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連載、旅行記「神津島にて」 石野幽玄 -3-

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二日目
二日目となると、私の定位置はすでにドライバーとなっていた。別に私はそれを望んでいたし、運転も楽しければ、皆を乗せて往復するのも楽しかった。
そこに縛られていたといえばそうなるかも知れない。海で泳ぐことをあまりしない人々は、それぞれ自由な行動が出来た。もし次回行くことがあれば、そちらのグループで活動をしてみたいとも思う。
海があまり好きでない人は、島の郷土資料館へ勉強に行ったり、神社の参拝をしたり、天上山のトレッキングをしていたらしい。後ほど、皆に話を聞いて回った。
二日目は早朝に起きることから始まった。一日目の夜は、皆体力のまだ有り余っているところであろうから、大宴会が続いていたらしい。私は明朝の釣りを約束していたので、すぐに布団に入っていた。釣りを約束していた先輩が、本来の自分の場所がすでに他人で埋まっていたために、仕方なく私の部屋へ来ていた。一度私は寝ぼけ様に、隣の人物が、私のルームメイトではないということを、感覚的に覚えて確認しようとした。しかし暗がりのなか、意識もはっきりしていなかったので、確認しようというところまではよかったが、結局誰かわからずにもう一度寝た。そうして朝の五時、その先輩の携帯が何度も鳴った。
そうして起きると、そこで隣に居たのが先輩であることに気がついたのである。他に釣りにいく連中を誘い、私たちは初めに舟が着いた波止場まで行った。
私は釣りが初めてである。東京に住んでいると、釣りという機会は殆どない。それに父は釣りを趣味とする人間ではなかった。であるから、20年近く生きてきて、私は釣りをしたことが今まで一度も無かったのである。
経験者が少ない。であるから、波止場に着いたはいいものの、準備までに何十分もかかるという始末である。既に波止場には、島の住民たちがつりをしに着ていた。
私たちは現代の若者に代表されるような、一種の倦怠に似た感情を持っているのかも知れない。それらの島民たちとあまり交わりたくないという消極的な感情があった。だから、皆がやっているところからはなれた場所で釣りをした。それが一つの不漁の原因かも知れないが、その日自体があまり好ましくない日だったのだろうと私は思っている。その日は全くつれなかった。一匹もである。宿に帰って他の仲間に島に来て坊主というのは初めてのことだと馬鹿にされた。
ともかく右も左も分らないままに、何とか釣り糸をたらしてみるというところまでは行った。疑似餌というのもよくなかったかも知れない。私は先ほどの先輩に釣り道具を借りていいたのだが、これは網のなかにエサを入れてばら撒いて、その上にいくつも針があるというものであった。魚の影さえ見えなかった。
こんなものだろうかと、少し不愉快になっていたところで、島民の一人が私に話しかけてきた。場所が悪いのだと思って波止場の先、他の釣りをしている人々に近すぎたのである。
既に還暦を迎えているオヤジであるが、自然の中で育ってきたためか、人間的に荒々しさがある。色はたいそう黒く、皺がきざまれている。それで居て目は光っているように見えて、口には不気味な笑みをこぼしている。世を捨てたという感じがある。
対して私は都会育ちの、神経の弱い男である。全く相容れない性格だろう。
この老人が、滑舌が悪いため殆ど聞き取れないのであるが、内容を要約するところによると、そんなことは馬鹿のやることだ、そんなんじゃ意味がない、意味がないのをやるのは馬鹿しかいないというようなことを頻りに私にぶちまけてきた。
馬鹿という単語しかはっきりと聞き取れないが、私はそれ以外を聞き取ろうともしなかった。大変腹が立った。朝から不快な感情が私の腹を満たした。
だからこういう人間と関わるのは嫌いなのである。確かに釣りだけで見れば、その老人のほうが、よっぽど経験もあるだろうし、私たちの行動が馬鹿に見えてもおかしくないだろう。それは分る。しかし、だからといって、人を馬鹿にしてよいのかということになると、それは違うだろう。そんなことを許すのならば、私は即座に攻撃に転化して、その老人の文化的素養、芸術的素養のないことを大変愚劣なまでに罵倒するだろう。
こうした老人というのは、もはや仕方がない。凝り固まった頭の持ち主で、しかもこうした自然のなかで生き抜いてきた男である。考え方も短絡的だろう。その一つをもって人を馬鹿呼ばわりするのは、それ自体が己の馬鹿を露呈している。そう解釈して私は黙っていた。その黙っていたのが彼の攻撃を延々と続けさせた原因かも知れないが、しかし、ずっと無視していると、やがてその老人は去っていった。
ともかく一匹も釣れなかった。
島民の人間性について少し見てみたい。東京都とは名ばかりで、カテゴライズされた島民も可哀想だろうと思いながら、この辺境の地で、彼らは生きてきたのである。この島には高校までは一応あるらしいが、しかし、ここで学べることといえば、一体どれほど東京の社会で役に立つものであろうか。
