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細田守特集 映画『サマーウォーズ』(SUMMER WARS)への試論 感想とレビュー 空間と人間性 現代への警鐘 

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-はじめに-
現在『おおかみこどもの雨と雪』が公開されています。それに先立ち先日の金曜日には金曜ロードショーとして2009年公開の『サマーウォーズ』が地上波放送されました。
現在アニメ映画というと巨頭はもちろんジブリアニメーション。何かとアニメ映画はこのジブリの作品と比較研究されることが多いです。それは確かにジブリが日本におけるアニメ映画という一つの確固たる地盤を築き上げたからでしょう。しかし、その反面そのあまりに大きな影響力のため、後身が育たない、或いは影響されてしまうという弊害もあります。私が研究し追い続けているアニメーション映画には、ジブリとともに、『秒速5センチメートル』『星を追うこども』の新海誠、それから今回取り上げる細田守監督の作品があります。新海誠監督は、洗練された写実的な美とともに、思春期特有の繊細な心情変化を効果的に表したすばらしい作品をつりあげましたが、前作の『星を追うこども』では「ジブリ臭がやばい」等厳しい批判をされました。
今回は細田守監督の『サマーウォーズ』についてジブリ作品や新海誠作品と絡めて論じます。

-空想世界OZ-
2006年公開の『時をかける少女』の映像化は当初小規模で行われたものの、大ヒットとりました。これは同筒井康隆の作品が原作です。余談ですが、私は大変筒井先生の作品が好きです。この映像化を見たときの衝撃は今でも覚えています。70年代の島田淳子のドラマが頭に残っている人達も多いのではないでしょうか。この作品はそうしたドラマとは趣が大分異なり、時間の概念が非常にビジュアル的にも洗練され、より異世界、異空間といった印象がありました。
この作品も、舞台の半分はバーチャル世界のOZという創造の空間になるわけです。しかし、ここではそのOZの世界が現実世界と非常に密接に絡んでおり、OZの危機は現実的な意味を持つという設定なのです。ですが、ツイッターやネット上でオリジナルのアイコンをつくり仮想空間で遊んだことがある人などは、大してフィクションであるという印象をもたなかったのではないでしょうか。つまり、これは近い未来に起こってもなんらおかしいことがない実に現実味を帯びたフィクションなのです。ですから、我々も全く無関心ではいられない。ここに一種の共感を持つのではないでしょうか。

また、現実世界として描かれる小磯健二や篠原夏希のいる世界は、『時をかける少女』とは変わって、非常に写実的に描かれています。この点では新海誠監督の作風と似ている部分もあります。ただ、おどろくのはただ写実的なのではない。徹底的に描きつくすという手法をとっています。金曜ロードショーでは大分色々なシーンがカットされていて、監督これで怒らないのかなと心配もしたのですが、そのカットされてしまったシーンの中に健二が東京の駅に行くまでに中央線に乗っている姿があります。ちょうど列車が新しいものに変わってそうたっていないころで、私は中央線利用者なので、とても親近感を感じました。
舞台となった土地も長野県上田市と実際にあるもの。この作品は、現実世界は本当にそのまま我々が住んでいるこの世界を描いたものなのです。それとバーチャルの世界とのコントラストがあるわけです。

冒頭のOZの世界へ入っていく様は、『時をかける少女』の黒と赤いストライプの時間軸のような仮想の世界を思わせ、観客は興奮を覚えたでしょう。私は小説も読んで比較研究をしてみたのですが、やはり小説ではあまり視覚的に訴えるものがなかったので、たいして面白くはありませんでした。ここは、細田守監督が得意なCGの効果を上手に利用できている部分であります。きちんとバーチャルの世界と現実の世界の描き方を書き分けているところがよいのです。やはりCGにも一長一短がありますから、これを上田市の風景とくっつけようものならせっかくの世界観が壊れてしまいます。楽をしようとして現実世界もCGで描かなかったところがこの作品が成功した一つの要因でもあるでしょう。

