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アニメ映画『雲のむこう、約束の場所 -The place promised in our early days-』への試論 感想とレビュー 平行宇宙の存在

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-はじめに-
2004年公開の作品。毎回エンドロールをみて思うのですが、やたらと新海誠の名前が出てきます。それだけ多岐にわたって技術があり、それをやりきるだけの力があるということなのでしょう。新海監督は、監督というだけに留まらず、殆ど自分ひとりで仕上げてしまうという力をもっています。これは良い部分もあれば悪い部分もありますが、新海監督にしか出来ない一つの特色であることには間違いありません。
新海監督にとってはこの作品は3作目となるもので、それ以降の作品の根底となるものが作り上げられたという感じがします。なんといっても新海作品で目を惹くのは、あの空の表現です。これまでのどの作品にもなく、また真似できるようなものではない、宝石が散りばめられたような虹色の空。他はあまりにも写実的で、どうして実写でやらないでアニメーションなのか理解できないほどなのにもかかわらず、この空の表現だけでアニメである意義を徹底的に確定させる力強さです。

-世界観-
この作品は、途中まで現実の世界の話のように思われます。しかし、これは作品のなかでも語られますが、平行宇宙の世界を描いた作品なのです。超ひも理論によって、宇宙が膜のように存在し、そこにはおこりうることが全て起こる世界が展開されているという考え方があります。それを日本小説で初めて体系的に取り入れたのは『時をかける少女』で有名な筒井康隆先生です。これはご承知の通りだと思いますが、そのような平行宇宙、しかも極めてこの世界に近い、ものを描いた作品なのです。
そこでは、ユニオン政府というものが存在し、恐らくロシアなのでしょうが、北方、北海道がロシアに占領されているという話になります。ただ、そこでは科学技術がかなり発展していて、宇宙へとそびえたつ白いユニオンの塔というものが存在するのです。それはその世界と他の宇宙をつなぐ装置なのです。
物理的に考えると、たぶんあのような塔は立ちませんね。素材が自分の重みに耐えられないのです。この世界ではそれが出来る何らかの技術、或いは素材が開発されているのでしょう。

また、もう一つの作品の特色は夢です。私も小説を書くときに夢からアイデアを貰うことがあります。筒井康隆も夢については相当な重きをおいています。『パプリカ』などはその良い例です。それだけ人の夢には力があるのです。
何かを失ってしまうという観念がある少女、沢渡 佐由理。その失ってしまうものとは、今みていた夢の記憶なのです。その大切な記憶がなくなってしまうから、なかなか起きれないということにも繋がると思います。

-作品の欠陥-
作品として、全体を通して一貫したテーマを追い、絵と音の表現も大変すばらしいものになっています。特に平行宇宙のどこかこの世とは違う世界の不思議な感覚を上手く描けています。その反面新海流の写実的なタッチげ現実味を多分に帯びていて、説得力がある。
ただ、私はどうしてもこの作品には最初から成立しえない大きな欠陥があると感じます。そのためどうしても最後まで、作品の崩壊が起きないか心配していましたが、何とか逃げ切れたという感じがあります。この少女佐由理が眠り続ける理由があまりにも不明確です。平行宇宙の情報が流れてきているということはわかります。
ところがどうして流れてきているのかということがわからないのです。ユニオンの塔の設計者が佐由理のおじいさんだからということが明かされますが、だから何故となるわけです。祖父であるならば、孫に昏睡状態に陥るような負担を強いるのはあまりに不自然です。どれだけ家族を恨んでいたのかということになります。でもそんなことはないでしょう。
ユニオン政府に無理やり作らされたという説はありえます。ですから、この世界が他の世界と同化しないように、ユニオンの塔が発動しないような設定を設けた。それならばわかりますが、その設定が孫ではやはりおかしい。自分の子孫に影響がないように作らなければいけないはずなのです。
実際に藤沢浩紀が佐由理を助けたときに、ユニオンの塔は始動して、他の宇宙とつながりかけました。爆弾を積んでいなければ、この世界は他の世界と同化、或いは流れ出すか、取り込まれるかしていたわけなのです。
どうしてもここにプロットの欠落、構成の崩壊が起きています。作品の存在理由が成り立たないのです。

-おわりに-
最もすばらしいとされているのは『秒速5センチメートル』ですが、それは話が最も単純だからです。この作品ではプロットの限界を向かえ、冒険風に描いた『星を追うこども』ではジブリ臭だなんだと酷評されました。
仕事の大部分を一人で背負う新海監督。ただ、私はその仕事を他の人間と共にすることによって、作風に新しい風を送ることができるのではないかと考えます。新海監督は確かに、若手の最も有力なすばらしい監督です。技術は相当なものがあります。それこそ世界でもトップレベルです。ただ、一人ではどうしても限界がある。その弊害がこのように種種の作品の欠陥として現れているのです。ですから、弱点を補ってくれるような共同制作者が必要になるのだと私は思います。
また、新海作品の殆どは外面の話です。冒険であったり、人の行動によって話が進んでいく。こんどは内面、心象に目を向けるとより作品に奥行きが出るのではないかとおもいます。今後も活動を期待します。

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