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二条城展 感想とレビュー 徳川家に愛された芸術

-初めに-
先日二条城展に行ってきました。江戸東京博物館へは小学校の頃社会化見学で行った以来でしたから十何年ぶりですか、あの広い空中へ浮かんでいるような広場に出たときの懐かしさは大変心地よいものでした。
さて、電車の中の電光掲示板(なんていうのですかね、CMやっているやつ)ではなかなか粋な宣伝をやっています。どうして二条城へいかないのかという質問に対し、それぞれの将軍が言いそうなことをアンケート結果として提示しているもの。節約のためとか、遠いからとか、めんどくさいからとか、果てには興味がないというのもあったように記憶しています。
こちらは大変すいていて、これで大丈夫なのかしらと感じるほどですが、そのぶんゆったりと見学できる展示会となっています。

-作品内容-
二条城というと、日本史をとっていないと知りもしないという若者が増えているのではないでしょうか。徳川家康が作り、15代将軍徳川慶喜が大政奉還を行ったことで有名な城です。京都に建造された二条城は、京の江戸と呼ばれるほどで、京都においての徳川家そのものを象徴する重要な建造物となりました。
歴史はあまり詳しくないのでこのくらいにしておきますが、二条城が東京へきたからといって、それに興味をもって態々足を運ぶ人間がそう多くいるかといわれると、そうでもないように感じられて残念です。日本史が好きな人しか行かないというのが現状であろうと思いますし、来場客の足はなかなか増えないのではないかと私は懸念しています。ここに展示会の内容によって、来場客の性質が異なったりする難しい部分があるのでしょう。
実際、私は日本史は受験で使用しましたがそこまで好きだというわけでもなく、単に美術愛好家として狩野派の障壁画が見れるからという理由で行ったのです。ですがこれは二条城展ですから、障壁画ももちろんきていますが、それ以外にも城に使用されている瓦であったり、金具など、或いは彫像品などが展示されていました。そうした面で見ても、やはり美術好きという人間に対しても完全に満足させられる展示会ではないので、私は少しく無念な印象を持っています。日本史好きにはたまらないのでしょうが。

狩野派の困ったところは、その時代の権力者たちに癒着して製作をしているということです。もちろんそれら権力者にパトロンとなってもらって保護してもらわなければ、美術者一団が食っていけるほど楽な時代ではないことは確かです。しかし、そのため、興亡の多い権力社会においては、せっかくつくった作品がその勢力ごと駆逐されてしまうことがあるのです。織田にしても、豊臣にしても、それらの城には現存していれば国宝級の宝の山があったことでしょう。それがしかし、燃されてしまったのです。幸いなことに徳川家はその終末においても武力を用いて駆逐されるということはなく、二条城の宝物は何とか生き残りました。
ですが、これらの美術作品は元々美術のための美術ではなく、実用的美術作品なのです。そこには常に使用されるという意識が働いています。ですから製作者の内情をあらわにして製作するという西洋的な感じがない。しかも実際しようされていたのですから、数百年という歳月を食えば作品の状態も多少の悪化は避けられないことなのです。
数々の障壁画がありましたが、保存状態が良いとはいえ、ある程度の悪化は見られました。金箔は酸化し、重ねて貼った部分が明確に分るようになってしまい、顔料はところどころがはげ、全体的に色が褪せてしまっています。

『二の丸御殿 遠侍二の間 竹林群虎図』重要文化財 狩野甚之丞筆
当時はまだ動物学があまり日本に伝わっていませんから、しばしば見られることですが、豹は虎のメスだとして描かれています。形も今みれば大変いびつでおかしな格好をしています。それから実用面も考えられて、この虎の絵がある部屋は、来客者を初めに通す部屋だそうで、そこでこの虎を見せてあいてを威嚇しようというのです。色々なことを考えるようで、一つずつ見ていくと面白いのですが、純粋な美を求める美術とはすでに別の世界であるということだけは確かなのです。
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『二の丸御殿 大広間四の間 松鷹図』重要文化財 狩野山楽または探幽筆
山楽だとしても、探幽だとしても両人とも狩野派を代表する最高の絵描きであることには変わりありません。これは今回の展示の広告にも載っているように、最も優れた障壁画です。私がもっとも感動を覚えたのはこの作品で、ダイナミズムが狩野派の持ち味の全てを出し切っているように感じられます。松が左下から右斜め上へとうねりながら登っていく様は大変力強く、凝固したエネルギーを感じられます。しかし凝り固まったものではなく、雲を突き抜けた部分である程度の屈折があり、右で上から下へ降りてくるという構図をとっています。緊張した強力なエネルギーとそれを上手く逃がす術がここにはあるのです。そうして水面が清らかに横を一直線に貫いている。上昇する強力なエネルギーのみだと不安定なのが、これによって見事に平穏を手に入れているのです。そうして最後に目が行く突くのが鷹。ありえないほど足が大きいですが、その分力の象徴である鷹がより偉大で、足のすわった重みが出ます。ぎゅっと体をひねっているのもその力が流動的であることを表しているのです。眼差しは強烈です。
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『本丸御殿 御常御殿一の間 松鶴図』重要文化財 狩野永岳筆
離宮時代と呼ばれる二条城が徳川家から離れてから後の絵です。徳川家から離れた二条城はされど、進化を続けたのです。ですからこれはそんなに古い作品ではありません。色彩も大変鮮やかですし、作品も非常に美しい。
松、鶴という縁起の良いものを描いていますが、松、鷹といった力はそこにはもうありません。どちらかというと平穏な印象が強いです。モチーフは殆どが右に寄せられていて、その分右側に力が集まっている様。それが次第に左へと抜けていき、冷たい海が静寂を湛えています。ふっと息を吐ききったときのような力の逃げ道があり、構図も見事です。
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-終わりに-
図録が展示通りの順番で紹介されていないのが問題です。それから、展示場では、二条城の音を再現するためか、扉が開いたりしまったりするぎっこんばったんという音や、廊下を歩いた時のきいきいといった音がひっきりなしに流れている。何かしらのセンサーに反応して起こるのならまだ良いですが、ずっと流れているのですから、作品に集中できず大変迷惑をしました。
また、作品の数もそんなに多くなく、全体としてはあまり良い印象を受けません。私にとっては残念な展覧会となってしまいました。美術だけが好きな人にはあまりオススメできないのが実際です。
日本史が好きな方にはもちろんオススメしますが、もっと納得のいく展覧会を今後は期待します。

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