-家族の絆-
ちょうど今度の震災があったため、絆ということばが盛んに叫ばれるようになりました。私はこの絆という言葉が嫌いです。そもそも絆ということばを言わなければいけないほどに現代日本人は人と人とのつながりが薄まっていたということに気づかされましたが、だからといってこの絆という言葉を叫べば絆は出来るのでしょうか。否、絆絆と叫んでいる人間には毛頭被災者と絆を持とうなんて考えている人間は殆ど皆無に等しいのです。なんとなく絆って大事だよねと自分と他人に絆という言葉を用いてその陰に潜もうとしているだけなのです。
この作品には絆という言葉は出てきません。しかし、そこには明らかに我々が今失っていて、気づかされたつながりがあるのです。
大家族ともなれば、それをまとめていくのは容易なことではありません。栄おばあちゃんが言っている通り、中途半端な人間は必要ないのです。そのようなものをのさばらしておけば秩序がなくなる。現代ではこの中途半端さが主流になってしまっているから秩序もへったくれもなくなっていると言えるでしょう。
また、侘助と家族との軋轢は大変溝が深いものです。愛人の子というレッテルは彼と彼の家族、そしてなにより栄おばあちゃんを苦しめました。しかし、それでも栄おばあちゃんは自分の信念に従って侘助を迎え入れ、ご飯を食べさせようとしたのです。
絆なんて綺麗なわけがないのです。人間ですから嫌いなものがいれば、殺してやりたいと思うものもいる。それをわかった上で築き上げていくものです。それは陣内家が何百年もの間に築いてきたものなのです。それを絆だなんだと叫んだとしてもそんなに簡単に出来るものではありません。よしんば出来たとしてもそれはその程度のものでしかありません。
そうした意味でここには古典的な人と人との交わり、つながりが描かれています。そうすると、バーチャルという仮想空間内での人間関係と、現実での人間関係というコントラストが見えてきます。

-終わりに-
さて、ツイッターやフェイスブック、ソーシャルネットワーク、これらを利用している人に聞きたいのは人とのコミュニケーション取れていますかとうことであります。私はブログしかやりません。これは人と繋がるという目的ではやっていないからで、目的は書き続けること、論じ続けることによって自己を鍛錬しようとしているのです。
この世界では携帯やパソコンを持っている人間は殆どがOZという世界で多くのことを済ましてしまいます。買い物から家を買うこと、株、納税、その他諸々。さて、仮想の世界で繋がっていても、実際にその人間が向かっているのは携帯の画面かパソコンの画面に他なりません。マトリックスのように意識ごとその世界にもっていけるのであれば別ですが。
それに対して陣内家では面とむかって会話をしている。そこには他愛のないものもあれば、親戚同士の裏話、内輪もめもあるのです。仮想空間にはあらしのようなものはあっても実際に喧嘩など起こることはありません。人間は人間として人間と合対することはないのです。全て偽り、虚構、偶像、仮想。
この作品は、アメリカ軍のウイルスによるOZの暴走ということで現実的な危機が生まれます。そこには、仮想空間の危機が現実世界の危機に直結してしまう異常な事態への警鐘と、人間同士のつながりをもう一度見つめてみようという反省の念が込められているのです。
皆さんはこの作品を見て、いい夏だなと思い自分もこんななつを送れたらと思うだけかも知れません。それも結構ですが、我々が今人と繋がるためには携帯がなければ繋がれないという状態は異常ではないでしょうか、それを考えてみてください。

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現代に生きる人への真面目で重要なメッセージ

心に残る作品って、いろいろメッセージが詰まっているものですね。
ジブリ作品が受けるのも、メッセージが強いからかも知れませんが、
細田さんの作品も負けず劣らずです。
好きなんですよね。ジブリよりも大人な感じですね。

こちらにたどり着く前に、細田さん自身の解説をする
記事を見つけて読んでみました。
http://www.birthday-energy.co.jp/
真面目で王道を進む、没頭すればとてつもない仕事をするとか。

『おおかみこどもの雨と雪』も素晴らしいですし、
これからも活躍を期待してしまいます。
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幽玄

Author:幽玄

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