連載、旅行記「神津島にて」 石野幽玄 -4- 終

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三日目
一人身内が危険だということで、急遽東京へ帰る人間が二日目に出た。それから、三日目には、東京で国家試験があるといって帰る予定の先輩がいた。
三日目の朝は、昨日の不幸を克服せんとして、攻略法を変えた。先ず朝の5時では遅いとして、4時に出た。5時がかなりあかるかったことに気がついた。4時はまだうす明るくもなっていない。暗闇が完全に包んでいる。波止場の先には、小さな赤い灯台がある。そこの周りだけがかろうじてライトがついているが、後は、街灯が申しわけ程度についているほか光源がない。車で波止場に入っていくのはかなり怖いことであった。
こうしたとき、私の豊かな発想が逆効果となる。もし車ごと海に落ちてしまったらどうしようという、途方もない考えが浮かんでくる。車のライトが確かにコンクリートの地面を照らしているが、しかしそれは本当のことなのだろうか、まだ目覚めてからそんなに時間も経っていない、ぼんやりとした頭のなかで、現実と空想の境目がはっきりしていない。
まだ誰に来ていなかった。波止場の先端にいって、昨日得た要領で、セットし終えると、針を海にたらした。今度は生のえびを針に刺している。すると、驚くべきことに、昨日はまったく手ごたえがなかったのに、すぐに食いついた。なるほどこれが食いつくという意味なのか。魚がひっぱる強さというものに、驚いた。私が一番に釣った記憶がある。釣れたぞと皆に声をかけた。初めこのしましまの魚が何か全くわからなかった。
熱帯魚だろうかと思ったが、とりあえずクーラーボックスに入れておくことにした。
現代の科学技術というのは、生活を便利にするものである。いままでであれば、魚についての知識が必要であったのが、この極端に東京からはなれた島であっても、携帯の端末でネットにつなげる。先輩の一人が、何のアプリだかわからないが、魚の図鑑のようなものを見ていた。そこから、この魚が石鯛の子どもである、シマダイであるということがわかった。白と黒のしましまが、その名前の由来である。これが大きく成長すると、海の王者だか、王子だかなんだか忘れたが、立派な魚になるらしい。シマダイはまだ小さい。熱帯魚と間違えるほどであるから、手のひらサイズである。これが食えるのだろうかと思ったが、何とか食べられるようである。
それから私たちは続けざまにこのシマダイを獲った。別に狙ってやっているわけではない。他の魚の影も見えるのだが、どうもこのシマダイというのが、馬鹿なのか、よくエサに食らいついた。
結局、私が一匹だけ全体が抹茶色をした魚を釣ったのが、唯一の別の種類の魚である。海のなかには、ふぐらしきものもいれば、もっと全長50センチほどの魚の影も見えた。それを釣って、一躍今日の主役に躍り出ようという心持はあったが、私たちの釣り針では、それに耐えられるようなものは持っていなかった。
私たちが釣りをしていると、他の人々もちらほらと現れた。なかに本島の人間と思われるおじさんがいた。私たちに話しかけてきて、それはなんですかと聞いた。私たちがシマダイだというと、釣れますかといった。入れ食い状態だというと、大変驚いた様子である。私は初心者なんですと言うと、そのおじさんもまた私もですと言った。こういう部分、島民との違いだといえるだろう。
ふと気がつくと、昨日の私を馬鹿呼ばわりした老人も着ていた。私は彼が憎かったから、なるべく離れていたが、他の仲間たちはそれに気がつかず、老人に絡まれていた。皆初心者であるから、なかなか上手くいかない。魚をとっても、このシマダイ、ひれがとげとげしていて痛いのである。だから釣り針の抜く際に、ビニールで抑えて抜くのであるが、それを見て、そんなものは手でやるんだとやってみせた。そんなこと分っているが、我々には何もかもはじめてのことで、そんなに要領よく行くわけではない。こんなに釣っちゃって可哀想にとか言う。悪かったなと心の中で思った。
しかし、先輩の言った言葉に、食うことは弔いだというものがあるから、きちんと食べればよいでしょうと思った。
この老人、他の仲間一人と、二人して話している。そうして釣りをしているほかの中年の男性にも罵声を浴びせるのだから嫌になってしまう。私の隣の中年の男性が、釣り糸が切れたのか、ルアーがぼちゃんといって海に勢いよく入ってしまった。それをみて、糸が切れたね、とかなんとか言って、例の馬鹿が出て来た。その中年の男性は、なるほど流石に長生きしてきたことはある、全く何事も無かったかのように平然としている。こうすればよいのかと思った。
宿に帰って、釣った魚を調理してくれるように頼んだ。唐揚げにすれば、食べられるだろうと、釣り場にいた本島からの人間の助言もあって、そうしてくれと頼んだ。そのシマダイの唐揚げが出てきたのは夜のことである。皆美味いとおどろいた。骨が多くあることと、身が少ないことが欠点であったが、白身の美味い魚であった。
