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映画『ツレがうつになりまして。』への試論 感想とレビュー うつと関係性からの考察

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-初めに-
この作品は細川貂々が2006年3月に幻冬舎より出版したコミックエッセーが原作。2009年のドラマ化、2011年に映画化され、大ヒットした。略称は「ツレうつ」として、若い人々に人気があるようである。

-うつというテーマ-
この作品を観たとき、先ず感じることは何だろうか。うつという感じは欝、鬱のように、実にうっそうとしている。ただ、実際のうつの病気は多様で、このようにうっそうとした症状の人もいれば、他人から見た場合そのように感じられないこともある。
うつ病というものを考えたとき、作中でも触れられていたが「心の風邪」であるという。誰もがひくものであり、そんなに珍しいものではない。日本は特にうつ病の多い国で、4人に一人はうつ病になっているといわれている。それにも拘わらず、うつ病への理解が低いことは全くおかしな状況である。日本人は国家を挙げてうつ病にかかっているような状態なのにも拘わらず、一向にうつに対して興味関心を示さないのである。そのような社会的な構造に、まったをかける金字塔のような作品になっているのではないかと私は思う。
実は私もまだ二十歳前後にして、去年うつ病に近い状態までなっていると診断された。高校から大分人間関係に難があり、かなり無理をしていた。それに加え受験、そうして環境の変化や大震災。自分の予想していた環境と異なるキャンパスの現状をみて、精神的に参ってしまったのであろう。眠れない、食べれないという日々が続いた。現在では大分回復しているが、このような軽度のうつ病を罹ってみて初めて、うつ病についての一部を知ることが出来たと思っている。
うつ病になったからといって、特別扱いして欲しいわけではない。非常にわがままのように思われるが、出来るだけ自分で何かを行いたい代わりに、出来ないものはやらせないでほしいという心情である。これが、私の最も共感できた部分である。もう少しこうしたうつ病の患者からのどうして欲しいのか、という視点を汲み込めばよかったのではないかと思う。
ただ、多くの人間がうつ病になるなかで、全く理解がすすんでいない現状に対して、それでよいのかという問題の提起になっている。私は、この点において非常に評価できると思う。うつ病というテーマは非常に重いテーマである。そのような暗いテーマで映画を作ることをよく会社が認めたと思うが、通常であればこのようなテーマを扱っている時点で重たくて誰も見ようとは思わない。当然観客は軽く、楽しめるものを求めるのである。深くて重い作品はそのぶん疲れるから、だれも見ようとはしないのである。そのうつというテーマを、この作品は実に鮮やかに軽妙に描いてみせている。そのぶん、映画に対して批評的に観ると、うつのことがちっとも描かれていないじゃないかという問題にもなるが、商業映画としての限界がこのあたりだったのではないかと私は思う。
若者に人気の宮﨑あおいと堺雅人というキャスティングから、うつは連想されない。うつというテーマを扱いながらも、そこにはどこかユーモアがある日常を描き、うつへの理解の第一歩を、主人公の二人と一緒に観客が踏み出していくという構図になっているのではないだろうか。

-うつを越えて、関係性-
うつという病気がどうして起こるのか、その原因は未だ明確に解明されたわけではない。実に不思議なことであると私は思うが、実に取りとめのない病気なのである。ただ、環境や関係から生じてくるのではないかと私は考えている。そう考えると、この作品も関係性の面からアプローチできるように思える。
うつというテーマを扱っていながらも、そのうつを探求するのではなく、別の部分の描写が多かったこの作品は、関係性の変遷を描いているのではないかと感じた。先ずは社会のつながりと他人とのつながりである。
何の問題もないように思われた円満な夫婦は、しかしどこか社会とのつながりにおいて無理が生じていたのである。そのためツレはうつになった。彼は彼の会社とのつながりに無理があったのである。その無理を押し通していったためにうつという心の病となって表出したのである。
また、ハルさんの側から言っても、読者アンケートを気にしたり、編集者の言いなりに近いかたちで、彼女の個性というものが排除されたような描かれかたをしていた。彼女も、社会と上手く付き合えていなかったのである。ツレがうつになったことによって、彼女もまた自分の社会との関係性について考え直す。そうして、二人は他者との関係性、ここでは初めに会社や、家族や、兄妹、から始まり、ひいては夫婦の関係性にも繋がってくる。
後半の重要な場面になるツレの自殺は、一旦二人の関係性が崩壊したことを意味しているのではないだろうか。それまでぶつかりそうになるとどちらかが上手くかわして、なんとなしに落ち着いていた二人の関係が、一旦解体されて、一度本音を言い合うことによって新たな関係を構築したのだと思う。であるから、彼は「今まで妻のために生きてきたが、これからは自分のために生きる」という台詞が出てくるのである。
二人の関係性は、翻れば自分の関係性になる。内側の自分と外側の自分と言っても良い。こうでありたい自分と、現実の自分でもいい。このずれが問題となっていたのではないだろうか。例えばハルさんも、ツレとのぶつかりあいがあった後「読者がどうのではなくて、作家が書きたいものを書けばよい」ということを指摘され納得する。だれかのために書くのではなく、自分のために書いてもいいのだということに気がついたわけである。
現実はこうだとか、こうしなければだめだとか言った他人の尺度で自分の行動を決めるのではなくて、自分の出来うる最善のことを行えばよいのだということに気がついたのである。これは翻ってこの作品のテーマに関わってくる。この映画のキャッチコピーは「ガンバらないぞ!」「すこやかなる時も、病める時も、君と一緒にいたい。」というものである。無理をせずに出来るだけすればいい。出来ないことはしなくてもいいのだということが、この作品の最も伝えたかったテーマである。

