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名画鑑賞チャップリン特集 『独裁者』への試論 感想とレビュー ヒトラーへのメッセージ


-はじめに-
チャールズ・チャップリンを知らない日本人は先ず殆どいないことでしょう。1977年に逝ったのですから、もう35年は経っています。それでもなおこれだけの人気があり、現在見ても十分に通用する内容、笑い、これはどうしてでしょうか。今、チャップリンの映画を見たって古いと思うどころか、現在の映画より面白いじゃないかと感じる人が多いと感じます。チャップリンは監督、脚本、製作、出演、と何でもこなす人でした。裏を返して言えば、全て自分で作ったのです。ですから、そこには彼の面影がはっきりと残っています。我々はそこに共感するのです。ですから、彼の面影は現在においても色褪せるどころか、CGの駆使や映像だけでごり押しする映画の中にあってより磨きがかかり、光って見えてくるのです。
今回は、1940年公開の『独裁者』を論じます。見たことがない人でもこのような映画があることはどうしてか知っている。それくらい有名な映画です。また名シーンとして語り継がれるものも多く、チャップリンの初のトーキー映画としても有名です。殆ど多くの当時の観客はこの映画で始めてチャップリンの声を聞いたのでしょう。その声が聞けたという衝撃と共に、この映画の内容のどぎついことにも度肝を抜かれたのではないでしょうか。

-笑いの要素-
時代背景やなんかと絡めて論じるのはあまり私の得意とするところではなく、またよく研究されたものが多く存在しますから私が行う仕事ではありませんが、一つ確認しておきたいのは、公開が1940年ということです。これからいよいよ第二次世界大戦が始まろうという時に、一体どうしてこの映画が公開できたのか、これは今考えても実に不思議なことです。
見た方はわかると思いますが、この映画は非常に痛烈なナチス批判をしています。いくら当時平和であったアメリカだからといってなかなか公開できるとは思えません。明らかにナチスのヒトラーを意識したチャップリンの演じるヒルケンという男。ユダヤ人の床屋チャーリーは迫害を受けます。
内容は非常に重いものであります。しかも現在見るならまだしも、当時は現実問題として実際にユダヤ人たちが大変な迫害を受けて虐殺されようとしていたのですから。ですが、チャップリンはこの映画でそのような思い雰囲気を完全に払拭しています。それどころか大変コミカルに演じきり、最後の演説のシーンでは昇華するような詩的な美しさまであふれ出します。
最初から笑いの連続です。床屋チャーリーの従軍で始まるこの映画は、彼のおっちょこちょいが巧みに描かれています。大砲をぐるぐるにまわしてしまったり、不発弾があろうことかチャーリーを狙ったり、気がついたら敵陣にいたり、逃げ去る際の飛行機では知らぬ間に上下が反転してしまっていたりと、笑い転げそうになる場面の連続です。
ヒルケンのほうでも暑苦しく演説するのですが、タモリのようなむちゃくちゃドイツ語らしきものを喋っていて面白いのです。なんとなくドイツ語に聞こえなくもないという言葉の羅列をただひたすら感情に任せて訴える。それを字幕が上手いこと修正するという面白みがあります。
笑いはこの作品の最後まで貫かれるもので、チャーリーと恋人のハンナがドイツ軍をこてんぱんにやっつけてしまう場面や、ヒルケンが他の国の人物とあったときのいざこざなど、当人にしてみれば命が掛かるような重大な問題でも、おもしろおかしく描かれています。

-名シーン-
この映画の名シーンと呼ばれているものは二つあります。先ずは独裁者ヒルケンが風船の地球儀と戯れる場面。
全世界を支配しようともくろむヒルケンは部下が居なくなったのち、自分の部屋で一人風船の地球儀と戯れます。ヒルケン
の浮かべる不適な笑顔には、虚構がこびりついているのです。風船ですから、大変軽いわけで、机の上にのっかっちゃったりしてポンポンと地球儀を弄びます。
一体何が始まったのだろうかと、何の知識もなかった私は驚きましたが、突然パンといって風船が割れてしまい、ヒルケンは泣き崩れるのです。このメッセージ性。どんな言葉や、どんなしぐさよりもストレートに私たちの心に入ってきます。地球儀が割れてしまう。
一体このことが何を示しているのでしょうか。ヒルケンの野望がはかない風船のようであり、それが割れてなくなってしまった。或いは地球はヒルケンのことを拒絶した。寧ろ攻撃したといってもいいかも知れません。所詮この世は風船のようにはかないものであります。最後のヒルケンのあっけなさを見ると、これはヒルケンのその後の未来を描いていたのではないでしょうか。

もう一つはなんといってもやはり、ヒルケンと間違えられて演説台に立たされてしまった床屋のチャーリーの演説でしょう。6分にも及ぶ長い長いスピーチをします。何でもチャップリンはぶっつけ本番で何を話すのか原稿も書いていなかったというようなまことしやかな噂もありますが、実際どうなのでしょうね。しかし、どの道、これは一人の人間チャップリンとしての心の内をそのまま表現したことには変わりはありません。彼の言葉は実に誠実で、真摯なのです。
そこにはフィクションであったということを忘れさせるだけの力があります。切実な言葉なのです。
そこでは「独裁者になりたくない」という台詞が心を打ちます。「出来れば民主主義がいい」と。これは確かにチャーリーの演説ではありますが、同時にこれを見ている人間への熱いメッセージであり、またヒトラーへ対するメッセージでもあるのです。
伝説によれば、この映画をヒトラーは部下と共に三回見たと言い伝えられています。本当かどうかはわかりませんが、もし見ていたとしたならば、一体何を感じたのでしょうか。
最後には、今現在苦しめられているハンナへのメッセージで締めくくられています。「ご覧 暗い雲が消え去った 太陽が輝いてる。明るい光がさし始めた。新しい世界が開けてきた。人類は貧欲と憎悪と暴力を克服したのだ人間の魂は翼を与えられていた やっと飛び始めた。虹の中に飛び始めた 希望に輝く未来に向かって。輝かしい未来が君にも私にもやって来る 我々すべてに!ハンナ 元気をお出し!」

-最後に-
結論からいうと、チャップリンのこのメッセージは結局ドイツには届かなくて、人間が犯してはいけない大罪を止めることはできませんでした。ユダヤ人大虐殺です。戦争が始まる前に、チャップリンはヒトラーに向けて、戦争を始めないで、別の方法もあることを提示しました。しかし、それは伝わらなかった。チャップリンはどのような気持ちでこの戦争を見つめたのでしょうか。戦後はチャップリンの晩年にもなります。次の記事では最晩年の映画『ライムライト』を論じます。戦争を通してチャップリンが何を感じたのか、その一片が伺えるのではないでしょうか。

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