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アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ『桜の園/プロポーズ/熊』試論 感想とレビュー 「家」という閉塞された空間での豊かな人間模様

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-はじめに-
http://www.kotensinyaku.jp/blog/books/book158.htmlから
アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ
[1860−1904] ロシアの作家。南ロシアのタガンローグ生まれ。モスクワ大学医学部入学と同時に新聞・雑誌への執筆を始め、生涯に600編にのぼる作品を残した。ロシア文学伝統の長編と決別し、すぐれた短編に新境地を開いた。晩年には戯曲に力を注ぎ、『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』の4作品は世界的な名作との呼び声が高い。44歳の誕生日にモスクワ芸術座で『桜の園』を初演。直後、体調を崩して病状が悪化し、7月療養先の南ドイツで死去。代表作に『退屈な話』『かわいい女』『犬を連れた奥さん』『中二階のある家』『いいなずけ』などの短編がある。

決して光文社の回し者ではありませんが、最近文学の研究者として海外文学とどのように触れ合っていくのかということを考えると、今までの古典的な訳で研究するよりも、多くの読者が読めることも鑑みて、光文社の古典新訳がおすすめだと考えています。
訳は浦 雅春氏によるもの。
太宰治の研究をしている身としては、『斜陽』を書くきっかけをつくった『桜の園』を読む必要があると感じ、読みました。ロシア文学とはドストエフスキーの『罪と罰』に敗北してからの再挑戦です。太宰は『人間失格』で『罪と罰』への言及があるように、かなり多くの本を読み、ロシア文学にも触れていたと考えられます。

-『桜の園』論考-
太宰はチェーホフの『桜の園』を読んで、日本版の『桜の園』を書くんだと意気込み、題名は『斜陽』だと口にこぼしたと伝えられています。ですから、テクストの関連性についても少し考えて行きたいと思います。
『桜の園』はチェーホフ最後の劇作品で、『かもめ』、『ワーニャ伯父さん』、『三人姉妹』とともに「チェーホフ四大戯曲」と呼ばれています。作家論レベルで話をすれば、この本の末尾に載せてある論文にもあるように、チェーホフはこの作品を一貫して「喜劇」だと言っていたようです。ただし、当時その原稿をもらった舞台監督も役者も、読者も、それから現在に至るまでほとんどの人間が全員これを「喜劇」だとは感じられません。私も、どちらかというと「悲劇」だろうと思います。
演劇の世界での「喜劇」と「悲劇」の問題は非常にめんどくさい問題で先ず定義が曖昧ですし、専門でない私がとやかくいうこともできないのですが、『桜の園』が喜劇とは考えにくいでしょう。それは『桜の園』に日本版として書かれた『斜陽』を読んでもわかることだと思います。パロディ作家としての側面ももつ太宰ですが、やはり『桜の園』は悲劇性の強い作品として受け取って書き直しているのではないでしょうか。『斜陽』を読んで笑えたという人はおそらくいないと思います。

では、どうして悲劇的に感じてしまうのかを考えて見ます。これは『斜陽』でもいえることですが、没落していく貴族たちに明るい未来が見出せないということが一番大きいのではないでしょうか。『斜陽』に関して言えば、主人公のかず子とその母親が誰がどう考えても、経済的に自立していくことは難しく、これから生きていくことが困難だろうということが予測されます。
『桜の園』の女地主ラネーフスカヤは、その生まれ育った境涯からおそらく一度も自分でお金を稼いだことのない人物でしょう。お金に対する認識や感覚も一般人とはかけ離れて、いざ借金がたまって領地が売却されるという時でさえ、まったく現状を理解できていません。ラネーフスカヤの兄ガーエフは、比較的この作品のなかでは常識を持った人間として登場していますが、それでも商人のロパーヒンからみたら、二人とも決して自分たちの現状を認識できていない人物として描かれています。
ラネーフスカヤの娘であるアーニャとワーリャも、だれか男性に嫁いで家にはいることは出来たとしても、母を助けて生きていくことはできそうにありません。このような、完全に温室育ちの人間ばかりが集まっているのが、この作品の悲劇性が現れる原因となっているのではないでしょうか。
巻末の論考では、チェーホフの作品の場としての「家」について論じられています。この本にある三つの作品『桜の園』『プロポーズ』『熊』や、他のチェーホフの作品は今までのロシア文学からはなれ、「家」という場所を軸に話が展開するということです。私も、戯作にしてはやけに移動が少ないなと感じました。シェークスピアの戯作などでは、かなり場が変わるし、しかも野外もしばしばです。チェーホフは『桜の園』では例外的に「庭」が出てきますが、しかし「庭」というのも「家」の一部ないし付属物ですし、「外」と「内」で考えたらやはり「内」です。チェーホフの文学はひきこもり文学としても読めるのではないかと私は考えています。
話が戻りますが、温室育ちのぬくぬく生きてきた人間たちが、いざその温室が破壊される、或はそこから追い出されるというのが、この作品のメーンテーマだと私は思います。無菌の状態で生きてきた人間が、突然その安全地帯を奪われる。そうしたらどうなるか、そこは書かれていませんが当然だれにも予想がつくことです。恐らく長くは生きられないだろうということになります。