島全体が山になっているため、傾斜がある。宿へ登るのも大変なことである。その宿からさらに上に行くと、おもちゃやさんがある。昨日の昼に車で通ったときに発見したものであった。私はそのとき、大きなバンでその細い民家の間の道へ迷い込んでしまったため、車をぶつけないか戦々恐々としていた。
ともかく、そのおもちゃやに大挙して遊びにいった。後で宿に帰って、OBに聞くと、この島の名物であるらしい。そんなことは知らずに、おもちゃやに入った。
先ず目に付いたのが、お菓子類である。梅のお菓子であったが、どうも私が認識しているものと比べていろが黒い。不思議に思って賞味期限を見てみると、やはり一年以上切れていた。こうしたものを商品として出してはいけないだろう。それをもし誰かが買おうとすれば、店主のおばあさんはなんの確認もなしに売ることだろう。これは危険だ。
店に入るや否や、すぐに奥からおばあさんが出て来た。このおばあさんも色が黒く、精神が自然にもまれて出来ているため豪傑というような感じである。
どこから来たの、高校生?、宿はどこ、質問の嵐である。と思えば、今度は自分ひとりではなしている。私は普段話術の得意な人間として他人に認知されているほどの人物であるが、全くこのおばあさんのペースには着いていくことが出来ない。
私いま80よ。同級生は天皇陛下。だって歳が同じだからさと、聞いてもいないのに弾丸トークでまくしあげる。80と聞いて流石に驚いたが、まったくそれを感じさせないほどの頭の回転のはやさである。
私たちは45人でおもちゃやの見学に来ていたのであるが、一人の先輩がつかまって、先ほどした質問をもう一度、あんた高校生、ときた。いやだから大学生とこちらも少し妬きが回っている。
あんた白いね、大学生ならもっとしっかりしなくちゃ、それじゃ高校生だよ、と独自の理論を展開なさって、先輩を責めている。と思えば、来年はこの店もうないよ、もう店をやる気がなくなっちゃったといきなり悲しい宣告をされた。もう疲れちゃったもんというのが原因らしい。確かにこれだけの品物をそろえて、それを管理していくのはなかなか面倒くさいことであろう。80歳の人には荷が重過ぎる。
80歳という、私たち4人を合わせて何とか辿り着く時間を感じ、店の荒廃を見、来年にはもうないという訃報をきき、さすがに私たちも悲しくなった。このおばあさんは、80年間もこの島で過ごしてきたのであろう。何の娯楽施設もない、テレビをみたって、政治のことやら芸能のことなど全く実感として分らないだろう。新宿、渋谷、原宿と東京の都会を見たことがあるだろうか。上野にはさまざまな美術館がある。それらとは何の関わりを持たない人生。島の自然と、住人全員を覚えられるほどの人間との付き合い、一年に何度かくる観光客。私には耐えられぬ。
宿に帰り、この島を以前にも訪れたことのあるOBさんにこの話をした。止めると聞いて、大変悲しがっていた。さて、そこでルームメイトの一人が帰ってきた。おもちゃやにいってトミカを買ってきたらしい。あのおもちゃやで大丈夫かと私は漠然とした不安に襲われた。そうして彼がトミカを空けると、中は空であった。
トミカがディスプレイで並べてあるのを私は見た。しかし、プレートと飾られている車がまったく異なっていた。私は車が昔から好きであったから、この無茶苦茶ぶりに大分心痛めた。おばあさんいわく、私は車は全くわからないから適当に入れているということだそうだ。
そうして私の友人は殻のトミカ箱を3百50円で買ってきた。もとからそういうおっちょこちょいなところのある友人であったが、いくらなんでも空を見抜けないとはということになった。バイクを買ったのが悪かった。トミカのバイクは比較的軽い。それに惑わされて空を持ってきてしまった。しかし、そのおばあさんとの別れ方が非常にあっさりしていたらしい。また島に来ますとかなんとか言ってわかれたそうであるから、今更中身がなかったといいに行くのも辛いらしかった。終生かれのお笑いの一つとなるだろう。それにトミカの箱はそれだけの小さな置物になるという利点がある。
どうにも風土としかいいようがない。島の自然に囲まれて時間的に制約を受けず、細かいことを気にするような人物も生まれない。東京の都会が、細やかで繊細であるとすれば、こちらは太く豪快というところだろうか。そんなことを思ってみた。
夜は学生の本分であろうか、もちろん肝試しである。私は生まれてこのかたこうした肝試しというものをやったことがなかった。小学生のときに、ぞろぞろと一列になって行動するというようなものはあったが、二人きりで行うというのは初めてである。しかも、男女ペアになる。これが本当の肝試しというものかと私は思った。私とペアになった女性も始めてだといった。結構島の夜は暗いものである。東京の夜になれている私たちにとっては、本格的に暗く、そうして静まった島というのは、意外と怖いものである。森を抜けろという命令であったので、真っ暗闇をライト一つで歩くのは、なかなか面白かった。
おばけが出るのだろうかと予想していたが、おばけはないらしい。途中の神社で写真を撮られてそのまま帰ってきた。

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