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桜庭一樹『無花果とムーン』への試論 感想とレビュー 2 異界訪問譚・成長譚として

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-夜のイメージ・生者の思い-
 この小説は、それぞれの段落に意味の不明な記号が付されています。「ΣξÅ」具体的に同じ記号を名前もわからないので探すことができないのですが、今挙げたような記号によってそれぞれの段落が始まるわけです。ここには、もはや意味をなさない、あるいは何らかの意味をなしているとしても、読者にはそれがわからない情報の提示がなされています。これは、ある意味では少女が自分だけがわかる世界に入り込んでしまっているというように考えることもできますし、また、UFOのような未知なるものが出てくる小説ですから、そうした未知なる情報の提示と考えることもできます。
 この作品は、少女の視点による一人称ですが、この少女は非常に人間ならざるものとしての存在感があります。それはまず、彼女がパープル・アイ、紫の眼を持った少女であるという点や、八重歯が発達したのか、「自慢の牙」があったりする点、さらにはその出生が不明で、「若いときのおとうさんが、修学旅行の引率先でうっかり拾って、さらにうっかり情がうつって引き取っちゃったとき、あたしはまだ三歳だった。入れ替わるようにおかあさんが急にいなくなって、それからずっと、四人家族」という部分からもわかります。
 主人公の少女は月夜という名前からも、このように月や、夜、どこか狼男の物語を彷彿させるようなイメージが重ね合わされています。この物語は突然の兄の死から始まります。その死の謎を解き明かすという一つのミステリとしても読むことができるのですが、彼女はその原因を知っているのです。ただ、激しい思い込みによって客観的な事実がゆがめられて読者には情報が提示されない。兄の名は奈落。奈落というのはそのまま奈落の底の奈落のことです。そうした死者の世界のイメージが関連づけられています。小説が始まった時点でこの奈落はすでに死んでいるのですが、その奈落がまさしく、奈落の底からよみがえってくるというのがこの物語の根幹なのです。
 
 突然の兄の死に納得できない月夜は、強い思いで兄を思い続けます。そのため、「魂を半分に裂かれて。死んでいる半分はごーごー焼かれてお骨になったのに、まだこの世に残っている半分は、水の中をゆっくりと、悲しむあたしの隣を流れているところ」と彼女は解釈し、兄の魂が残っているというように感じます。それが、兄としか思えない口笛が図書館で聞こえたりすることにつながるわけです。私は一つ指摘しておきたいのは、この図書館で流れた兄の口笛、「スタンド・バイ・ミーの曲」と月夜は言っていますが、これは原題は「死体」ですし、作品の内容も死んだ友人を探しに行くという物語ですから、そうした関連性もあると思います。
 こうした死者への以上の執着は、ほかの生者に対しては理解されません。月夜はほかにもう一人の兄と父との四人家族でした。その兄や父はこういいます。「―生者が死者に対してできる唯一のことは、”忘れること”だよ」と。しかし、そのように言われると余計に反感を感じる月夜はさらに奈落のことを思うわけです。そうして月夜は夢を見ます。「祈りがあんまり強いから、もどってこられたよ。おまえ、すげぇな。とんでもないパワーを持ってたんだな。生きているときは知らなかったよ。天使様もビックリって感じで、向こうでもなかなか注目を集めてた。」このように兄が夢の中で語りかけてきます。そうして月夜のおかげで少しだけこっちへ帰ってくることができるといい、夢は覚めてしまいます。
 この町はおそらく日本のどこかなのでしょうが、アメリカの田舎にある孤立した町というイメージを抱かせます。この町はほかの町から離れているため、一年に一度旅をする銀色のトレーラーがやってきてしばらく野宿をします。夢のあとに偶然遭遇したトレーラーに乗っていたのは、あまりにも奈落に似た少年でした。しかし、その少年は月夜のことをまったく知りませんし、さらにはほかの人間がみると奈落とは似ていないと言います。
 
