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映画『009 RE:CYBORG』試論 感想とレビュー マクロコスモストミクロコスモスという視座・その二つの世界をつなぐ天使としてのサイボーグ

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-初めに-
 石ノ森章太郎原作の『サイボーグ009』のリメイクである『009 RE:CYBORG』は、原作での悪の組織黒い幽霊船との戦い後、冷戦の中を戦い抜いた後の現代のサイボーグたちを描いています。石ノ森章太郎の原作をまだ読んでいないので、原作との比較はまだできないのですが、パンフレットにある神山健治監督のインタビューから、現代にサイボーグがいたらという予想から成り立っているとのこと。この作品のそうしたリメイクという点は、一つには2012年秋公開のほかの映画との類似性も指摘できます。特にエヴァンゲリオンとの類似性があるのではないでしょうか。前回の作品から現実世界でも同じくらいの時が流れたという設定で映画が作られる点。この作品も、原作の戦いのあと、冷戦が終わると同時に戦う相手がいなくなって、それぞれのサイボーグはばらばらになっただろうという予想のもとに成り立っています。前回の戦いから27年というインターバルがあったとこの作品内では言及されています。
 
-サイボーグ再び-
 原作を読んでいないので話がわかるかどうか不安だったのですが、完全オリジナルストーリーだそうで安心しました。そうして、この作品は非常に多義的な解釈ができる、反対から言えばかなり難しい作品になっていると感じました。石ノ森章太郎のテーマを受け継いでいると神山監督はインタビューで答えています。石ノ森原作の『サイボーグ』には、神や天使といったテーマがあったようで、今回はそれに対する一つの答えを示していると私は感じました。
 物語内時間は2013年の1月2月と設定されていますので、丁度今現在です。世界同時多発テロが再び始まり、世界中のあらゆるビルで爆発が起こっています。日本では六本木ヒルズが爆破されます。その爆破をするのが、なんと島村ジョーこと009なのです。サイボーグが正義だと思っていた私には驚きでしたが、実はそれは記憶を取り戻して正気になった後にジョーの言葉から、「彼の声」に従ったのだということが明らかにされます。結局六本木ヒルズはアメリカの軍艦からのミサイルによって襲撃されます。
 こうした事件が起こったために、再びサイボーグシリーズが収集されますが、そこには27年間の空白と不和が生じているのです。このあたりが今現在本当にサイボーグシリーズが生きていたらというリアリズムに基づいているため、昔のファンも、知らない若者も楽しめるのではないでしょうか。
 
 この同時多発テロを引き起こしているのが誰なのかという問題がこの作品のテーマです。この多発テロを起こしている実行犯は、多くは内部の人間です。そこに務めるふつうの人間が突然犯行を犯すのです。そうしてそれらの人間には、人種、宗教などの共通点がありません。しかし、作品内で「彼の声」を聴いたということが共通点として浮かび上がってきます。
 最初これらの「彼の声」を発信しているのは、アメリカのNSAが関連しているだろうと思われます。しかし、そこにはサイボーグ002のジェットが所属しています。もしかしたらかつての仲間とも戦わなければならないという状況のもとで、それぞれのサイボーグたちは疑心暗鬼になりながらも情報収集を進めます。一方ジェットも自分なりに情報を集めるのですが、そこで犯行を行った人間たちが彼の声を聴いたという証言をしていることがわかります。
 破壊工作が行われたビルの残骸を碌に調査もせずに回収している企業が事件を起こしているのではないかと探りを入れるサイボーグたち。サムエル・キャピタル社という会社が怪しいというところでジェットが乗り込むと、そこには翼の生えた天使の象が飾られており、そこの会社の人間は「彼の声」に従っているのだと言い、彼の声が天使の象から発せられていたことがわかります。
 
