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アンパンマンのマーチへの試論 テクストとして新しい詩の解釈・弟へ向けて作られたというバイアスからの解放


-初めに-
アンパンマンは誰もが知っている日本のアニメのヒーローです。もはや説明すつ必要もないかと思われますが、一応基本的な知識を述べておきますと、やなせたかしによる絵本シリーズ、およびこれを原作とした派生作品の総称です。最も我々にとってポピュラーなのは、1988年より放送されているテレビアニメシリーズ『それいけ!アンパンマン』。
元々アンパンマンの原型作品は、1969年に「PHP」誌に連載されていた(大人向けの)読み物『こどもの絵本』(単行本のタイトルは『十二の真珠』)の第10回連載「アンパンマン」(10月号掲載)。アンパンマンは現在のような三頭身ではなく、八頭身の人間であったのです。最近ではテレビ番組での紹介もあり、そうした知識が広まってきていると感じます。物語の骨子として、貧しい人々にパンを届けるということは依然として共通したテーマになっています。

-バイアスとしてのアンパンマンのマーチ-
さて、今回論じるのはテレビアニメ『それいけ!アンパンマン』のオープニングテーマ『アンパンマンのマーチ』です。
1988年の放送からずっと変わりませんから、優に20年以上は毎週放送されつづけているということになる、まさしく人口に膾炙した楽曲です。近年では、童謡としても親しまれるようになりました。このメロディーを聴けば誰もが歌を口ずさむことがほど、国民に定着した曲は他に類を見ません。しかし、またそれだけ多くの人々に知れ渡るということは、それだけ多くの解釈が生まれるということでもあり、ネット上では様々な尾ひれがついた伝説で溢れかえっています。今回この『アンパンマンのマーチ』の歌詞を論じるのは、そうしたバイアス(先入観・偏見)から解き放たれ、一つの詩としてみたときに何が描かれているのかを、もう一度見当する必要があると感じたからです。

アンパンマンのマーチの浅い解釈は、先ず小さいころに起こるでしょう。「愛と勇気だけが友達さ」という部分はあまりに有名。そのことば尻を捉えて、だけという言葉を嫌に拡大解釈して、「愛と勇気しか友達がいない」悲しいアンパンマンであるということを誰もが口にします。その後、アンパンマンのマーチは作詞をしたやなせたかし氏の境涯に重ねて論じられます。しかし、それは作者のものとしてしか詩を読んでいないわけで、実に狭い読みであり、しかもアンパンマンのマーチというタイトルを完全に無視していることに他ならないのです。
よくあるバイアスは、やなせたかし氏の弟の存在と絡めて論じているもの。やなせ氏自身も従軍体験があり、また弟は特攻隊として戦死しています。誰もがこの知識を知った後にこの詩を読むと、それとなく深いものが描かれているのだなと感じてしまいます。しかし、弟に向けて描かれたとはやなせ氏自身も公言しているわけでもなく、それはあくまで個人のこう解釈したいというバイアスにしか他ならないのです。
あくまでこの詩はアンパンマンのマーチであり、アンパンマンに向けて贈られた詩であると解釈します。

-アンパンマンのマーチ- 
作詞 やなせたかし 作曲 三木たかし
そうだ!嬉しいんだ生きる喜び
たとえ胸の傷が痛んでも

何の為に生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのは嫌だ!
今を生きることで 熱いこころ燃える
だから君は行くんだ微笑んで。

そうだ!嬉しいんだ生きる喜び
たとえ胸の傷が痛んでも。

嗚呼アンパンマン優しい君は
行け!皆の夢守る為

何が君の幸せ 何をして喜ぶ
解らないまま終わる そんなのは嫌だ!

忘れないで夢を 零さないで涙
だから君は飛ぶんだ何処までも

そうだ!恐れないでみんなの為に
愛と勇気だけが友達さ

嗚呼アンパンマン優しい君は
行け!皆の夢守る為

時は早く過ぎる 光る星は消える
だから君は行くんだ微笑んで

そうだ!嬉しいんだ生きる喜び
たとえどんな敵が相手でも

嗚呼アンパンマン優しい君は
行け!皆の夢守る為

-アンパンマンマーチの解釈-
あまりに突拍子もない始まり方です。そうだ!から始まる詩はそうあるものではありません。突然何かにはっと気がついたかのように、そうだと確信を持ちます。しかもその度合いは!(エクスクラメーションマーク)が使用されていて、極めて強調されていることがわかります。エクスクラメーションマークは合計で9つ使用されています。これだけの短い詩のなかに、9つもの強調があるということは、非常に力強い意思があることを感じさせます。
この詩の基本的なスタイルですが、一人称と二人称が混ざった文体となっています。
突然に何かしらのことが起こります。それは語り手を「そうだ!」と驚嘆させ、しかもその後に続く、一連の人生哲学とでも呼ぶべきものを一瞬にして理解させて位しまうほどのことです。あまりの衝撃に、語り手は「生きる喜び」が「嬉しい」ということを感じ取るのです。その後に続く「たとえ胸が痛んでも」は、何かのアクションがあり、それを行うことが胸を痛むことであるということをあらわしています。
何かのアクションがあり、語り手は「そうだ!」と「胸が痛んでも」「生きる喜び」を感じることが「嬉しい」ということに気がつくのです。

