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夏目漱石 「それから」 もう一度読む名作 テクスト論からバイアスの解放 その十五

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平岡への手紙
P313ℓ13「筆を持ってみたが、急に責任の重いのが苦になって、拝啓以後を書き続ける勇気が出なかった。」
驚いた三千代の表情に押されるかのようにして書き始めた平岡への手紙ですが、やはり臆病風に吹かれて拝啓以降書くことが出来ません。小説内時間では、ちょうど代助がこの手紙にてこずっている時に、三千代が倒れたということになります。
平岡、代助の呼び出しに応じて来訪
平岡の語る三千代情報
P323ℓ14「三千代は平岡の社へ出掛ける世話をしていながら、突然夫の襟飾を持ったまま卒倒した。平岡も驚ろいて、自分の支度はそのままに三千代を介抱した。十分の後三千代はもう大丈夫だから社へ出てくれと云い出した。口元には微笑の影さえ見えた。横にはなっていたが、心配する程の様子もないので、もし悪い様だったら医者を呼ぶ様に、必要があったら社へ電話を掛ける様に云い置いて平岡は出勤した。その晩は遅く帰った。三千代は心持が悪いといって先へ寐ていた。どんな具合が悪かと聞いても、判然(はっきり)した返事をしなかった。翌日朝起きて見ると三千代の色沢が非常に可くなかった。平岡は寧ろ驚ろいて医者を迎えた。医者は三千代の心臓を診察して眉をひそめた。卒倒は貧血のためだと云った。随分強い神経衰弱に罹っていると注意した。平岡はそれから社を休んだ。本人は第十部だから出てくれろと頼む様に云ったが、平岡は聞かなかった。看護をしてから二日目の晩に、三千代が涙を流して、是非詫(あや)まらなければならない事があるから、代助の所へ行ってその訳を聞いてくれろと夫に告げた。平岡は始めてそれを聞いた時には、本当にしなかった。脳の加減が悪いのだろうと思って、好し好しと気休めを云って慰めていた。三日目にも同じ願いが繰り返された。その時平岡は漸やく、三千代の言葉に一種の意味を認めた。すると夕方になって、門野が代助から出した手紙の返事を聞きにわざわざ小石川まで遣って来た」
三千代は代助訪問の翌朝卒倒した
翌日医者の診察 「随分強い神経衰弱」
看護をしてから二日目の晩 三千代の涙の謝罪
三日目にも同じ事が繰り返された
「君の用事と三千代の云う事とは何か関係があるのかい」
「どうせ間違えば死ぬ積りなんですから」
平岡の情報が伝える三千代像と代助が見た三千代像との落差
覚悟を決めた、死ぬ積りであるといった強い意志を見せていた三千代。代助はその強い三千代に押されるようにして、平岡への手紙を書き始めます。しかし、上で引用した部分では、三千代の像がいままでの代助が見ていた三千代とはかなり異なります。上の引用部分は長いナレーターによる要約です。平岡の言葉を要約しています。ですから、平岡がどのように語ったのかは読者に開示されません。平岡が情報を操作しているとも考えることが出来ます。
平岡の情報は事実か、作り話か
結論から言えば、これはどちらとも言えません。答えが小説内にはないからです。これを文学用語ではテクストの空白といいます。事実か嘘かはわかりませんが、平岡はこの話しにおいて第三者ではありません。平岡は当事者なのです。ですから、どちらの可能性もあるとしか言えません。
平岡来訪は、代助が手紙を出してから六日目(考える時間は十分ある)

事実だとしたら
可能性① プレッシャーに神経が堪え切れなかった(この可能性は低い)
可能性② 臆病な代助の退路を断って平岡への告白を確実にするため
 「君の用事と三千代の云う事」との「関係」を糺す平岡
  助けは告白するしかない
可能性①は、代助がみた三千代像からはちょっと想像できない状態です。罪悪感に押しつぶされてしまうほど弱い三千代ではありません。ですから、三千代が「驚いた」ように見えたという部分も考慮すると、臆病で行動にふみきらない代助へ平岡を差し向けたと考えることができます。ここでは代助から逃げ場を奪ったという可能性が出てくるのです。

