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オランダ・フランドル絵画の至宝 マウリッツハイス美術館展 感想とレビュー フェルメール等巨匠たちの絵画に学ぶ

-初めに-
東京都美術館のホームページhttp://www.tobikan.jp/
さて、以前から武井咲さんがCMでフェルメールの真珠の耳飾の少女の衣装をきていることで皆さんもご存知のマウリッツハイス美術館展に行ってきました。フェルメールが生涯で手がけた作品は少なく、現存する作品は30点ほどでしかないということも大変有名なことであります。そのなかでも特に有名な「真珠の耳飾の少女」がくるとあって、会場は人でごった返していました。
上野には普段から足しげくかよっている私ですが、さすがにこれほどの混雑は稀なことです。それほど込み合っていました。
たまたまシルバーデイだというのを知らずに、65歳以上の肩が無料になるためということもあったのかも知れません。他に考えられるのはお盆休みということでしょう。まるでデズニーランドのアトラクションのような待ち時間のオンパレードでした。もしこの記事を読んだ方でまだ行かれていないかたがいれば、平日の午後に行くことをオススメします。会場時間の延長がなされましたから、夕方に滑り込めばまだすいているのではないかと思われます。
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さて、全体の概要ですが、マウリッツハイスとはオランダ語でマウリッツ邸という意味だそう。元々このマウリッツハイツ美術館というのは、ヨーハン・マウリッツ(1604-1679)の邸宅だったそうです。現在でも美術館として機能するほどの建築ですから、どれほどの金持ちかということがうかがい知れます。しかし、そうはいってもやはり個人宅として作られたもの。歴代の当主たちにより厳選された質の高い絵画がそのコレクションですが、一般に公開されてからは空間的な過大が残りました。
それが付近の建物が空き家になったということで、今回マウリッツハイス美術館の大々的なリフォームが始まるそうで、そのためにその珠玉の絵画たちが日本に貸し出されたということなのです。
赤レンガで有名な東京都美術館で展示が行われていますが、約80点にも登る優秀な作品のため、かなり大きな空間を裂いて展示が行われています。地下を通って殆ど東京と美術館の全体をぐるっと一周するような立派な展示です。
ただ、有名な作品がおおく来日しているため、来場客の数も半端ではなく、押し合い圧し合いのなかでの鑑賞となりますのでその覚悟と体力と時間をご用意の上で挑んでください。

-作品の考察-
展示は6つの分野から成り立っています。Ⅰ美術館の歴史、Ⅱ風景画、Ⅲ歴史画、Ⅳ肖像画「トローニー」、Ⅴ静物画、Ⅵ風景画。
どれも比率よく作品が集められていますから、まさしくマウリッツハイツのミニ展示会にきたようです。
Ⅰの美術館の歴史では、上で述べたようなことが学べることと、当主や美術館を描いた作品を見ることができます。私はあまり歴史的なことには興味や知識がないので、このことは他の人に譲りたいと思い、言及はしません。アントーン・フランソワ・ヘイリヘルスの『マウリッツハイスの「レンブラント」の間』という作品は、レンブラントの作品がいくつも展示されている美術館のなかの一室を描いた作品で、とても構造として面白い作品です。この画家は1828-1897の人ですが、その当時からすでにオールドマスター(過去の巨匠たち)への飽くなき羨望と敬意があったことを窺い知れます。メタ絵画とでも呼べばよいのでしょうか。すでにある作品のための作品なのです。この美術館の所蔵作品は、美術館の成立が深く関わっていますが、時代が時代なために、1600年代の作品が主です。1800年代であるこの作品は展示物のなかでは異端です。
殆どすべての作品が1600年代、新しくてやっと1700年を越えたというところですから、いわゆる巨匠時代の絵画しかないのです。ですから印象派もまだ登場していません。ほとんど写実的な絵画ばかりで、芸術が写実へと向けられていたころの作品ですから、素人目にもよくわかる展示となっていることは確かです。
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Ⅱ風景画
これらの絵を見ていると、人は何故絵をかくのかという哲学的な問題がふと頭をかすめます。オランダのハーグ、我々からしてみたら風景画の一場面ですね。でもそこに住んでいる人が風景画を集めているのです。人間はキャンバスのほんの限られた空間のなかにある土地の空気、自然を閉じ込めるのです。そうしてそれを家のなかで楽しむ。そこにいかなくとも、その土地の空気や風景を楽しむことが出来る。記憶の媒体、それも文章や映像とは全くベクトルの異なる、非常に高度な記憶媒体なのです。それは自分を表現するというよりかは、自分の自然とのつながりを意識して描かれたものなのでしょう。