自問自答というか、この世に生を受けたことへの根本的な疑問を口にこぼします。「何の為に生まれて 何をして生きるのか」しかし、その答えを言う前に、「答えられないなんて そんなのは嫌だ!」と強く断言するのです。つまり、それまでは答えられなかったのかも知れないという予想が出来ます。それが何かしらのアクションがあったことにより、「そうだ!」といって、その答えに辿り着ける可能性を見つけたのでしょう。その答えは「今を生きることで 熱いこころ燃える」こと。
「の為に生まれて 何をして生きるのか」という問いの答えは「今を生きることで 熱いこころ燃える」ことなのです。こういうことがわかったために、「だから」という接続語を用いて「だから君は行くんだ微笑んで。」と自分なりの気づきを明言化します。その後に、また最初に二行のリフレイン。
ここで、何かしらのアクションが、「君が行く」ことだということがわかりました。ですから、整理すると、
「君が行く」ということは「今を生きることで 熱いこころ燃える」ということで、それは私にとって「たとえ胸の傷が痛」んでしまうことではあるが、「生きる喜び」を感じることが「嬉しい」ということをやっと理解することが出来たのです。
「嗚呼アンパンマン優しい君は 行け!皆の夢守る為」ここで初めて出てくるのが、烈しい命令形。これまでのエクスクラメーションマークの用法は、一つは自分の内部においての新しい事実の気づきへの驚き。もう一つは、答えが見つからないのは絶対に嫌だという強い意志。ところがここで、突然アンパンマンに対して行け!と極めて強い口調で命令をするのです。「君が行く」ことは「胸が痛む」ことであるはずなのに、その君=アンパンマンに対して行け!と心とは反対のことを言うのです。それまでは恐らくこういうことを語り手はいうことができなかったでしょう。しかし、いざアンパンマンが「行く」というアクションを起こしたときに、はっと生きることの意味について悟り、「皆の夢守る為」に「行け」と叱咤激励するのです。

今度は自問自答ではなく、アンパンマンへの問いかけ。「何が君の幸せ 何をして喜ぶ」しかし、その答えを聞く前に、「解らないまま終わる そんなのは嫌だ!」と断言します。「行け!」と送ることが出来た語り手は、次にアンパンマンへの要求を述べます。「忘れないで夢を 零さないで涙」。
「だから君は飛ぶんだ何処までも」この「だから」は少し解釈が難しいところですが、初めの部分の「だから」と同じ方法で使用していると考えると、「夢を忘れない」ため「涙を零さない」ために、「何処までも飛ぶ」という解釈が成立します。
次の「そうだ!」は、「夢を忘れない」ため「涙を零さない」ために、「何処までも飛ぶ」ことへの気づきとともに、強い応援のメッセージも含まれていると感じられます。「恐れないでみんなの為に」「何処までも飛」ばなければならないのです。そうして問題の「愛と勇気だけが友達さ」。最後まで読むとさらにわかりやすくなりますが、ここでも既に十分解釈が成り立ちます。飛んでいくのに「恐れないで」という条件がつきます。アンパンマンほどの優しい君が「恐れる」ほどの険しい道とは一体どのような道でしょうか。それはまた下でも説明がなされていますが、ここですでにアンパンマンがこれから行こうとしている道が大変厳しいものであるということがわかります。その困難の道のなかを飛んでいくためには「愛と勇気」が必要なのです。それ以外の恐怖や悲しみは必要ないという意志が「だけ」という言葉に表れているのではないでしょうか。
「嗚呼アンパンマン優しい君は 行け!皆の夢守る為」この短い詩の中に、「夢」という言葉は4回出てきます。この夢は三回目ですが、上の「忘れないで夢を」とはアンパンマンの「夢」のことを指していると考えられます。そうして「皆の夢を守」らなければいけないのですから、「アンパンマンの夢」というのは「皆の夢」を守ることであるということが判ります。

「時は早く過ぎる 光る星は消える」あまりに悲しい部分。アンパンマンの行先が諸行無常の世界であるということが窺えます。何も鴨は無常である世界にこれから行こうとしている。それを見送りながら、「だから君は行くんだ微笑んで」。微笑んでというのは、だからがあらわしているように、「時は早く過ぎる 光る星は消える」から「微笑んで」いるように感じられます。アンパンマンはこれから恐怖や悲しみの世界に突入しようとしています。皆の夢を守るためです。皆の夢を守るというアンパンマンの夢は、かなり厳しいものがあります。しかし、既に愛と勇気が友達となっているアンパンマンは、そんなこと考えもせずに、微笑んでその苦難に突入しようとしているのです。
「そうだ!嬉しいんだ生きる喜び」のリフレイン。再び生きる喜びを感じることの嬉しさを確認します。そうして「たとえどんな敵が相手でも」という、初めてアンパンマンがこれから行く先には敵が待ち受けていることがわかります。それを知っていてもなお、語り手は「嗚呼アンパンマン優しい君は」「行け!皆の夢守る為」とアンパンマンを送りだすのです。

-終わりに-
確かに戦地へ行こうとしている弟へ向けて贈ったといわれると、完全に当てはまってしまうのです。ですが、これは仮にやなせ氏が亡くなった弟を思っているという感情があったとしても、アンパンマンに向けて描かれたものであることには間違いないのです。
アンパンマンは正義とは何かということを、深く考えた作品であると作者自身も言っています。そのアンパンマンを戦地へ送るうたというのが、このアンパンマンのマーチなのではないでしょうか。皆の夢を守るために、これから敵と戦わなければならない。その敵というのは、もちろんバイキンマンではありません。皆の夢をおびやかす、過ぎ去る時や、星の光を消してしまうほどの、悲しみ、恐怖なのです。だから、例の「愛と勇気だけが友達」である必要があるのです。ですから、これは決して「愛と勇気だけ」しか友達がいない悲しい人物を描写しているのではなく、あらゆる負の観念に打ち勝つための最大の友達を持っていると考えることが出来るのです。

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