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和辻哲郎「風土 人間学的考察」への試論 感想とレビュー ないよう分析と批判 

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-初めに-
日本民俗学の創始者はもちろん柳田国男ですが、彼と並立するといっても良いのではないかと思われる、近代評論家はやはり和辻哲郎氏でしょう。彼の代表作は『古寺巡礼』『面とペルソナ』などがありますが、最も有名なものは『風土』です。
国語の文学史などをやると、一度は目にしたことがある『風土』。私も小説が専門ですが、こうした論理的に構築された文章を読むことも必要となります。そういうわけで、今回は『風土』を論じます。

-内容分析-
簡単にまとめると、
風土と人間は相互性であるというところから議論は始まります。
スンスーンとインド宗教観を論じ、インド人的人間とはどういうものかをわかりやすく表現。
砂漠について、砂漠をしらない我々の感覚をまず正し、そうして砂漠と非砂漠的なものの対比をします。そこからアラビア的人間の性質を浮かび上がらせます。
牧歌的、代表としてイタリア、ギリシア、フランス、ローマ。それぞれの土地的条件に言及し、それぞれの差異を明らかにしていきます。イタリアでは、太陽と緩やかな自然が人間を自由にする。ギリシャでは、ちょうどイタリアとローマ的自然の中間において、多用な性格をもたらすと解釈、フランスも同じ。ローマはその文化が統一をもっていることから、秩序立った文化を所有します。
他にイギリス、ドイツについても言及。

モンスーン的風土の特殊形態
シナ(中国)はモンスーン的風土+砂漠的風土
日本は「間」と家族性
日本の珍しさは西洋との建築の違いにある。

それから彼は、芸術への試論を行います。文化からみた芸術の違いです。
ギリシャは合理的であり、その最たるものはシンメトリーにみられる。
日本は非合理的、気合いの文化。

風土学の歴史的考察
ヘンデルの精神科学的に風土を考察したことから始まることに言及、カント、ヘーゲルへ繋がります。

-私の反論-
ただ、彼自身もいっていますが、この本は完成されたものではありません。特に歴史的考察では、当時の外国の風土学について調べる時間と労力が無く、大分古い資料をもとにして研究が行われていたため、すでに時期に乗り遅れている感があります。
あと、もう一つ私が批判しておきたいのは、芸術へ対する考察です。元々が哲学、風土を評論するひとですが、やはり芸術はまたことなった性質が必要だと私は思います。ですから、本来書かなくてよい人が書いたという印象があります。
芸術にたいして、風土的な視点から論じようとした試みは大変感心できますが、内容は分りにくく、あまり明確に分析できているとは思えません。芸術は芸術を主な評論とする人物が行えばよいのではないでしょうか。

偉大な評論家に牙を向くのは大変勇気がいることです。私の論など実に幼い。論理的でもありません。
そういう点になると、この和辻哲郎氏というのは、一種の天才的な論理性と、真を付いた哲学的な視点をもっていたといえるでしょう。前半のそれぞれの国を風土的に解釈するてんにおいては、すばらしい評論となっています。しかも初めての試みであったのにも限らず、あまりにも的確に、あまりにも分りやすく解釈しています。
地球という自然の環境のこの上なく豊かな青い星の上で、どのような自然の体形があるのでしょうか。彼はそうした自然の類型をもとめることによって、その特色を発見し、そこで暮らす民俗の性質がどのように異なるかを発見したのです。
ただ、文化相対性という概念がまだあまり出ていない時期に書かれた文章ですから、ずばっとしていて爽快ではありますが、決め付けに近いものがあります。私はそんなふうに決定していっても大丈夫なのだろうかと思いました。
文化相対性というのは、お互いの文化を尊重しましょうねというようなもので、何よりもフィールドワークを大切にするものです。私はまだ、どうもいい加減な民俗学者にしかあったことがないので、実感として少し疑念があるのですが、しかし和辻さんは、明確に言い当てているのです。そうした批判を恐れないような勇敢な論は、大変読んでいて気持ちが良い。
和辻さんの文章には、明解さと、それを納得させる裏づけがあり、実に論理的かつ哲学的な考察があるのです。

一つの側面としては、科学的な根拠はないという欠点はあります。彼が旅団として他の学者とともに現地へ赴いたときに考え、考察した際の文章ですから、主観が強いといっても間違いではないでしょう。それに全体としての風土を捉えているので、どこか一つ、例えば日本に絞ってということではないので、細かい部分まで言及されてはいないという感じがあります。
もちろんこうした試みは当時はじめてだったわけで、それ以降の研究の発展に大いに寄与したということは事実ですから、その布石としての功績は絶大なものです。
彼のいうところでは、人間の性質というものは、自然と相互的に関連し、そうして作られるものです。ただ、一つ注意したいのは、全体的な傾向がそうであったとしても、個人のレベルでみると、性格なんて種種さまざまで、取り止めがないですよね。日本でも、西洋的な性格を持つ人もいれば、ほかの性格を持つ人もいるわけです。

-終わりに-
個人の読み物としては、とても面白く、わかりやすいのです。ただ、現在の民俗学から考えると少し甘い部分が出てきます。上でも述べましたが、民俗学の初期の、基礎を作るに至ったものですから、学問の発展に大きく寄与したことは確かです。ですから、そうした面では多分に評価してもしすぎることはないでしょう。
人はこうした、学問の初期にあたる本を読むことがもうなくなってしまうのでしょうか。学問は確かにここ百年代で相当な進歩をしました。研究も多分にされ、研究され尽くしてしまったというような印象もあります。私たち現代人は、こうした学問がこれから発達していく境目というものをもう見ることができないのでしょうか。少し悲しくもあります。
こうした新たな眼差しをもつために、彼は一体どのような訓練をしたのでしょうか。あるいは才能でしょうか。「風土」という作品を生み出した、個人の「風土」が私には気になるのです。

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