-恋をめぐる物語として-
 このトレーラーに乗っているのは、二人の少年「密」と「約」です。この二人の会話は、少女には判別できなような、あの記号の羅列が続くことがあります。これがいったいなにを意味しているのか、現実的に考えたなら、月夜が使用している言語とは全く異なる言葉を使用しているということでしょう。またもう一つはこの世ならざるもの、異世界の言語を用いている、月夜には判別できない、言語化できない言葉を発していると考えることができます。この二人には、その名前があらわすように、一つの密約があります。この二人は旅をし続ける同性愛者なのです。
 この物語のもう一つの恋愛は、月夜と兄奈落の禁断の恋です。奈落がなぜ死んだのかというと、それはそれとなくほのめかされているのですが、アーモンドバーを食べた月夜にキスをしたからです。奈落は極度のアーモンドアレルギーでした。だから気を付けていたはずなのですが、不意にキスした妹が、アーモンドバーを食べていたために、死んでしまったのです。それを自分の責任だと感じている月夜はこのことを隠してしまいます。それが罪悪感となって、兄を呼び寄せることにつながるわけです。また奈落も、言いたいことがあったんだと言ってそのままショック死してしまうので、メッセージが残された状態で死んでいきます。死者のメッセージを聞きたいという願望、あるいは奈落側から伝えたいという願望が、この物語の交流の根源なのです。
 拾われてきた月夜は、奈落とは血縁関係がありません。ですから、法律上は結婚できるはずですが、ずっと一緒に育ってきたということもあり、近親相姦としても読み解けます。また、この小説の舞台となる町は、非常に閉塞された空間です。そこに入り込んでくるトレーラーというのは、外界からの訪問者であり、異界訪問譚としても読み解けます。この閉塞された空間のなかでの禁忌というのが、奈落を殺したとも考えられます。奈落がアレルギーをもっているということは、この町では誰もが知っていることなのです。そうした、濃密な人間関係のなかで、禁忌を起こそうとしたということが奈落を殺したとも考えられます。
 
-成長譚としての側面-
 この小説のカタルシスになっているのは、少女の成長譚としての側面のためでしょう。この小説は、月夜の激しい妄想によるひとり語りと考えることができます。すべて月夜の言っていることが本当だと考えてもそれはそれでいいですが、私は妄想だと解釈しています。
 奈落と思ってかかわったトレーラーの若者。しかし、町の人間たちはこの外からの来訪者に対して非常に冷たくあしらいます。中には、町の少女をたぶらかして連れて行ってしまうものもいると月夜を脅します。ただ、これらの回りの人間の助言はすべて、奈落のあとを追いかけて死者の世界に行こうとしていた月夜をとどめようとしていたとも考えられるのです。テクストの最後で、奈落と二人で旅立とうとするのを、かろうじてほかの人間たちが救出します。そうして、奈落の語りが挿入されます。死者になろうとしてしまった月夜をみて、兄も父も、また残された人々も、考えがかわります。死者を忘れるのではなくて、自分の中に存在を見つけて、共生していくこと、死者を生きた者たちで覚えていて、ともに悲しむことが必要だというように変化するのです。
 そうして、月夜は奈落を追いかけることをやめ、またこの閉塞された空間としての町から旅立つことを決心します。月夜は「十八歳は制服の夏服。十九歳はみんな喪服。一歳違いなのによくわからない一線がビシッとひかれているみたいだった」と冒頭で述べていて、そこからずっとこの一歳の壁というものを考えていました。奈落は十九歳です。そうして奈落の友人たちも十九歳です。月夜はこの一つの年齢が、自分にとって大きな意味を持つと考えていました。拾われっこである彼女は、自分が十八歳というこどもであり、庇護の対象となる存在から、十九歳となりこどもとして扱われなくなることに対して異常に恐怖を感じています。それは十九歳になったら、自分は家を出ていかなければいけなくなると考えていたからです。その根拠がどこからきているのかは不明ですが、このような閉塞された空間のなかで、彼女が町中の人間に拾われた子として位置づけられていることから、社会的な抑圧やまなざしを感じているのは確かでした。だから、その世界から抜け出すために、一種自殺願望にも似た、奈落との交流もありました。ただ、それは結果としては外界からやってきたトレーラーの若者、ある意味では奈落によって、死者の世界に旅立つことよりも、町から出てほかの世界を知ることの必要性を感じさせたのです。これは少女が大人の女性へと成長していく成長譚としての側面もあるのです。

-終わりに-
 桜庭一樹の作品を二つ論じてみました。いずれも少女が主人公になりますが、『八犬伝』のほうでは、14歳なのに立派な大人としての少女が、他方『無花果』では18歳なのに子供のような少女が登場しました。どちらにも共通しているのは、多義性を重んじているという点です。どのようにも解釈できる。読者の自由な読みが可能なのです。それがやはり桜庭作品の文学性なのではないでしょうか。

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