チェーホフは一体なにを持ってこの作品を「喜劇」だと言ったのでしょうか。ある意味喜劇性があると思われるのは、この閉塞された空間での人間性の問題です。特に『桜の園』に出てくる人間は、非常に不可解な行動の持ち主です。みんな精神的におかしいのではないかと思われるような奇怪な行動をとります。
これは、巻末の論考にも指摘されています。奇怪な行動の詳細はそこに書かれていますからそれを参照してください。ここでは、誰もが一貫した行動をとっていないということに着眼し、それが喜劇だといえるのではないかと考えます。チェーホフは、今までのロシア文学から脱却すると同時に、多面的、多義的な意味を短い作品のなかに持ち込みました。ですから、そこに登場してくる人間は一貫性に欠け、それが笑いとなると同時に、今までの文学へのアンチテーゼとしての意味や、チェーホフ自身の人間性の観察の集大成がそこに描かれるわけです。これは多くの研究者が指摘していることです。
人間は、そんなに簡単にこの人はこういう性格でこのように行動する人だとは言えないというのが、作家レベルで考えるとチェーホフが至った結末ではないでしょうか。人間は実に奇怪で、思いもよらぬ行動をする。その部分を誇張しているから、彼はこれを喜劇だといったと考えられると私は思います。

-『プロポーズ』論考-
『プロポーズ』は誰が読んでも楽しめる抱腹短編となっています。
隣り合う領地の領主が話すところから始まるこの短編は、人間のある意味での愚かさをあらわしているのではないでしょうか。
ある男が隣の領主のもとにやってくるのですが、本当の目的はその領主の娘と結婚したくてその申し込みにやってくるのです。しかし、臆病で、しかも心臓が極端に悪いため、心臓がばくばくして、なかなか話がすすみません。それで紆余曲折をするわけですが、話を逸らしすぎるあまり、ある領地の話になってしまいます。お互いにその領地は自分の家のものだと思っていたわけで、話がややこしいことになります。本当は、結婚してしまえばどちらのものでもよいことになるわけです。しかし、原則は家のものだった、歴史的にうちのものだったと、言い張って全然結婚の話にならないので先にすすまない。この領地の問題に関しては、はっとしたのが現在の日本の状況に似ていたということです。
それはさておき、怒りくるう三人。娘も加わって大喧嘩になります。一旦は男が立ち去ることによって納まるものの、再び今度は飼い犬の話で問題になります。どちらの犬がすぐれているかということです。最終的には極端に心臓に付加がかかったために、男は倒れてしまいます。一体どれだけ体調が悪いのだよと突っ込みたくなるところですが、男が倒れている間に父と娘の間で話がすすみ、結婚することになります。しかし、男が意識を取り戻すとまた果てしない言い争いになるというところで舞台は終り。
ある意味では、隣に住むもの同士の普遍的な仲の悪さを描いている戯作です。しかし、それを愛は乗り越えられるのでしょうか。

-『熊』論考-
『熊』も「家」を舞台にした作品。ある夫を亡くして喪に服している女性主人のもとに、かつてその夫のお金を貸していたという人間がやってきます。女は、夫が酷い人間であったために、敢えて自分は夫への愛情を貫くということを通じて夫への復讐のようなものをしています。訪問してきた男は、今までに何人もの女性と付き合ってきて、女性の不実なことを嘆いています。
お互いに、女こそ、男こそ愛に忠実で、男こそ、女こそ愛に不実だと真っ向から意見の対立している二人。しかも、女性は今自由に動かせるお金はないから明後日に渡すといい、男は今必要で、今くれないのなら帰らないといいます。
すべてが見事にあべこべな二人が対立しています。しかし、そんな二人がたった数十ページの間に惹かれあって、ののしりあいながら、キスをするというところで舞台は終わります。
正反対な人間が相手をののしりながらキスをしてしまうという終わり方は見事だと思います。ここでも、人間の多様性、多義性が窺えるのではないでしょうか。

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