中でも興味を引いたのはパウルス・ポッテル。28歳の若さでなくなったという天才的な画家で、生前に100点近い作品を残しています。彼の持ち味は写実性のなかでも、生命感を閉じ込めることでしょう。動物が生きているように見えるのです。特に牛の表現には圧倒されます。風景としては大して美しい景観ではありませんが、その迫真性にせまった点、それでいて高橋由一のようにバランスにかけるということもない完成されたバランスに感動を覚えました。『牧場の牛』
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もう一つはヤーコブ・ファン・ライスダール『ペントハイム城の眺望』
日本ではあまり有名ではないかも知れませんが、黄金時代の偉大な画家として美術界では欠かせない名前といってよいでしょう。風景画ではその緻密さにいつも驚かされますが、大抵の風景画には近景として何らかの木があることが多いのです。ところがこれはまったく新しい目を持っていることに気がつかされます。いままでのようなアングルとはうってかわって、ローアングルのような感じで城が描かれているのです。近景もあえて描かないことによって、より城に意識が集中され、偉大さが増します。近景がないためか、空間の奥行きが誇張されることなく自然と描かれているように感じられ、光がおくから差してくるためか、爽やかな風が今にも吹いてきそうな現実感を内包しているのです。
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Ⅲ歴史画(物語画)
以前いったエルミタージュ美術館ではこれらに分類されるであろう、数々の神話をモチーフにした作品が多くありました。こんかいの展示では6分の1ですから数量的にいってもそう多くはありません。私の場合ミッション系の学校に通っていたこともあって、人一倍キリスト教の知識はあるのですが、やはり素人となると、クリスチャン人口が1パーセントにも満たない日本では厳しいものがあるのかなと感じます。ほかにもギリシャ神話やローマ神話などに登場する神々がモチーフになって出てきますが、これらが向こうの人にとっての常識となっていても、私たち日本人にはわかりかねるところがある。やはり絵画は言語や文化を越えるといっても、モチーフが固定されてしまうとわからないということが生じるのだと感じました。
ヤン・ブリューゲル(父)、ヘンドリック・ファン・バーレン、『四季の精から贈り物を受け取るケレスと、それを取り巻く果実の花輪』
これはとにかく目を奪われる作品で、そのため多くの来場客が立ち止まって鑑賞するので大変な混雑となっていました。今回の展示作品のなかでは最も美しい作品だと私は感じています。風景画や静物を欠かせたらヤンブリューゲル父子の敵う画家はそういません。そのヤンブリューゲルと人物をバーレンが描いた共同制作です。アントワープには古くから専門分野が異なる画家が共同制作をする伝統があるようです。私も下手な画家の一人として言えば、しかし共同制作ほど厄介なものはないのです。先ずお互いが何を描きたがっているのかも分らないし、その作品はどちらが主体で進めていけばよいのかも決定するのに難儀です。
大巨匠が共同制作する姿を一目見てみたいですね。この作品はともかく精密な描写が目を奪います。ちょっと細かすぎて目がクラクラしてしまうという感じを受ける人もいるでしょう。恐らくそういう感情をもった画家たちが印象派などを開拓していったのだと私は思っているのですが、これは精密、精緻の極限まで突き詰めた作品です。一つ一つみるのに一体何時間かかるのかわからないよほど、細かくしかも沢山描かれています。よく見ると動物も沢山いて、植物も果物だけかと思っていたら野菜も結構ある。
全体が円を描くようにして、しかも上昇するように視点が動くような構図で、実に甘美な!という言葉が丁度当てはまるのではないでしょうか。
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数少ないフェルメールの作品も一つあります。ヨハネス・フェルメール『ディアナとニンフたち』
これは神話を題材にした作品ですからよく私にはわかりかねます。フェルメールにしては珍しい神話を題材とした作品です。何故彼がこうした作品を描いたのかという理由は解説では、17世紀の美術の手引書からわかるのではないかとしてます。かいつまんで説明すると、歴史画はそれ自体が非常に評価され、なぜなら画家が古典神話か聖書を自分でよんで、どこを描くか選択し、どう描くか選択し、慣習的な作法にも心を配らなければならないと、画家に最もおおくの事柄を要求するジャンルだったからだそう。
フェルメールが画家になりたてのころに描かれた作品らしいですが、なるほどそうすると室内の描写で神のごとき扱いを受けるに至った彼も、最初はそういうところから始めたのかとも考えられます。初々しいとでもいうのでしょうか。
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Ⅳ肖像画と「トローニー」
