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夏目漱石 「三四郎」 もう一度読む名作 テクスト論からバイアスの解放 その六

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フルメンバーが揃わない物語
この小説の主要な人物は、あまり登場しない原口を除いて、三四郎・与次郎・広田・野々宮宗八・野々宮よし子・里見美禰子です。
ところが、この6人が揃う場面が一度もないのです。常にだれかが欠けているのです。皆が揃うという作品は多々ありますが、この作品では、このおもしろい特色があります。

①広田先生の引越しの手伝いの日
何月何日か?
P98ℓ11「天長節にも拘らず」天長節は11月の3日です。明治天皇の誕生日になります。この日は学校が休みのため、引越しができたのです。天長節は、大正・昭和になると明治節として残りました。昭和の後期からは文化の日と改名され、現在にも残ります。ですから、ここ百年は11月3日は休日なのです。
来ないのは誰か?何故来ないのか?
よし子が来ません。三四郎の物語時間を見ると、P70で三四郎は東大病院に入院中のよし子を見舞うことになります。それが9月下旬のことだと予想されますから、11月の3日の時点で、いまだ引越しを手伝えるほどに回復しているわけではないということになります。

②菊人形見物 何曜日か
来ないのは誰か?なぜ来ないのか?
P121ℓ15「菊人形は御免だ。菊人形を見る位なら活動写真を見に行きます」
P133ℓ2ℓ4「行かない。菊細工なんぞ見て何になるものか。馬鹿だな」「今論文を書いている。中々それどころじゃない」
P131ℓ6「翌日は日曜である」から、この日が日曜であったことがわかります。皆で団子坂の菊人形へ見物に行くというときに、携帯のない時代ですから、皆で一度どこかに集合しなければなりません。それが広田先生の家の集合になりますが、与次郎は当然広田先生の書生ですから、同じ家に居ます。三四郎がいくら誘っても上のように、行かないと言い張ります。ですが、与次郎の性格からして、論文で忙しいという理由にはしばし疑念がわきます。
さて、競馬はこの年の土日しかやっていません。この作品の年代の判別に競馬があります。ですから、この菊人形見物へいかない理由は、直接には書いてありませんが、恐らく競馬に行くためだったのではと推測できます。ですから、この日は広田先生から預かっていたお金を全部すってしまった日だということになるのです。

③文芸家協会演芸会--計算すると日曜日の可能性が高い
入らなかったのは誰か?なぜ来ないのか?
十二章に文芸協会の演芸会のことが書かれています。P311ℓ16「いや這入らない」と断言します。しかし、広田先生のこの行動はあまりに異常で、前々からいかないと言ってはいたものの、当日は三四郎と連れ添って、演芸会の会場の前まで一所に歩いているのです。入り口を目前にして、突然の「いや這入らない」宣言は、やはりおかしいです。しかし、これに対してはっきりとした答えは書いてありません。ただ唯一手がかりになるのは、P309ℓ10「ハムレットは結婚したく無かったんだろうハムレットは一人しか居ないかも知れないが、あれに似た人は沢山いる」~「例えば、ここに一人の男がいる。父は早く死んで、母一人を頼に育ったとする。その母が又病気に罹って、愈息を引き取るという、間際に、自分が死んだら誰某の世話になれという。子供が会った事もない、知りもしない人を指名する。理由を聞くと、母が何とも答えない。強いて聞くと実は誰某が御前の本当の御父だと微かな声で云った。―まあ話だが、そういう母を持った子がいるとする。すると、その子が結婚に信仰を置かなくなるのは無論だろう」という話です。
広田先生は、ここでたとえ話として話していますが、明らかにこれは広田先生自身の話だと読み取ることが出来、そういうもとで育ったからには、結婚ということに対して疑念を持たざるを得なかったのでしょう。自分の独身の理由の遠まわしの説明でもあります。この日の演芸会の目録は、入鹿大臣とハムレットだということは先に述べました。ですから、広田先生はハムレットを見るということが嫌だったのかも知れません。断言は出来ませんが、可能性として考えることは出来ます。

④東大運動会 授業休み(慣例として土曜日開催)
いないのは誰か?
P174から始まる運動会。しかし、ここで広田先生は登場しません。

⑤「森の女」展覧会
P334ℓ13「美禰子は夫に連れられて二日目に来た』P335ℓ8「開会後第一の土曜の午過には大勢一所に来た。―広田先生と野々宮さんと与次郎と三四郎と。四人(よったり)は・・・」
ここでは、主要なメンバーのなかで美禰子が二日目に来たこと、それからわざわざ四人(よったり)という表現と、一人ずつ名前を挙げてまでして、メンバーの紹介が為されています。
来ないのは誰か?
よし子がいません。しかし何故こないのか、それがわからないのです。最初の土曜となっています。女学校に通っているよし子ですが、女学校は午後は授業がありません。ですから学校があってこれないということはありません。四人が来たのは午過ぎですから、間に合わないわけはないのです。どうしてこないのか、その理由が明かされないところに、深い謎があります。
この物語は、メンバーが多くあつまる5回の場面があります。しかし、よし子の不在から始まり、よし子の不在で終わる物語でもあるのです。

《ホリディをめぐる物語》
土曜日は休日ではありませんから、日曜日と祝日が休日になります。
大久保の野々宮宅訪問 土曜日だと考えられます
広田先生の転居 11月3日、祝日です
菊人形見物 日曜日だとわかります
文芸協会演芸会 P333ℓ13から始まる部分。
美禰子との教会の別れ 日曜物語の終焉 P331ℓ4会堂に礼拝に行くのは日曜日
十三章にはもう日曜が出てこない 日曜日には誰も集まらない
このように休日が目立つ小説という側面もあります。ただ、三四郎は大学生で平日は授業を受けていますから、ある意味では当然です。

テクストの多義性
実際に印刷されているものは一つですが、意味をいくつももつという意味です。『三四郎』は『こころ』より読みやすいと感じられるかもしれません。それは抽象的なことが少ないからです。
視点人物はほとんど三四郎一人 
語り手は三四郎ではありません。三人称小説ですから、誰が語り手なのかわかりませんが、三四郎の視点を通じてほとんどのことを語っています。
三四郎の観察力を語り手は信用していない 
「田舎者」という差別的な表現もあり、語り手は三四郎の眼を通じて語っていますが、三四郎の観察力をあまり評価していないということがわかります。三四郎の観察力はにぶく、すぐれていないと思われる節があります。
三四郎以外の人物の内面がわかりにくい小説 
当然三四郎の判断があまり頼りにならないのですから、その三四郎の眼を通じて語っているこの小説は、他人が何を考えているのかがわかりにくいのです。そうした判りにくさが解釈にはばを持たせるのです。
多義的テクスト

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