは、まさしくドラクエの主人公が負うであろう条件を悉く有しています。王族の出、好奇心が旺盛、冒険が大好き、さらにはキーファはドラクエⅡの主人公である王子と同じく、完全なる戦士タイプだったのです。MPが0ですが、強力な攻撃力と豊かな攻撃力、守備力を有するタイプ。そのキーファが離脱とはやはり、あらゆる面から考えても納得できません。しかも、その後のグランエスタードでの父の王や、妹のイネスの言動は、何時までもキーファにこだわっていて、いつか別の大地を復活させるために戻った過去で、年月を経てでもキーファが再び仲間になるのではないかという可能性があるとしか考えられません。しかし、実際は最後まで出てこないのです。
 ここまできて、キーファの存在性の理由が一体なんだったのかという大問題に発展します。あれだけひきずっておいて一度も出てこないキーファ。このキーファの存在性を考えた際に登場してくるのが、ネット上で話題になっている、キーファ=オルゴ・デミーラ説です。こうしたゲームの解釈というのは、学問的にはまだ確立さえた分野ではありませんから、ゲームを解釈した文章というのは出版社から出ているものはほぼありません。やはり、私はそうしたいまだ光をあてられていない分野の解釈についても論じたいと思っています。

 キーファがオルゴデミーラではないかという説は、いくつもありますので、別段盗用ということではなくて、参考文献たるサイトも多くありますので一つにしぼって載せるということもせず述べます。ドラクエ初心者には新鮮な説ですが、わりとやりこんでいる人間には開かれた説です。
 第一にキーファが人間形態であるオルゴデミーラと酷似しているということが指摘されています。確かに赤い服を着て、割とどちらも美形の感じがするキャラクター。キーファが主人公たちと冒険していたのが18歳のときですが、そのまま30代40代まで年を取らせたらなりそうな感じがします。
 それ以外には確たる根拠はありません。この説が正しいとすると、ではなぜキーファが人間を恨み、魔王にまでなったのかという理由が不明確です。勿論予想することはできます。例えばユバールの民が、キーファが守りびととなったあとで何者かによって襲撃され(相手が人間だとなお論が通る)、ライラを守れずに殺されるなりしたこと。その結果、もっと自分に力があれば、という思いと人間への恨みがまざって魔物と化し、力を求めた結果、神と拮抗するまでの力を得るとかです。そうすれば、エスタード島のみが世界に残された理由は、自分の出身地だったため思い入れがあって消せなかったか、あるいはエスタード島を封印してしまうと、自分が消えることになって、タイムパラドクスが起きるのでできなかったというような理由が考えられます。
 キーファとライラの邂逅により奏者であるジャンはユバールの民を去ります。そうして、ジャンが再び主人公たちと会うのは、ジャンが老人になった状態の時です。このジャンが老人の時に魔物たちの活躍がピークに達するときです。すなわち、ジャンが若かった時代、キーファとライラがであった時代は、魔物たちはあまり活躍していなかった。神と魔王との決戦は、ジャンが老人の時に近いですから、まだジャンが若かった時にはそんなに問題になっていなかった、あるいは魔王がまだ誕生していなかったと考えられます。
 もし、ジャンがユバールを出てから例えばの話でライラを守れなかった→もっと力あれば+人間憎い→魔王だとすると、時間軸的にも論が通ります。
 思えばキーファと別れた後にすぐに書かれたであろう石版が、エンディングで登場しますが、この文面がなんともチープです。これだけ多くの人間が制作にかかわっているのですから、もっと何かしら名分を思いついたはずでしょう。しかし、もしキーファ=デミーラ説を考えると、オルゴデミーラを倒した後に「何があってもずっと友達だよな」というあまりにも当たり前のセリフが、当たり前でなくなってくるのです。かつての親友が、魔王と勇者という戦わなければいけない立場になり、そうして魔王を滅ぼした直後に、キーファが友情をおもって書いた石版が見つかるという構図は、魔王を倒すことが本当に善なる行為なのかという一元的な価値観をも揺さぶる可能性を有してきます。