さて、ついに今回の展示会の目玉である「真珠の耳飾の少女」が展示されているスペースにやってきました。近くで見たい方は10分程度待つというアトラクションです。さて、この少女、一体だれがモデルなのかと誰もが疑問に思います。私も知らなかったのですが、「トローニー」と呼ばれるもので、これは特定できないモデルを描くということなのです。だから誰を描いたということに重点が置かれるのではなく、人物の表情や、性格のタイプの表現を探る習作として描かれたものなんだそうです。ですから絵画のジャンルにおいては低級なもの。あまり評価されてこなかったというのが歴史なようです。
フェルメールの画家として円熟期にあたる時期に描かれた作品、発見されたときの状態は大変悪く、世界的な人気が出たのもここ100年のことだそう。どうしてこんなに多くの人々がこの少女に魅了されてしまうのかと考えますと、あの目と口が原因ではないでしょうかと私は感じました。目はうつろ、(空ろ・虚ろ)なのです。無意識の状態からふっとこちらをみて、徐々に意識が登ってくるというまさにその瞬間を捉えたのです。口も半開き。とかく「微妙に」ということは我々人間の様々な感情をくすぐります。宝箱だって微妙に空いていたら見たくなるものです。部屋だってカーテンだって。この微妙な口の開き加減に我々は吸い寄せられ、様々な憶測を始めてしまうのです。だからこの作品は少女が絵のこちら側にまで強く影響を及ぼすだけでなく、引っ張り込む力も持っているのです。
ターバンは当時被られてはいないようです。フェルメールの想像によるもので、東洋的な性質を入れたかったのだろうと考えられています。そこにも何かしら東洋的な神秘が感じられますね。
説明文ではターバンの青がウルトラマリンで高価な絵の具が使われているという説明しかなされていません。何故ウルトラマリンが高いのかというとですね、(一応美術をやる人間として知識を披露したくなります)絵の具の材料に原因があるのです。絵の具はどうやって作るのかという話ですが、大抵は土を溶いたり、鉱石を焼いたりなんかして作られます。このウルトラマリンですが、なんと原料がラピスラズリという鉱石。宝石としても非常に好まれているあの青い鉱石を粉々にして溶いてしまうのです。だから法外に高い。絵の具の中でもっとも高価なものですが、様々な画家が言っているように、その青の美しさには誰もが魅了されてしまうのです。私の愛読書であるサルバトール・ダリの『ダリ私の50の秘宝』でもそのことが言及されています。超高いとダリも驚いています。
ヨハネス・フェルメール『真珠の耳飾の少女』
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Ⅴ静物画
誰もがはっと息を呑んでしまう巨匠時代の画家が描いた最高の静物画が沢山あります。静物画はやはりこの時代の画家が一番上手いということは変えられない事実でしょう。まだ写真もない時代ですから、画家たちの目は今の画家よりも何倍ももしくは何百倍も洗練されていたということは仕方がありません。物事をどうしたら写実的に描けるのかということを人生をかけて追求したのですから、到底写真の技術が発達してしまった私たちでは彼等の領域に踏み込むことは出来ないのです。
本当にそこにあるようなという言葉通りで、手を出したらつかめそうなほど迫真的なのです。
内心は全部の作品に何かしらのコメントをしたいのですが泣く泣く省略します。ヤン・ブリューゲル(父)の『万暦染付の花瓶に生けた花』も秀作です。はかなさをあらわしている作品です。
アーブラハム・ファン・ベイエレン『豪華な食卓』
静物画の専門ということで、その技術は巨匠たちの中でも最も優れているのではないでしょうか。花を描いた作品があればそちらも見たかったのですが、今回来日している作品は食卓の絵。様々な果実は水水しさが四百年近く経った現在でも残っています。氏銀食器の静かさや冷たさといったものが伝わってきて、ガラス製品が食器とあたったときの甲高い音が今にも聞こえてきそう。
静物画のよくもわるくもある点は道徳的なことが込められているということです。私は必要ないのではないかなと思っている人間ですが、この作品では豪華な食卓を描くことによって、節度をわきまえろということが示されているのだそうです。確かにそうしたものに金をふんだんに使っていてはいけないことかも知れませんが、せっかくの美しい美術作品にそうした副次的なものをつけてしまうのは作品の神聖さが失われるようで私は嫌いなのです。
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ピーテル・クラースゾーン『燃えるろうそくのある静物』
私が驚いたのは火がそこに描かれていることです。静物画というのはそう簡単に動くものは描くことはありません。静物なのですからね。今までではシャボンダマのようなはかなさをあらわすものは何度か目にしたことがあったのですが、静物画としてロウソクの火を見たのは初めてでした。
