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夏目漱石 「それから」 もう一度読む名作 テクスト論からバイアスの解放 その十二

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三千代の夫の座の象徴としての「紫の座蒲団」
何故紫でなければいけなかったのか、それを考える前に、座蒲団が象徴するものを考えましょう。
一種の政権奪取願望
この小説はややもすると、三千代にかつて恋していた代助が、平岡に三千代を奪われたと読み取られてしまいますが、そうではありません。代助は、むしろ平岡と三千代が結婚するのを周旋した人間です。ですから、奪われたのではなくて、逆にくっつけようとしていたのです。そうして、二人を結婚させた後、代助と夫婦の関係が重要になってきます。P21ℓ6「一年の後平岡は結婚した。同時に、自分の勤めている銀行の、京坂地方のある支店詰になった。」ここで、結婚した平岡と三千代はすぐに関西へ向かっているのです。ですから、結婚をさせたのは代助ですが、平岡と三千代の結婚生活、夫婦としての二人を見たのは、二人が帰ってきてからなのです。
代助は、それまで二人の友人でもあり、結婚を取り持った存在でもあったので、恐らく自分では夫婦に対して特別な立場にあると考えていたとおもわれます。特権的な位置にいると思っていたのです。しかし、紫の座蒲団を見ることによって、そこは自分の居場所ではないということを痛感し、自分には何の席も与えられていないということを悟ったのです。特別な立場にあると思っていた自分の位置が、何もなかった。それを痛感し、座蒲団の位置が欲しくなったと考えられます。

P237ℓ3例の「思い出した」ののち「必竟は、三千代が平岡に嫁ぐ前、既に自分に嫁いでいたも同じ事だと考え詰めた時」。ここで、代助は、自分のなかで平岡より自分がその位置にふさわしいと論理立てて自分を納得させます。そうしないと、座蒲団を見た際の不愉快から、その位置を欲しいという欲望、自分の願望へ変化したことを正当化できないからです。

三千代に進められた座蒲団に坐った直後に青山から呼び出し(縁談)
父との会談
P299ℓ8「けれども三千代と最後の会見を遂げた今更、父の意に叶う様な当座の孝行は代助には出来かねた」
縁談拒絶
最後の会見を遂げた今更=座蒲団に坐ってしまった今更
最後の会見とは、三千代への告白よりかは、その後三千代を訪ねた際に、夫の象徴である紫の座蒲団で、それに坐ってしまったためと考えることができます。

運命を決めた座蒲団
「最後の会見」の場所は百合を飾られた神楽坂の書斎ではなく、平岡不在の伝通院の紫の座蒲団
P303ℓ16「三千代は精神的に云って、既に平岡の所有ではなかった」
このように代助が考える理由は、座蒲団に坐ったということによって支えられた自信によるものでしょう。そうして女性はその後この小説から姿を消して行き、男たちの権利を巡る物語へと展開します。

再度反転する「紫」
平岡に告白し、平岡が帰った翌日、代助は三千代が心配で平岡の家に行くが、家の中には入れない
ふたたびストーカー的構図
P336ℓ14~「代助は三千代の門前を二三度行ったり来たりした。軒燈の下へ来るたびに立ち留まって、耳を澄ました。~凡てが寂としていた。~忽ち自分は平岡のものに指さえ触れる権利がない人間だと云う事に気が付いた。代助は恐ろしさの余り馳け出した。」
ここでは、平岡の門前ではなくて、三千代の門前となっています。そうして、前回は音がしたのと比較して、今回は凡てがしずまりかえっています。
座蒲団は平岡のもの
紫はふたたび「青」→「赤」
紫は青と赤という両義的な色です。そうして、紫の座蒲団が夫の象徴として存在していたときには、赤の面が強くでていました。それが座蒲団の奪取ということで、青の意味に変化しました。しかし、それがふたたび、ここで赤に戻ります。
P338ℓ1「その晩は火の様に、熱くて赤い旋風(つむじかぜ)の中に、頭が永久に回転した」 
赤の連鎖の始まり
赤→青、青、→赤と二度反転した紫は、最後は赤一色になって視界をつつんでいきます。