朝が早かったので、午前中は寝た。はっと起きたときには、12時丁度であった。私は、午後から海に行く人間の輸送を12時に任されていた。起きるや否や、すぐに海に行く人を集めて、行動を開始した。
皆赤崎で泳いだ。赤崎には砂浜はない。岩場であり、そのため海中が楽園と化している。
飛び込み台であるが、意外と飛び込めない人がいる。私は飛び込めたので、皆に飛び込んでみろと無理強いをした。少し意地悪な人間である。
後輩の女子に跳んで見せろといったら、すぐに飛び込んだ。女性ができないよとかなんとかいって、もじもじするのと見て楽しもうと思ったら、意表を付かれた。私は単にすばらしいと思ったが、飛び込めない男子にとってみたら、大変なプレッシャーになったようだ。私はそのことを挙げて、女子でも飛べたんだから、何故貴様が飛べぬといじめた。
売店でカレーを食った。少し高かったが、美味い。今回の旅行を通じて得た感想は、飯が美味いということである。疲労のためとも思えない。父はあしたばの不味いということを言ったが、それほどでもなかった。
民宿とは思えない美味さであった。昼食も、いくらかの店に入って食べてみたが、どれも美味かった。特に一番美味かったのは、波止場の近くにある、よっちゃーれセンターという場所で食った、漬け丼である。これほど美味なものはなかった。
海で遊んだ後は、途中にある温泉に入った。ここは露天風呂があり、水着で入ることとなっている。露天風呂は混浴である。内風呂は通常の温泉と同じである。
後で話したところ、先輩の持論では、海では入るときも女性は、カーディガンや何かを羽織っていて、なかなか肌を見せない。しかし、銭湯になると何故か気を許してビキニになる。これは不公平であるとのことであった。だからたくさんビキニ姿が見れましたよと自慢した。
問題なのは、この風呂の水である。なんだか海の匂いがするなと不思議に思っていると、仲間の一人がしょっぱいといった。なめてみると、本当にしょっぱかった。銭湯だろとおどろいた。内風呂もどうかというと、やはりしょっぱかった。わけが分らない。
後でカウンターのあたりの掲示板を見ると、温泉であることは温泉なのだが、その温度が熱すぎるために、海水を入れて冷ましているという。何故海水で冷ますのだばか者と思った。
内風呂のほうが濃度が高く、2割の海水がはいっているのだという。これでは海にはいっているのか風呂に入っているのか分らない。
露天風呂では、展望風呂というものがあった。高台に設置されていて、あたりが眺望できる。ただし、こじんまりしていて、屋根も付いているため、どうにもカップルが寄り付きやすいようである。それで私たちは、大挙してそこを占領しにいこうぜということになった。大勢の学生が、いやあ眺めがいいな、とかきれいですね、とか言いながらがやがや入っていった。アベックが逃げましたぜとかいっている。ここもしょっぱかった。
夏の夜といえば、肝試しはもうやったので、残るは花火である。合宿係が旅行会社に頼んで花火を買ってもらったらしい。一日目にもやったのであるが、何十人もいるこの集団でも全く使いきれなかったほどの量である。
戦時中の火薬の輸送かと思われるほどの花火である。打ち上げ花火も多数あり、私がこれを点火する役を承った。
二時間近く、打ち上げ続けてやっと終わるくらいの量があった。それでもまだ、手持ちの花火がなくならない。終いには一人何十本も持って一気につけた。
特に線香花火をいっぺんにやることほど美しくないものはない。火薬が一つの大きなだまとなって、ちっともパチパチそとへ飛び出さない。はかなさもないのだから酷いものである。
飲み会は深夜遅くまで続いた。私は無理をしたくない人間であるから一時過ぎに寝た。さすがに旅行も三日目となり、疲労困憊になってきているので、徹夜組みも4時ごろには寝たらしい。

四日目
四日目は、朝すぐに出航となる。民宿には、いままで泊まった団体の寄せ書きが並べてある。色々な大学の色々の部が遊びに来ているのだ。我が大学のものもあった。一体何年前に来たのであろうか。少なくとも四年以上前であることは、四年生の先輩が知らないことでわかった。かつて若かった人間もまた歳をとり、今の我々もまたいずれ歳をとる。時間の流れというものを感じた旅であった。
そうして私たちもまた寄せ書きを書いた。
赤崎が 飛び込む姿 眺むれば 若気心地の 愉しさを知る
皆横書きのなか、私だけ和歌を縦書きで書いた。面白がられた。
船が東京に着いたのは5時半ごろであった。その間、他の仲間は殆どが寝むっていた。私はそれを面白がって写真にとった。私はきちんと休んでいたのであまり船のなかで眠るには至らなかったのである。本を読んでいた。
東京は浜松、夜はオフィスビルのなかで夕食を食べた。どうやら長かった旅も終わったらしい。今回は珍しく、大きな事故も、けが人も出なかった。それではそろそろ筆を置くことにしよう。

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