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夏目漱石 「心・こヽろ・こころ」 もう一度読む名作 テクスト論からバイアスの解放 その十一

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前回までのおさらい。この作品はもちろん夏目漱石が描いたものですから、現実の世界でいったら上、中、下の順に書かれました。しかし、作品のレベルで言ったら、下、上、中の順に書かれ、そして「私」が最後に引用として下を書いたわけです。先生の遺書が引用文であるということは下が全て「から始まり、P327の最後で」で終わっていることからわかります。なので、原文ではありません。
「」直接話法が極めて少ない遺書では、先生以外の声が消去されてしまっています。読者は声を聞き取ることができないのです。モノローグ的で、自分は研究されたくないが、他人のことはよく観察しているという人物だということがわかりました。
それに対し、私の手記は「」直接話法が極めて多いのです。

3「私」の手記は直接話法がきわめて多い
手記と遺書は同じ長さ
同じ長さにしたのは「私」
「こころ」はもちろん夏目漱石が書いたものですから、漱石のレベルで言ったら上→中→下の順に書かれました。しかし小説のレベルだと、下があってそれから上、中と描かれたということになります。ですから、下の「先生と遺書」に上、中を加えたのは「私」であって上のことが言えるのです。
直接話法が極端に少ない遺書/直接話法が極めて多い手記
アバウトに見ても、1:10ほどの割合の使用頻度です。これは自分の「手記」が「先生の遺書」に対応していると「私」が気づき、意図的に行ったことだと考えることが出来ます。

遺書と手記の両方に登場する人物=静
若い「私」が、先生の遺書で知っている人物は極めて少ないです。Kも無論知りませんし、奥さんや叔父も知りません。そんななか、唯一例外があります。先生以外に「先生の遺書」に登場して、「手記」にも登場するのは静のみです。
P323明治天皇が死んだとき、先生の妻はなぜ笑ったのか、「殉死」という「笑談」を言ったのか、どんな文脈で、どんな表情で、どんな言い方をしたのか
読者は「先生の遺書」からでは奥さんの声を再現することはできません。ある程度は憶測できるとしても、どんな文脈なのかわかりません。「よかろう」という言い方もするはずがありません。
ここの部分を「私」は想像しているのです。「手記」では「私」が奥さんの声を復元しています。ここから推測しようとしたのです。

手記 「私」の大学卒業祝いの宴を先生が自宅で開いてくれた夜の夫婦の会話
P106ℓ5~「すると先生が突然奥さんの方を向いた。『静、御前はおれより先に死ぬだろうかね』『何故』『何故でもない、ただ聞いて見るのさ。』~『然しもしおれの方が先に行くとするね。そうしたら御前どうする』『どうするって・・・・・・』奥さんは其所で口籠った。先生の死に対する想像的な悲哀が、ちょっと奥さんの胸を襲ったらしかった。けれども再び顔をあげた時は、もう気分を更えていた。『どうするって、仕方がないわ、ねえあなた。老少不定っていう位だから』奥さんはことさらに私の方を見て笑談らしくこう云った。」
この会話は実際、「私」の大学卒業の祝いの席での会話ですから、そんなめでたい時に死の問題を話題にするというのは随分不思議なものです。しかし、ここで死を考えさせられた妻は、話しを笑談に変えてます。この笑談という言葉は、P324ℓ2の遺書にある言葉と同じです。これは「私」が先生の遺書のなかであったものにあわせているのです。
ただ、先生はまだ死の話を止めません。
P108ℓ13「『静、おれが死んだらこの家を御前に遣ろう』奥さんは笑い出した。『序に地面も下さいよ』~先生はいくたとも云わなかった。けれども先生の話は、容易に自分の死という遠い問題を離れなかった。そうしてその死は必ず奥さんの前に起こるものと仮定されていた。奥さんも最初のうちは、わざとたわいのない受け答えをしているらしく見えた。それが何時の間にか、感傷的な女の心を重苦しくした。『おれが死んだら、おれが死んだらって、まあ何遍仰しゃるの。後生だからもう好い加減にして、おれが死んだらは止して頂戴。縁喜でもない。あなたが死んだら、何でもあなたの思い通りにして上げるから、それで好いじゃありませんか』先生は庭の方を向いて笑った。」
この会話全体から何が浮かび上がってくるか
しつこく何度も自分の死のことを言い続ける先生。それに対し笑いに変換しようとする妻。それが次第に、さらにしつこい先生。それに対してついに切れた妻という構図になります。つまり妻は、先生の死の問題が面白おかしくて笑いや笑談にしていたのではなく、強いストレスになっていたものを何とかごまかして笑いに変換しようとしていたことがわかります。
ですから明治天皇の崩御の際、書かれてはいませんが、明治の精神とともに死ぬだとかなんとか言って恐らく自分の死を匂わせた先生に、妻はわざと笑いにしてしまおうとしていた可能性が浮かび上がってきます。
また、「私」の特徴としては、自分の解釈を述べるのではなく、「」使用による資料の提示を優先させています。

さて、御嬢さんの「笑い」についてですが、これを先生をはめるための「策略」であった、それから先生の自殺を可能にしたことへの秘かな復讐のラインで以前見ました。
ですから、先生遺書はある側面で言えば、「笑い」をめぐる物語とも読めます。しかし自分自身、先生についての笑いは触れられていません。先生は飽くまで、妻から自分への笑いしか取り上げていません。しかし、「私」は妻から先生への笑いと共に、先生から妻への笑いも取り上げているのです。
手記 もう一つの「先生の笑い」
P109ℓ12「先生は庭の方を向いて笑った。」上で取り上げたばかりの場面ですが、ここで切れた妻に対して何のフォローもせず、妻を怒らせたことへの反省もしない。妻を見ることさえしない先生の姿が描かれています。
もう一つの笑いはP29ℓ9から始まる子どもについての会話です。「『子供でもあると好いんですがね』と奥さんは私の方を向いて云った。私は『そうですな』と答えた。然し私の心には何の同情も起こらなかった。子供を持った事のないその時の私は、子供をただ、蒼蠅いものの様に考えていた。『一人貰って遣ろうか』と先生が云った。『貰ッ子じゃ、ねえあなた』と奥さんは又私の方を向いた。『子供は何時まで経ったって出来っこないよ』と先生が云った。奥さんは黙っていた。『何故です』と私が代りに聞いた時先生は『天罰だからさ』と云って高く笑った。」
黙った妻に対して、先生は天罰だといって高笑いします。しかし、妻の純白記憶保存をあれだけ唱えていた先生の行動としてはおかしいと考えざるを得ません。天罰だなんて言ったら、天罰ってなんだろうと考え始めるのが通常です。天罰の内容に心当たりがないのですから。そうするとこんなことを言う先生は、遺書との矛盾が生じているということにもなります。
遺書に欠如している先生の笑いは手記によって復元されています。

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前回までのおさらい。この作品はもちろん夏目漱石が描いたものですから、現実の世界でいったら上、中、下の順に書かれました。しかし、作品のレベルで言ったら、下、上、中の順に書...

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