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映画『レ・ミゼラブル』試論 感想とレビュー 1 『レ・ミゼラブル』大ヒットをどう考えるか

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-初めに-
 作品を読み解く視座、文藝評論というのは、本質的に何を意味するのでしょうか。作品は、作者の内面の言説化できない感情や思想などをこの世界でみえる形、形而上のものを形而下にする行為と考えることができます。ですから、その作品を読み解くということは、人間の内面を読み解くということなのです。この際注意しなければいけないのは、だれそれという作者の内面を読み解くということではないということです。その作品を読んで、観て、聞いて感動する人間が居る限り、作品を読み解くという行為は作者の内面ではなくて、より普遍的な人間の内面を読み解くことになります。文藝評論の本質は、作品を通じて論理的に人間理解をしようという部分にあると思います。人文系と呼ばれる学問の分野に属しているということもありますし、人間理解がその最もな目的であると思われます。
 しかし、実学ではないと言われるように、多くの人文系、特に文藝評論をする人間を排出する文学は理系や実学の学問に差別されている節もあります。それは確かに一理あります。人間理解が究極の目的だと言っても漠然としていますし、なぜ文学をやるのかという質問には、誰も明確な答えを出せません。私は、文学をやる意味は誰にもわからないからやるんだという逆説的な考えを持っています。最初からやる目的がわかっていたら、そんなつまらないことはないですし、目的が発見できた時点でやらなくても良いと思われるくらいです。どうしてやるのかわからないから、やるべきなんだと私は思います。いずれ、あと何世紀も経ってからその目的や意義、価値のようなものは後世の人間が決めればいいのでしょう。
 現実問題として即座に役立つ副次的なものとして文藝批評というのは、2つの側面を持っています。一つは、作品を論理的に読み解くことによって、どうしてその作品を見てどのような感情になったのかを説明することです。どうしてこの作品は悲しくなったのか、感動したのか、それを説明するということです。この分野をより深めて、読み方の違いを戦わせるのが私の学問の専門です。そうして、もう一つは分析した作品を他の人々に紹介すること。その作品がどんな作品で、観ることによってどんな感情が得られ、いかに見る必要があるのかということを、多くの人々に知ってもらうために、現在の文藝批評家たちの仕事はあります。ですから、文藝批評家にとっては、批評を読んでもらってそれに触発され作品を見たということでも、作品を見た後でどのように解釈すればよいのかという一つの視座のために批評を読んでもらってもいいわけです。
 今回論じるのは、『レ・ミゼラブル』ですが、この作品は誰も予想していなかったほどに、多くの人々が作品に触れました。ですから、文藝批評の2つ目の多くの人々に見てもらうという役割については最初から必要がないのです。これだけ文学的で難しい作品が、多くの人々に見られたというのは、それ自体がすでにどうしてそうなったのかという研究対象になります。今回はこの作品が、どのように解釈できるのか、またなぜ大ヒットしたのかを考えてみたいと思います。

-作品概論-
 『レ・ミゼラブル』はビクトール・ユゴーの小説が原作です。これを機に読み進めているのですが、とにかく長い。あまりにも長いので、かなり省略された要約された訳の本が出回っていますが、これを読むわけにもいきません。文学の本質は作家がそれでよいと思ったものが一応の完成だからです。そんなことを言ってしまえば、翻訳をした時点で言語が違いますから本当に私たちが『レ・ミゼラブル』を読むことはフランス語が母国語でない限りできない話ですが、そこまで考えると何を言えなくなるので置いておきます。要約しない日本語訳は、大まかに計算してざっと130万字ありました。まだ読み終えていませんが、一ページ当たりの文字数から計算したものです。漱石の『こころ』が約17万字ですから、漱石の小説7、8冊分くらいと考えればいいでしょう。
 今回の映画『レ・ミゼラブル』は、しかし、このユゴーの『レ・ミゼラブル』を原作としたものではありません。この映画が下敷きとしたのは、ユゴーの『レ・ミゼラブル』を原作として作られたミュージカルの『レ・ミゼラブル』です。
参考Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%82%BC%E3%83%A9%E3%83%96%E3%83%AB_(%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%AB%E3%83%AB)
このミュージカル版の『レ・ミゼラブルは』1980年にアラン・ブーブリル(作詞)とクロード=ミシェル・シェーンベルク(作曲)らによって作られました。今回の映画『レ・ミゼラブル』はこのミュージカル版の『レ・ミゼラブル』を下敷きにして制作されました。原作を映画化した作品は今までにいくつもあるのです。今回の映画がそのような原作の映画化ではないという点に注意しておく必要があります。