-終りに-
それは佐藤教授の指摘にもあったように、奇しくもこの作品の公開が、丁度震災後数ヵ月後になっている。何に向かって頑張るのだか明確なイメージが見えてこないのであるが、なんとなく日本全体ががんばるぞ日本という言葉の元にd団結していた時期である。その中で、当然悲惨な状態をテレビで何度も流されて、無力感をあまりにも、必要以上に味わわせられていた人々に、何にもできなくてもいいのだよという新しい価値観を見出させてくれたのではないだろうか。
当然うつというテーマだけでも成り立つ話であるが、このように関係性から見ると、公開時の状況や、あるいはもっと人間の根幹的な部分への大事な問いかけではないかと考えることができる。心理学的に言えば、自己同一性の問題になるのではないだろうか。これは自己同一性が確立されるまでの過程を描いた作品である。今、現在の日本が社会が求める人間像という強力な暴力的観念を押し付けようとしているなかで、たった二人の夫婦が愛を通してそれに立ち向かっていくという、非常に勇ましく、爽快な物語である。
最後には自己同一性が確立され、新しい自分、本当の自分を獲得することが出来たので、非常に後味の良い作品となっている。

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No title

はじめまして。
最近この映画を見ました。

日本人は一般にとても真面目なのでうつ病になったり、うつっぽくなったりしやすいのだと思いますが、それは同時に、真面目であることに対する強迫観念がとても強いということです。
自分の気持ちを押さえることが美徳とされ、自己主張は即わがままと言われがちなこの特異な環境の中、「本音と建前」という身の処し方を不得手とするタイプの人が疲れ切ってうつになってしまうのは必然ではないでしょうか。
うつ病の理解がなかなか進まないのは、多くの日本人が、「疲れきる前に程々に休む」なんていう「甘ったれた」ことを許してたまるか、「みんな我慢して頑張ってるんだ」、という頭の構造になってるからなんじゃないかと、最近思います。
そして、うつ病になった本人でさえ、こうした考え方に洗脳?(笑)されてるもんで、その葛藤はなかなか壮絶なものです。もちろん、身近にいる家族も洗脳?されてますしね・・・。

環境や関係性の中でうつについて深く考察されているこの文章、とてもすばらしいと思ったのでコメントさせて頂きました。

Re: No title

返信が遅れて申し訳ありません。コメントありがとうございます。
きっとワタナベさんもうつ病を身近に感じるなり思うところがあったのだと思います。環境や関係のなかの言葉にできない、もちろんかなり鋭い人間でなければ気が付けないような行き詰まるような感覚があると私は思っています。コミュニティも閉塞されていますし、最近はツイッターやフェイスブックなどもやるようになって思ったことですが、こうした繋がりの意識もまた時にはストレスになります。見たくないものを見なければいけない状態に陥るからです。
私はうつ病が詳しいわけでもなければ、医者でもありません。ただの文学好きな学生です。ただ、個人として感じるのは、芥川が残した言葉「漠然とした不安」です。何がというわけでもありません。目に見えない空気のような不安なのです。
本音と建て前、私はこれが苦手です。かつて知人たちに裏切られたということにより傷を負った私は、それ以降できるだけこんな相対的な世界で、人間も信じられないような社会で、自分だけは筋の通った人間になろうと決心しました。また、自分の発言力を持って気持ちや言葉を環境や社会によって封じられた人の代弁をしようと心がけてきました。当然出る釘のような人間ですから、衝突はありますし、疎まれたり嫌われたり、生き方を変えろと言われたりします。しかし、だからこそ私は声を上げなければならないというところまで考えが進んでいるのですが、それも今後どうなるかわかりません。
うつ病にしろ何にしろ、自分のできることをやってみるというのが現状です。明確な答えなどありませんから、考えつづけることが重要だと思っています。ワタナベさんのようにコメントをいただけると私も救われます。
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