-天使と神-
各地で発見されるこの天使の象。終盤で004、アルベルトが自分の解釈を述べる重要な部分があります。この天使の象を調査していた008ピュンマは、天使の象についてかなり調査を進めていたようですが、自分もおそらく天使の象の声によって姿をくらましてしまいます。残された資料をもとにアルベルトが答えを導きます。天使の象自体は、突然変異によって生まれたものなのか、あるいは太古の人間が作り出したモニュメントなのか明らかにはなっていません。しかし。この天使の象を見ることによって人間以上の存在を想起させるトリガーとなっているのです。そのトリガーがひかれるとある種の人間は「彼の声」を感じ始めるのです。この天使の象を見ることによって、人間は神の概念を脳に宿らせることにつながったとも、反対に人間の脳内に神の概念があったからこのような象が生まれたとも、鶏と卵の話になると言っています。
監督は、「神」を内包する脳を持つことと、時にその神に異議申し立てをする天使のような捨て石たらんとする存在が、互いが互いを生み出しながら続いていく、そういう連鎖こそ「神」を求めた人間像なのではないか、という解釈をもって制作をしているようです。
 神は、人間を作りましたが、その進化を促しています。彼の声には、聖書に近い内容の言葉が語られています。
「はじめに声ありき。言葉は“彼”なりき。人は皆“彼”の言葉につき従い、これを拝せん。されど地に住むものども、虚栄と傲慢、奸智と壟断により、あまたの塔の頂を天へと達することを試み、地上の富を積む。人心地上に散りて荒涼び、人“彼の声”に耳を貸すことなし。“彼”人に悔い改むる機を与う。焔と煙と獅子の吼ゆる大きな声とが地に降りくだり、もろもろの塔、蹂躙らん。災い過ぎされど、おのが業を看過し、なお耳あるものなくば、“彼”と共に歩む忠実なる聖にて真の証人よ。地と地に住む者をして報いを与え、新しき天地へと導け。願わくば、人々を罪より解き放ち、栄光と導きと裔限りなくあらんことを」
 神は人間の創造主ですから、人間を自由に作り、また滅ぼすこともできるのです。今、神が人間の過ちを見て人間を作り直そうとしているために、やり直すということで人間の技術の結晶であるさまざまな塔、ビルを破壊しているのです。しかし、人間は滅ぶことを望みません。種として限界を感じつつ、過ちを犯すことを防げないけれども、それでも生きていくのだということが結論になるのです。だから今まで人間は生きて来たわけです。最後にフランソワーズが天使の象は、人間の祈りの形の具現化だということを述べています。
 神による人類の滅亡を防ぐために、時には天使というものが人間の言葉を代弁して、神に対して異議申し立てをするのです。それが天使の象なのです。つまり、ここでは天使は人類を守り、存続させるために神に対して異議申し立てをしたサイボーグたちということです。

-ミクロコスモスとマクロコスモス-
 私はこの物語をマクロとミクロのコスモスの物語だと考えました。マクロ、広大な世界にある神様というのは、何が神様なのかはこの作品内では明確な存在としては登場しませんでしたが、宇宙全体のようなものであると考えらます。人間に対して試練を与える神ですが、フランソワーズは乗り越えられない試練は与えないといいます。
 ミサイルが発射されたことによって核戦争が起こりかねない状況になって、009は宇宙へ出てミサイルを食い止めようとします。そこで煌々と現れた太陽に向かって「神よ!」と叫ぶ部分はこの作品の盛り上がる部分の一つですが、これが一応マクロコスモスの神ということになります。
 対してミクロコスモスは、人間の脳です。人間の脳内にはもう一つの宇宙が広がっていて、そうしてまたそこにも神がいるのです。あるいは脳自体が神だとも言えます。もし物理的に神が存在しないとすれば、そうした神を創造したのは人間の脳なのですから、脳が神だということです。そうして、このマクロコスモスの神とミクロコスモスの神とが、実はイコールでつながるのだということを示しているのだと私は解釈します。そうして天使の象とは、そのマクロとミクロを行き来する、あるいはやり取りをする媒体となる人でも神でもないものを指すのです。それがつまりここではサイボーグたちなのです。神は人間が過ちを犯しているとして人類の滅亡を望みました。そうして一部の天使の象を見たことによって覚醒した人間が、神の声に従って人類のやり直しとしてテロを起こしたのです。ただ、人類はそれでも生きたいと願っているということを伝えるために、生き続ける姿を見せることによって神に異議申し立てをする。それがサイボーグたるものたちが天使になることであり、またそれがサイボーグ作品の根幹のテーマにある正義であるのだと私は思います。

-終わりに-
 この作品はエヴァとの比較ができます。最後に、今までに消えていったサイボーグたちが集まる不思議な空間にみんなが集合しますが、これは一種の精神世界です。エヴァのアニメの最終話は、精神世界に逃げ込んだということで話題を生みましたが、この作品もどこか別の精神世界に逃れてしまったというように考えられます。
 ヴェネチアにあるフランソワーズのセーフハウスだと説明がされていますが、それは現実世界の話ではないでしょう。精神世界はこの作品内においてはある意味神の国ともいえます。神を創造することができた脳が神であるのなら、その内部の世界もまた神の国なのです。しかし、宇宙にまで出たサイボーグたちが精神世界に入り込んでしまうというのは、今までの単なる精神世界に逃げ込むのとは違います。マクロコスモスとミクロコスモスがつながっているということが証明されている作品ですから、精神世界は閉じられた世界であると同時に、限りなく無限に近い開かれた世界でもあるのです。どちらにせよ、これを機に再びサイボーグの物語が紡がれることを望んでいる監督ですから、数年後にはまた次回作があることでしょう。

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