作り話だとしたら
三千代と代助の関係を察知した平岡の「かまかけ」または先制攻撃
ここで一つ注意してみておかなければいけないのが、代助は封書を何処に出したのかということです。P316ℓ1「代助はわざと新聞社宛でそれを出したからである」とあるように、家ではなくて社に出しています。同じ封書を家にだすのと、社にだすのと違いはどこにあるのでしょうか。それは三千代がいるかいないかということです。家に出せば、当然代助から平岡宛に封書が届いたことが三千代にもわかります。三千代は夫宛の封書を開けることはありませんが、代助から来たということさえわかれば、その内容はおのずとわかります。そうして、平岡がこの封書の内容を三千代と話すという場面を作り出したくなかったというのが、代助が社へ送った理由だと考えられます。しかし、そうすると、三千代からは二人がどうなっているのか全くわからないというようになります。
三千代の謝罪が事実がどうか不明
確かなことは三千代不在の場で、男同士だけで「三千代さんをくれないか」「うん遣ろう」という所有権譲渡の会話をしていること
三千代の謝罪が事実かどうかは永遠の謎です。それをこのテクストから読みとることはできません。作り話の線で考えると、三千代の言動が気になります。三千代は合計で四回の訪問をしていますが、一回目の訪問が借金の工面で、平岡との間になんの緊張関係もありません。二回目はその借金の工面のお礼とお詫びです。これも平岡とはなんの緊張関係はありません。三度目は、ゆり、告白です。ここでは迎えにやった際には、車をだしていますから公然とした、秘密性のない迎えでした。四度目から、三千代は普段着のままでないと出られないというような、平岡から外出を以前より厳しく管理されている印象があります。そうすると、P311で「気づいているかも知れません」は、気づいていないかも知れないという50:50で考えるのではなくて、平岡は気が付いていると考えられます。そうして、平岡は代助と三千代に何かあるだろうと考えて、見当がおおよそ付いていたと考えることができます。そこで、はげしく三千代を、それこそ暴力的に問いただした可能性も出てきます。三千代の病気の原因はこの平岡の問い詰めに対するものとも考えられるのです。
P329では、三千代が居ない場で、男同士が勝手に所有権譲渡の話しをします。この小説は女たちが消えていく小説になっていて、一人は三千代、もう一人は嫂が消えていきます。この女性排除は、代助が平岡宛の封書を社に出したところから始まります。情報のみでは出てきますが、本人たちはもう出てきません。

小説の終末部 女たちの排除された世界で「赤」一色
平岡、代助、誠吾
梅子も退場している
P337で再び代助がストーカーのような行為をする場面ですが、「忽ち時分は平岡のものに指さえ触れる権利がない人間だと云う事に気が付いた。代助は恐ろしさの余り馳け出した」とあり、象徴的に三千代のいる世界から逃げ出すという構図が出てきます。そうしてP342で勘当される代助。三千代という単語は、勘当される前のℓ4を最後に、その後出てきません。そうして勘当された後は、「門野さん。僕は一寸職業を探して来る」と言って、三千代のところへは向かいません。P344で一種の狂乱状態に陥っている代助は、最後の行で、「代助は自分の頭が焼け尽きるまで電車に乗って行こうと決心した」となっています。ここでもやはり三千代のところへは行こうとしていないのです。三千代の三の字も出てこなくなり、代助、平岡、三千代のその後の関係が不明になっています。
やはり、ここで考えられるのは、代助が男同士の話し合いにしようとした時から三千代との関係は絶たれているということです。
P291ℓ13「あらゆる場合に於て、彼の決して仕損じまいと誓ったのは、凡てを平岡に打ち明けると云う事であった」
ここからホモソーシャルの問題が出てきます。
ホモソーシャルとは、ホモセクシャルとは異なり、同性愛を嫌悪します。ホモソーシャルは男同士の親密な関係が優先されて、女はそれに従属するものであるという家父長的な傾向があります。男らしさというジェンダーから解放されいているように見えた代助ですが、彼もホモソーシャルです。女性より、男性同士の関係が優先されているということです。これは『こころ』にも『三四郎』にもいえることです。今日でもホモソーシャルの問題はあります、100年前の小説を読んで現在のことを考える必要が私たちにはあるのです。

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