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金閣寺 三島由紀夫  感想とレビュー 少年坊主の内面を読み解く

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金閣寺関連で鳳凰と獅子のはなしの続きです。
さて、三島由紀夫と聞いて思い浮かぶ作品は、潮騒、仮面の告白、金閣寺くらいでしょうか?
受験で日本史や国語史などを勉強すると三島由紀夫金閣寺を書いた人程度で覚えられているかもしれません。その点では夏目漱石、我輩は猫である、ようにA=Bというように世間では通っているでしょう。
ただし、今私が言いたいのはそういうことではないだろうということ。そもそも、私は高校生クイズなんたらというのが大嫌いです。何故か、自分が知らないことを他人が知っているからだ。ウソです。本当の中身をなんにもしらないで上っ面だけの知識だからきらいなのです。そして上っ面の知識しか問わない番組も番組。それを見てすごいすごいといっている聴衆も聴衆。
我輩は猫であるはだれが書きましたか?夏目漱石です。
こんな問題ばっかりじゃないですか。だったらあなたは我輩は猫であるを読んだことがありますか?って話ですよね。だれだれはなになにの定理を発見したとか、じゃあその内容をわかって言っているのかということです。無論わかるわけが無い。すこし考えればわかることです。だからそんなことを聞いているほうもおかしいのですよ。
偏屈人の愚痴はこのくらいにして、三島由紀夫を読み始めるなら確かにデビュー作である仮面の告白でもいいでしょう。ただ、彼の
小説は続きものではないので金閣寺からはいっても大丈夫だと思います。今年はどうだったかわかりませんが、去年の新潮文庫100冊に選ばれ、金ぴかのカバーで書店に並んでましたね。まぶしかった。しかし、内容も実にまぶしいのですよ。
金閣寺、一体どんな小説なのか、金閣寺の美しさを只管賛美するだけでございます。冗談ですよ。
1950年(昭和25年)7月2日未明、鹿苑寺金閣は国宝保存法により国宝に指定されていましたが、学僧・林承賢(当時21歳)の放火により炎上し消失してしまいました(金閣寺放火事件)。
本当になんてことをしてくださったのだということですが、当時は相当な衝撃が走ったようです。そこで三島由紀夫はこの事件を題材にして学僧の告白体で何故金閣寺を焼いてしまわなければならなかったのかということを精細に描いています。
鬼才三島由紀夫といわれるのは、彼の心情の描写があまりにもすばらしいからだと私は感じております。風景描写が得意な人間もいればストーリー展開に力を入れる作家もいる。そんななか三島由紀夫は群を抜いて心情変化などを精細精微に描いています。もちろん戦後文学なので今の我々が読んでも十分通じる日本語ですから安心して手にとって見てください。
少年の金閣寺に対する思い、様々な悩み、背負っていかなければならないもの、自分と正反対の友人、こうしたものが深く入り組んで渾然一体となり、結局は終末に向かわざるを得なかった。なんともその葛藤や心情が読み手の心を動かし、小説の中に取り込まれてしまう。気をつけないと本当に私たちも終局へ向かってしまうかもしれません。

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