 しかし、これらはあくまで推測の域を出ません。なぜなら決定的な証拠が欠けるからです。もし、キーファ=オルゴデミーラという構図を明確にしてしまったらどうなるのか。多くのドラクエファンは、そうしたら普及の名作となるだろうと言っていますが、それだけの悲劇をつくってしまうと、ドラゴンクエストというシリーズもののゲームの世界観自体を崩壊させかねないことになります。私が考えているのは、キーファ=オルゴデミーラ挫折説です。これも別段新しい意見ではありませんが、やはりキーファ=オルゴデミーラで行くとあまりにも悲劇性が過ぎるということで、そのラインで進めていたものを急遽なかった方向、あるいは極端に隠すことになってしまったというのが現状だろうと私は考えています。
 魔王を倒したけれども、実はかつての親友で、しかも最後にその親友が友情をおもって書いたものが発見されるという構図では、あまりにバッドエンディングすぎることになってしまいます。今まで暗黙の条件で約束されていた、魔王=悪、神=善という構図を揺るがすことになります。ドラゴンクエストというのは、ドラゴン=魔物=悪であるからこそ、そのドラゴンと戦って討伐しなければいけないという理由ができるのです。ドラゴン=魔物=もしかしたらかつての親友では、それを倒すことが善ではなくなってしまいます。そうした暗黙の価値観を揺るがすことは、まだ2000年発売当時ではできなかったのだろうと私は思います。『まどか☆マギカ』が今まで信じられていた価値観を徹底的に破壊することに成功したのが10年代ですから、私はドラゴンクエストⅦは発売が10年早かったため挫折せざるを得なかった作品だと思います。

-魔王の存在とは一体なんなのか-
 思えば、魔王という存在は一体なんなのかという根源的な問題になります。ドラゴンクエストのⅠⅡはドラゴンや悪霊といった明確なる悪が存在していました。しかし、これらのラスボスたる存在は竜王であっても魔王ではなく、大神官ハーゴンや破壊神シドーであって魔王ではなかったのです。魔王が登場するのは、Ⅲから。魔王バラモスは実は裏で大魔王ゾーマに操られていただけの魔物のような存在であったことがわかります。では、大魔王ゾーマや、天空シリーズに登場してくる魔王とはなんだったのでしょうか。
 エスターク、デスピサロ、ミルドラース、デスタムーア、オルゴデミーラ名だたる魔王たちです。魔王というポジションは人間に対する神のように、魔物の最も頂点に君臨する存在と考えてよいのでしょうか。すると魔物とはそもそもなんなのかということも考える必要があります。
 魔物は概念としては、何か悪そうなものというイメージがあります。例えばドラキュラなどのように、西洋の神に対する悪魔的な存在としての認識もできます。ドラゴンクエストの魔物をみてみると、タチトルのドラゴンはそのまま西洋の伝説に登場する竜です。他にもいろいろなモンスターが登場しますが、どれもそこまで極悪な存在とはどうしても認識できない。スライムなんて倒すのが本当はかわいそうなくらいかわいいマスコットキャラクターではないですか。ドラゴンクエストのモンスターは、おそらく二つのルートからなると私は思います。スライムはおそらくドラクエ世界での、一般的な動物というような認識でよいのではないでしょうか。ドラクエにも一応猫や犬が登場しますが、例えばそうした動物に何か悪い影響があると、モンスターになると考えられると思います。中には物質に魂がやどったかのような、人食い箱やツボック、エビルバイブルなどの存在もあれば、一般的な動物から魔物になったと考えられるものがあります。それからどんどん進化していったなれの果てが、例えば高度な知能を持っているであろうヘルバトラーなんかになっているのではないでしょうか。
 しかし、説明できないのは、そうした動物、物体から登場したモンスターが本当に魔王になったのかということです。ヘルバトラーのような存在であっても、いくら頑張っても魔王になるとはどうしても考えられません。モンスターになるルートは一つはものや動物だとします。私は実はもう一つあるのではないかと考えています。くさった死体や、ナイトリッチなどの存在は、どう考えても人間のなれの果てとしか考えられません。今回のⅦでは、マチルダが実は魔物になってしまっていたということが判明します。ドラクエでは人間が魔物になってしまうということが、しばしばあるのです。エスタークとデスピサロは、進化の秘宝を使用したなれの果てでしょう。あれもおそらくはかなりの武芸者であった人間なのだろうと思います。ミルドラースの存在は謎ですが、第一形態は人間のようでもあります。ミルドラース自身は別として、Ⅴは、ゲマやイブールなど人間らしいボスが多く登場する作品でもあります。Ⅴだけは小説版を読んだことがあるのですが、そこではイブールはマーサと同じエルヘブンの人間だったということが記されていたと記憶しています。デスタムーアもおじいさんの姿をしていますから、もともとは人間だったのでしょう。そうして、オルゴデミーラもまた、人間だったのかもしれません。