 
-リアリズムを追求した撮影方法-
 この作品がこれほど観客の感動を引き起こすのはなぜでしょうか。映画が終わった際に拍手をする観客がいたのを見たのは初めてでした。私も拍手をしたくなりました。そうして会場全体が涙しているというこの現象。これはこの映画が人間ならだれもが知っている感情や思想に直接訴えかけてくる、かなり普遍的なものがあったのだと考えるべきです。
 技術的な側面から考えれば、リアリズムの追及でしょう。原作の映画化はたくさんあるうちの一つを私も見たことがありますが、号泣できたかと言われるとそうではないのです。やはり通常の映画ですから、泣けると言ってもそこまでではない。今回のミュージカルの映画は、約3時間近くに及ぶ上映時間のほとんどが歌になります。感動する一つの原因はこの歌にあるでしょう。
 ミュージカル映画は、なぜ突然映像の中の役者たちが歌い出すのかという「不自然さ」が常にありました。ですから、観客が劇中で突然歌い出す俳優たちについていけなくて、感情移入ができないということが問題だったのです。ところが、この映画では、通常のミュージカル映画がはじめに音を撮った後にそれに合わせて演技する手法とは反対に、演技しながら歌い、それにあとで音楽をつけるという手法を用いました。それによって、感情とちぐはぐな歌声が流れ出すことなく、歌ってはいるものの、非常に現実的な歌い方になったのです。それが私たち観客の心を打ったということです。中でもアン・ハサウェイが歌った「夢やぶれて」は、冒頭の最も盛り上がる部分。この曲はイギリスのスター発掘番組でスーザン・ボイルがかつて歌ったこともあって『レ・ミゼラブル』を知らなくても耳にしたことのある人が多かったのではないでしょうか。そのなじみの曲が、こんなにも悲しく、激しく歌われるのを見て、私たちは感動したのです。

ミュージカル映画の「非現実感」について詳しく描かれているサイト。シネマ・トゥデイhttp://www.cinematoday.jp/page/N0048970

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要約本

こんにちは。

映画が原作を基にしているのではなく、ミュージカルを基にしているとは知りませんでした。映画を見るときは、それを考慮して見なければなりませんね。

拙ブログにも書きましたけど、要約本を読んでいます(笑)
新潮文庫なら5冊あるところ、角川文庫では2冊ですからね。短さに魅かれました(苦笑)

でもしっかり味わうとすれば、カットなしのものにしなければなりませんね。

>演技しながら歌い、それにあとで音楽をつけるという手法を用いました<
これは興味津々です。ぜひ映像でチェックしなければなりません。

Re: 要約本

よんちゃん(さん?)コメントありがとうございます。
私は今ノーカット版の原作、辻昶訳 『レ・ミゼラブル』 を読んでいます。海外文学というのは、日本語しかできない私や多くの日本人にとってはどうしても訳者によってかなり左右されてしまうという嫌いがあります。ですから、海外文学に限っては図書館で同じ本の訳をいくつも並べて見て、どれが一番よさそうかということを私はしています。レ・ミゼラブルは当然名作ですから図書館に行けば4つも5つも翻訳が出てきました。そのなかでも辻昶先生の訳が一番良いかなと私は思っています。

省訳を読んだのであれば、もう一度ノーカットに挑んでみて、そうして一体どこを削ったのかというのを記事にしてみたら立派な『レ・ミゼラブル』の研究になりますね。お時間があったらやってみてください。原作を読んでしまうと、省略されたものをいまさらという感じになりますから、その研究はよんちゃんに任せました。
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