この絵のすばらしさはそのろうそくの火がそこで燃えているように感じられ程現実的であるということです。ほろうそくの火は結構ゆらゆらしたりして不安定な部分がありますよね。そうした不安定さが見事に表現されているのです。ガラスのカップに映った火も美しい。
この静物画も例外ではなく意味が込められているよう。二通りの解釈できるそうですが、彼のほかの作品等も鑑みると、知識のはかなさを描いているようです。本とめがねというのは、知識の永遠がないことを表していると同時に、それらがすたれていくことや、時間が経てば何ら意味のないものになってしまうはかなさなどを表しています。
17世紀に解釈されたもう一つには、肯定的なイメージがあります。暗闇のなかを知識という人間の叡智が照らしているということです。こちらのほうがいいような気もしますが、ピーテルは後年象徴的な意味合いは目立たなくなり、静謐な構図の詩的な性格を強めていったそうです。
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Ⅵ風俗画
芸術的な美しさよりも、日常の風景を描き出すことによって、人間のさまざまな部分を引き出すものです。自然を見ていた画家が、人間も見るようになったということでもあるでしょう。今回展示されている作品では、それらの人間を描くことによって、マイナスの人間性が強調され、道徳的な意味合いが強いものばかりが並んでいました。豪奢な振る舞いをしている人間たちを描き、そういうことはいけないという教えです。
どうしてもそうした人間の欲的なものは日本人の私には好まれないので、そうではない作品を取り扱っておきましょう。
ヤン・ステーン『恋わずらい』
子宮病といわれるいわゆる恋わずらいがテーマです。当時は命にまでかかわる重大な病気と考えられていたようですが、その原因は極端な禁欲。この病気をテーマに多くの喜劇などが生まれました。仮病をして頑固者の父親を説得して恋人と結婚するというものだそうです。ここでは医者は当時でもおかしなくらい古めかしい格好をしているようです。その医者は真剣にこの病に立ち向かっています。ですがそんなことせずとも、右上に描かれたキューピットの像が示すように、恋人と結婚させれば治ることが示唆されています。滑稽味を出した作品なのです。面白いですよね。
Fig. 6 Chlorosis Jan Steen

ヘラルド・デル・ボルフ『手紙を書く女』
この情景をみて一体何が想像できるでしょうか。簡単に思いつくことはこの若い女性が恋文を書いているのだろうということです。確かに耳の青いリボンが若々しさを表しているようにも思えますし、絵の中心にきていることから軽くない意味があることがわかります。薄暗がりのなかで、ペン先が紙の上を滑るさらさらといった音が今にも聞こえてきそうなほど静寂につつまれています。
ところが専門家によると、そう考えられることもないが、恋文だと決定付けるものは書かれていないということだそうです。後ろに見えるベッドも必ずしも愛情を表すものではなく、当時はリビングにベッドがあり、寝室という概念がうまれてきたのが17世紀後半だそう。しかも、オランダは識字率が高く、暇さえあればみな手紙を書いていたという習慣があったようで、手紙が上手くかけないひとのために、手本もあり、その手本を参考にして書くこともよしとされていたようです。恋文の綴り方まで指導してあるものもあるとか。読んでみたいですね。
ですからそのように考えると、そう簡単に解釈できるものではないということが分ります。専門家でさえ明確なことをいっていないのです。この女性は一体何を書いているのか、何故書いているのか、こうしたことを考えられるのも芸術作品に向き合ったときの我々の豊かな喜びでもあります。
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-終わりに-
現在東京都美術館では、「東京都美術館ものがたり」展という無料の展示会も同時に行われており、東京都美術館がどのような歴史を辿ってきたのかということがダイジェストで楽しめます。これは無料ですので、是非多くの人に見ていただきたいと思います。その会場から吹き抜けが見えるのですが、「Arts&Life:生きるための家」展も同時開催です。
これは立体をやる人間にはかなりよい刺激となるのではないでしょうか。高校生以下無料ですから、高校生の美術をやる人には是非足を運んで欲しい(学生証を忘れずに)。
大人となってしまった私は有料なのです。ですから吹き抜けからしか見ていなかったのですが、中は建築の模型がいっぱいあるようで、とても気になります。500円以上とられるのはなかなか気が進まなくなってしまうものです。しかも人にもまれてへとへとになった身ですからね。疲れて今日はやめてしましました。
行く際には何度も言いますが、時間を見計らってください。展覧会としては大変充実して、美術とそんなに親しくないひとでも写実的な絵画ですからわかりやすいと思います。せっかくの夏ですから是非行ってみては。

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