アニメ映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』試論-1- 感想とレビュー どう解釈していくか 分析・ネタバレ・考察

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-はじめに-
もっと早くに書く予定だったのですが、あまりにも難しすぎてなかなか書けませんでした。現段階で3回劇場に足を運んで、大体分かってきたので、随時書き足していきます。いまだ論文の体を為さないものですが、エヴァ研究の少しでも発展に貢献できればと思い、記します。
興行収入がこの映画不況の時代にこれだけの記録を更新することが出来たということは、やはり一つの社会現象としてみるべきだと思います。ワンピースの劇場版といい勝負をしていますが、こうしたヒットした作品の条件を少し考えてみると、エヴァもワンピースも、それぞれ自分の世界観を作り上げたいわゆる「大きな作品」だということです。
2011年のアニメを私はいくつか見ました。まどかやタイバニ、あの花などはとても秀逸な作品です。しかし、これらのアニメとエヴァやワンピースが違うのは、世界観の問題です。まどか、タイバニ、あの花は、いずれもいままであった概念やアニメの常識を壊すという偉業は為しましたが、作るということはしていません。
ここがやはり一つおおきな違いなのだろうと考えています。

-エヴァQの異種性-
エヴァンゲリヲンを見た観客の多くが二つの意見に分かれました。面白いと感じた人と、つまらない感じた人です。余談ですが、ヒットする商品というのは意見がこのように二極化するというのはよく耳にすることです。
さて、どうしてこのように意見が二分化してしまったのか。面白いと感じた人は、恐らくあまりエヴァを分かっていない人だろうとおもいます。それはある意味では良いのです。エヴァを娯楽としてみている。だから、今回はかなり大きな動きもあり、戦艦も出てきて楽しいという見方です。それは大いに結構ですし、恐らく今回の映画の目的はこうした見方をしてくれる人をターゲットにしたものでしょう。
では、つまらないと感じた人の方を考えて見ましょう。1990年代にアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』が公開され、一つの社会問題になりました。インターネットがまだそこまで普及していなかった時代、バブルが崩壊し、世紀末思想が敷衍し、オウムのサリン事件や新興宗教の発達により社会は不安定になりました。そんななかで、その当時の若者はどこに自分たちの精神の安定を求めたのか。そこがアニメ『エヴァンゲリオン』だったのです。
今までのアニメは、ガンダムもヤマトも、その他もろもろの戦闘ものは、苦悩しつつも戦うことを放棄しませんでした。ガンダムは多少異例でしたが。しかし、このエヴァは少年が苦悩し続ける作品です。これだけ内向的で、今でいうコミュニケーション障害で、ひっこみ事案でどうしようもないヒーローはいませんでした。
ですから、乗るか乗らないか、逃げるのか逃げないのかと苦悩しつづける少年の像に、当時のわかものは自分の存在意義を求めたのです。レイは、ある意味でいえば、人間の欲望の対象です。究極化したアイドル像なのです。

それは作中のゲンドウやシンジが向ける感情にも似ているかも知れません。レイは人間性というものを全て排除した存在です。レイの性質については以前詳しく述べた論文を書いたので、それを参照してください。
ともかく、レイは綺麗に人間的な部分を全て排除された存在で、これは観客の欲望の対象になりえたわけです。彼女はあらゆる人間の欲望をかなえるために作られた存在と言ってもいいかも知れません。レイに存在意義を求める人間の心理を心理学的に分析した論文があります。樫村愛子「自己啓発セミナーと『エヴァンゲリオン』」(「心理学化する社会」の臨床社会学2003)。ここでは単に、シンジがレイに自己同一化をしているということが述べられていますが、それは当然シンジに自己同一化した観客にも当てはまることだろうと思います。
そうして、エヴァという世界・作品のなかに自分の存在意義を求め、成長してきた大人たちが今回のQを見て、つまらないと思うのです。それは何故か、エヴァQが今までのファンを否定し、拒絶しているからです。

『新世紀エヴァンゲリオン』への試論 性的シンボルを排除したヒロイン・かぐや姫型ヒロインとしての「レイ」
http://hennkutubunnkazinn.blog.fc2.com/blog-entry-366.html

-様々な作品へのオマージュ-
今までのエヴァのファンからしたら、今回の映画は全くエヴァらしからにものに見えたことでしょう。冒頭のヴンダーなる戦艦は、流石に研究者として見ていても違和感を隠しきれません。ある意味失敗しているなと私は思います。ただ、アニメ史的に考えると、これはヤマトへのオマージュに他ならないと私は思います。
今までの作品へのオマージュは続きます。
特に不思議の海のナディア
http://d.hatena.ne.jp/Harnoncourt/searchdiary?of=5&word=%2A%5B%A5%A8%A5%F4%A5%A1%5D
音楽図鑑:近況報告さんのブログにて指摘されています。

またYou tubeにも不思議の海のナディアとの比較動画がありますので参考にしてください。


ここでは、不思議の海のナディアの空中戦艦とノーチラス号が戦う場面です。ガーゴイル / ネメシス・ラ・アルゴールは声優を冬月コウゾウと同じ清川元夢が担当していますし、ノーチラス号のネモ船長は、今回Qで初めて登場した高雄コウジを勤めた大塚明夫が担当しています。ですから、ほとんど昔と同じキャストで一緒にやっているということなのです。
そうして、音楽は「バベルの塔」という同じ楽曲を使用し、いかにエヴァQの冒頭が、かつて庵野監督が作ったナディアをそのまま持ってきたのかが分かる資料となっています。ガイナックスでナディアが作られていた当時を再現したかのような感もあります。

そうして、エヴァQにおける宮崎駿へのオマージュもやはり論じないわけにはいかないでしょう。なによりも、エヴァQは二本立て、前半の『巨神兵東京に現わる 劇場版』は、スタジオジブリ作品『風の谷のナウシカ』に登場する巨神兵を起用したスピンオフ作品です。
庵野さんと宮崎駿監督の交流は、既にナディアから因縁深いものがあります。『ナディア』と『天空の城ラピュタ』が酷似しているのは、誰もが知っていることでしょう。そうして、その原因もウィキペディアにあるように有名です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B5%E3%81%97%E3%81%8E%E3%81%AE%E6%B5%B7%E3%81%AE%E3%83%8A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2
企画の原案は海底世界一周という宮崎駿がNHKでのTVシリーズとして用意したもの[1]。だがこの企画は当初実現せず、宮崎は後に本企画をスタジオジブリのアニメ映画『天空の城ラピュタ』として作品化した。一方、元の企画そのものはNHKと東宝に残され、後にNHKのプロデューサーが、この企画をガイナックスに持ち込み、それに次々アイデアを継ぎ足して作った、大体の企画にOKが出てしまい本作となった[2]。謎の青い石や超古代文明の設定、第1話のナディアが追われるシーンなど本作が『ラピュタ』に類似したストーリー展開を持つのはこのためである

私も自分で以前宮崎駿が出ているテレビで、宮崎監督がこのことについて述べていたのを記憶していますから、この情報の確証性は高いものだろうと思います。NHKテレビシリーズでやろうとした際には、予算や時間の都合上できなかった、それが悔しくてラピュタをつくったということを言っていたと記憶しています。

エヴァにおける庵野監督のオマージュは、何がオマージュされていることを見ることも重要ですが、それと同時に、どうしてオマージュしたのかということも視野にいれなければいけません。現段階では、どうしてかつての作品と、宮崎監督の作品へのオマージュがなされたのか、明確には分かりませんが、これからさらに研究を続けていく必要があります。

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