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夏目漱石 「三四郎」 もう一度読む名作 テクスト論からバイアスの解放 その十一

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三四郎のために三四郎池と名づけられた池

野々宮と結婚したかった美禰子を野々宮が振ったのか、美禰子が野々宮に見切りをつけたのか という二者択一だけだろうか
そのそも美禰子は誰かとの結婚を望んでいたのだろうか
*里見恭助の結婚―里見の家にいられなくなる美禰子
P274ℓ「どうもならないのさ。だから結婚は考え物だよ。離合聚散、共に自由にならない。広田先生を見給え、野々宮さんを見給え、里見恭助君を見給え、序に僕を見給え。みんな結婚をしていない。女が偉くなると、こう云う独身ものが沢山出来て来る。だから社会の原則は、独身ものが出来得ない程度内に於て、女が偉くならなくっちゃ駄目だね」「でも兄は近々結婚致しますよ」「おや、そうですか。すると貴方はどうなります」「存じません」
原口の独身論に目が行ってしまいますが、里見恭助の結婚を聞いた原口が即座に、美禰子がどうなるかと質問しているということに注目します。原口の発想では、兄が結婚すれば、その妹の美禰子は邪魔になるというものです。これは当時の常識を踏まえたの発想で、いわば小姑のポジションになるわけです。小姑は夫の姉か妹。
「兄」から「夫」への譲渡される存在としての美禰子
兄の身の回りの世話をするのは妹でした。通常は母親ですが、両親ともなくなっていますから、この場合美禰子という妹が適任なのです。社会的構造としてそうなっていたのです。ここでは恭助が美禰子のことを可愛がっていたか可愛がっていなかったかということは問題外になるのです。親が居れば、美禰子の有用性は残ります。親の面倒を見るということになったのです。しかし、親もいないなか、兄が夫へとなる時、美禰子は邪魔な存在になってしまうのです。それを心配して原口はこう質問したのです。
ちなみに、明治のティーネイジャーの結婚は普通でした。女学校を結婚のために退学するなんていうのは稀なことではなく、寧ろ美禰子は結婚適齢期をすでに過ぎようとしているのです。

*原口と広田の会話
P202ℓ5「結婚と云えば、あの女も、もう嫁に行く時期だね。どうだろう、何処か好い口はないだろうか。里見にも頼まれているんだが」
あの女=美禰子 里見=恭助
よし子の縁談と美禰子の縁談の関係
美禰子の年齢は情報に強い与次郎が三四郎と同じくらいだといっています。三四郎が数えで23、現在で言えば22歳ですから、美禰子も20台であることに違いはありません。当時の結婚適齢期からすればもう最後です。そうして里見の兄から、妹の美禰子の好い口を捜してくれるようにとの依頼が原口にもまわってきています。ただ、そう考えると、野々宮が考慮されていないということになります。野々宮は独身ですし、世界的にも有名な学者。恭助とは学友です。その野々宮を無視して原口に頼んでいるのですから、恭助の意思には、野々宮が結婚相手であるという考えは存在しないように思われます。また、恭助が野々宮と美禰子の仲がよい関係であるならば、それを切り裂く理由はありません。ですから、野々宮と美禰子の結婚はないのだと考えられます。
また、自分の結婚の前に妹を嫁がせたいというタイムリミットも影響してきます。一方野々宮はタイムリミットがありません。本人の意思と関係なく、周囲の状況でまとまっていった縁談であるということが考えられます。

*銀行預金通帳「里見美禰子殿」
P225ℓ3「これで御金を取って頂戴」三四郎は手を出して、帳面を受取った。真中に小口当座預金通帳(あずかりきんかよいちょう)とあって、横に里見美禰子殿と書いてある。三四郎は帳面と印形を持ったまま~あたかも毎日銀行へ金を取りに行き慣けた者に対する口振りである。
ここで態々美禰子が自分の預金通帳を三四郎に一旦貸して、そうしてお金を降ろすということを行う理由には、里見美禰子の口座であるということを示すことがひとつあります。自分で自由に使える金であることを見せ付けたのです。そうして使いなれているように、三四郎には見えます。ただし、美禰子は完全に独立した女性というわけではありません。彼女は働いていませんし、両親が残したお金のうちの、兄から貰ったお金を扱えるのみなのです。そうしてこの口座は結婚後は通用しないという意味も持ちます。
ちなみに、この「里見美禰子殿」という文字は、当然タイピングの無い時代ですから、銀行員による手書きです。
予備知識として、預金と貯金の区別は、預金が銀行に預けるものに対して、貯金が郵便局に預けるものです。預け先で呼び名が変化します。

「名刺の女」美禰子
広田先生の引越しの日
「里見美禰子」というフルネームと住所だけの名刺
漱石の小説で「名刺を持つ女」は美禰子だけ
三四郎が美禰子から最初に受取ったアイテム
ここに着眼したのは、高田千波教授が初めてですが、美禰子は名刺の女として描かれます。P102の広田先生の引越しを手伝う日に、ℓ4「あなたは・・・・・・」~一枚の名刺を出して、三四郎にくれた。~本郷真砂町
名前を自分で名乗らずに、名刺を出すという行為もとても謎めいていますが、本来美禰子は名刺を必要としない存在です。働いてもいないし、女学生でもないのですから、名刺が必要になる場面はほとんど無いはずなのです。それにもかかわらず、さらに引越しの手伝いという、およそ名刺が必要とされない場面においても持っているということは、決して少なくない意味を持つと考えられます。
美禰子の名刺には名前と住所だけがかかれてあります。当然働いても学生でもないのですから、肩書きはありません。
そうして、名刺を持つ女は漱石の作品においても極めて例外的な存在です。また、三四郎が美禰子から受取るものというのは、この小説のなかで沢山ありますが、池の淵での白い花を除くと、この名刺がはじめて美禰子から渡されたアイテムということになり、少なくない意味を持つのです。白い花は、美禰子が三四郎の近くに落としただけで、渡したとは考えにくいアイテムです。


標札と名刺
里見の末の標札
原口の家の標札
P217ℓ15「けれども這入るのは始めてである。瓦葺の門の柱に里見恭助という標札が出ている」
明治には家族の名前を列挙するという書き方はありませんから、その家の名字か、戸主名が記されます。現在ではペットまで書くような家もありますが、そうした時代背景を踏まえて読みます。
P269ℓ5「生垣に綺麗な門がある。果たして原口という標札が出ていた。その標札は木理の込んだ黒っぽい板に、緑の油で名前を派手に書いたものである。字だか模様だか分からない位凝っている」
原口の家は、原口とだけあります。ですから、ここで里見恭助とフルネームで描かれていることにも、少なくない意味があるのです。そうして里見恭助と描かれた標札と、里見美禰子と書かれた名刺は対比を為しています。
美禰子は標札には決して現れることのない存在です。ですから、この名刺の女は、秘かな自己主張ではないかと考えることができるのです。付属物とみなされることに抵抗があり、兄の結婚と同時に邪魔になると見られる人のプロテストとして考えることができるのです。

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