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アニメ映画「HARMAGEDON 幻魔大戦」への試論 感想とレビュー 80年代の映画、そこに描かれているものとは


-はじめに-
幻魔大戦はSF作家平井和正と漫画家石森章太郎両者による共同作品で、原作は漫画です。ただ、あまりにも壮大すぎるテーマのためか、たびたび連載が中止になるという作品でもあります。1967年から描き始めていますから、相当古い、漫画の古典のような作品です。また、その世界観からガンダム的展開、派生が多くありますが、しかしそれらも何らかの理由により連載が中断してしまっています。
私はオンタイムで生きてきた人間ではないのであまりよくメディアの存在の様子がわかりませんが、当時のマンガは結構中断したり、主人公が変わっちゃったりと、言うことが多かったようです。この作品も多くの派生を残していながらまともにまとめられなかった作品です。その始めての映像化ということで1983年にアニメ映画として公開されました。

-内容・主人公の心的成長-
1980年代というとどのようなイメージがありますかね。バブルを目前として経済は活気付いていた世の中。しかし、一方ではオカルト的なものが非常に横行した時期でもあります。石森章太郎の漫画は超能力者が多く登場しますね。次回はアキラを取り上げてみようと思っているのですが、この幻魔大戦は彼にとってもマスターピースとなりえるような重要な作品ではないでしょうか。現在でいうところのエヴァンゲリオンのように、結末が異なる様々な話形を展開する。その変わり行く展開の中に何を描こうとしたのでしょうか。
映画版ではもちろん結末がつかなければいけませんから、幻魔一族を滅ぼすということで終了します。
この作品を見て、まったく古めかしいという感情は抱きませんでしたね。確かに80年代のどこかオカルトチックな雰囲気は感じました。しかし、古典的だとは全く思いません。現在では超能力的なものがあまり流行らなくなりましたね。ですが、当時と現在とで、描き方自体は異なっても、描かれていることは全く変わらないことを発見したのです。
つまり、この作品は自己のアイデンティティーの確立と豊かな人間愛が語られているのです。

突然超能力を手に入れてしまった主人公東 丈。声優の古谷徹が実にマッチしますね。どこかアムロのような人間的な欠落を持っているのです。そうして自分の心の中に自分だけの絶対安心の世界を作り出してそこに閉じこもる。現実がどうしても自分の思うようにいかない。どこかずれているという感覚がある。
そんなとき超能力を手に入れる。気が強くなって傲慢になる。力を使いまくる。しかし、その力が決してすばらしいものであるだけでなくて、いつか人を傷つけてしまうことに気がついて、コントロールできるように成長していくのです。

どうも、この頃から地球滅亡といった漠然とした不安があるようですね。現在でもまだ、そう弱くない力をもってそうした言い伝えがテレビ番組に登場したりします。当時のオカルティシズムはこの地球滅亡がかなり色濃く認識にあったのでしょう。だからそこから人類が生き延びるのはどうしたらよいかということになったのだと思います。
しかし、どうしてそこまでして人類は滅亡したがるのでしょうね。人類全体をまとめようとするときに何かしらの恐怖が必要になってくるからでしょうか。この漠然とした不安は一体どこから来るのでしょう。そんな簡単に滅亡しませんて。
でも、その滅亡がついぞ迫ったときに、ヒーローが現れて世界を救済してくれる。その救済が何時の世も必要になっていることは確かでしょう。イエスキリストは確かに実在した人ですが、彼の救いは当時の人々にとって、それからキリスト教を信じる人にとって、心の救いとなっているのです。メシア願望とでも言いますか、私たちはいつの世でも何かに絶望し、不安があり、そこから救済されることを願っているのです。その心の表象がこの作品を生み出したのでしょう。

-ベガ・テーマソング-
この作品では、地球に滅亡をもたらすのは宇宙のある種の生命体、幻魔一族という破壊をその性として生まれもつ存在です。この宇宙には多用な生命体で満ち溢れているという思想。これは確かにSFから来ているのでしょう。しかし、滅亡、破壊の生命体がいるという思想は実に興味深いものです。科学が発展する前は、それは人間たちの心のうちの暗黒の部分であり、或いは自然であったのです。それが、より外的なものに入れ替わったといってもいいでしょう。マクロス7なんかもこの考えを色濃く反映していますね。
さて、そのような一族と戦ってきた種族の生き残り、サイボーグのベガが居ますが、この役割は非常に重要です。この作品で唯一の地球外生命体で、しかも地球の味方なのです。それぞれの超能力者たちのよき指導者となり、リーダーとなり、協力者となるのです。また、声優がすばらしいですね。江守徹ですから、あの安定感のある重厚な声。チェロを聞いているような低くなだらかな温かみは、俳優として鍛えあがられてきた実績を物語っています。80年代、90年代のアニメーションはいまから考えると、そうとうなキャストによるものが多いですよね。現在ではどの人も大御所となっているような方ばかり。豊かな時代だったのでしょう。

もう一つ取り上げておきたいのはこのテーマソング。ローズマリー・バトラーの「光の天使(CHILDREN OF THE LIGHT)」。当時は相当流行ったそうですね。何故か日本ではかなり人気の名曲となっていますが、外国では全く知られていないとか。私も子どものころどこかで聞いたのを覚えていました。
現代のアニメーションだとエンディングは結構はっきりしているものが多いですね。ただ、この80年代のアニメは結構余韻の残るような終わりが多い。この作品も印象的なメロディーのテーマソングと共に地球を救った超能力者たちが環になって空へ空へと飛んでいきます。荒涼として滅亡しかかってしまった地球とのコントラスト。彼は死んでしまったのでしょうか。私にはなにか精神体のようなものになったのではないかと思われました。一方最後は丈が助けたであろうあのシカが緑の多い森林の中にいます。こちらを向いて終わるという印象を強い。

-おわりに-
結局この映画は人間愛について語っているのです。ガールフレンドとの関係、能力を使用した性的なイタズラ、ポルノ映画に断られる場面などは、漫画にはなく、当時の社会現象を表現した映画だけの場面だとか。そうした心のすさみがあるなかで、人間はどんどん不安にかられていきます。そうした心が作り出したのが幻魔一族であり、地球滅亡の思想なのです。ですが、最後には人類は手を取り合って、協力してそれらに打ち勝つことが出来るというメッセージが描かれているのです。
丈のお姉さんの言葉は今でも通用するすばらしい言葉です。「結局人は愛によって生きていられる」という言葉は当時その愛が感じられなくなっていたことの裏返しであるとともに、現在もまた必要となるものです。
最後のベガ、江守さんの人類に対する希望を持てというあたたかさは作品を見終わっても心の沁みるものです。

当時の吉祥寺が写実的に描かれていて、近所なのでとても親近感を覚えました。当時のアニメではこうした実際のものを写実的描くことは珍しかったとか。サンロードは今とあまり変わりませんね。

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