 なぜ魔王になるのか。これは永遠の謎ですが、もし究極的な力を得られる世界があったのだとしたら、その世界のなかでは努力してしまう存在が登場してもおかしくはないということなのでしょうか。残念ながら人間が有している能力は非常に少ないですから、現実世界では誰が一人が圧倒的な力をもったりすることは、なかなかありません。どんなに強靭な肉体を鍛えたとしても、武器がありますから、その人物が中心となって何かやるということはないでしょう。ただ、力ある世界では、どうしても究極的な力を身に着けた存在が悪となって登場します。スター・ウォーズの皇帝や、ハリーポッターの闇の帝王。どうもへんなところで努力をする人間がいるようです。彼らは一体なにがしたいのか。おそらくは自分が一番頂点にいるヒエラルキーを作りたいということなのだろうと思います。
 そうすると、ドラゴンクエストに登場する数々の魔王は、世界で一番強い力の持ち主となって、全世界を自分の手中に入れたいということになるでしょう。
 ドラクエⅦのオルゴデミーラは、大地を切り離して封印することによって、人々を絶望に陥れていました。中にはマチルダのように魔物に心を売って人間ならざる力を得る代償に身体を魔物にしてしまったという存在も出てきます。オルゴデミーラはどうやら人々の絶望を糧に生きていた節がありますから、象徴的に、人間のこころの負の側面というのは、魔物なのではないかということが考えられます。魔物というのは、実は人間の負の面のなれの果てなのではないかということです。身を落とした人間が直接魔物になるというわかりやすいものがある一方、人間の負の感情全体が集まることによって、魔王を作り出していたということが言えるかもしれません。今回の作品はとかくドラクエ史上最も暗いストーリーの多い作品ですから、人間のこころの闇が、実は魔物を作り出してたということになるかもしれません。

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No title

こんにちは。
昔プレイしたのを思い出しながら読ませていただきました。
私は、このⅦが初めてのドラクエでした。
わくわくしながら謎解きにあたふたし、キーファの別れ、アイラとの出会いに涙しながら進めていたのを思い出します。

こういった説を思いながらプレイする事がなかったので、すごく新鮮でした。
読んで知ってから、またプレイすると、あの時とは違った目でキャラクターとストーリーを楽しめる気がします。
ありがとうございました。

Re: No title

たつきさんコメントありがとうございます。たつきさんは私のよく知っている人ですか?
ゲームはまず第一に疑似体験を通して楽しむことができます。しかし、それはあくまでゲームに対して受動的な態度でしかありません。ゲームを受動的にプレイしているだけでは、非生産的で面白くありません。しかし、何故?どうして?という疑問の眼をもってプレイするとゲームの第二の愉しみを味わうことができると私は思います。
今回は特に、キーファの存在がなんなのだろうかという疑問から入ってみました。本も何度も読むたびに読み方が変わるように、ゲームもまた何度もプレイすると異なった視点が見えてくると思います。

No title

お返事ありがとうございます。
あれから、主人とこのゲームの話で盛り上がり、主人が購入しました。
やはり、当時とはまた違った印象で主人もゲームを進めています。

お知り合いにたつきという名前の方がいらっしゃるのですか?
たつきはネット用の名前なので、よくわからなくって。
すみません。

Re: No title

あ、全然違う方だったようで失礼いたしました。後輩にたつきという人がいたものですから、ブログに遊びに来たのかと思っていました。
夫婦そろってゲームを二度目の愉しみとして進めているとは、とてもうらやましい限りです。話題のきっかけになれたならこの記事を書いた甲斐があったというものです。当時はゲームを一人でやったのでしょうか。私もあと十年後くらいに一つのゲームをパートナーと違う愉しみ方をしてみたいものです。

No title

相互リンク、ありがとうございます!
早速、リンクを貼らせていただきました。

最初に購入したときは、一人でしてました。
私が買って、進めていたのですが、職業に夢中になってしまい、長くなりそうなので、当時お付き合いをしていた主人に貸してその後また再開するという形でゲームを進めてましたね。
なんだか、懐かしいです。

趣味が一つでも同じのがあると、相手の没頭する姿にもある程度寛容になれるので、趣味が同じというポイントは夫婦としては大事だなと思いました(笑)
同じ趣味のパートーナーと時間を共有できるといいですね。

No title

「まどまぎ」まで破壊されなかったという認識はあんまりだなと
海のトリトンは?
90年代エヴァ以降は暗くて重いものやサイコパスものばかり流行って心理学者がひっぱこだった時代なので、「キーファ=オルゴ」の方が時代的だったかもしれないと思い出しました

No title

魔王の概念を破壊したゲームとしては

ライブアライブ
親友に裏切られ孤独に打ちひしがれ挙句の果てに
将来を誓い合った姫に否定され絶望し魔王となる

クロノトリガー
姉に助けられ時空を通り抜けた先で魔族に祭り上げられる
時を経て力を得た後敵を討つため時空を開く儀式を執り行う
等もあげることができるとおもうんだがなぁ

先に発売されたゲームでも有名なその二作がある以上
いくら時間がたってもドラクエとして出すことは難しかったんじゃないだろうか?
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幽玄

Author:幽玄

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