平岡の「長い手紙」
代助がストーカーの様な行為をしていた際に、平岡は何をしていたのかと言うと、象徴的に考えれば「長い手紙」を書いていたということになります。当然そのような記述もありませんし、1分1秒という正確な時間は考えることは出来ません。しかし、小説として象徴的に考えた場合、ストーカーをしている際に、平岡は紫の座蒲団に座り、長い手紙を書いていたと考えることができるのです。
その翌日の朝「八時過ぎ」兄の訪問P338
早朝の配達 (速達はなかった)
代助が家の前を徘徊していた時間、平岡は家の中でこの長い手紙を執筆
姦通罪は刑事犯罪になるので、家の問題に関わってくるため、兄の動きは大変早かったと考えられます。そうすると、前日に届いていたとすれば、いくら遅くなったとしても夜に確かめにくるはずです。当時は速達の制度がありませんでしたから、この手紙は朝届き、そうしてその足で兄がやってきたと考えられます。二尺(60cm)にも及び、それでもまだ続くとされる長い手紙。便箋ではありませんから、一枚の巻紙です。このような長い手紙ですから、執筆にも時間がかかります。そうすると、やはり手紙を書いている時間と、ストーカーの時間は重なってくると考えられます。

六章の平岡
「平岡は机の前に坐って、長い手紙を書いていた」
もちろん「紫の座蒲団」の上で
P94で、代助が始めて平岡の家を訪ねた際に先ず目に入ったものが、手紙を書いている平岡の姿でした。そうして、わざわざ両方に「長い」という形容詞を語り手がつけるのかということは、小説内において、先取りの映像としての意味が付加されていると考えることができます。つまり、最後のストーカーをしている際に、物理的には見ることができない平岡の映像を、6章で見ているということです。当然P94の手紙は、青山宛でもなければ小説には何の影響を与えるものではありません。しかし、このように先取りの映像として、語り手が語っていると考えれます。
この日も紫の座蒲団の上で机に向かって青山あての「長い手紙」
〈赤い〉座蒲団

P69ℓ8「ダヌンチオと云う人が、自分の家の部屋を、青色と赤色に分って装飾していると云う話を思い出した。ダヌンチオの主意は、生活の二大情調の発現は、この二色に外ならんと云う点に存するらしい。だから何でも興奮を要する部屋、即ち音楽室とか書斎とか云うものは、なるべく赤く塗り立てる。又寝室とか、休息室とか、凡て精神の安静を要する所は青に近い色で飾り付けをする。」
ここを作家レベルで考えたとき、漱石が何を根拠にしたのかを発見した研究者がいます。その研究者の論文によれば、ここの原典となったのは、A・V・プットカールメン著『ガブリエーレ・ダンヌンツィオ』という本です。漱石はこの本の勉強会を開いていたようだと記録されています。この本には、ここに該当する部分があります。ただ、この本は翻訳がされていないので、研究者の訳による文章でしかありません。
「家の中を、生の二つの大きな基調の表現としての二つの色に支配させるという考えは非常に特異なものである、あらゆる色調の緑と赤が、カッポンチーナのそれぞれの空間を飾っているのである。居間や、仕事や研究、或いは何か精神力を必要とすることをやる気にさせなければならない部屋は赤が支配している。特別の愛情をもって設えられた音楽室やアトリエも赤である。逆に緑は、この上なく厳格な黒いオリーブ色から、五月の葉の最も明るい色合いまでを含めて、落ち着きや安楽、或いは休養のためにあるあらゆる空間を支配している」
漱石は当然この本の原文を読んでいたはずで、ここに書かれているのが緑と赤だということを知っていたはずです。しかし、漱石はなぜかここを青と赤に変化させて書いています。
この小説を読んだ際に、代助と緑との関係は多くの読者が気が付くところです。代助の家の庭には緑溢れる草花が生えていて、小説内にも多くの植物の描写があります。ですから、代助にとっては、安心の色は緑なのです。そうであるならば、原文は緑になっているのですから、それを変えないほうが寧ろいいはずです。何故変えたのかということを考えます。
日本語の「青」は「緑」を含みます。ですから、グリーンを青と訳すことはありえます。ただ、ブルーを緑と訳すのはあまり考えられません。ここで問題となるのが、紫の座蒲団です。紫は青と赤をまぜることによって生じます。緑と赤は、補色ですから混ぜれば現実では暗い灰色になります。ですが、このように原文の緑を青に変えることによって、赤と緑ではなりたたない紫を、青という色を使うことによって成り立たせました。この青には、緑の色も含まれるのです。ですから、文学的に考えれば、紫は、代助の赤と緑を混ぜると生じることになります。

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